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成果


『同じこと出来るようになれ。無理ならバラす』と無理難題げんちょうを聞いてから早一ヶ月が既に経った。


毎日の基礎鍛錬でヒョロガリのマッチ棒ボディだった僕の体も筋肉が付いてきた。


早起きしては体を動かして汗を流す。肩で呼吸をしながら何時間にも及ぶ運動の末、体が栄養を求めて机いっぱいの夕食を食べ尽くす。ベッドで少しコロコロした後寝そべったまま本でこの世界の史実を学ぶ。本を読んでいれば自然とまぶたは重くなり、明日に備えて早めの就寝をする。


そんな超健康的な毎日を過ごしていた。

前よりも量のある食事になって骨と皮だった僕の体にも肉が付いてきたし、僅かながら筋肉も存在する。


全体の運動量は初めの頃よりも多くなったけど夕暮れには息切れして疲れ果てるのは変わらない。僕の筋肉と体力を増やすためにわざとルーカスが厳しめに設定してるんだろうけど…

背が低いのは変わらずだけど階段で転けそうになったり、バランスを崩してよろける事も無くなった。


僕の体は間違いなく成長を遂げている。



「体が左右に動いてますよ」

「あい」



今は瞑想をしている。座禅を組んで心の中を空っぽにし物事への集中力を高める。体が左右に動いたり集中を乱してるようであれば、ルーカスに背中を叩かれる。


“動くな”というのは案外難しいものだけど、この瞑想は『闘気操術』で闘気を練る練習にもなるらしい。気は抜かずに真面目に取り組む。



「明日からは魔法も使っていきましょう」

「……はい?」



炎天直下での瞑想が終わってルーカスから称賛と汗拭き用のタオルをもらい日陰で涼んでいた時、こんなむし暑い中でも笑顔を崩さないルーカスから突然謎の提案が飛んできた。


いままでずっと部活動でやりそうな運動ばかりしていたのに、急に魔法を使おうとはどういうわけか。



「最低限の力は身につきました。なのでエアリス様には次の段階(ステップ)に移っていただきます。第二段階としてこれから毎日、エアリス様にはなにかしらの魔法を使って魔力残量を極力減らしてもらいます。そしてその状態で毎日の鍛錬をしていただきます」

「あー僕の魔力量を増やそうってこと?」

「その通りです」



人が行動する上で大切なものが二つある。

一つは体力、つまりはスタミナだ。激しく運動すれば体力は減っていき体は疲れてしまう。体力がなくなればまともに立つこともできなくなるほど疲弊する。

もう一つの要素は魔力、MP(マジックポイント)だ。体を動かす時は魔力を使わない。しかし超現象である魔法を使ったり特殊な行動を行った際に魔力を使うことになる。


気をつけなきゃいけないのは、体力と同様に魔力が減っていけば体は次第に疲れていき、完全に尽きてしまうとその場に倒れて動けなくなってしまうという事。


体力と魔力は生命を支える重要なものだ。体力と魔力、どちらか一方でも枯渇すれば生命に関わることになる。



そんな重要な体力・魔力を増やす方法はあるのか? もちろん答えはYESだ。僕が毎日やってるみたいに継続的な運動をしていれば体力は付く。魔力も毎日魔法をたくさん使って消費と回復を何度も繰り返せば魔力総量が増えていく。


魔力量を増やすのなら十歳未満の幼少期が最適だ。

魔力を水、その水を入れて溜めることのできる器を魔力総量としよう。子供のうちはまだ器の形が不安定。粘土で作られた歪な形の器はどんな形にもなり得る。粘土を引き伸ばして大きな器にすることも出来る。どんな形にもできる粘土の器は年が経つにつれて乾燥していき硬くなっていく。器の形を変えることが難しくなってしまう。二十歳になる頃には粘土は完全に固まってどうしようもなくなる。


長々と説明したけど、要は子供の方が魔力総量は増えやすいということだ。大人になってからでは遅い。六歳の今が潮時だ。



「魔力がなくまると倦怠感や吐き気も起きるって聞いたけど…?」

「慣れも大切です。魔力量が増える、枯渇への慣れ、苦しい状態での鍛錬…良いことづくしではないですか」



邪気のないルーカスの微笑みに僕は苦笑せざるを得なかった。





「ふう〜疲れた」



夕飯を食べ終えた僕は自室に戻って訓練の疲れを癒していた。真っ白なベッドのシーツに顔をぐりぐり擦り付ける。

今でもお父様からの接触はないし使用人からもどこか距離を置かれている。それでも今の生活には充足感を感じていた。


(容赦はないが)ルーカスは優しい。鍛錬も確実に成果が現れてる。最近すごく食べるようになったからか一部料理人とも仲良くなれた。


記憶を取り戻すまでは寂しさを感じて物足りない生活を送っていた。だけど、今はとても心が満ち足りている。



幸せだ。






「……………」



ダラけるのはおしまいだ。ベッドから起き上がって近くの椅子に座る。

本の隙間に隠してた何枚かの紙を取り出してペンを取る。日本語で書かれたその紙にはゲームの内容や気づいた事、これから先に起こるイベントを時系列順に並べたものが記されている。



『MP0に起こる倦怠感の有無』



今書いている紙にはゲームの記憶とこの世界のシステムの違いをまとめている。箇条書きされた文は既に二十を超える。


ゲームではキャラクターの魔力が0になっても異常はなかった。魔法が使えなくなったら手持ちの杖かなんかで敵を殴ったりするだけ、行動不能になるようなシステムは存在しない。


この一ヶ月間でゲームとこの世界の齟齬はたくさん見つかった。

最初は偶然かと思っていたし、気にも留めていなかった。だけどその間違いが増えていくたびに、疑問を持つようになった。



『この世界は本当にゲームの世界なのか』



実在する国の名前も一緒、ゲームに登場する王族やキャラクターも実在する。僕と主人公は同い年、カルタット家以外の公爵家の人物像も一致する。

本で色んなことも調べてみたけどゲームと重なるものが数多くある。この世界があのゲームと関係があるのは確かだ。


だけど完全なゲームの世界だというのは違う気がする。



“この世界は現実だ”というのを忘れないでいよう。

僕は『エアリス・オルテガ・カルタット』という一人の人間だ。六年間生きてきた記憶がある。この世界が造り物だなんて思っちゃいない。


ゲームと決めつけて安易な行動をしているといずれ痛い目を見るだろう。



少し夜空を見上げてから月明かりが入らないようにカーテンを閉めると、紙にもう一つ文を書き足してから電気を消してベッドに入った。




『月が二つある』




前世の空は月が一つだった。それはゲームでも同じことである。

この世界の月は二つ、大きな蒼い月と小さな紅い月。上空で闇を照らしてる。


毎日見上げてた筈なのに違いに気づくのはかなり遅くなった。

二つの月はエアリスにとって当たり前の事だったから。


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