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Procursator   作者: 来栖れな
第9章 白銀に閉ざされし森へ
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9-2

シレーヌの独白から始まります。

ここ、迷って迷って、悩んで悩んで、

どう書けばいいかぐるぐるぐるってなって、

1番シンプルなものに落ち着いた。


後日書き足すかも。

死ぬのは怖くなかった。


何の名誉も使命もなく、必要とされない存在のまま生きること、

その方が余程恐ろしかった。


サンゴ礁で作られた美しい城の片隅で、私は誰にも望まれることなく生を受けた。

名高い人魚族の皇帝であったはずの父が愛した、許されざる他種族の寵妃。

その命と引き換えるようにして生まれたこの国で最も忌むべき"青を穢す者"…

誇り高き人魚の血に過ちを混ぜた証明…

それが私だった。


必要とされるどころか疎まれ、しかし皇族だから殺すことも出来ず、ただひたすらに死を待ちわびるかのように平坦に暮らす。

それが私に求められ、許された生き方であった。


"青を穢す者"を皇族として表に出すわけにはいかない。

しかし、皇帝の手前私に皇女教育を行わないわけにいかない。

でも、人魚族の頂点に立つ皇族として忌み子を扱いたくはない。


母の死をきっかけに完全に"壊れてしまった"皇帝(ちち)の目を掻い潜るように、私の生活は歪に象られていった。


味方などいなかった。

誰一人として私自身を見てくれる人はいなかった。

しかし、それはしょうがないことなのだ。

私は、生まれたその瞬間から無価値で、むしろ罪を背負ったお荷物でしかない。



一日の大半を城の中で最も高い海上の塔で暮らしていた私。


そんな私に転機が訪れたのは、父が死に、私の義母兄が皇帝となってしばらくのことだった。


『姫巫女の役目、受ける気はあるか?』


生まれてから意味もなく、死んだように生き続けた10年。

そんな節目に初めて会った義母兄である皇帝は、見たことのない凪いだ瞳で私をじっと見つめてそう口にした。

そこに浮かぶのはほんの少しの憐れみと情け。

初めて向けられた嫌悪の混じらない感情…


『謹んで、お引き受け致します。』


迷うことなどなかった。

いらない存在として命を受けたはずの私が、人魚族の者としての誇りを持って死ぬことができる唯一の希望だった。


こんな役立たずの要らない皇女(わたし)でも、国の為に(いみ)を残しすことができる。



それから、数年後に来るその儀式(いみ)の為だけに、必死に生きてきた。



…はずだったのだ。



なのに、



恐れてしまった。

死を。

自分の命があと少しでなくなるという事実を。


あの王国の小さな王族の言葉を聞き、

そう思ってしまった自分に気がつき…ゾッとした。


何故?なぜ?ナゼ?


私は、自分の存在(いみ)の為に死にたいのではなかったの?


知らず知らずに塗り替えられた希望。


自分が何者かも忘れ、心の奥底から次々に膨れ上がる欲望。


なぜ?どうして?なんで??


私は、死なないといけないの?


私は…このまま彼の隣で生きてはいけないの??



なんと浅ましい。

いつから自分はこんなぐちゃぐちゃな欲望にまみれた汚いものになったのだろう?

がくんと、操り糸の切れたマリオネットのように力の抜けた私の身体を、すぐにすっかりと慣れきってしまった体温が包み込んでいく。


それなのに、私はどんどん冷たい海の底に沈んでいくようで…

この大好きな温もりが、今は怖くて、息苦しい…



お願いだから、

こんな醜い私を、見ないで………



***


「もう、ここでお別れしましょう?」


身勝手な別れの言葉。

もう間に合わないところまで来てしまった私の、精一杯のさようなら。

まだ引き返せるはずの貴方へ向ける、ギリギリの決別を告げる言葉。


自分から勝手に彼の引いてた防波堤を乗り越えていって壊させたくせに、自分がこれ以上耐え切れないからと一線を引き、貴方なら大丈夫と傲慢な考えを押し付ける。

そんな行為だとわかっているの。

だけど、

ただただ貴方に見られたくないの。

知られたくないの…


これ以上私を、醜い女にしないで。


「何言って…」


そう言って伸ばされた暖かな手を、めいいっぱいの力で払いのける。

パシッと皮膚と皮膚がぶつかる鋭い音がした。

ジンジンと響いてくる右手の痛み。

でも、そんなものは気にならない。

それよりもここで拒絶の手を緩めたら私は、もう二度と彼と離れられなくなる。


今だって、行動で貴方を遠ざけながら、心では近づきたい、縋りたいと未練がましく泣き叫んでいる。


「もう、無理なのよ…」


情けないほど力のない、震えた声が出た。

こんなんじゃダメだ。

もっと強い言葉で彼を拒絶しなければ。

まっすぐその愛おしい瞳を睨みつけようと視線を上げれば、何故か視界が歪む。

涙でぼやけたその先で、テヤンが目を見開いまま私を見つめている。


「…死ななきゃダメなの。私は姫巫女で、要らない皇女様で…国のため、民のために姫巫女の役割をするのが、唯一私の生きる希望で……何もないまま死にたくないの……」


ボロボロとこぼれ落ちる塩っ辛い涙が頬を伝い、次々に真っ白な雪を汚していく。


「…誰にも必要とされないまま死にたくないの、でも、姫巫女なのに、なのに、わたしは…死にたくないと思ってしまったの…」


ダメだ違う。

こんなことを言うべきじゃない。

もっと違うの。

ただ彼にもう"要らない"って言えばいい。

"関わらないで"って言って拒絶すればいいの。

なのに…


「テヤンと…、アベルと、ターニャと……旅が楽しいの。街の人たちもわたしを、無視しないの。優しいの……このままずっとこのまま……」


理性が効かない言葉が次々勝手にこぼれ落ち、パニックに陥った身体がどんどん冷たくなり、骨をミシミシと揺らし、小刻みに震える。

私の異変を感じ取ったのか、顔色を変え、すかさず私をその腕の中へと抱きしめた。


違う、ちがう、ちがうっ!

ダメなのにっ!!


彼の胸を押し、無理やり突っぱねようとする私の腕を、テヤンは少し強引に捉えて、より一層なお強く抱き込んだ。


「死ななきゃダメなのっ……ダメなのにっ、」


子供が駄々をこねるような泣きじゃくる声が、痛々しくこの白銀の世界に響き渡る。


「大丈夫だ…言っていいから。」


テヤンが私の頭を自分の肩口にギュッと押し付けながら、辛そうな声を上げ、私を宥め、その言葉を促す。

ダメだ、やめろと訴える理性を抑え込み、無意識に求めたその存在に震える手がしがみつく。


「……ごめんなさいっ、…いき、たい………」


そう小さく、浅ましい願いを吐き出してしまった私を、テヤンは強く強く抱きしめ続けた。



泣き続け、気絶するようにして意識を失ってしまったシレーヌ。

慣れない寒い土地で、いつもよりひんやりと感じるその儚い身体を背負い、懐かしさを感じる白い道無き道をひたすらに進む。

目指すは10年前まで寝床にしていた、崖の岩肌にポッカリと空いた小さな洞穴。


『死ななきゃダメなのっ…』


俺を弱々しく行動で拒絶し、言葉では助けを求めるようにぐちゃぐちゃな希望を口にしては、自分を押し殺すようにその言葉で縛りつけようとする痛ましい姿。

ダメだダメだと呟きながら、彼女が発したあの言葉…


『…ごめんなさいっ、……いき、たい……』


無意識に、シレーヌの脚を抱え込んでいた腕に力が入る。

大丈夫、彼女はここにいる。

今にも雪に溶けて消え入りそうなそんな儚く、壊れそうな雰囲気を纏い、怯えるように身体を震わせながらパニックを起こすシレーヌを見て、初めて彼女が"消えてしまう"というのがどういうことか理解した。

その脆く崩れ去りそうな身体を必死に抱きしめながら、そのぬくもりや感触が失われるのではないかと恐怖した。


このままいけばシレーヌは、姫巫女として死ぬ。


そんなこと、絶対に許さないっ!


ギッ、ギッと、2人分の重みで踏みしめられた雪が、食いしばるような小さな音を鳴らす。

それを意識の遠くで感じながら、俺はただ黙々と目的の場所へと足を進めた。


チラチラと降りしきる雪は、もう止んでいた。

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