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改稿版。
改稿版と改稿前ではストーリーや世界観など、矛盾があります。
気をつけて、お読みください。
先の見えない果てなき海は、
いつも見ていた景色となんら変わらないはずなのに…
とても光り輝いていた。
理由はひとつ。
私が未知の土地へと足を踏み入れる、偉大な旅人だからだ。
-風とはこんなに力強くて、心地よいものだったのね…
普段は行儀の良い長い髪が、ふわりと空に漂うだけでとても開放的な気分になる。
人の寄り付かない静かな党の上で、
ただ穏やかに過ごしてきた私には、この世界はとても広い。
「もうすぐ大陸に到着します。」
感情の乏しい侍女の声が耳に届いた。
普段ならその声に、何処か沈んだ気持ちになるのに、今はそれも気にならないほど気分が高揚している。
そして視線の先に現れた、
青でも白でもない新しい色…
思わず甲板の先まで駆け寄って、その色に必死に目を凝らした。
"これはあなたの、わたしの、
そして世界が迎える、はじまりの物語"
***
-懐かしい匂いだな…
暖かな日差しを受け、まろやかに立ち昇るような南の海特有の磯の香り。
その香り漂う、人々の活気と笑顔が入り乱れる港町は、自分の故郷と違いすぎて、そのくせ何故か心安らぐ。
「あれ?テヤンじゃないか!!久しぶりだね〜」
2年ぶりだというのに、この町の人間はよく自分のことを覚えているものだ。
そんなことを思いながらも、「持ってきな〜」と言って放られたリンゴを受け取り、そのまま背を向け片手を振る。
新鮮な野菜や果物、魚介はもちろん、この国のみならず様々な場所から集めてきた工芸品や雑貨が、大通りにごった返すように並び立つ。
その中を慣れたように進んで行けば一軒、この港町ボーデンで唯一の酒場が建っている。
そこが、この男の所属するギルドの本部でもある。
ギギギッと、古い木材が軋む音ともに厚い扉が開く。
と同時に、外からでは聞こえなかった喧騒が耳に入った。
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜〜〜、できるのか、できないのかって聞いてるんです!!こっちには時間がないのよ!」
「そうは言われましても…今は責任者が不在でして…」
「じゃあ!その責任者はいつ来るんですかっ!!」
相変わらず人が集う、古めかしい酒場全体に響くその声は、揉めてる内容からして依頼人だとすぐに検討はついた。
だが、間に入って話を聞こうとはわざわざ思わなかった。
そういうのは正直…俺には向いていない。
「あっ、テ、テヤンさん!!」
そう広くない店内では、俺が入ってきた姿はきちんと確認出来てしまったらしい。
その依頼人らしき女性と口論していた茶髪の男が、カウンターから俺の所まで一気に駆け寄ってくる。
その顔にはありありと安堵の色が浮かんでいた。
「ちょうどいいところにっ!!」
「無理だ。他を当たれ。」
「そんなこと言わないでください!!他頼れる人いないんですって!!」
縋るように掴まれ、腕を引っ張られたが、強固とした態度でそれに反発した。依頼人とギルドメンバーをつなぐ仲介人と、護衛を生業とする用心棒の俺とでは、力の差は比べるまでもなく、俺の身体はその場から動くことはない。
「今、アベルさん依頼で出てるんですよ〜」
この男…バルドという名前だっただろうか。
彼は力づくでは無理とわかり、俺を説得することに切り替えたようだ。
「…ルイーザは?」
「いません!」
「クラ…「他の頼りになる人はほとんど出てます!」
店にいる顔ぶれを確認しながらも、悪足掻きのように聞いた名前は次々に潰されていく。
思わず顔をしかめているところにペタペタと、比較的軽い足音がこちらに近づく音が耳に入る。
「貴方、護衛依頼受けれる人?」
続いて聞こえてきた苛立ちを含んだような棘のある女性の声は、先程までバルドと言い合っていた依頼人のものだった。
驚かさないようにゆっくりと振り返れば、その物珍しい姿に思わず目を見張った。
ボロ屋同然の酒場の窓から入る淡い日差しの下、その白銀の長い髪は光を集めキラキラと輝いていた。
それに照らし出された顔立ちはまるで女神かのごとく、とても美しい。
銀色に縁取られた長い睫毛、スッと通った鼻筋、ふっくらと色づく薄紅色の唇、真珠のように艶やかな肌、どれひとつをとっても芸術品であるかのようだ。
その中でも一際輝くのは、海の色をそのまま閉じ込めたかのような青い瞳だ。
彼女の着ているのは…民族衣装なのだろうか?
見たことのない涼しげで柔らかな布地で作られたアシンメトリーな白いワンピースは、見慣れたものと比べると露出が多く飾り気なく見えるが、すらっとスタイルが良い彼女には似合っていた。
「この人だと埒があかないから…直接でもいいから護衛依頼、受けて欲しいんですけど。」
話が進まず、相当焦れているのだろう。
不機嫌さを隠すことなく全面に押し出すようなその表情は、思ったより幼さを感じさせる。
「お金は貴方の言い値で、いくらでも出すわ。いかがかしら?」
自分の意思が必ずしも通ると疑わない傲慢さ、そして何より言動や雰囲気に滲む気品。
間違いなく貴族…ひいては王族の人間だろう。
ハァーっと、意図せず深いため息が溢れる。
-これは…骨が折れそうだ。
「…依頼内容。先にそれを聞かなきゃ受けられない。」
「時間があまりないのだけれど?」
「俺たちにも依頼を選ぶ権利はある。どんな依頼相手で、どんな内容なのかもわからないのに受けることは出来ない。」
俺の答えに噛み付くような態度だった彼女が、どこか渋い顔をして黙り込む。
苛立ちからカッとなっていたのが少し冷めて、こちらの言い分が理解できたのだろう。
-思ったよりは話が通じそうだ。
そのことにどこか安堵しつつ、ちらりと2階の席の空き具合を確認する。
「…ここで話もなんだ。上に案内する。」
俺がそう言って階段の方へと先導すれば、彼女は黙ったまま大人しくそれに続いた。
その様子に、静かに成り行きを見守っていた周囲も、明らかにホッとしたように表情を緩めた。
-さて、どうするか…
明らかに漂う面倒ごとの気配に、俺は心の内で頭を抱えた。