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031  作者: Nora_
5/9

05

「悪かったわね瑠依、もう言わないわ」

「うん、そうしてくれると助かるよ」


 もう私は片付けたのだ、好きという気持ちはもうない。

 だから変な期待を抱いたりしない、そのため普通に頑張ってもらいたい。

 これもあの子のおかげだろうか、また頬を引っ張られたのかと思ったら少しだけ笑みが零れた。


「中野さん、これでよろしいでしょうか」

「うん、ありがと」

「る、るるる、瑠依ちゃん……こ、これでいい、かな?」

「「「え……」」」

「な、なんで瑠依ちゃんまで驚いてるのぉ!」


 久々に見た茶色髪。

 瞳は不自然なほど透き通ったものではなく自然な青系統の色。

 おまけに昔みたいにみつあみにしてふたつのおさげ。


「だ、だから言ったのに……戻したら自信……なくなっちゃうのに……」

「う、ううん、可愛いよ蓮花ちゃん」


 けれどこれを待っていたのも事実。

 これだよこれこれ、この蓮花ちゃんだからこそもっと一緒にいたいと思うんだ。


「中野さん、蓮花はいるかしら?」

「はい、この子がそうです」

「ひゃ、ひゃぁ、し、雫さんに近づけないでぇ……」

「え、これがあの蓮花? 嘘でしょう……?」

「大丈夫です、驚いているのは雫さんだけではないですから」


 あの子も三月も固まったまま。

 一切心配する必要はない、分かっていたはずなのに私でも一瞬固まったくらいだから。


「それで茂木先輩、蓮花ちゃんになにか用ですか?」

「ええ、今日はまだ挑んできてないから戦ってから帰ろうかと」

「分かりました。蓮花ちゃん、ほら、負けられない戦いなんでしょ?」

「う、うん……このままではいられないよ」


 たかがしりとりとは馬鹿にできない。

 頭が良ければ一生とまではいかなくても延々と続けられるのではないだろうか。


「それじゃあ私はここに座ってるからね」

「え、先に帰ってもいいんだよ?」

「ううん、私、言ったよね? もう蓮花ちゃんからできる限り離れないって」

「やったぁ!! はっ……そ、そうだよね、そういう約束だもんね!」


 ……こうしておけば私がひとりになることもない。

 どんな形であれ私は彼女を必要とし、彼女はまた私を必要としてくれている、はず。


「中野さん、良かったですね」

「うん、ありがと、あなたにもお世話になったね」


 最初はこちらの情報を知りすぎてて怖かったしズバズバ痛いところを突いてくるから歓迎できなかったけど彼女のおかげで三月も簡単に説得できた、私は三月のことを嫌っているわけではないから友達のままでいたかったのだ。


「ちょっと抱きしめてもいいかな」

「はい、大丈夫ですよ」

「えぇ!? る、瑠依ちゃん……その子を抱きしめるの?」

「うん、お世話になったから。こういう形でしか思いつかないんだよ」


 小さい彼女を抱きしめる、物凄く柔らかくて怖くなるどころかもっとそれを求めるために強く抱きしめていた。

 自分の体にめり込ませるように、流石に力は調節したけど。


「ん~女の子に抱きしめられるというのも悪くないですね、お胸は小さいですけど」


 余計なお世話!


「うっ……瑠依ちゃんの裏切り者ー」

「おっぱい」

「い、一番は雫さんですよね……」


 何気にしりとりが続いてる。

 冷たそうに見える人だけど案外ノリがいいのかもしれない。


「願ったわけでもないし、いいことばかりではないのよ?」

「よく言いますよね、巨乳の人が」

「我慢しなければならないんだから」

「ら、らって……巨乳の方がいいじゃないですかぁ!」


 続けながら蓮花ちゃんはガチ泣き状態になっていた。

 ちなみに泣きたいのはこちらの方だ、だって直接小さいって言われたのは私なんだからぁ!


「あー……育ってないとみんな言うけれどね……」

「「妬みます、ずるいですぅ」」


 気づけば私も加わって茂木先輩を攻めていく。

 まだまだノリ良く「うーん、まあしょうがないわよ、胸が全てではないわ」と言って苦笑いを浮かべていた。


「瑠依」

「なに……? もしかして三月も私が貧乳だって言うの?」


 ライフはゼロよってつい叫びたくなる。

 胸が全てではないということは分かっているけどそういう武器が私にも欲しかった。

 だってそうじゃないと内面も良くない自分では戦えないから。

 どうやったって後手に回ることになってしまうから。

 恋なんかどうでもいいなんて言うけど結局それは強がっているだけだ。

 単純に選ばれないからってことでしかないのが現状で。


「私、頑張るわ、榛樹とのこと」

「あ、うん、頑張って!」


 そうだよ、やっぱり本当に好きな人と結ばれるのが一番だ。

 思わず大きな声を出してしまうくらい他の人間に取られることを拒んだ彼女にとって長谷川くんが一番だから。

 長谷川くんだってそれを受け入れて一緒にいるんだ、自分からその距離を開けたらもったいないだろう。


「野球部に応援しに行ってくるわ」

「分かった」


 ……蓮花ちゃんと茂木先輩をニコニコと笑みを浮かべ見ているあの子がいなければこういう流れにはなっていなかった。


「あの」

「はい、どうしましたか?」

「名前、教えてくれない? お礼、したいから」


 私にできることはほぼないけどこういう気持ちは大切なはず。

 いい意味であれ悪い意味であれ、してもらったことに対してはきちんと返していかなければならない。

 

「お礼なんていりませんよ、名前も知らなくていいです」

「な、なんで? あ、もしかして私が嫌いとか?」

「あ、やっぱりひとつ、いいですか?」

「うん、なんでも言って!」


 彼女は未だに茂木先輩としりとりを続けている蓮花ちゃんを熱っぽく見つめて続きを言った。


「私、赤嶺蓮花さんのことが好きなんです。蓮花さんのこと、名前で呼ぶのやめてくれませんか? あと、お家に泊まらせるのやめてくれませんか?」

「「え」」


 みんなで彼女を見る、名前も知らない彼女のことを。


「お礼、してくれるんですよね?」

「あ……」


 蓮花ちゃんと一緒にいるって約束したんだ。

 けれど、それでこの子が満足するのならって私は考えてしまった。


「か、勝手に言わないでよ……私が瑠依ちゃんといたいんだから」

「別に学校で会う分には止めませんよ、けれど家に泊まるのと名前で呼ぶのはやめてほしいんです」

「あ、あなたの名前も同じように呼ぶんじゃだめなの?」

「駄目です、だって苦しいんです……意中の方が他の人と仲良くしているところを見るのはっ」


 そうか、これを味わいたくなかったら全然あのふたりのことを見てこなかったんだ私は。

 長谷川くんが三月と仲良くしているところを見たら絶対苦しくなる。

 三月と普通に友達だからこそ悪く言うこともできなくて自分の不甲斐なさに泣くことしかできない、そんな未来が訪れるって分かっていたから。

 だからこそ見ないことにした、だからこそ、いい意味でも悪い意味でも気づかないでいられたのかもしれない。


「蓮花ちゃんどうするの? これは全部蓮花ちゃんが決めることだよ」


 押し付けるようにしてしまって申し訳ない。

 けれどこの子の気持ちも分かるような気がするのだ。

 私だって好きな子が他の子と仲良くしていたら絶対に気になる。

 なんでそこにいるのが私じゃないんだろうって、場合によっては良くないシチュエーションを思い浮かべたりして心の平静を取り戻そうとしたりもするだろう。

 だから決めてもらうしかない、私には無理だ。


「ずっと一緒にいるって嘘だったの?」

「登校とか休み時間や下校も一緒にいるつもりだけど」

「でも、この子に言われて簡単に諦めようとしてない?」

「で、でも、私はこの子にお世話になったから。それに好きな人関連の気持ちは分からなくもないっていうか……」


 あのいつもニコニコしているこの子が胸のところを掴んで苦しそうに泣きそうにしているんだ。

 なんでも言ってって言ったのは私で、彼女もそれに則り要求してきた。

 気持ち的には微妙でも、私にできる範囲のことで。

 なのに結局これはできません、あれはできませんじゃ卑怯だろう。

 卑怯な人間になるくらいなら多少距離ができたとしてもそちらを選ぶ。

 いや、分かってる、安易に友達としてでも好きなんて言った私が悪かったんだろうということは。

 けどこの子にはなんかまるで私といなきゃいけないみたいな感じに洗脳してしまっていたのだ。

 だったら私が解放してあげなければならない、それもまた私の定めと言える。


「なにそれっ! 瑠依ちゃんのためにわざわざ戻したんだよ!?」

「……蓮花ちゃんのことは好きだけどそういう意味じゃない! あと、変に縛られすぎだよ……過ごしてみればいいじゃん? この子とさ」


 親戚と言っても毎日話していたわけじゃないし今月やって来るまで全然会ってすらなかった存在だ。

 昔は彼女も私も弱かった。そういうのを変えたいと思って蓮花ちゃんは派手さを身にまとって生活しようとしたんだろう。

 で、彼女の中に弱かった頃の私が残ってて見守ってやらないといけないという思いがあったのかもしれない。


「ばか! もう大嫌いっ」


 彼女は教室から走り去り、あの子も追っていった。

 教室にはもう私と茂木先輩しかいない。

 こちらをじっと見つめる先輩はなにを考えているのだろうか。


「いいの?」

「茂木先輩は良かったんですか? 私と違って気に入っていたようじゃないですか」

「質問に質問で返さないの。でもそうね、蓮花には悪いけれど、そういう感情はないわ。あなたにもないわね」

「分かってますよ最初から……」


 だから嫉妬したんだ。

 他の人のところに行って遅くまで帰ってこない蓮花ちゃんに。


「私は誰にも好かれないですから」

「蓮花のは違うの?」

「はい、違います」

「そう。私からもひとついい?」

「どうぞ」


 先輩は教室を出てから立ち止まり言った。


「私、あなたが嫌い」

「え……?」


 そもそも茂木先輩とまともに話したことすらないのに。

 こういう形が一番堪えるなあ、特になにもしていないのに嫌われるって。


「友達、やめましょう」

「……はい、すみませんでした」

「思ってもいないこと言わなくていいわ」


 去って行く背中に手を伸ばして、けど限界がきてだらんと下へと落ちた。


「私のことなんてなにも知らないくせにっ」


 じゃあ友達になってあげるなんて言わなければいいのにっ。

 じゃあID交換なんてしなければいいのにっ。


「って、なにマジになってるんだか私は」


 自分が言ったんじゃないか、誰からも好かれないって。

 だったらああいうことを言われるのだって普通のことだろう。

 なにかが終わればなにかが始まる、ずっとこの繰り返し? やってらんないね。


「うはぁ……帰ろうか」


 残ったのはまた三月だけか。

 けれどその三月だって優先すべき存在がちゃんといる。

 それに他人はあくまで自分と気に入った存在だけを優先するのが普通。


「まあいっか」


 どうせろくに話したことすらない人と関係が消えたくらいでなんてことはない。

 あるわけないんだ。




「おかえり」

「……最近、早くない?」

「そっちは気にしなくて大丈夫! ……それより蓮花ちゃんなんだけど、さっき出ていったよ。お金はきちんと返しておいた」

「なにか言ってた?」

「……瑠依の顔を見たくないから出ていくと」


 まあそりゃそうだよね、あの子の条件だし大嫌いな相手となんて過ごせるわけがないんだ。

 私だってたまになにくそー! って思ってその人と距離を置きたくなることだってあるもん、責められないことだった。


「そ、ごめんねお父さん、色々振り回しちゃって」

「いや、こっちのことは気にしなくて大丈夫だよ。でも、瑠依の方が大丈夫なのかい? 顔色が随分悪いけど」

「うん、大丈夫、心配してくれてありがと」


 ユキ君を抱いて自室へ。

 今日は着替えもせずにベッドへと寝転んだ。

 ごろごろと喉を鳴らしユキ君が甘えてきてくれる。

 これだけでいい、家に帰ればこんな幸せが待っているのだから。


「嫌い。大嫌い」


 三月にも蓮花ちゃんにも茂木先輩にも言われた。

 私は逆に嫌われる天才なのかもしれない。

 言動、態度、仕草、要領のなさとか、スペックの低さとか、女子力の欠如、恩を仇で返すしかできない残念さ、とか。

 私以上に酷い人がいたら見てみたいくらいだ。


「あ、課題のプリント忘れた」


 急いで学校に戻って机の中を漁ると目当ての物はすぐに見つかった。

 来た道を引き返し学校敷地内から外へと出ようとして、


「あれ、中野じゃないか」

「あ、長谷川くん」


 彼と遭遇し足を止める。

 けれど三月はどうしたんだろうか。


「あ、三月と約束していたのか? 見に来てくれていたんだが、途中で帰っちゃってな」

「長谷川くん」


 ちゃんと行ったんだ、それならいい。


「なんだ?」

「ふたりで仲良くね」

「おう。あ、そういえば随分お世話になったな」

「違うよ」


 してはいけないことをしてしまったんだ私は。

 都合の悪いことからは目を逸らしていままで生き続けてしまった。


「違う?」

「私は三月を苦しめただけだった。長谷川くんに告白して迷惑をかけただけだった。あの子の調子がおかしかったのは私が告白するって相談していたからだと思う。だから、ごめんなさい!」

「中野……あ、頭を上げてくれよ、なんでだよ、別に迷惑だなんて思ってないぞ俺は。告白されたのめちゃくちゃ嬉しかったし」

「ふふ、あれが初めてだったんだよ、ファースト告白」

「そうか……でも悪いな、俺も三月が好きなんだ」

「知ってるよ、いいよ、いちいち謝らなくたって」


 違うな、いま本当の意味で私は振られたんだ。

 そう考えたら今度は涙が出てきて、その場に崩れ落ちた。

 なんだかんだ言っても彼が好きだった。

 優しくていつも側にいてくれた。

「瑠依ちゃんはどうしたい?」っていつも聞いてくれた。

 私が距離を置くようになって名字呼びに戻ってしまったけど名前で呼ばれる時はいつもドキドキした。


「……ごめん、帰って」

「……分かった、それじゃあな」


 ああ……痛いなあ、このダメージは中々耐えられるものじゃない。

 逃げたいのに逃げられなかった、馬鹿みたいに地面にぺたりと座り込んでアホみたいに涙を流して。

 こんなの自業自得だ、なにを被害者ぶってるんだ私は。


「うっ……ぐすっ」


 なんとか立ち上がり、くしゃくしゃになった課題プリントを更にくしゃりと丸めつつ帰ったのだった。

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