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改稿(書き換え)しました。
その髪は斬り捨てられた者たちの血で染まっている…
そう言いだしたのは誰だっただろうか?
思いのほかゆっくりと滴るその色を纏いながら、ギラギラと光を反射する銀はとても美しい。
古くから自分が使ってきた愛刀が、最も輝く瞬間だからだろうか?
何体の、何人の、
肉を切り裂き、血を浴びたのかはもう覚えていない。
ただそれを繰り返すたび、自分の肩に乗る怨恨の念が強くなることは痛いほどわかっていた。
しかし、だからといって…
それ以外の道を歩むことなどできやしない。
ふっと右背後に湧いた影を、容赦なく真横に斬りつける。
己の体重を乗せ振り回した刃は、見事にその胴体を切り裂き、その勢いのまま男の体を木の幹へと叩きつけた。
「ぅゔ……」
草むらを彩るには鉄臭すぎる色を吐き出し、男が意識を失う。
ズルズルと沈んだ身体がまだ鼓動してるのか、確認する気はさらさらない。
「ひぃっ!?」
「おいおい、カイル。そんなくらいでビビってちゃダメだぞ〜」
ちょうど、俺がその男を切り飛ばした真横にいたカイルが、俺の方を向いてブンブンと首を振っている。
その顔色は今すぐ倒れてしまいそうなくらい真っ青だ。
カイルは元大工の、最近ギルドに入った新人だ。
狩りすらも経験したことがない青年に、この光景は酷すぎたらしい。
「ったく、しょうがないねぇ〜この子は。」
生きる為にその手を血で染め上げた自分とそこら辺の若者じゃ格が違う。
その色を見ることに妙な高揚感を覚えるくらいには、俺はもう壊れている。
木々と影からワラワラと群がる影は残り4つ…
ちらりと見上げた空はもう日が暮れ始め、もうじき、あの"大嫌いな色"へと引きずりこむ。
「…悪いな。俺はこの時間が一番"嫌い"なんだ。」
そうして一度振り払った剣から飛び散るは燃える命の赤…
自然と浮かぶ笑みを噛み殺しながら、目の前のその1つに向かい、走り出す。
"その赤は…夕暮れに染まり、罪となる"
***
森の中にほんの数件。
煙突屋根のついた木造の小さな家が並んだその町こそ木造工芸の町、ロッハウだ。
町といったのは昔の名残で、人の少なくなった今のロッハウは、村という方がしっくりくる。
茜色に染まった夕暮れの風景は、素朴ながら人の温もりと、ほんの少しの哀愁を感じさせる。
ガタガタとなる車輪の音を聞きながら、キョロキョロと村を見回すシレーヌを見て、ダムロさんが楽しそうに笑った。
「珍しいですか?こんな小さな村は今時少ないですからねぇ〜」
「…そう、ですね。私にはこの国の何もかもが珍しくて、新鮮だわ。」
そうしみじみと言いながら微笑んだシレーヌに、ダムロさんは困惑したようにこちらを見た。
-異国の人間と気付かれたか?
たぶん、あなたの思っている通りだと言うように頷き返せば、彼も何か心得たように小さく笑った。
昔はもう少し家が建っていた跡地は、今は田畑へと姿を変えている。
その丁度すぐ近くにある、他より少し大きな家の前にダムロさんは荷馬車を止めた。
「ここが私の家です。客室もいくつかありますから、気兼ねなくゆっくりしていってください。」
「いつも悪いな…助かる。」
「いえ、むしろこんな綺麗なお嬢さんが一緒なら、女房は大喜びですよ。」
「ふふ、ダムロさんはお口がお上手ね。」
この慣れない旅路で、疲れの見えるシレーヌを手助けしながら荷馬車を降りれば、ダムロさんの気遣いにシレーヌがクスクスと笑う。
「あら?…まぁ、まぁ〜、今日は可愛らしいお客さんがいらっしゃるの?」
荷馬車の音が聞こえていたのだろうか。
丁度いいタイミングで開いたドアから、ダムロさんの奥さんが朗らかな笑みを浮かべて顔を出した。
ダムロさんと同じいくらかお年を召した、おっとりとした奥さんだ。
ギルドの仕事でロッハウを訪れる際、いつもダムロさん同様お世話になっている。
「またお世話になる。」
「いえいえ、こちらこそ。ギルドの皆さんには大変良くして頂いてますから。」
そう言うと奥さんはいつものようにニコニコと笑い、目元のシワを深めた。
シレーヌに向かっても、「ゆっくりしていってね」などと、優しく声をかけている。
「ところで、アベルくんは帰っているかな?私とは入れ違いで、こっちに来てると思うんだが…」
シレーヌに構いたそうにしている奥さんに、ダムロさんが苦笑気味にそう問いかけた。
すると、奥さんは1度キョトンとした後、彼に吊られたように困った笑みを浮かべる。
「いらっしゃったのはいらっしゃったんですけど…『ちょっと遠出してくる』とおっしゃって森に入ったきり、戻ってらっしゃらないの…」
「なんだって!?…依頼したのは川の橋の修繕だけだったよな?」
「そうなのですけど…また山賊を見かけたとかおっしゃって…」
思わず問い詰めるようなダムロさんの言葉に、奥さんは言い澱むように言葉を詰まらせた。
-山賊…片付けに行ったのか?
困惑した表情のシレーヌを尻目に、焦った表情をしたダムロさんと顔を見合わせる。
「…立ち話もなんですから、皆さん中にお入りください。」
奥さんはそう言うと、困った表情のまま、そっと家の中へと俺たちを招き入れた。
宵闇が…すぐそこまで迫っていた。