表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Procursator   作者: 来栖れな
第8章 全ての思惑は交わり、嵐と化す
41/56

8-3

最初だけ今回限りのある男視点。

アベル視点で見るとこの人ほど矛盾してて意味不明な狂った男はいない。

「…逃げ回ってたツケだ。」


ぐにゃりと地に沈んだその身体を見下ろしながら、男は小さく吐き捨てる。

すっかり黒炎に囲まれ、今にも焼け落ち灰と化すであろう森をぐるりと眺めながら、自分の部下たちが相手にしているソレに目を止めた。

何があったかわからないが、すっかり激情に狂っているようだった。

その傷だらけ腕に抱かれているのは意識を失い、肩口から淡く血を滲ませる女の姿。

-あれがきっかけか…それにしても、女を片手に抱えたまま、この惨状を作り出したのか?

その"化け物"の目の前に広がるのは自身の部下と黒犬(カヴァス)たちが切り裂かれ、引き裂かれ、歪な形で折り曲げられた残骸。

地についてなお咲き続ける赤とは違う、鉄錆臭くも生暖かい赤がぶちまけられた足元。

王国の精鋭と呼ばれる我が部隊と国を支える影と呼ばれる特殊隠密部隊の奴らが、その"化け物"にすっかり恐れをなし、ガタガタと身体を震わせている。


-アレ自身に弱点らしい弱点はないから、女を狙ったのだろうが…それがこんなことになるとは皮肉だな。

自身の部下たちが出した最も勝算のある答えが引き起こした地獄絵図を、男はどこか冷めた目でじっと観察する。


その視線に気がついたのか、"化け物"の目がこちらに向けられる。

燃え盛るようなどす黒い負の感情を宿した金の瞳が、俺を射殺さんばかりに睨みつけている。

すっかり充血し、牙が覗いた口元がからはグルルルと唸り声のようなものが聞こえてくる。

-大切なものを傷つけられたらこうなるのが普通だな…

そんなことを思いながら男は戦意がないことを示すように、自身の長剣を地に突き刺した。


「貴様もその女を連れて逃げられぬのはわかってるだろう?もし大人しく我らに従うなら、アベルの命は助けてやる。」


まだ理性が残っているのだろう。

その言葉に、"化け物"は唸り声を止め、少し冷静さを取り戻したように目を見開いた。

数秒後、探るように動かされた琥珀色の瞳が、俺から少し離れた位置にあるその身体を視界に捉える。


「もちろんその女も丁重に扱う。解毒もしてやろう。悪い話ではないはずだ。」


そんなことを口にしながら俄かに掌に汗が滲んだ。

報告によれば、コレはあまり人間に関心がない。唯一執着があるあの女ならまだしも、少し長く時を共にしたくらいの人間のために動くであろうか?

逃げられないぞと告げはしたが、本気でコレが女を抱え逃げようとすれば容易くそれは成し遂げられるのではないか?

相手は最強の戦闘族と呼ばれたかの狼牙族の生き残り、馬よりもその脚が早くともなんらおかしくはない。

今だって、黒犬供の毒を食らっても平然と動いている。


"化け物"はしばらく逡巡したのち、女とは反対の腕で持つ大剣を俺の真似をするように地に刺した。

そして片手に抱く女を、両手で丁寧に抱え直す。

ほぉーっと、無意識に息を吐き出した自分に遅れて驚いた。

ハッとして自身の掌に目を向ければ、知らず知らずに震えていたらしいそれにようやく自分が畏れていたのだ理解する。


-やはり、亜人の中でも別格だな。

そんなことを思いながらも、震えっぱなしだった残り少ない部下と黒犬供に短く指示を出す。


残った者たちで列を整え、最後に森へと振り返ればそこは、何もないただの焼け野原だけが虚しく広がっていた。



***


目を覚ました時、まず始めに目にしたのは見たこともないような美しい装飾の施された天井と、自分の周りを囲む紗のかかった白いカーテン。

背に感じるのはふわりと沈み込む柔らかな感触。

身を起こせばそこは王の部屋で一度見たことのあるようなとても大きなベットの上。


「失礼します。」


無感情で事務的な温度のない声。

するりと開かれたカーテンと共にひらけた視界。

そこにあるのは見たことのない真っ白に統一された豪華な部屋。


「…ここは?」


訊ねるでもなく、呟いた自分の言葉で、意識を失う前の出来事が濁流のように一気に脳内へと流れてくる。

赤い森で舞を終えた後、急に黒い服の人たちに取り囲まれたこと。

何故かあそこでは魔法が使えなくて、へんな飛び道具にあたり痺れで動けなくなったこと。

それを庇ったテヤンが傷ついたこと。

それからただ何も出来ずテヤンの背に庇われていたこと。

突如襲った肩の痛み、そこからより強く入り込んだ痺れと痛み、そして充満する血の匂い。

駆け寄ってきたテヤンの顔が険しく、抱きとめられた腕がいつもより…焼け焦げるように熱く……


「テヤンはっ!?アベルはっっ!!??」


カーテンを開けた、詰襟でスカートの長い紺のワンピースに白いエプロンをつけた女性に、飛びつくようにそう問いかける。

女性は何も映さない能面のような顔で、お手本のような控えめな笑みを作った。


「申し訳ありません、存じ上げません。」


明らかな拒絶。

知っていても教える気もないというその態度に、思わず目を見開いた。

その私の様子を気にも止めず、知らぬ間に近づいた他の2人の女性が私腕を両側からとり、ベットから離れさせる。


「御目通りがございますので、お支度を。」


有無を言わさず、告げられた決定事項。

その帝国の制限された生活を思わせる状況に、私はさっとその顔色を青ざめさせた。


身体が、氷海に投げ出されたように冷たく、動かない……



狼牙族は、他の生き物より感情の起伏がありません。

彼らの1番強い感情は番に向けられる深い愛情です。

ここら辺の設定ちゃんと説明する回が出来たらこの記述は消しますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ