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Procursator   作者: 来栖れな
第6章 揺れ動くは妖精の幻か
32/56

6-5

湖での儀式、舞シーンのみ。



一歩、一歩とその白さの目立つ素足が歩みを進めれば、湖面はそれに反応して小さな波紋を描き、その足元に染み渡るように広がっていく。

その様は水の上だと感じさせぬ地を歩くような自然さと、一世一代の晴れ舞台を迎えた者のしなやかなまでの優美さを併せ持っている。

宵闇の空と漂う精霊たちの光を写すはずのその部隊は、光を引き立てる暗幕の背景と成り下がる影に埋もれたもりよりも、さらに暗い黒。

その、何者も引きずりこむような深淵にほど近い真っ黒な舞台に上がるのは純白に身を包みし麗しの舞姫。

その身に宿る、唯一無二の(あお)の宝石は、伏せられた瞼の奥に隠されている。

神経質なまでに痛い静寂を、両手足に括られた鈍い黒に染められた小ぶりの鈴が、カラカラ、カラカラと小さな唸りを持って崩していく。

風が止んだ。

森も、彼女をそっと盗み見るようにその身を正し、じっとその始まりへと期待を寄せる。


今、この世界で、その踊り手だけが光を受ける存在だった。


無機質に透き通った碧の輝きが、そっとその舞台に灯される。


両脇に自然と垂れていた腕の片一方が、音もなく静かに天へと掲げられた。

その手の内に握られるは黒い月を模した神聖な剣。

その怪しい色を放つ深い黒は、美しい夜空の光を受け、その妖しさを映し出す。


始まりを告げるは掲げた手から鳴らされる鈴の音。


シャン…シャン…シャン

と、肘先を捻るように鳴らされた鈴は、小ぶりなものとは思えぬほどよく響いた。

ただ清く、麗しく響くその音色は、ざわめいた心に真っ直ぐに届き、それを鎮める。


次いで、掲げた右の手とは反対の何も持たぬ左の手がゆったりと真横へと伸ばされる。

シャン…シャン…シャン…

同じように鳴らされた鈴の音が、またこの舞台の空を揺らす。


見えない空気の粒をひとつひとつなぞるように、滑らかで余韻ある仕草で寄せられた両の手が踊り手の胸の前で合わさり、踊り手は優雅に湖面に片膝をつき、頭を下げる。


立ち上がるとともに真っ直ぐ前を見据えた凛とした面差しには、儚くも慈しみに溢れた微笑みが浮かぶ。


湖面に浮かぶいくつもの小さな波紋。

踊り手の身を包むように円を描く両の腕から鈴の音と、それを追う白い布が宙を舞う。

するりと伸ばされた右の足が、湖面に描かれた円を崩すように漂い、水を遊ばせる。


緩急弛まず自由に動く足元と、ゆったりと柔らかく弧の動きの中で動かされる上半身。

それにも関わらず手首のスナップにより奏でられる鈴の音はいつも一定で、その場の空気を常に整えるように力強い。


手足の爪の先、頭のてっぺんまで神経の通った洗練されたその動き1つ1つはどれも美しく、その一挙一動に目が奪われる。

波が寄せては返し、寄せては返すたびにその波が大きくなるように、その踊りは華やかさを増そうとも、そこに漂う気品と艶っぽさは失われることなく、むしろ殊更に際立っていく。

伸びやかに動く長い手足が、時に躍動し、静止し、もどかしく燻る…

そんな幻惑的な舞はどんどん何かに突き動かされるかのごとく先へと進んでいく。


ふと、舞姫の秀美な顔立ちに、陶酔にも似た蠱惑的な性の色味が乗る。

柔らかな色しかなかった舞に、はっきりとした色が落とされる。

流された眼差し、愛でるような手先、そこにある全てを惑わせるような仕草はただ美しく、何故か胸が締め付けられるような切なさがある。

見ていたいのに目を逸らしたい、そんな矛盾した激情が観客の身の内を焦がす。


鈴の音の感覚がだんだんと短くなり、速さと激しさを増す踊りの終焉を伝え始める。

そんな中でも際立った滑らかさと艶やかさを写すのは、黒く妖しい短剣を持つ右手。

絹のように傷ひとつない綺麗な肌を掠るすれすれを、先程から何度も切れ味の良さそうな鋭い刃が掠めるのだ。

美しかった舞に徐々に緊迫感が増し、場を急き立てては掻き乱す。

湖面が激しく波打ち、見守っていたはずの草木もその音色に加わるように揺れ始める。

無作為に漂う精霊の光が、踊り手を照らし出すようにその者の頭上に集まりだす。


緊張感が高まり切ったその刹那、踊り手はくるりと回るその体を素早く滑り込ませ、湖面に座り込んだ。


そこから先は全てがスローモーションのように、その目で細かな動き全てを鮮明に追うことができた。


踊り手の動きを追うように白いスカートが、手足から伸びる布がふわりと広がった。

それはまるで、鈴という重りと共に手足を縛り上げる鎖のよう…

緩慢な動きで落ちるその軽い白は、全ての終わりの始まりを告げる。

まっすぐに天に伸ばされた両の手は、力強くその手の内の鋭すぎる光を乞うようにして握っている。

踊り手の白銀の髪の上で輝く宝石たちが精霊たちの光を受け、より一層彩りを増す。


そして、

祈るように、縋るように、

天高く掲げたその手の内の漆黒の剣を抱き寄せるように、

躊躇いもなく振り下ろされた細い腕、

その黒き刃がその華奢な喉元を、



貫く直前、ピタリとその場で止まった。







美しく、神聖なその舞。


俺にはそれが死の宣告のような悍ましい物に見えてならなかった。





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