死の運命から逃げるには
「人生ハードモードだな…これは嫌になる」
悩み事は二つ。
一つは僕の立場のこと…もう一つが『惨死くん』という死の宿命を背負ってることだ。
親であるはずの父様からは冷たくされ、公爵家では要らない子として扱われている。使用人たちも僕の立場に同情はしてるけど、僕の肩を持ったりはしてくれない。
監禁されてるわけでもないし、三度の飯は恵んでもらえているから感謝しよう。
だがもう一つの『惨死くん』問題、これがマジでやばい。
主人公と同い年で僕も学園に入学することになるんだけど、そこで魔族が襲撃してくるイベントが起きる。ゲームの中の僕は無手で魔物三匹に挑んだ結果、袋叩きにあい死んだ。蛮勇というのも愚か、ただの馬鹿だ。体を鍛えているわけでもないのに素手で魔物に勝てるわけがないだろうに…
ゲームの運命は変えられる…そう信じるとして、僕があの場を生き残るにはどうすればいいか。
今すぐ考えついた方法は二つ、『ただ必死に逃げ回る』か『体を鍛えて魔物に打ち勝つレベルまで強くなる』かだ。
現実的な選択は『逃げ回る』作戦だろう。
魔物が襲撃してきたあの講堂には王族もいる。彼らを守る為の強い護衛騎士がいるのは確実だ。あの非常事態、護衛騎士に守ってもらう為に王族の方々へ近づいても咎められはしない…はずだよね?
だけど王族がいる講堂のステージまでは僕がいる場所からかなり離れている。その距離を魔物の凶刃から避けながら落盤に巻き込まれずステージまで行けるのか?
現実問題、それは難しいように思える。
「どうすればいい。僕はどうやったら生きることが出来るんだ」
誰もいない広い部屋の中、僕は長い時間を使って最善策を探し続けた。
◇
僕は執事長のいる部屋へ向かっている。
昨日夜遅くまで考え続けた結果、一つの選択肢を選んだ。
その選択を実現するため、執事長の元へいく。
「執事長、突然ですまないが相談したいことがあるんだ。扉を開けてくれないか」
部屋をノックして開錠を願う。
中から返事はなかったがすぐに扉の鍵は開けられた。
「おはよう執事長、こんな朝早くからごめん」
「お気になさらず。使用人の身なれば当たり前のこと。エアリス様は考える必要ありません」
執事長は朝四時にもかかわらずいつもと変わらない明るい笑顔を見せてくれた。
この家の使用人全員を取り仕切る彼は何年もこの屋敷に勤めてくれている。執事長は僕が相手でも距離を置いた話し方をしない、数少ない人だ。
だから僕は彼にお願いする。
「訓練をつけてくれ。僕は強くなりたいんだ」
僕がすがった希望、それは至極単純に『強くなること』だ。
これだけは避けたかった。でも入学式のイベントだけじゃなく、未来全体のことを考えるとどうしてもそこに行き着くのだ。
あの場を偶然逃げ延びたとしてもきっと僕はたくさんの厄介ごとに巻き込まれる。魔王復活は確定事項、強くならないと生存確率は低いだろう。
まだ入学まで時間のある今、僕は体を鍛えることにした。
「訓練…ですか」
「うん。執事長には僕を鍛えてほしい」
困ったような、驚いたような表情をしている。
今まで遊んでばかりいた子供が急に『鍛えてほしい』と言ってきたら困惑もするかもしれない。
どう対応するか考えてる執事長、どうして彼に訓練を頼んだのか。
その理由は単純だ。
彼がこの屋敷で一番強いからだ。
「戦争経験のある執事長に師事を頼みたい」
「何故そのことを…?」
「秘密だ」
細かい事情は省くけど、彼はゲームに一度だけ登場してる。その時に知った。
しかしゲームの知識とは言えないからはぐらかしておく。
「弱い自分が嫌なんだ。僕は騎士を目指すことにした。だから僕を強くしてほしい」
弱い自分が嫌、本当のことだ。
家を継ぐつもりはないし、文官は性に合わないから騎士を目指すことになる。
この体は弱い。
体は通常の六歳児に比べれば小さいし体重も軽い。
筋肉はなく骨と皮だけの人間。
未熟な体で産まれてしまった僕が強くなるには並々ならない努力が必要だ。
それでも僕は強くなりたい。強くならなきゃいけないんだ。