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ダムロさんの奥様だと言う女性に案内されたのは、一階を広々と使って作られた、木のぬくもりがほっとする、居間のような場所だった。
二階部分まで吹き抜けになった天井は高く、このゆったりとした空間に、より開放感を与えている。
奥の階段から登れる二階が客室として使える部屋だと、先程奥様が教えてくれていた。
その丁度下に位置する場所にキッチン、バスルーム、ダムロさんたちの寝室…とあるらしく、2人が暮らすための家というより、お客さんの過ごし易さを優先したような造りのように思えた。
その居間の中心に置かれた大きなテーブルを私、テヤン、ダムロさん夫妻が囲むようにして座っている。
「…それで、アベル君は森の山賊が住処にしている所へと向かったのか?」
「えぇ、たぶん…『元を断たないとまた壊されるから』って…」
奥様に時々確認を交えながら話を聞くダムロさんの向かいで、テヤンも黙って耳を傾けている。
対する私は、1人蚊帳の外な気分で、話の内容から推察し、3人の様子を伺うことしかできない。
アベルという人がこの村にいることはテヤンとダムロさんから聞いていた。
なんでも紅狼を10年前に作った創設者だという。
そしてその彼が山賊を倒しに森に行ったきり帰ってこないという…
「…他に、ギルドの誰かは一緒なのか?」
「はい、確かカイルさんという方が…」
「しかし、カイルさんは土木の人だろう?初めはただ橋の修理をお願いしただけだし…武器が扱えるのか?」
「…わるい、最近入った奴のことは知らない。ただアベルが連れてったのなら…いや、わからないな。」
3人が不安そうに話しているのを聞きながら、先程奥様に出してもらったお茶へと口をつける。
グッと口に広がった独特の苦みの後に、スッとするような清涼感のある…そんな変わった味が身体に染み渡る。
この村で作っている薬草を使った薬膳茶だと言っていたが、心なしか疲れが和らぐように感じた。
「…様子を見てくる。その間、シレーヌを頼んでもいいか?」
ホッと力を抜いたその時、急に自分の名前が出された。
-えっ?何の話??
ぼーっとしてて話を聞き逃しでもしたのだろうか?
急な展開についていけず、困惑した表情のまま横にいるテヤンを見上げた。
こちらの動揺を読み取ったように、テヤンの視線がこちらへと向けられる。
「アベルの様子が心配だ。森の近くだけでも見てこようと思う。」
「でも暗い森を動くのは…危険なんじゃないの?」
ロッハウにくる道中、一夜だけ森の中で過ごした。
『何故夜は荷馬車を走らせないの?』と聞いた私に、焚き火の準備をしながらテヤンは教えてくれた。
『夜は魔物がより活発になる時間だから、無闇に動くのは危険だ』と。
南の森は他よりは魔物が少ないとはいえ、全くいないわけではないらしい。
魔物の大半が夜行性、対して日中に活動する人間は、夜になれば注意力が下がるので不利だという。
だから少しでも襲われる可能性を減らすために移動はせず、交代で火の番をしながら見張るのだそうだ。
魔物は陽の光のように明るい、炎を嫌う性質もあるから…
「…俺なら問題ない。」
私の心配を察してるだろうに、テヤンはなんてことないようにそう言葉を返した。
その無感情に変わらない顔に、チリっと苛立ちのようなものを感じてしまう。
数日前に出会ったばかりのテヤンだが、その短い間でも愛着のようなものを持つくらいには、彼の存在が自分の中に馴染んできている。
それは彼が互いに旅しやすいようにと心を砕いて、歩み寄ってくれたから…
そんな風に私を対等に扱ってくれるのが、とても嬉しかった。
確かに彼は腕の立つ人間なのだろう。
護衛慣れしてる人間なら、大陸を旅することが多いだろうと踏んで依頼したが、その点旅慣れした彼は十分すぎるほどの人材だ。
彼のことは信頼もしている。
けどそれとこれとは別問題だ。
彼は所詮、人間。
人間は私たちなんかよりずっと脆く、寿命も短いと聞く。
それに、私には…
国の者たちに畏怖された強大な力がある。
「…私もついてくわ。」
強い意志を込めてテヤンをキッと睨みつければ、彼は少し驚いたように目を見開いた。
無愛想な顔から少しでも表情を引き出せたことに、高揚感を覚える。
テヤンの眉間に、深いシワが刻まれる。
「…シレーヌにはムリだ。」
「なんで?体力がない、箱入りのお嬢様だから?」
「そこまで言ってないだろう…魔物と戦ったことないからそんな無謀なことが言えるんだ。」
「海の魔物なら倒したことあるわ。…戦いでもお荷物って決めつけないで。」
私の言葉にテヤンは険しい表情のまま口を閉じた。
ジッと私の目を見て、その真意をたしかめようとしている。
だから、負けじと睨み返した。
-ただ護衛される者ではなく、一緒に旅する仲間として、彼からの信頼を勝ち得てみたい
私を、対等に扱ってくれた彼だから…
しかし、テヤンは折れてくれなかった。
それはそうだろう。
彼の中で私は護衛対象で、箱入りのお姫様で…その見たことのない戦闘能力は未知数でしかない。
お互い一歩も引かない私たちに救いの手を差し伸べたのは、ダムロさん夫妻だった。
「…近くを様子見てくるだけなのだろう?村の付近には強い魔物は滅多に近寄らないし、出てもテヤンさんがいれば彼女も平気でしょ?」
「…彼女も貴方が心配なのよ。わかってあげて?」
ダムロさんの言葉に続けるように、そう優しく諭すように言った奥様の言葉に、テヤンは戸惑ったように視線を揺らす。
しかしそれは一瞬で、ゆっくりため息を吐いた後にはいつもの凪いだ瞳に戻っていた。
「…勝手に行動しないこと。」
「…何度も言われなくてもわかってるわ。」
聞き分けのない子供を注意するようなテヤンの言葉に、ふとボーデンを出発する前に言われた事を思い出し、思わずムッとしてしまう。
しかし、それはすぐ、同行を許してもらえた事への喜びによって打ち消されていた。