06
さて、改めて振られた私だったけど、
「うーん、学校に行きたくないなぁ」
正直に言って足が重すぎてずっとリビングに居座っていた。
現在時刻は七時四十五分で八時十分までには行かなければならない。
「休もうかなあ」
でも分かってる、こんなこと言ってる内は休むつもりがないんだって。
仕方ないから寝ているユキ君を撫でてから外に出た。
もうすぐ六月になる。
高校生活は特に楽しいとは言えない。
それどころか人生で一番人に嫌われているような気すらする。
無難に生きるとはなんだったのか、その引き金を引き続けたのは自分なのだからどうしようもないと思う。
「あ、遅いじゃない、休むかと思ったわよ」
「あー……学校に来たくなくて」
三月がこうして普通に話しかけてくれるのは大きい。
だって蓮花ちゃんにもあの子にも茂木先輩にも嫌われているし。
「へえ、あんたにしては珍しいわね。小中皆勤だったのに」
「昨日、ちゃんと振られたんだ」
「あ、榛樹に?」
「うん」
「でも、榛樹は一度もそんなこと言ってなかったけど」
優しいということなんだろう。
「中野が泣いたんだ」なんて言えるわけもない。
「また迷惑かけちゃった……ごめん」
「それよりあんた、蓮花は?」
「あー……今日は忙しいんじゃない? ほら、別のクラスだし、日直とかあるかもしれない……し」
「ふーん、ま、いいけど」
適当に座って鞄から荷物を取り出している際に気づく。
「あ、課題のプリント忘れちゃった……」
「はぁ? なにやってんのよ」
なにもかもツイてない。
それも全て自分のせいって考えると気が滅入ってくる。
「おはようございます」
「おはよ……って、どうしたのよ、そんな真剣な顔をして」
未だに名前すら知らない女の子。
蓮花ちゃんは彼女の名前を聞くことができたのだろうか。
「中野さん、昨日蓮花さんが家に来ましたよ」
「え、瑠依の家に泊まっていたんじゃなかったの?」
「私が言ったんです、もう家に泊めないでくださいって。それと、名前で呼ぶのやめてくださいって」
「は? なんであんたが急に出しゃばってくるのよ」
「だって私、蓮花さんのことが好きなんです、特別な意味で」
「え? そ、そうなの?」
なんでいちいちそれを三月に言うんだ。
好きなら好きでいいけどそれを公言する必要はない。
勝手にやっていればいい、蓮花ちゃんだって受け入れたければ受け入れるだろう。
「それに中野さんは蓮花さんに一任しましたよ?」
「てことは蓮花次第だって言ったってこと? あれだけ蓮花は瑠依のことを好いてくれていたのに?」
「そうです、辛かったのか『大嫌い!』とぶつけて帰ってしまいました」
えぇ……全部ネタバラシとは、これじゃ三月も向こう側に回ってしまうじゃないか。
「席に着けー」
「あ、先生来てしまいましたね、また後で来ます。それと、蓮花さんはちゃんと登校しているので安心してくださいね」
どうでもいいよ、そんなこと。
もう関係のない人のことを気にしている場合じゃない。
強烈な失恋ダメージと、人に嫌われるこの属性と戦うだけで精一杯だから。
「あ、中野、ちょっといいか」
「あ……」
私の周りにいる人は死体撃ちが得意らしい。
まあ安全と言えば安全なのかもしれないけど、こういう追い打ちの仕方はかなり厳しい。
「ちょっと榛樹、瑠依になにをしようとしてんの」
「べ、別になにもしない……ただ、ちょっと話したかっただけだ」
「はぁ……あんたねえ、振った相手と翌日、普通に話す奴がいるわけないでしょ」
あ、三月が言ってくれてる。
というか今日のこと全然覚えてない。
私、今朝からどうやって……。
「ま、それならここでいいか、中野も三月がいれば安心できるだろ?」
「で、なにを言おうとしてんのよ?」
「俺、友達から聞いたんだけど中野はさ、茂木先輩に嫌いだって言われたんだろ?」
「ああ、最近蓮花がよく関わっていた先輩ね」
長谷川くん、部活に行かなくていいんだろうか。
私も運動をすればぱーっとしゃーっとスッキリできるのかな。
「あんた、たくさんの人から嫌われてるわね」
「三月にもね」
「あれは……悪かったわよ」
「ううん、いいよ、自分が好かれない、嫌われる人間だって分かってるし」
こんなことを自白させられるってある意味面白いかも。
自分が考えているだけならともかく、はっきり相手にぶつけるのは違う。
こんなんじゃ同情をひこうとしているだけだ、お世話になった人に結局迷惑をかけるだけって一体なんのためにいるの自分は。
「……俺が言ったらムカつくかもしれないけどさ、中野って変なところで線を引くところがあるだろ? そういうのが影響して周りもモヤモヤしてるんじゃないのか?」
「あのさ、ふたりは普通に戻れたの?」
「ま、まあね、あんたのおかげ……かも」
「あー、良かったね、私が告白して見事に振られることで愛を再確認できたってことでしょ? 良かったよ、迷惑をかけたばっかりじゃなくて、さ」
あっ、こういうところか、変なところで自虐に走るから問題が起こると。
「もういいかな、長谷川くんだって部活あるだろうし帰るよ」
「家に蓮花がいなくて、学校でも蓮花といなくて、他の子に誘われても断って、話しかけても上の空で、いざ応じてもすぐにこれ、あんたそんなんでいいの? 嫌いって言ったのは撤回するし一緒にいてはあげるけど、いつだってあんたに構ってあげられるわけじゃないのよ? ひとりで耐えられるの?」
「でもさ、結局自分が願ってなくてもこうなってるんだよ? しょうがないんじゃない、そういうものだって割り切ってるつもりだけど。あ、だけどまあ割り切れないことだって……ま、どうでもいいよ、帰るね」
どうしたってひとりになるのならもう受け入れるしかない。
どれだけ頑張ったところで最終的にそうなるって分かっていることを、馬鹿みたいにいい方向に繋がるって信じて動くことはできない。
誰だってそうだ、盲目的に信じられることばかりではない。
「こんにちは」
どういうつもりなんだろう。
あの時蓮花ちゃん――あ、赤嶺さんって呼ばなきゃ駄目なのか、赤嶺さんが恐れていたみたいにもしかしてボコボコにされちゃったりするのかな。
「あ、はい、こんにちは」
「ねえ、ひとりになってみてどう? まだそれでも大丈夫って言える?」
「友達に三月にはしょうがないって言っておきましたけど」
「前はごめんなさい。嫌いって言った理由、教えてなかったわよね」
「どんな理由があっても嫌いは否定じゃないですか。今更それを知っても意味がないっていうか……」
どうせ全然話せてなかったし嫌われてたってあまり状況は変わらない。
「ま、聞いてよ。私があなたを嫌いって言ったのはね、嫌いって言われた後にそういうものだって、仕方ない、努力しても無駄って割り切ってしまうからなのよ」
「あ……そう言われたわけじゃないですけど、三月にも似たようなことを……あと、長谷川くんにも……変な遠慮をしてしまう、と」
私自身はそんなことしているとは思わないんだけど。
遠慮というか当然の対応でしょ? だって拒まれたらそうだって認めるしかないんだから。
「そうそう。で、その子と友達でいたらいつか切られてしまうんじゃないかって不安になるでしょう? あなただって、例えば蓮花から『いつかは切るけどね』って事前に言われていたらどう?」
「それは……不安というか悲しくなります」
だったらって関わるのをやめるかもしれない。
あ、だからこれか、茂木先輩が気になってるのって。
「そうでしょう? でね、私はあなたのことを全然知らないわけでしょ? だからそういうところでしか判断できないわけ」
「なるほど……」
「だから、そういうところ直してくれない?」
「直したら、どうなるんですか?」
「今度は私からお願いする、お友達になってください、ってね」
なんだ、じゃあ私が本当にマジで嫌いというわけじゃないんだ。
「どうすれば、いいですか? これが素なので分からなくて」
「もっと貪欲にいきましょう? みんなと、一緒にいたいって」
「……やっぱり私、誰かといたいんです。三月や蓮花――赤嶺さんや、茂木先輩とも」
どうしようもないからそうやって割り切ろうとしていただけ。
ひとりで大丈夫なのって聞かれたって願ってもないのに自然とそうなっているんだから仕方ないでしょっていつも思ってて。
「ええ」
「だって茂木先輩には私から頼んだんですよ? なのに嫌い、友達やめましょうなんて言われたら……私だって……」
「ごめんなさい。それで直してくれる?」
「私っ、茂木先輩といたいです! だって格好いいから!」
「ふふ、最初の時も言っていたわね」
あとは赤嶺さんか、けれど一緒にいるって言った後にあれじゃあなあ。
「蓮花、この前公園にいたわよ?」
「そう、ですよね、まずは赤嶺さんと仲直りしないと」
「あの子が蓮花のことを好きだからなに? なんで自分の気持ちもぶつけず全部蓮花次第って言ってしまったの? それってもう関係ないと思ったから? 私が言うまで動こうとしなかったのもどうでもいいって割り切っていたから?」
どうでもいいって考えてしまった。
嫌われてるんだからもうどうしようもない、復縁できないって。
そんな子のことをずっと考えていられる余裕はないって壁を作った。
「……誰かを好きになるって苦しいことでもあると思うんです。だって好きになったって叶わないことだってあるし、その人には他にも友達がいて、その友達を大切にするかもしれないじゃないですか。あの子は過去の私なんです、だったら願いを叶えてあげたいって思って……」
「蓮花の気持ちを一切考えず?」
「それを言われると痛い……ですね」
けど、他の人の気持ちなんて考えられる余裕がないのだ。
もしそんな余裕があるのならこんなことにはなっていない。
「も、茂木先輩こそ本当にいいんですか? 蓮花のこと気に入っていたようですけど」
「名前呼びに戻っているわよ?」
「あ……ま、まあ、ここにはあの子いないですし」
私に関係する人が悪く言われないのであれば自分が悪く言われてもいい。
「茂木先輩、協力してもらえませんか」
「蓮花のこと? 呼び出すくらいならできるけれど。だってあなたは登校、休み時間、下校、その間は一緒にいたいって思っていたのでしょう? 泊まることと名前呼びは反対されたけれどそれ以外は禁止されているわけではない――そうでしょう?」
「はい、お願いします」
赤嶺さんのことを気に入っていたんじゃないかって質問は以前にもした。
その時は蓮花には悪いけどそういう感情がないって茂木先輩は言ってた。
でも、それが本当かどうかは全く分からない。
一度聞かれたことだから答えなかったのか、それとも単純にあの子が私のことを気に入ってくれていると分かったから遠慮したのか分からないけ、ど。
「それではいまからね」
「えっ!?」
「早い方がいいじゃない、そうでしょう?」
「そりゃそうですけど……って、ああ!」
アプリには当然のように通話機能が備わっていて交換していれば普通に話をすることができる。
茂木先輩は携帯を耳に当ててすぐに話をしていた――のを奪って直接話をすることにする。
「赤嶺さんっ」
「…………」
茂木先輩のことどう思ってるのなんてなんで私は聞こうとした?
そうやって周りに振り回されるのが嫌なんじゃなかったのか私は。
誰かに勝手に聞かれて勝手に振られて傷つくことになる。
「全くもう……勝手に取ったと思ったら名字を呼んだだけで硬直?」
「あ、ご、ごめんなさい……ちょっと切りますねこれ」
「瑠依……ちゃん」
「ごめんね赤嶺さん、ちょっと茂木先輩に聞きたいことがあるの」
「待って!」
「ごめんねっ」
「待っ――」
だったら本人に聞かなければいい。
そうすれば私たちだけの秘密ということで片付けることができる。
「茂木先輩。蓮花のこと、どう思ってるんですか?」
「ふぅ、またそれ? 私にはないって言ったでしょう?」
「はっきりしてくださいよ、貪欲にって言ったの茂木先輩ですよね?」
「だからないって言ってるでしょう!? あ……はぁ……いい加減にしなさい、これ以上するならさっきの話なしにするわよ?」
それならなんでそんな顔をする?
って、別にあの子が私のことを好いてるわけじゃないけど。
「中野さん、気にせず仲直りしなさい」
「待ってくださいっ」
「ふふ、そんなに私に蓮花のことを好きでいてほしいの?」
「はい」
なんだよこれ、こんな物語の終盤みたいなやり取り。
メインにはなれず私は側から見ることしかできないそんな感じ。
「私、蓮花のこと好きよ」
「ふふ、分かりました」
応援するとか協力するとか言えなかったけれど。
でもそうだよ、みんなこうして素直になるしかないんだ。
色々言い訳したところで好きだという気持ちは誤魔化せないのだから。
それができないと私みたいになるぞ。