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Procursator   作者: 来栖れな
第2章 血濡れの狼と呼ばれる男
9/56

2-3

太陽と月が入れ替わると、その世界は一変する…

深い森では、それをより顕著に感じる。

日中からぐんっと下がった空気は、森に住むものたちの息遣い、鼓動が潜まれ、ピンっと張り詰めた気配を宿す。

それをどこか心地よく感じるのは、自分にとってもまた慣れ親しんだものだからだろう。


夜は魔物(モンスター)達の時間。


「…怒ってる?」


決して道から離れないよう気をつけながら森を進んでいると、隣からそんな不安そうな声が聞こえた。

パキッと、地面を踏みしめたるとたまに折れる枝の音で、簡単に聞こえなくなってしまいそうな、か細くて小さな声。

チラリと視線を寄せれば、叱られた子供のように落ち込んだ、シレーヌの顔が視界に入った。


「…別に、そういうわけじゃない。」


1人で森に入るより、周囲を警戒し、神経を研ぎ澄ませる…

それがシレーヌには怒ってるように見えたのだろう。

-まぁ、手間なのは事実だから…本当ならダムロさんの家に置いてきたかったが。


彼女が急に一緒に行くと言い出したときは驚いた。

魔物と出くわすだけで悲鳴をあげそうな箱入りなお姫様だと思っていたから…

だが、彼女は俺が反対したのに、一切引こうとせず、それどころか自分も戦えると言い出した。

それは、強がりでもなく、嘘ひとつない本気の目だった。


それでもと迷う俺を説得したのはダムロさんと奥さんだった。

『…心配しているのなのよ。わかってあげて?』

その言葉に困惑し、たじろいでしまったのは、生まれてこの方、"心配される"ということに縁がなかったから。

信頼されることも、頼られることはあれど、

俺を心配する人間は初めてだったのだ。


-それともシレーヌは俺の強さを信用していないのだろうか?

夜はなぜ移動しないのかと訊ねてきた彼女に、"夜は危ない"とわざと怖がらせるように教えた。

彼女は本当に、良くも悪くも何も知らない。

どこへ行こうとその青い瞳を輝かせ、見たことがないものに強い興味を示す。

16歳でその純粋さは希少であり、彼女の美点でもあるが…

この理不尽が溢れる世界では、それが欠点に変わることもある。

だから、少しでも彼女の糧となるよう教えた話…

まさかそのまま間に受け、俺が1人で森に行くのを止めようとするとは思わなかった。

彼女は俺が何者なのか知らないから、仕方ないっちゃ仕方ないが…


「見ての通り視野が暗い。少しでも何かあったらすぐに知らせろ。」


「…わかったわ。」


押し殺した声でさえ、この場においてはよく響く。

こちらが少しでも隙を見せれば、茂みや影に隠れた魔物達は一気に襲ってくるだろう。

それが奴らの性質であり、この世界での日常だ。


ふわっと吹いた風に乗って漂う…わずかに鉄臭いにおいが鼻に付く。

距離にして1キロほど先。

人の血だが…アベルのものではない。


「…近づいてみるか。離れるなよ?」


血の匂いを辿るとなると、どうしても道から外れ、森の奥へと分け入らないといけない。

歩きながら、背後に続くシレーヌに、念押すように声をかける。

返事の代わりに、ピッタリと付いてくる気配に、それまで以上に警戒を強めた。

こちらを付け狙う魔物(モンスター)たちを、殺気で黙らせ、ひたすらに進む…


そうして数分も経たないうちに、金属のぶつかり合うような、森に似つかわしくない音が耳に届いた。



***


-この人…何者なのだろう?

そんなことを思いながらその広い背中をひたすらに追う。

昼間の道と違い、少しずつ斜になっている地面は、足に負荷を与え、疲労感を覚えさせる。

しかし、ついていくと言った手前、ここで根をあげるつもりは毛頭ない。

対して前を歩くテヤンは、息1つ切らせず、ただ淡々と何処かへ向かって歩き続けている。

彼の纏う凍りつくような殺気に、生き物たちが後ずさる気配がはっきりと伝わってくる。

-まるで魔物(モンスター)の威嚇ね。

そんなことを考えながら、自分の足もガクガクと震えていることを自覚していた。

それほどまでに目の前の男は、とても異質で…恐ろしい。

-きっと触れれば、容赦なく噛み殺される…

そんな危うさが漂っているのだ。

彼が自分の敵ではないと、頭では理解しているのに、本能が彼を畏怖している…


「…走るのは無理か?」


急に声をかけられ、身体がビクリと震えた。

この場を支配する、死を意識させる空気とは正反対の、穏やかな声だ。

そのあまりにもアンバランスな状況に、脳で情報がうまく整理つかない。


「…なら、いい。悪いが担ぐぞ。」


僅か数秒。

何も言わない私に否と捉えたのか、急にテヤンは私の体を肩に担ぎあげると、ものすごいスピードで走り始めた。


「えぇっ!?ちょっ!!」


「喋るな。噛むぞ。」


遅れて状況を理解した私に、そう端的に指示しながら、テヤンは地面を力強く蹴り、森の中を飛ぶように進んでいく。


「着いたら、安全な所に放り投げる。うまく隠れてろ!」


彼がそう言い終わるとほぼ同時、

急に視界を通り過ぎていく木々が消え、瞬間、私の身体は宙に放り投げられた。



***


近くのよく茂った低木の上に、シレーヌが落ちたのを横目で確認し、そのまま近くの人型の鳩尾に掌底を打ち込み、沈ませる。

その直後、俺の背後で驚いた様子を見せた1人に、すかさず回し蹴りを食らわせる。


漂ってきた血の香りの中によく知った匂いが混じった瞬間、俺はシレーヌを有無を言わさず担ぎ上げ、走り出した。

森の中でポカリと拓けた空間…

焚き火はあるのに、そこに人が過ごした名残はなく、誘い出されたのだとすぐ予想がついた。

事実、今片付けた2人以外に、確認できるだけであと10人ほどまだ人影がある。

こちらに向かってくる次の剣を避け、そのまま回り込むようにして首に手刀を叩きつけ、続いて襲ってくる男の腹部を思いっきり蹴り飛ばす。

背後から投げられた小さなナイフを避けると、素早くその男に近づいて意識を刈り取る。

あと3人…

襲ってきた男に素早く拳を叩きつけると、素早く周りに残る敵を確認する。

チラリと見えた視界の端、シレーヌの死角からもう1人、男が飛び出したのが見えた。


「シレーヌっ!!」


俺が叫ぶのとほぼ同時。

シレーヌが反応するより早く、真っ赤に染まった銀の刃が、その影を叩き斬る。


「お前は確かに、俺の"救世主"だが、レディのエスコートはまだまだだなぁ?」


闇夜でもはっきりと浮かび上がる燃える髪に、星の輝きを写したような金の瞳。

血に塗れた格好で、馴染みの片手剣を振り払ったその男は、俺に向かってそう言いながら、快活な笑みを浮かべた。


奴にとっての近くはきっと100キロ範囲内に違いない。(確信)


しんうちとうじょ〜

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