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031  作者: Nora_
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04

「ユキくーん」


 お父さんが遅い時は彼を抱くのが私の癒やし。

 蓮花は連日のように帰ってくるのが遅くなった。

 それに流石に休日には向こうへ帰るからゆっくり話すこともなく。


「中野さん!」


 なんでこの家がバレてるんだって私は困惑。

 ついでに居留守を決め込もうとしたらインターホン連打の追撃。


「なに?」

「私が友達になってあげますよー」

「余計なお世話だよ。私、あなたみたいな人は嫌いだし」


 なにがしたいのか分からない。

 精神攻撃がしたいということならしっかり明言してからにしてほしい。


「うっはっ、今日もはっきりしてますねー。あれ、その子は男の子ですか?」

「まあユキ君は男の子だけど」

「いえ、その子、男の子ですよ」

「だからそうだって言ってるでしょ?」

「ま、それ以上でもそれ以下でもないんですけど」


 もうなにこの子……。

 この子の相手は常人では務まらない。

 私にできるのは適当に相手して無難にやり過ごすだけだ。


「ただいま」

「あ。赤嶺蓮花さんですね?」

「ん? ああ、そうだが」

「ふふふ、結局は口だけってことですよね。中野さんの家に一方的にお世話になって、なのに他の人とばっかり一緒にいて、ちょっと自分が勝手なんじゃないかとかって考えたことはないんですかねー?」

「あ……それは……」


 別にそんなのは蓮花の勝手だ。

 お父さんに聞いたみたけど生活費は貰っているということだった。

 それならば常識的な範囲であればどんな過ごし方をしても一切問題ない。

 関係ないところで関係のない人と仲良くしようが蓮花の人生なのだから自由なわけで。


「なんであなたがそんなことを知っているのか分からないけどそんなこといちいち言わなくていいんだよ、蓮花も一切気にしなくていいから」

「甘いですねーそんな対応しているからあなたにはなにも残らないんですよ」

「余計なお世話」

「ま、いいですけどね、それじゃあ私はこれで失礼します」


 誰かの手によってかき乱されるのはできるだけ避けたい。


「な、なんなんだあいつは」

「分かんない、名前すら知らないよ。なのにこっちの情報には詳しくてね、変なのに付きまとわれて困ってるって感じかな」

「瑠依、最近は――」

「いいっていいって、縛ることなんてできないし」


 なんでいちいち謝ったりするんだろう、なんでいちいち言い訳みたいに言葉を重ねるんだろう、そんなことを言われる度に本当はそうなんじゃないかって思えてくるのに。


「お、怒ってないか?」

「私が? なんでそんなことを?」

「いや……なんか最近、瑠依が冷たいような感じがして」

「そうかな、というか住み始めてからあまり経ってないでしょ? 気にし過ぎだよ。中に戻ろ?」


 わざわざこんな入口で話すようなことでもない。

 あと、謝られると余計に引っかかるからやめてほしかった。




 テスト勉強もテスト本番も特に問題なかった。

 なにかと三月が誘ってくるのを断ってひとりで挑んだ結果、私らしい普通の結果に終わったと思う。


「瑠依」

「んー」

「あんた、今日って暇?」

「うん、暇だけど」

「それなら喫茶店にでも行かない? 榛樹は部活再開だし」

「いいよ」


 喫茶店に移動。


「アイスコーヒーとオレンジジュースをお願いします」

「かしこまりました」


 なんか自分だけオレンジジュースって考えると子どもっぽいな。


「今日はどうしたの?」

「榛樹とのことなんだけど」

「うん、そうだと思った」


 それ抜きだったら近づいて来ることだってないだろうし。


「あんた、もし榛樹に付き合ってほしいって言われたらどうする?」

「だからさ、そんな無駄なこと考えても意味ないって」

「じゃあもしもの話よ」

「そんなもしもはありませーん」


 なにより自分が手放したくない的なことを言っていたくせになに言ってんだよ、いつまでも強気でいてほしい。


「榛樹、あんたのこと気にしてるみたいなのよ」

「そういうのやめてくれない?」

「本当よ、だからこそ困っているんじゃない」

「なら言うけど、求められることなんて絶対にないけど、断るよその場合は」


 運ばれてきたオレンジジュースをストローで飲んで頬杖をつく。

 こんな退屈の話のため放課後に時間を使ってるんだと考えたら虚しくなった。

 三月が嫌いと言うよりも昔ほど誰かといることに固執していないのかも。


「彼女なら彼氏が他の女子に流れないようコントロールしなよ」


 長谷川くんが投げるストレートみたいに。


「……そもそもあんたがいなければ! あ……」

「いいじゃん、どんな形であれ付き合えてるんだから」


 彼女は告白して受け入れられ、私はそうじゃなかった。

 なのにどうしてそんなことを気にする? 自分が変な遠慮をしなければ彼だってもっと堂々と動けるようになるはずなのに。


「こんにちはー恨み、溜まってませんか?」

「余計なお世話」

「まだ中野さんには言ってないんですけどね。今日は東雲三月さんに言っているんです」


 今日は三月に用があったらしい。

 しかしまあこんなノリで来られたら誰だって気になるものだ。

 この不自然なまでの満面な笑みも胡散臭いしなにかやらかしそうで怖い。

 簡単に言えば頼まれればその相手を殺してしまいそうなくらいの狂気さがそこにあった。


「仮に溜まってるって言ったらどうするのよ?」

「私があなたの代わりにぶつけてきます」

「どんなことするの? 暴力とか?」

「そうですね、依頼人が望むなら」

「ふーん、じゃあ目の前の人間にぶつけてちょうだい」

「任せてください!」


 頼んだ彼女もあれだし、それを笑顔で受け入れる彼女も駄目だ。

 私が困惑したまま固まっていると、いきなり頬を掴まれた。


「東雲さんの頼みです、覚悟してくださいね」


 そしたらなんとも絶妙な力で――けれど痛くないそんな強さで引っ張られた。


「ぷっ、あははっ、あんたなにその顔」


 私は三月を指差す。

 すると彼女はこくりと頷いてあっちの頬も引っ張った。


「仲直り、してくださいね?」

「痛くないからなんとも言えないわ……」

「というかさ」


 片頬ずつ引っ張られてなんとも間抜けな光景だが言いたいことがある。

 この子、全然怖くなんかない。それどころかこちらを労ってくれている感じすらあった。


「なんですか?」

「あなた、仲直りさせたいの?」

「はい! ちょっとアニメとかに憧れてヤバイ女ってのを演じてみました!」

「「余計なことしなくていい!」」

「あぅ……す、すみませんでした」


 彼女は手を離して縮こまる、そうでなくても小さい子なので塩をかけられたナメクジかってくらい縮こまっていた。


「――なるほど、つまり東雲さんの彼氏さんが中野さんを気にかけていて東雲さんは気になってしまっているということですね?」

「そうよ、なんたって瑠依だって小学生の頃から榛樹のことが好きだからね、これまでだって関わりがあったわけだし」


 頻度こそ減っていたもののきちんと一緒にいたしふたりきりで出かけたこともあった、そして恐らく不快な気分にさせたようなこともなかったと思う、基本的に楽しそうにしてくれていたし。

 けれど自分が気づいていなかっただけでその頃にはもう付き合っていたということだ、なのに馬鹿みたいにいい雰囲気じゃないとか自惚れて、本当に馬鹿だった、恥ずかしい、過去のことなのに普通に消えたい。


「中野さんは本当にないんですか? その彼氏さんを好きだという気持ちは」

「仮に好きだったとしても彼女は三月でしょ、というかこの話何回するの?」

「あのねえ、単純にあんたの気持ちが知りたいの!」

「しつこい」


 どうせ好きだと言ったところで譲る気なんかないくせに。

 というか長谷川くんがそんなことを言ってくるとか百パーセント有りえないし。


「はぁ……だから選ばれないのよ」

「じゃあ仮に好きだと言ったって意味ないよね? ――ふぅ、もう帰るよ。お金はここに置いておくから」


 勝手にやっていればいいのに。

 自分が彼のことを好きならそれでいいじゃないか。


「はぁ……これからも続くなら面倒くさいなぁ」




「はぁ……」

「どうしたのよ? 随分大きい溜め息ね」

「ん? あ、ああ……」


 どうしてか瑠依との時間が減ってしまっていた。

 別に雫に拘束されているわけではない、誘われはするけどどれも任意だ。


「最近、瑠依に避けられているような感じがするんだ」

「中野さんに? そうね、直接言ってみたけど私の方も駄目だったわ」


 避けられているから自分も距離を置いて、避けられたら置いてを続けた結果がいまとなっていた。


「なあ、雫はどうして俺にばかり構うんだ?」

「え? 別に蓮花を贔屓したつもりはないけれど」

「その割には俺だけ名前で呼んだりするだろ? 瑠依が友達になってくれと言ったのにどうしてだ?」

「ふぅ……だってあの子は冷めているんだもの、なにかがあったら簡単に関係を切るような子よ」

「そ、そんなことはないぞ、瑠依は優しい女の子だ」


 だから拒まずに家に泊めてくれてるんだ。

 おじさんは自分に決定権があるのにわざわざ瑠依に聞いた、それで了承してくれた、冷めているのならあの場で冷徹に切られて終わっているだろう。


「本当に? 自信を持って言える? 神様に誓える?」


 雫はすぐに「私は信じていないけれど」と重ねた。


「い、言えるっ」

「ふふ、そう、ならあなたは味方でいてあげなさい。そうしないと潰れてしまうわよあの子」

「わ、分かったっ。あ、いまから帰ってもいいか?」

「ええ、側にいてあげなさい」


 走って帰る。息が切れてもとにかく前へ。


「瑠依ー!」


 するとちょうどいいところで彼女を発見――だが、その雰囲気の暗さが気になって百メートル前くらいで足を止めてしまった。


「る、瑠依っ」

「なんでそんなに離れてるの?」

「……い、一緒に帰ってもいいか?」

「うん、帰ろ」


 雰囲気とは裏腹に拒絶されるということはないようだ。

 それだけで安心して彼女の横に並ぶ。


「蓮花、私、もう疲れたよ」

「えっ、し、死んだりしないよな!?」

「しないよ、流石にそこまで親不孝者じゃないから」


 良かった……瑠依が生きてくれていないと困る。

 どれくらい困るのかと言うと、思わず自分を探す度に出てそのままフェードアウトするくらい困る。


「もうね、人の彼氏のことで絡まれたくないの」

「どうすればいい!?」

「え?」

「あ……瑠依のためになにかをしてやりたいんだ。三月と物理的に距離を作れれば問題ないのか?」


 こんなことを言っても信じてもらえないかもしれない。

 避けられているのではなく自分の方から距離を置いていたと気づいたから。

 結局自分は怖かっただけなんだ、瑠依に拒絶されてしまうのではと。


「ううん、ただ長谷川くんの話題を出さないようにしてほしいんだ」

「かしこまりましたーやっと聞けましたよー中野さんの思い」

「あっ、お、お前!」


 ここは「蓮花……優しくて好き!」ってなるところだったのに!


「どうあっても変わらないことを言われたら嫌なんですよね? 任せてください私に!」

「え、あなたが動いてくれるの?」

「はい! それでは失礼します!」


 あぁ!? あいつを見る瑠依ちゃんの目が……。

 くっ、私はなにをやっていた! なぜ雫とばかりいたんだぁ!


「蓮花」

「そ、そうだよな、私じゃなにも力になってやれないよな……」

「え? ううん、蓮花がいてくれると助かるよ、美味しいごはんを作れるし、家でひとりになりにくいし。ただ、もうちょっと早くに帰ってきてくれると嬉しいかな、寂しいから」


 本当になにをやっていたんだろう。

 だって雫といた時にやっていたの、しりとりだったんだぞ……。

 負けず嫌いの性格が災いし、ついつい勝てるまでずっとやってしまった。


「ああ! 約束するっ」

「うん、ありがと」

「こ、こっちこそぉ!」


 や、やばい、なんかこのまま抱きしめたくなってしまった。

 後ろから奇襲するというのは卑怯な気がする。


「瑠依っ」

「なに?」

「抱きしめてもいいか?」

「うーん、前みたいな蓮花に戻ってくれるならいいよ?」


 前みたいな? それってあの男子たちに馬鹿にされた弱々しかった自分か?


「いまの蓮花も好きだけど昔の蓮花の方が好きだった」

「こ、告白!?」

「違う、純粋な気持ち」


 だけど昔の自分に戻ったらまた馬鹿にされる。

 私だって本当はありのままの自分でいたかった。

 昔の方がもっと優しく接してくれていたからだ。


「でも、怖いんだ」

「蓮花ちゃんを悪く言う人は私が許さないよ」

「けど私は瑠依と別のクラスだ、その間に言われたらと思うと」

「なら登校も休み時間も放課後も一緒にいようよ」


 これなら瑠依と一緒にいられる。

 しかし、私にはまだ雫とやらなければならないことがあった。


「瑠依っ、私は雫とやらなければならないことがあるんだ!」

「それは?」

「しりとりだっ、勝てるまでやらなきゃ気が済まん!」

「いいよ、これからはちゃんと付き合う、ずっと蓮花ちゃんといる! だから約束はちゃんと守ってね? 金髪も青色のカラーコンタクトも禁止、喋り方も昔みたいに戻す、おーけー?」


 瑠依がこう言うだけでそれでもいいと思ってしまった。

 男子に馬鹿にされたところで瑠依がいる、いまなら雫だっていてくれる。

 瑠依ほど好きというわけではないが雫も既にお気に入りの相手だった。


「分かったっ」

「うん」

「ご、ごほん……えっえー……ふぅ、る、瑠依ちゃん」

「金髪駄目ー」

「まだ無理だ……」


 あぁ、やっぱり瑠依ちゃんといられないと駄目だな私は。

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