09
「っくちゅんっ……ずずっ、はぁ、熱出なければいいけど」
帰ってすぐにお風呂に入ったのにずっとくしゃみが止まらない。
それでもなんとかみんなの前では隠すことに成功しみんながスヤスヤと眠りだしてから部屋を出て一階でのんびりとしていた。
ちなみにお父さんも既に帰ってきており、そちらも恐らく寝たと思う。
「というか私、告白されちゃったんだよね?」
考え事が脱線しあの時はほぼスルーして三月の家に行っちゃったけど。
「でもなんでろくに一緒にいなかった私が好きなんだろう」
親戚という繋がりはあってもほぼ会っていなかったと言っても等しい私たちだ。
まだ幼かった小学生時代はともかくとして、中学生時代なんてほぼ会っていなかったというのに。
しかも彼女を好きだと言っている子は可愛くて優しい子なんだよ? 雫ちゃんは綺麗で格好いいしでとてもじゃないけど勝てる相手じゃない。
そもそも比べることすら失礼に該当するような人たちだ。
「断った方がいいのかな」
「なにをですか?」
「それは蓮花ちゃんに告白されたことだけぉ!?」
「むぅ、さすがに驚きすぎです、ちょっとショックです」
ルリ(仮)は頬を膨らませこちらを睨んでいた、ポーズを簡単に伝えるのならムキーッって感じのものだ。
「そうですか、赤嶺さんがあなたのことを好きだとそう言ったのですね?」
「うん……」
この子の気持ちを知らずに、雫ちゃんから無理やり引き出さずに、あくまで対等の関係でいられたのならふたつ返事で受け入れていたと思う。
けれどいまは違うんだ、仮にここで蓮花ちゃんの手を取ってしまったら私はとんだ性悪女ということになってしまうじゃないか。
「雫先輩には言いましたか?」
首を振ると「そうですか」と言ってルリは顎に手をやる。
好きだと言った手前、簡単に諦められるわけではないのだから当然だ。
私だって小学生時代からの好意を高校一年生の五月まで持ち続けたわけなんだし最近好きになったとするならば普通に心の最前にあるに決まっているわけで、そしてそのそこにある気持ちを人は簡単に捨てることはできない。
「中野さんはどうなんですか?」
「私は……」
「今回は誰かのことではなく、あなたの気持ちを教えてください。引っかかってることとかもどうでもいい、あなたが純粋に赤嶺さんとどうなりたいかということを」
それって要は受け入れるか、それとも受け入れないのかということを聞きたいってことだよね? いま引っかかってることとかも全部考えることを放棄して本当に純粋なところ、蓮花ちゃんを好きかどうかって。
「好きだよ」
「そうですか、教えてくれてありがとうございます」
これが三月の気持ちだったのかもしれない。
だってこれから告白しようとしているところに「私が好きだから諦めて」とか「私が付き合ってるから諦めて」なんて普通は言えないんだ。
その子が全く関わっていないとかだったらまだ言いやすいかもしれないけど友達だし逆恨みされる可能性もあるしで恐れて私だったらできない。
なのにルリはこちらを見て優しい笑みを浮かべた。
その手をぎゅっと握り悔しさを無理やり隠そうとしているのが見て取れなかったら、馬鹿みたいにその笑みを信用してあの子のところに行っていただろう。
こんなのは自己満足でクソなのかもしれないけど、その小さい体を抱きしめる。
「本当は赤嶺さんからも言われていたんです」
「え……」
「あの日、あなたに赤嶺さんが『大嫌い』だと言った日でした。慌てて追いかけると案外する追いつくことができたんですが……すぐにこちらを向いて『私は瑠依ちゃんが好き!』と」
「そうだったんだ……」
それでも大嫌いと言った手前、簡単に近づくわけにはいかなかったということだろうか。
ルリと普通にしていたのも、ルリはそういう意味で割り切って頑張っていたのかもしれない。
「でも、当然なんです……」
「え、なんで?」
なにもできていないだけならともかく、平気で傷つけてしまうような私を好いてくれたみたいに、そんな偶然だってゼロではないのに。
「だって私はあの時、赤嶺さんがあなたに『大嫌い』と言った時、喜んでしまいました、ほっとしてしまいました。人の不幸を喜ぶような人間が選ばれるわけないんです」
「そんなこと言ったら――」
彼女は私から一歩遠ざかると私の唇に指を当て透き通った笑みを浮かべた。
「すみませんでした、名前呼びを禁止したり家に泊まらせないでくれ、なんて言ってしまって」
「ううんっ、だって苦しいの分かるもんっ」
一回目はともかく二回目は本人の目の前で馬鹿みたいに泣いてしまった、その点ルリは強いと思う。
拳を握りしめてぐっと堪えているだけだろうけど自分にはできなかったことを彼女はいましているのだから。
「……んー……喉が乾いた」
「あ、赤嶺さん」
「ん? あ……なにやってたの?」
「ふぅ。赤嶺蓮花さんのことが好きです、付き合ってください」
振られると分かっていて告白なんてできない。
でも、恋をしたのなら告白もしないで納得することはできないだろう。
「ごめん」
「はい、言いたかっただけですから」
私がいなかったら――なんて考えるのも傲慢だ。
私はただルリがリビングから出ていき、階段を上がっていくのを目で見て、耳で音を聞いていた。
「瑠依ちゃんは寝なくていいの?」
「うん、まだいいよ」
ソファの空いてる場所をぽんぽんと叩いて彼女を誘うと、彼女はこくりと頷いて座ってくれた。
深夜のリビングには私たちが動くことで聞こえる衣擦れ音やアナログ時計のカチ、カチという音だけ。
「私が瑠依ちゃんのことを好きになった理由はね、私が怖がって瑠依ちゃんの後ろに隠れても面倒くさがらずに付き合ってくれたからだよ。親戚の中ではすぐにぐずって迷惑ばかりかけててさ、よくヒロ君やララちゃんには文句を言われちゃったけど、瑠依ちゃんは一度もそんなことを言ってこなかった。それが凄く嬉しかったんだよ? だから高校は瑠依ちゃんと同じところを選んだの」
それは単純に自分もヒロ君やララちゃんに馬鹿にされていたというのもある、いつも情けないと怒られてばかりだったから頼ってくれる蓮花ちゃんの存在は大きかったのだ。
だから彼女を支えていたと言うよりは彼女に支えられていたと答えるのがこの場合は正しい。
「それでも五月まで会いに行かなかったのは……あれをあんまり見せたくなかったからなかな」
「あ、金色の髪とか口調とか?」
「うん……でも、中学では弱々しいままだと馬鹿にされてさ、瑠依ちゃんはそのままでいいってよく言ってくれてたけど厳しくて……」
同情でもなんでもなく私は彼女のそういうところを好きだと思っていた、けれど私がそんなことを言ったせいで苦しんだということなら謝罪をしなければならない。
「ごめん、無責任にそのままでいいよなんて言っちゃって」
「ううん、それはいいんだよ。悪いのは自分はこのままでいいと思えなかった自分だもん。周りに流されて変えるのは簡単だけど、自分の本当にやりたいようにするのって凄く難しいよね。でも」
そこで私の手の上に重ねて彼女は続きを言う。
「瑠依ちゃんを好きだという気持ちはずっと持ったままだったよ」
「あ……」
「だからね、正直に言って性格悪いし嫌いにならないでほしいんだけど……長谷川榛樹くんと付き合えなくて良かったって思っちゃった。三月ちゃんがいてくれて良かったってことも」
「あはは、嫌いになったりしないし性格が悪いとも思わないよ。見ているようで全然見られてなかったもん。聞けば中学二年生から付き合ってるって言ったんだよ? 高校になって直接告白してから気づくとか遅いなって笑っちゃったくらいだよ」
で、馬鹿だから三月を信用できないとか言って困らせたりして、そりゃ嫌いになるわって感じだったけども。
「今日迎えに来てくれてありがとね、行ってなかったら駄目だったかもしれない」
「もう昨日だよ? 0時越えてるし」
「こ、細かいことはいいのー!」
「あははっ、ごめんごめん」
三月の家から帰ってきた時もそうだっけど幸せだ。
もちろん、あんまり浮かれたりすることはルリもいるからできないけど。
「あ、まだ起きてたのねあんたっ」
「三月?」
「さっさと寝ないと風邪引くでしょうが! ……って、もしかして邪魔してしまった感じ?」
「ううん、大丈夫だよ。もう寝ようかってことになっていたから」
「そ、ならいいけど」
三人で部屋に戻って寝る準備をする。
「瑠依ちゃんの部屋で寝てもいい?」
「いいよ」
え、待って、あっちの部屋でみんなで寝ようとしていたのに私たちだけこっちで寝てもいいのかな――って、考えたくせに即答してしまった。
私も彼女を求めている? のかもしれない。
「私は雫たちとそっちの部屋で寝るわ」
「うん、おやすみ」
「さっさと寝なさいよ?」
「分かってるって」
やはり自室は落ち着く。
みんなが寝ている部屋は元母の部屋だ。
お父さんは一階の和室、昔も一緒の部屋では寝ていなかった。
「ごろーん」
別に新品というわけでも完全に綺麗というわけでもないけど、匂いとか感触とかが好きだ。
「? なんで立ってるの?」
「い、一緒の布団に入ってもいい?」
「別にいいけど、はい、どうぞ」
「ありがと……」
いまさら一緒に寝るくらいで緊張しなくて……も。
「ん? 瑠依ちゃん顔が赤いよ?」
「か、風邪かもね」
「え、それなら早く寝ないと」
「うん……おやすみ」
彼女と反対を向いて寝て少し落ち着かせる。
だって私も好きってことなんだよね? で、彼女も私を好きでいてくれているというこの状況で、一緒の部屋、ベッドの上、狭い領域の中でふたり転んでるんだ。
それって冷静に考えてみなくてもドキドキすることだ。
告白こそしていないけど私が好きだって言ったら受け入れられちゃうわけだよね? そしたらハグハグとか好きって言い合ったりキスだって恋人ならしちゃうのが当然なわけで。
気軽に許可した私を全力でぶん殴りたくなったのは言うまでもなく。
早く寝たいのにこんな状況で寝られるような胆力はないという悲しさ。
「えいっ」
「っ!?」
後ろから抱きしめられた上にちょうど耳や首筋のところらへんに彼女の温かい吐息攻撃という卑怯な展開がなされた。
ぶるりと体を震わせ、それ以降もドキドキやソワソワ、耳にかかる吐息によってゾクゾク――早く寝ないとと言った本人が一番早く寝させないようにしているという悪者さんになっている。
「すーき」
「ひぁ……」
「好きだよ、瑠依ちゃん」
「や、やめ……」
「嫌だーだって好きなんだもん」
実は耳が弱点だったのか、単純にその声の主や体温の主が彼女だからかは知らないけどとにかくこのままだと不味いと思って反転。
「あっ……」
ま、そうなるよねって感じの結末だった。
こちらを見て笑みを浮かべている彼女と、好きな子の顔を超至近距離で見つめてしまったということから固まってしまった自分。
そりゃ抱きしめられるくらい近づいていたんだからこうなることくらい当然のことだ。
「ちゅー」
「ん……」
まるで自分から求めたみたいじゃないか……、まだ好きだってことすら言っていないというのに。
「……好き」
「キスされてから言うのー?」
「しょ、しょうがないじゃん、どこかの誰かさんが勝手にしちゃうから!」
「はいはいはーい、ごめんなさーい」
「なんか昔と変わっちゃったよね蓮花ちゃんは!」
「ううん、本当の私だよこれが」
「もう――」
「静かに、雫先輩たちが起きちゃうよ」
彼女の指の柔らかい感触がなんとも印象的だった。
本当は唇の方が柔らかかったのかもしれないけど己の内側の複雑な気持ちと戦っている内に忘れてしまったのだ。
「いまはもう私の方が大人なのかもね」
「そもそも私たちは同い年だし……まあそうなんじゃない?」
私は自分を変えようとしたことすらなかったmけれど彼女は変えようとした、その違いは結構大きい。
「だって私は金髪に染める勇気とかないしコンタクトとか怖いもん」
「私、考えてみたんだけどさ、あのまま金髪でもアニメ系ヒロインみたいで良かったかなって思って」
「でも、ここは現実じゃん」
「それでも私はあなたのヒロインだよ? 私にとっては瑠依ちゃんがヒロインだけど」
現実でヒロインだなんだの話を持ち出すのはちょっと痛い気もするけどあながち間違っているとも言えないか。
少なくとも私の人生においては私が主人公兼ヒロインということでも……ふふふ。
「っくしゅっ」
「うへぇ……つ、唾がぁ……」
「あ、ごめんっ」
ティッシュで彼女の顔を拭いていく。
白くて滞りなく動かせるくらいすべすべで適度に柔らかいと。
「蓮花ちゃんは化粧とかしなくていいからね」
「うん、面倒くさいからしないよ」
「あ、でもちょっとしたら更に美少女になるかも!」
「やったことないから悪くなると思う。それに変に飾りたくないから」
面倒くさいって思う気持ち凄い分かる。
それに顔について悪口を言われたことはないし、言われるまでまだいいだろう。
「はぁ、うるさいわよ」
「あ、三月の上位個体が来た」
「は? ちょっとあなた調子に乗ってるんじゃないの?」
「ひぃ!? じょ、冗談なのです、すみませんです」
「ま、いいけれどね。ちょっと失礼するわ」
私と蓮花ちゃんの間に入ってきてなぜかこちらを抱きしめてきた雫ちゃん。
「蓮花より私にしない? 胸もあるし容姿にも自信があるつもりだけど?」
「ま、負けない、胸圧には負けないぞぉ……」
「ちょっと雫先輩っ、私の瑠依ちゃんになにしてくれてるんですか!」
「ふっ、これで瑠依は私のものね」
「だめー!」
ま、まあ、雰囲気が悪くないならこれでもいいかと思った。
なんたってこの胸の感触と綺麗な顔をこの距離で見られるのはいいことだから。
「なにをやってるんですかみなさん」
「あ、ルリっ、雫ちゃんを――」
「私も加わりますっ、仲間外れは嫌ですからね!」
だ、駄目だ、止められる存在がいない。
けれどルリが楽しそうにしていたので、これもまたいいなと割り切り寝ることに専念したのだった。