1-5
ここまで書き直して思ったこと…
これはもう、リニューアルでは?
「…悪いな、乗せてもらって。」
「いえ、ちょうどロッハウに帰るとこだったんで!それについでとはいえ、テヤンさんに護衛してもらえるなら願ったり、叶ったりですよ!!」
そう言ってニカッと白い歯を見せて笑ったのは、隣町ロッハウの工芸職人のダムロさんだ。
彼はロッハウ名産である木材細工を作る、職人たちのまとめ役みたいなもので、数週間に一回、できた作品をボーデンの町に売りに来ている。
今、俺たちの乗せてもらっている荷馬車の荷台には、ボーデンで手に入れた加工された魚や日持ちする果物や野菜だ。
森に囲まれたロッハウでは手に入らない品を選んでは買い込んでいるように見える。
「…大丈夫か?」
隣に大人しく座るシレーヌにそう声をかけると、返事はないものの小さくこくりと頷いた。
道中目立ちすぎるからと被らせた、女性もののフード付きのマントに覆われると、自分とは違う身体の華奢さに驚く。
-やっぱり、旅慣れないお嬢さんには平坦な道でもキツイかったか…
そんなことを思いつつも、途中で乗せてくれたダムロさんに、心の底から感謝し直した。
はじめ、ロッハウまでは徒歩で行くつもりだった。
女子供の足でも3、4日ほど。
紅狼によって整備された、ボーデンから南の森をずっと続くこの街道は、これからの道中を思えば格段に歩きやすい。
若い緑を宿らせた木々たち屋根となり、陽の光が柔らかに差し込んでいる。
どれくらい歩けるか…その慣らしの為にも、敢えて荷馬車を使わないつもりでいた。
しかし、そこは流石の箱入り娘。
ペースが落ちるだけに止まらず、本当に動けなくなって数時間おきに休憩を入れなきゃいけないほど。
シレーヌ本人も頑張っていて、それでも身体がついていかないことはわかっているが…
-前途多難だな…
と、思ってしまったのは正直、仕方のないことだ。
-とりあえず、ロッハウに着くまでの間に、何度か馬車に並行して歩く時間を作ってもらうか。
荷馬車ならロッハウまで1日半。
何回かペースを落としてもらったとしても、2日はかからないはずだ。
そんなことを考えていると不意にクイっと、隣から服の袖を引っ張られた。
見ればマントの下で俯いたまま、シレーヌの小さな手が俺の服を掴んでいる。
「ごめんなさい…迷惑かけて……」
気にしているのだろう。
自分や俺が思っていたより歩けなかったこと、結局荷馬車に乗ることになってしまったこと…
下を向く頭をポンと撫でる。
「…大丈夫だ。少しずつ慣れていけば。その迷惑ですら折り込み済みなんだから。」
そう、お嬢様の護衛になったからには、道中歩けないことも、増してや弱音や八つ当たりされることも覚悟した上で望んでいた。
実際他の用心棒から聞いた話では、貴族の護衛はそういった精神的に疲れることが非常に多いらしい。
だが、シレーヌは疲れて歩けなくなって、やるせない気分になっても、決して俺に当たらなかったし、弱音すら吐かなかった。
ただ俺に申し訳なく思い、唇を噛み締めながら「ごめんなさい」という。
「これから先長いんだ…疲れたら疲れたって、素直に言え。俺も疲れたらそうする。」
そう言って手をシレーヌの頭から外せば、彼女はフードから少し顔を上げて弱々しく笑った。
「…ありがとう」
聞き取れるかというくらいの小さな声だったが、なんとなく満ち足りた気分になった。
***
一晩明け、ダムロさんに荷馬車のペースを落としてもらい、並行するように歩いていたときのこと、ふと気になったことをシレーヌに尋ねた。
「姫巫女ってなんかの役割なのか?」
ギルドで話を聞いたとき、彼女は姫巫女の修行として大陸各地の湖を回らないといけないと言っていた。
が、そもそも、この国には姫巫女なんて呼ばれる存在はいない。
俺の質問に、シレーヌは一度、なにかを考えるように左へと視線を逸らし、またそっとこちらを見上げた。
「姫巫女というのは、100年に一度行う慰安祭を執り行う、踊り手のことを指すの。慰安祭っていうのは、海の神に対して海の平穏を祈る儀式…みたいなものかしら?」
「…なるほどな。」
「大切な儀式で、失敗すれば海に大きな災厄がもたらされるとされているの…まぁ、今までに失敗しなことは一度もないから、わからないんだけどね。」
そう言うと、シレーヌはどこかわざとらしく、小さく笑みを浮かべた。
その表情に少し違和感を覚えたが、なんとなく話を続けることにした。
「修行っていうのは何するんだ?」
「湖で舞を踊るのよ。何故なのかは私も知らないんだけど…慣例として、義務付けられているのよね。」
-…いまいちピンと来ないが、海の帝国の伝統のようなものなのだろうな。
「…そういえば、報酬の話だけど。本当にアレでよかったの?」
ふと思い出したかのように、シレーヌはそう確かめるように俺に問いかけた。
ボーデンを出る前、報酬をどうするかの話し合ったときのことだろう。
彼女にはイマイチ、その報酬が価値あるものに思えなかったらしい。
「世界にある、いろんな場所を旅するのが好きなんだよ。普通は滅多に入れない、海の帝国に行けるんなら行ってみたいと思うもんだろ?」
「…聞いてみないとわからないから、期待しないでね。」
「あぁ。」
俺の答えに、どこか微妙な顔でシレーヌは言い返した。
不確定な内容の報酬を少し申し訳なく思っているのだろうか…
「夕方くらいにはロッハウに着きそうですよ!!」
その時、青い空の遠くに登る煙を指差しながら、ダムロさんが俺たちに笑いかけた。