気づいたこと
「本当に大丈夫なのですか? 昨日は痛みで大声を上げていましたが…」
「平気だよ。結構血が出てた事に驚いちゃっただけだ。痛みはそんなにない」
気絶した僕はすぐに家であるこの屋敷に運ばれた。家に住み込みで従事している医者が診たところ出血しているがそれは額が傷付いたからであり頭は大丈夫とのこと。頭は何の傷もついていない。
今は額にデカい絆創膏を貼られてベッドに寝かされている。
「僕のことは心配しないでいいからお父様の仕事の補佐をしてあげて」
「…承知しました。何かあればすぐにお呼びください」
高齢の執事長は綺麗なお辞儀をすると渋々といった感じで部屋から出て行った。
部屋の入り口付近にはお付きのメイドがいるだろうが、この部屋にいるのは僕一人だ。
布団を跳ね除けると小走りで部屋の隅に立つ大きな鏡を覗き込む。
「うん、僕の顔だ。いつも見てる僕の顔」
鏡の中の僕は綺麗な茶髪がちょうどよい長さで切り揃えられている。クリっとした茶色い目は可愛さを感じるかもしれないがお父様のような厳格さ、カリスマを感じる鋭い目つきは遺伝しなかった。
まあ目つきだけじゃなく髪の色も遺伝はしなかったが。お父様は完全な金髪だし。僕はお母様の血を多く受け継いだらしい。
不細工なわけじゃないけどイケメンという訳でもない。
これといって特徴がない、つまりはパッとしない顔なのだ。
そのパッとしない顔を持つ僕の名前はエアリス・オルテガ・カルタット。
四代公爵家のうちの一つ、オルテガ家の長男として生を受けた。
この国の人は大まかに『王族』『貴族』『平民』『奴隷』の四つに分けられる。王族貴族は上級民、平民や奴隷は下級民だ。
上級階級で最も高位なのは王に君臨している者の血族や親戚だが、その次は貴族で爵位が最も高い公爵が来る。そして本来公爵家を継ぐ長男ともなれば僕がそれなりに高い地位にいることが分かると思う。
肩書きを見れば凄いかもしれないけど現実はそうでもない。
跡継ぎは僕の弟ということになっている…僕はオルテガ家の中で『要らない子』扱いされている。
エアリス・ボレアスは本来次男になるはずだった。
でも妾の子である僕が未熟児として想定より早く生まれてしまった事、正妻が体調を崩され産した事……全てが予想外だった。
僕が正妻の子であれば、未熟児であれど家督を継ぐことは出来たかもしれない。だけど、お父様は一年違いで産まれた腹違いの元気な次男を後釜に考えている。
僕のお母様は出産事に亡くなってしまった。僕を次期公爵に推薦する者は…いない。
この家で僕の立場は低い。お父様は立派な公爵にするため次男につきっきりだ。どうでもいい僕のことは放置している。
ここ数ヶ月お父様の顔を見ていない。会ったとしても冷たい視線を向けられるだけだから、僕も会いたいわけではない。
自分の立場に溜息をつかずにはいられない。
おでこの絆創膏をさする。
「僕が前世を思い出したのは偶然なのかな…」
屋敷近くの川で水遊びをしていたら派手にすっころんで頭(額)を強打、日本で過ごした大学生の記憶が蘇った。
別に違和感はない。
思い出したのは記憶だけ。前世の人格も甦ったわけじゃない。でも二十年の記憶を追体験して妙に大人びてしまった。デメリットはないんだし気にしない。
「しかしなー…僕って大分複雑な立ち位置だ。長男だけど未熟児で妾の子ってなんだよ。厄介な属性盛りすぎだろ」
物心ついた頭で己の立場を考えると頭を抱えたくなる。
公爵家は王を支える支柱たる存在。家督を継ぐ者はそれ相応の素質が求められる。僕みたいなのがなれるとは思わないし、なりたいとも思わない。僕に政治は無理だ。
服をペロリと捲ると痩せ細った肋骨の浮いた胴体が目に入る。毎日三食、栄養のある貴族の食事を取っていてこの有様だ。
未熟児として産まれた僕は虚弱体質まで併せ持っているらしい。
骨が浮いている自分の体に顔が歪んだのを感じる。
服を元に戻してベッドの上に寝転がる。清潔で白い大きなベッドの真ん中で大の字に体を伸ばし宙を仰ぐ。
「こんなガリガリのチビを公爵にしようとは思わないか。本当に面倒な体と……立場だよ」
こんな頭が痛くなるなら前世なんて思い出さなくて良かった気がする。あれが原因で心と頭が変に成長しちゃったんだ。いっそ今までみたいに何も考えず脳天気な生活を送っていた方が楽だった。ちくしょう。
…実を言うと僕が悩んでいるのはコレだけじゃない。
自分が崖っぷちの危ない場所に立ってる事は歳を重ねれば嫌でも知っていた。苦悩するのが少し早まっただけ・・・そう考えればいいんだ。
だけどもう一つの悩み事、これは簡単に片付けられる問題じゃなかった。
「本当嘘みたいだよ。ここが…前世で夢中になってやり込んでいたRPGゲームの世界だなんて……」
冗談のように聞こえるかもしれない。だけどちゃんとした証拠がある。
まず、エアリスが6年間で得たこの世界の知識と、そのゲーム内での設定があまりにも一致しすぎている。総プレイ時間2000時間を軽く超えるほどやり込んだゲームの知識が可笑しいくらい当てはまっている。
一つの矛盾点が出ないのはこの世界がゲームの中そのものだからとしか考えられないのだ。
そしてもう一つ。
僕は鏡の中の顔にゲームで見たキャラクターの面影を感じた。
最初は気のせいだと思った。彼はゲームで名前も出てこないキャラだったから。
でも僕はそのゲームを最初からやり直すたびに、彼の顔を見ていた。
よく考えればすぐに分かった。
欧米みたいに金髪とかの派手な色が多くて僕みたいな地味な色は少ないこの世界で、茶色い髪と目の持ち主は限られている。
ゲームのオープニングムービーで体を裂かれ、首を跳ねられ、挙げ句の果てには燃やされる。ストーリーでは最も早く死ぬことになりその死に方が惨すぎることで『惨死くん』というあだ名が付けられた名前も出てこないモブキャラ、それがこの僕だった。
「なんてこった。本当の本当になんてこった」
僕はゲームの即死モブに生まれてしまっていた。