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死ぬ気で頑張る


「くぅ…う…」

「あと3回です。頑張ってください」



執事長『ルーカス』に訓練をつけて貰えることになった。

「そこまでいうなら…」と早速訓練がすることに。


今は腕立て伏せの真っ最中だ。ノルマは三十回…


キツイ。キツすぎる。

体を上下させるたびに腕からピキピキと音が鳴る。腕立て伏せをしてるとは思えない量の汗が顔を流れる。腕はプルプル震えてすでに限界を訴えてきてる。


改めて、僕が体を鍛えることの難しさを実感した。

運動が得意とは言えない前世でも腕が少し疲れるくらいだったのに…


自分から頼んでおいて早速ギブアップするのは情けない。気合とガッツで腕立て伏せをこなす。



「よく頑張りましたね。素晴らしいです」



手を叩いてルーカスが祝福してくれる。


だけどもはや返事する気力もない。

地面に倒れた状態で乱れた呼吸を整える。


達成感なんてない。心を占めるのは『疲れた』の言葉だけだ。

ルーカスに体を起こされて水を渡される。水がめちゃくちゃうまく感じる。



「では次は足を鍛えるため屋敷の周りを五周しましょうか。それが終わったらスクワットもこなしましょう」



水を飲んで一息ついたら、ルーカスがニコニコ笑顔でそう言った。

いつも優しいと思ってたルーカスの顔が今日はなんだか悪魔が嗤っているように見えた。





ルーカスのシゴキが終わったのは午後六時ごろ、じつに半日を鍛錬に費やしていた。昼食は軽い軽食で済ました分、夕食はたくさん食べた。いつもの五倍は食べたような気がする。心なしか…今まで食べた中で一番美味しかった。



「もうダメだ…お終いだぁ…」



今はベッドの上で屍のように倒れている。

あまりに辛い訓練に某戦闘員(ファイター)の泣き言が口をついて出る。


こんな過激な運動をこれから毎日する事を考えると泣きたくなる。ていうか泣きたい。泣いていい?


いつも慈愛の微笑みを携えているルーカスがあんなビシバシ指導してくるとは思わなかった。

やってる事は普通だ。筋トレして、走って、瞑想なんかもした。ただ少しでも動いたら木の棒で叩かれる。


ファンタジーな要素は全くない。

学校の部活動でやりそうな事を一日中反復してた。



人が強くなるにはどうすればいいのか。

経験値を稼ぐ? 強い武具防具を揃える? 否、違う。


答えは単純…運動して、剣の素振りとかして、実戦経験を積むしかない。



ゲームではレベルが存在していた。『ステータス』を開けばキャラのパラメータを見ることができた。

しかしこの世界は違う。魔物を倒しても経験値なんて貰えない。そもそもレベルという概念が存在しない。魔物はお金を落とさないし、『ステータス』なんて口にしてもただのイタイ人に思われる。



この世界はゲームほど甘くない。

それを今日の鍛錬で改めて感じさせられた。ただ魔物を倒すだけじゃ強くなれない。それ相応の努力と苦労が必要だ。


僕は未熟児、育ちが遅く虚弱体質で痩せている。強くなるには人一倍頑張る必要がある。だけど僕は折れるわけにはいかない。


今日の訓練は確かにハードだった。

でもルーカスさんが僕が限界で倒れる、そのギリギリを考えて僕の走る距離や筋トレのセット回数を定めてる。


途中で倒れたって怒るどころか応援して励ましてくれた。

そんな人が僕の願いを聞いて付き合ってくれている。僕が諦めるのは失礼だ。



「やってやる…これくらいの苦労前世(まえ)も嫌なほど体験してるさ」



体が弱くても心まで弱くなるつもりはない。

どんなに苦しかろうと体を鍛えて強くなってやる。





「痛いんだけど」



筋肉痛がひどい。足腰がバキバキになってやがる。

寝起きはベッドから起き上がれなかったから部屋まで朝食運んでもらった。ごめん。


さあ時間は午前七時、運動の時間がやってきた。プルプルした足で移動を始める。日本でそこらへん歩いてた爺ちゃんより酷い歩き方してる。

生まれたて小鹿の様だっていまの僕のことをいうんじゃないか?


綺麗に磨かれた木製の手すりに寄りかかりながら中庭に向かう。



「おはよう御座いますエアリス様。昨夜はよく眠れましたかな?」

「疲れでそれはもうぐっすりと」



今日は絶対に筋肉痛で眠れないだろうけどな!

心の中で悪態をつく。


ルーカスはいつもの笑顔で昨日と同じ事をさせる。

腕立て伏せ、マラソン、スクワット、瞑想、木刀の素振りetc……


筋トレの回数やマラソンの走行距離なんかは昨日と同じだが筋肉痛で全身が痛むせいで時間がかかった。


時間が過ぎて午後一時、軽食を挟む休憩の時間になる。

今動かせるのは顔の筋肉だけ、ルーカスと一緒にニコニコしながらサンドイッチにかぶりつく。



「エアリス様に今後の訓練についてお話ししておきます。返事はよろしいので聞くだけで構いません」

「(コクコク)」

「これから暫くは昨日や今日と同じ基礎鍛錬を繰り返し行い、体力や筋力その他諸々を向上させます。今のエアリス様は同年代の子供に比べて非常に劣っています」



それは分かる。

僕は未熟児、生まれの体は他人より小さく成長が遅い。成長期が来れば僕もそこそこ大きくなれるかもしれないけど、それはまだ先の話だ。

この小さな体をなんとか鍛えて十歳の入学式を乗り切らなくちゃいけない。基礎鍛錬は自分でも必要だと感じていたし不満はない。



「ここ数ヶ月は筋トレをするとして…その他はどんな事をやるの?」

「そうですね。エアリス様は成長阻害を患った身、正攻法で鍛えるだけでは騎士を目指すのは難しいでしょう」

「…そうだね」



表向きは騎士を目指している事を思い出して曖昧に頷く。

ルーカスは僕の目を覗き込んで一つの提案をした。



「ですから体の障害分を戦技(アーツ)で補います。エアリス様にはこの一年内に『闘気操術』と『魔気操術』の習得を目指していただきます。

「…なにそれ?」



首をコテと傾けて知らない素振りをする。

だけど本当は知ってる。プレイ時間2000時間越えを甘く見るな。


『闘気操術』と『魔気操術』は戦いにおいて非常に強力な自己強化スキルだ。一度体にそれらの戦技(アーツ)を使えば魔力、MP(マジックポイント)が続く限りずっと強化が続く。魔王復活が近くなるストーリー後半の戦闘では必須ともいえる。

『魔法戦士』や『賢者』など非常に強力な上級職についているキャラは強くする最中で必ず覚えることになる。



『闘気操術』は勝ちへの渇望・闘争心・怒り・勇気など諸々の感情を体の中で圧縮、練り込んだ気を身体の中で爆発させて身体能力を向上させる技だ。

一方『魔気操術』はMPを血のように身体の中を循環させて活性化させる。


MPを使う点も含めて両者にあまり違いはない。『闘気操術』を覚えるのは戦士系、『魔気操術』を覚えるのは魔法使い系という感じだ。



(だけどそれはゲームの中での話。この世界じゃ僕が記憶してるモノとは全く別物かもしれない)



……と思って注意深く話を聞いてみたけど『闘気操術』や『魔気操術』の説明自体はゲームのものと同じだった。

色々聞きたいことはあるけど、一番気になっていた事を尋ねてみる。



「『闘気操術』も『魔気操術』も両方覚えることはできるの?」



『ヒューズ・グロリア』には職業の概念がある。

30種は下級職、残りの20種は上級職で計50種もの職業が存在する。さっきチョロっと口にした『魔法戦士』や『賢者』など有用で強力な戦技(アーツ)、魔法を覚えられるのは上級職にあたる。


ゲームのキャラクターには各々の職業が設定されており、職業の熟練度を上げることで職業用のスキルを覚えることができた。主人公は鍛える事で殆どの職業につくことができるけど、中には『王子』や『聖女』などキャラクター固有の職業もあったりする。



話を戻そう。

僕が疑問に思っているのは『闘気操術』と『魔気操術』、二つを覚えることができるのか。


言い換えると、なんの職業についてるかも分からない僕なんかが本来上級職の戦技(アーツ)である二つのスキルを習得できるのか?という事だ。



「可能ですよ。『闘気操術』も『魔気操術』も日々研鑽を積んで練習すれば誰でも使えるようになります。職業の関係で覚えるよりは時間がかかりますけどね」



そう言うとルーカスはスッと立ち上がって中庭の端の方へ向かってく。なんだろうと思って彼の歩く先を見ると二メートル級の大きな岩が鎮座している。なんでこんな大きな石があるんだろうとずっと気になってたやつだ。



「自己強化の技と言ってもどんなものか分からないとやる気は出ませんよね。なので『闘気操術』と『魔気操術』二つを組み合わせた力がどれほど凄いのか、それを今からお見せします」



ルーカスが少し腰を落とすと腹の横に拳を構える。


まさか……まさかやってしまうのか。

あのでかい岩を砕いてしまうのかルーカスさんよ!



ドキドキして見守っていると、ついにルーカスが拳を振るう。

決して強く打ち付けてるようには見えなかった。叩くというよりは小突く感じだ。彼の手が岩にトンっと当たった瞬間、まるで破砕機で壊されたように粉々になって沢山の小さな欠片が吹っ飛んでいった。


破壊というよりは爆散。内部に爆弾仕掛けてたって言われた方が納得できる有様だった。



いやエグい! エグ過ぎる! なんだアレ!?

アレはスポンジや豆腐じゃなく固くてでかい普通の岩だったはずだ。それが今や散り散りになって欠片が地面に転がってる。


人体に向けてやったら惨死くんレベルじゃ済まないだろ。粒子レベルで分解されるんじゃない?


僕が口を開けて唖然としていると、ルーカスは拳を痛めた様子もなく笑顔で話しかけてきた。



「如何だったでしょうか? 『闘気操術』と『魔気操術』どちらも上手く力に乗せることができればこんな事も容易いのです」

「パネェ…いや、凄かったです。ハイ」



ルーカスの笑顔が怖くて敬語になる。

彼は気にした様子もなくぶっ飛んだ事を言ってくる。



「エアリス様にも一年以内に同じ事をできるようになってもらいます」


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