やれば出来る子なんです
前世の記憶が蘇ってから六ヶ月、半年が過ぎた。
僕も誕生日を迎えて七歳になった。誕生日を祝うことはしなかったけど、その日はいつもより訓練が厳しくて夕飯の量が多かった。お父様からの接触はなかったけどルーカスや他の人から祝いの言葉をもらえただけで嬉しかった。
訓練の方も順調に進んでいる。
基礎鍛錬の段階を終わって今は色んな武器に挑戦中だ。剣・斧・槍・斧槍・鎌・槌・弓・刀・短剣・レイピア・棒・棍棒などなど…無手はもちろん、鉄球やブーメランに手裏剣・苦無・円月輪の投擲武器、たまに火炎瓶も渡される。
「では次にいきましょう」
「はい」
剣の打ち合いを終えると次は戦斧による打ち合いが始まる。
ルーカスが距離を詰めて振るってくる一撃を体をよじって躱していく。剣の時より重い攻撃を受け止めるには両手が必要になる。隙を作らないよう斧の動きを注視して丁寧に避ける。
「武器だけを見てはダメですよ」
「あぐっ」
大振りを躱してから腹に攻撃を仕掛けるが、攻撃が届く前にルーカスの左脚が顔に直撃した。顔に走る衝撃で斧を落としてしまう。
「剣戟の最中、今のように蹴りが飛んでくることもあります。手持ちの武器だけを見て視野を狭めていれば多方向からの攻撃に対応できません。
盗賊や人攫いは複数人で組んでいます。正面の相手と打ち合ってる時も真後ろから容赦なく襲ってくるでしょう。どんな時でも視野を広く、周りの状況を把握出来るようにしましょう」
「分かった」
顔についた泥を拭って再び斧を手に持つ。
一呼吸置いてから打ち合いを再開して何度も対人練習を積んでいく。
ルーカスからの指導は一層厳しくなった。キツいと感じたこともあるけど、これは僕自身がお願いしたことだ。
彼は最初剣だけを教えるつもりだった。綺麗な剣術の形を丁寧に教えようとしてくれたところを僕が『見た目重視の剣は嫌だ。ちゃんと戦いに勝てる実用的な物を教えて欲しい』と言ったのだ。ルーカスは少し驚いてたけど“了解しました”と言って、剣だけじゃなくて色んな事に手を伸ばして僕に教えてくれるようになった。
『いつでも剣が己の手元にあると思ってはいけません。武器を取り上げられた状態、寝ているときに襲撃されることもあるでしょう。その際は身の回りにある物、木の枝なんかでも戦う必要があります。
どの状態でも応戦できるよう、なるべく多くの武器で指導いたします』
そういうわけで、必死に手裏剣なんかを投げてるわけだ。
一通りの基本動作は覚えたけどやっぱり手に馴染まないっていうか、苦手な武器はある。槍と鎌の扱いがどれだけ練習してもぎこちない。レイピアも性に合わない。刺す系の武器は苦手なようだ。
だけど剣は普通に筋がいいと褒められた。他にも棍棒、鉄球の殴打系の武器は扱いが簡単だから好きだ。振り回して思いっきり殴ればいいだけだから。
あと弓が得意というのは自分でも驚いた。
前世で弓道なんてやった事なかったし今世も三ヶ月前に初めて触ったばかりだ。最初は見当外れの方向に矢が飛んで行ったけど、すぐに的に当たるようになった。今ではほぼ真ん中に当てられる。
まあ、歩いたり走ったりしながら射たら全く当たらなくなるし、実戦で使うにはまだまだ練習が必要なんだけれど。
魔法を使うのにもだいぶ慣れた。
ゲームには出てこなかった『生活魔法』を使ってライター程度の火を起こしたり両手いっぱいの水を生み出したりできる。
魔力が枯渇するのも最初は辛かったけど、今じゃ意識が混濁することも吐き気もなくなった。いずれはもっと大きな魔法も使ってみたい。
しかし! この六ヶ月でできるようになったのはこれだけじゃない!
僕が成長の最大の目玉、それは『闘気操術』が使えるようになった事だ。
『闘気操術』を使えるようになったのはつい一週間前、闘気を練り込むというのが抽象的で把握するのに時間がかかったけど、一度理解できれば簡単だった。
ルーカスのように全身に闘気を漲らせたり三時間以上フル稼働させるのは無理だけど、出来たことが重要なのだ。
『闘気操術』の恩恵は凄まじい物で、拳を振るえば岩にヒビが入り走ればスプリンターの如く早く移動できる。
全身に力が漲り身体能力は通常時を遥かに凌ぐ。
思いの強さで身体強化の度合いが変動する『闘気操術』の有無で肉弾戦は大きく差が生まれる。苦心六ヶ月、最重要戦技のこの技ができるようになった時は『シャァァ!!』と天を仰いだものだ。
そんな『闘気操術』を使用して最近やっている事、それは追いかけっこだ。
「今日の武具修練はこれで終わりにします。次は闘気操術の練習をしましょう。足に闘気を纏わせてください」
ルーカスの指示通り体内で練り込んだ闘気を体を伝って足へ集中させる。足に送ってから膝や太ももの方に闘気を分けて下半身全体を闘気で覆うようにする。
何回か足踏みして動きが軽くなったのを感じる。
「十秒猶予を与えます。この森で十分間、私から逃げ切ってください」
返事はせずにただコクリと頷く。
ルーカスが取り出した銀時計の針の音を聞いて集中力を高める。時計の長針が12を指した瞬間、地面を蹴って全速力で森の中を駆け回りはじめる。
闘気操術を利用しての追いかけっこ、同じく闘気操術を体にかけて追跡してくるルーカスから制限時間の間ただ逃げ切るだけのゲームだ。
でもこのゲームで僕が十分間逃げ切れた事はない。
追いかけっこで重要な事は二つ。
まず一つ目に、障害物の多い森の中を超スピードで移動するには常に周りの環境を把握しなければいけない注意力が必要になる。
そして二つに絶えず足に闘気を集中させる必要もある。常に残り体力に気をつけ闘気操術をかけ続ける集中力が求められるのだ。
注意力と集中力、この二つの両立ができない。
闘気操術が途切れないように足に精神を集中させてれば木に衝突して、木にぶつからないように周りを探知していれば闘気操術が解けて地面にダイブする事になる。(そしてルーカスに捕まる)
僕は天才じゃないから、こういうのは何度もやって体に覚えさせるしかない。
だけど、この追いかけっこの目的は集中力や注意力を高める事じゃない。ルーカスが僕に期待してる事、それは戦術・戦略を理解することにある。
このゲームの要はルーカスと僕の速度が同じことだ。
追いかけっこの際、ルーカスは僕の速度に合わせて手加減してくれている。たぶんルーカスが本気を出せば三十秒も持たずに捕まる。でもそれだと訓練にならないから速さを合わせてる。
直線距離での競争なら引き離すこともないが追い付かれることもない。だけどここは範囲が限定されている森の中、ずっと直線上に逃げる事はできない。
「…左かっ!!」
南西の方角、枝をつたってこちらへ向かってくる影を視認する。すぐに影とは真逆の方向へ逃げる。
ぐねぐねと動き回って逃げようとしてもルーカスは動きを先読みして距離を縮めてくる。
障害物が多い森の中で如何にルーカスの裏をかき、撒いて、逃げ切るか。
たくさん生えている木は逃走の邪魔になるけど相手の視線をきりやすい。
移動ルートを調整して体を隠し、足跡を切って木の上に登り逃げる。
後ろを振り返る暇はない。ルーカスが僕の姿を見失うことを信じてひたすら逃げ続ける。先読みしてきそうな方角を予測しながらクネクネと移動する。
「…まだ四分か」
十分は短いようで非常に長い。
まだ四分しか針の進んでいない時計を睨んで舌打ちする。
そうして気を散らしたのがいけなかったのか、前方の木がガサリと揺れた音に素早く反応できなかった。慌ててブレーキをかけようとしたら闘気操術が解けて体のバランスを失い木に枝に足を引っ掛ける始末。無様に一回転しながら地面に落ちた。
ルーカスが超スピードで僕を抱きかかえてくれなかったら頭を地面に打ち付けてたかもしれない。
「逃走中は一時も気を抜いてはいけませんよ」
「……はい」
この追いかけっこを制するのはまだ時間がかかりそうだ。