パーティーを追放されました。解雇理由:スキルがゴミ集めだから
最近流行の追放物とやらを書いてみようと思って書いたものです。
短編ですので、有名なファンタジー用語や世界観はいわゆる
「一般的なファンタジー」として描写を省略しております。
「お前さ……もうこれ以上やってくのは無理だと思うし、抜けてもらうわ」
「ええ!? そんな、どうして!」
大勢の冒険者で賑わう酒場。その一角でちょっとしたもめ事が起こっていた
「いや、だってさあ……これから俺たちももっと上を目指していきたいわけでさ?」
「だが、今までずっと仲間として!」
「もうちょっとハッキリ言ってやったら? 『集塵』なんてゴミスキル……じゃなくて対ゴミスキル? 持ちなんかを置いておくつもりはないって」
「わははは! ユーリ、もうちょっと歯に衣着せろって。自殺でもされたら酒がまずくなるだろ?」
黒髪の女魔導士が嗤い、筋骨隆々の戦士がそれに続く。2人が静まったところでリーダー格にして、首を告げた男……ネレイドは、これは決定事項だ、と前置きをして改めて言う。
「そう言う訳だから、荷物をまとめておけ。装備品は俺たちパーティーの持ち物って決めたんだから、置いていけよ。ああ、小遣いくらいは持って行っていいぞ、退職金って奴だ」
「っ……」
通告を受けた若者……革鎧を着こみ、両刃の剣を持った彼は、名をレンツと言う。レンツは言い返す言葉を持たなかった。仲間……否、元仲間たちの言う言葉は一言一句間違ってはいなかったのだ。
冒険者と言う職業はどうしたところで危険が付きまとう。大勢で行動するのが基本の兵士と違い、多くとも10人未満程度で動き、名誉を、大金を、あるいは更なる力を求めて、危険に自ら踏み込んでいく職業なのだからそれはごく当たり前のことだった。
そんな彼らの大きな武器となるのが『スキル』と呼ばれる特異な力。ある者は恐るべき怪力で巨大な魔物を打ち倒し、ある者は竜の炎を受けてもかすり傷で済まし、ある者は視線一つであらゆる獣を手懐けたと言う。
いつ、誰が、どのようにして見出したかは知られていないが、とにかくこの世界の人間は大よそ8割ほどがその『スキル』を生まれつき持っており、ある日それが開花するのだ。その日まで、自分のスキルが何なのか、知ることはできない。目覚めないこともある。それ故に、素晴らしいスキルを手に入れた者は喜びと祝福に包まれ、そして……使えないスキルが開花してしまったら『もはや先が見えた』ということになる。レンツは、後者だった。
「くそ! くそ! 何だよ! 俺だって……頑張ったのに……」
荷造りをしながら、黒髪の若者は怒りとも哀しみともつかない声を上げる。農家の末っ子であった彼にとって、冒険者は夢だった。事実上の口減らしで街に出てきたときも、その夢があったから頑張れた。節約に節約を重ねて、布の鎧と短剣を買った時には夢が手の中にあるのを感じていた。ギルドで初めての依頼を受け、簡単な薬草採取に出た時には世界が違って見えた。ネレイドにパーティーへ誘われた時には、ここから自分の物語が始まる、などと思っていたのだ。
「くそっ……何なんだよ『集塵』って……掃除でもしてろって言うのかよ……」
そしてスキル。これでまた一歩先へ進めると確信していたレンツだが、開花したのは『集塵』……その名の通り、近くにある小さくて軽い物……埃などを一点に集める事が出来る技能だった。それが判明した時のパーティーの空気を、レンツは今でもその場にいた時同様に思い出せる。
「こんな事なら、スキルなんて開花しない方が良かった……」
可能性と言う物はある種の魔法だ。期待されるからこそ、先に何かがあると思えるからこそ、人は努力ができる。だがその可能性が潰えてしまった時。歩みを続けられる者はそう居ない。レンツもまた、その例に漏れなかった。
次の日、太陽が昇りだしたころに、住み慣れた宿から逃げるように立ち去り、馬車乗り場へ向かう彼へと、声をかける者は誰も居なかった。馬車は南の街、フォルトグラードへと向かう……夢破れた若者を乗せて。
数日後、何ら事件も起こることなく。馬車は目的地に到着した。要塞都市、フォルトグラード。冒険者ギルドの本部をはじめとした各種施設や商店が集中する、冒険者の一大拠点。多くの冒険者はここで仲間を見つけ、パーティーとして活動を開始する。ある程度経験を積めばこの街を出て、地方の商都などでさらにバリバリと活躍する、というのが一般的な出世コースだが……ここに、そのコースを逆戻りした若者がいた。
ゴミスキルを理由にパーティーを追放された若者、レンツだ。行く当てもなく、ひとまず冒険者ギルドに足を向けた彼は、カウンターで新たなパーティーメンバーの募集が無いか尋ねることにした。
「それでは、簡単な能力鑑定を行いますね。こちらの席にどうぞ」
事務員の対応はスムーズだった。なにしろ冒険者がパーティーを離れるということはそう珍しい事ではない……大きな怪我を負った、メンバーとそりが合わなくなった、結婚などを機に引退……一生冒険者を続ける者はそう居ない。途中で死ぬケースを除けば、だが。当然、その穴を埋めるための募集も発生することになる。
「あら、あらあらこれは……うーん……」
レンツに向け、スキル『能力審査』を使う事務員だが、その表情は芳しくない。パーティーに入るにあたり、スキルの有無やその内容は当然重要になる。誤魔化しは生死にかかわるため、冒険者ギルドが発行した正式な証明書の提出を求める所が殆ど。つまりそれは、責任あるギルドの職員として、レンツがゴミスキル持ちということを証明しなければならないということだった
「残念ですが、これでは今募集している所は入れないですね……」
「いや、けど俺もそれなりに実績が……!」
「それはパーティーとしての実績、ですよね? 個人で、しかもスキルが……少し、使用して見せてもらえますか?」
「あ、はい……」
レンツは、試しにスキルを使う。スキル所有者の証、手の甲の紋章が淡く光を放つと、床にあった砂粒や綿ぼこりが固まり、1cmほどの球になって宙に浮いた。右、左、上下とそれを動かしてみるレンツだが……
「……それだけですか?」
「……はい……」
「……参加希望登録だけは受け付けておきますね」
「はい……」
冷めた事務員の声の前に、もともと低かった意気はさらに消沈、すごすごと席を離れる他なくなってしまうのだった。
二時間ほどたった後、要塞都市の名を冠する理由となった巨大な街壁の外に、レンツの姿があった。
「こんなスキル……」
スキルを使うレンツ。手のひらの上に砂粒で出来た3cmほどのボールが出来上がる。念じることで多少動かすことはできるが……
「どう使えって言うんだよ!」
それを掴んで投げるレンツ。野外で石つぶてを簡単に作れる、程度の使い道しか今の彼には思い浮かばなかった。あるいはそれこそ掃除に使えば便利かもしれないが、それは言ってしまえば荷物持ちや掃除夫を金で雇えば済む話であり、そういった『簡単に代替可能』なスキルに対しての評価はとても低い。パーティーを追放されても仕方ないと、世間で思われる程度には。
「はあ……」
レンツは街壁を覆う堀のほとりで座り込み、溜息を吐く。実家に帰ったところで待っているのは辛い農作業のみ。かといって街に留まってもいずれ所持金が付き、その日暮らしの果てに野垂れ死には目に見えていた。
どちらがマシかと言われれば、死なない分前者であると言えるかもしれない。しかしレンツはまだ冒険の夢を捨てきれてはいなかった。それ故に、無駄なあがきをして苦しんでいるともいえるのだが。
「きゃああーーーっ!?」
そんな時、レンツの耳に若い女性の悲鳴が聞こえた。近場にある小さな森……冒険者からは『隣の森』で通っている、木々の中からだった。
「何だ!?」
効能は弱いながら薬草が取れたり、食べられる木の実もあるため街の一般人が入ることもある。それが野犬か何かに襲われたのだろうとレンツは判断した。そして、それを聞かなかったことにするほど、彼はまだ腐ってはいなかった。
腰の件に手をかけながら、森へ走るレンツ。悲鳴の元は偶然かはたまた運命か、彼の下へと近づいてきていた。そして。
「たすけてええええーーーーっ!! ふぎっ!」
木々の間から少女が飛び出した。そのままレンツの横を通り過ぎ……盛大にこける。そしてその後ろを追いかけ、姿を現したのは……
「ゴブリンか……!」
小柄な亜人、ゴブリンだった。厳密にいえば種類が多く分けられるのだが、冒険者は一様にゴブリンと呼ぶ。猿より少し賢い程度の相手だが、その行動は野蛮で短絡的。厄介な害獣と言った扱いを受けている生物だが、少し経験を積んだ冒険者なら、群れでなければ取るに足らない相手でもある。
「せいっ!」
レンツの剣の前に、あえなくゴブリンは切り倒された。はぐれかなにかなのか、たまたま街の近くまでやってきたところを、少女を見つけ襲ったのだと考え……その少女の方を振り向く。
「大丈夫、か……?」
レンツの言葉が、疑問形で途切れたのには理由があった。彼女の恰好は……あまりにも、奇抜だったのだ。
野外活動にはまるで向いていない……まるで儀礼用か何かのように、刺繍の入った上着に、短いスカート。総じて彼から見れば相当な上等品。その上から白いコートを羽織っていた。
「え、あ、え……」
「立てるか?」
妙な格好だと思いながらも、レンツは転んで地面に突っ伏した少女に手を貸すことにした。黒髪を肩ほどの長さに整えた少女は顔を起こして周囲を見回し……首をはねられ血を流すゴブリンを目の当たりにする。
「……はひゅ」
「……おい?」
少女は再び顔を土に預けた。完全に意識を手放した少女をそのまま放っておくわけにも行かず、レンツは彼女を背負うと街に戻ることにした。
「(……軽いうえに……柔らかい……)」
多少不埒な考えを頭に浮かべながらも、レンツは彼女を街へと運ぶ。何かしらの『お礼』は期待していないわけでも無いが、それ以上に……見ず知らずとは言え年端もいかない女の子を放っておくほど冷酷でもない、というのが一番の理由だった。
レンツが向かったのは施療院、冒険者向けの治療施設だ。金次第なところはあるが、死んでさえいなければ大概の怪我や病気は治る、と言うのが利用者の間の評判となっている。定期的に発行される薬草採取の依頼もあり、このフォルトグラードで世話になっていない冒険者は、まず存在しないだろう。
「うーん……外傷や病気の兆候なし。多分過度の緊張で倒れただけね。しばらく寝かしておきましょう」
「そうですか……」
淡い色のローブを纏った女医の言葉に、レンツは一息ついた。そうなると、後は目覚めるのを待つばかりなのだが……
「で、治療費はどちらが払ってくれるのかしら?」
柔和なほほえみはそのままに、突き付けられた請求書。自分が立て替えるべきか、少女が目覚めるのを待つべきか、悩むレンツだったが……
「ん……う……」
少女が小さなうめきと共に、その瞼を開いた。栗色の瞳がその下から姿を現し、ばね仕掛けの人形のようにベッドの上に飛び起きる。右、左、また右と、辺りを見回した少女の表情には、戸惑いの色がありありと浮かび上がっていた。
「ここ……どこ……?」
「気が付いた? ここは施療院の病室よ。私は医者のアナ。彼はレンツ、あなたを背負ってきたのよ」
「病室……そうだ! あの変な猿! あの猿に襲われて、それで……!」
「猿……ゴブリンのことか? あれなら倒したよ」
「ゴブリン……? ゴブリンって、そんな」
少女は苦笑を浮かべる。それはまるでおとぎ話を真剣に語る大人を見るかのようなそれで……その表情に少なからず、レンツはムッとした感情を抱く。
「おい、助けてやったのにその態度は無いだろ。どこのお嬢様か知らないけど、女の子が1人で森に入るなんて……」
「ご、ごめんなさい、でも、真面目な話をするなら真面目な格好をしてするべきです」
「真面目じゃない……かな?」
レンツは自らの姿を鑑みる。パーティーを追放された上、ここまで戻る旅費なども捻出したため、グレードで言えば下の方だがが……冒険者が立ち寄るような場所であればどこであろうと眉をひそめられることはないだろう。
女医のどこか虚を突かれたような表情も、少女の言葉の方が常識外れであることを物語っている。微妙な空気を察した少女は、ばつの悪い表情を浮かべながらも、ベッドから立ち上がり、改めて礼を言う。
「とにかく、助けてくれてありがとうございました。もう大丈夫ですので、家に帰ります」
「あ、ああ、そうか……家はどのあたりだ? もう夕方だけど、1人で帰れるのか?」
「子供じゃないんですから、平気です」
「どう見ても子供だろ……」
少女は見たところ15~6歳。レンツにとってはまだまだ子供と言える年齢だった。レンツの呟きを無視して病室から姿を消した少女。しかしその言動に妙な危なっかしさを感じたレンツは、後を追いかけることにした。
少女は、すぐに見つかった。その目立つ姿もあるが、何より玄関を出たところで、呆然とした風で立ち尽くしていたのだ。天を仰ぐその目には、空を横切る巨大な帯が映っていた
「……どうした? やっぱり……」
「何……何なんですか、この空……」
「なにって……良い天気だ。『太陽の轍』が良く見えるな」
「何なんですかその『太陽の轍』って!? おかしいですよこんな土星みたいな……もしかして巨大プラネタリウム? でもこんな、街みたいな広さなんて」
「なあ、さっきから何を言ってるんだ? プラネタリウム? それこそ一体何……」
「ああ、もう! わかりました、降参です! 演技完璧なのはわかりました! けど日本語通じてるんだからここは日本でしょう!? どこの、なんていうテーマパークですか!? 家に電話をかけたいんです!」
レンツは困惑した。日本、テーマパーク、電話。どれも聞いたことのない単語ばかり。ひょっとしたら何か壮大な悪戯にでも巻き込まれているのかもしれないとも思ったが、目の前の少女の、今にも泣きだしそうな顔からは、とてもそんな物を感じることはできなかった。
「ま、まあ落ち着け。何を言っているのかさっぱりだが、ひとまず……」
「まだ演技するんですか!? そういうのもう」
「『眠れ(スリープ)』」
「いいです……から……」
「お、おい?」
少女は膝から崩れ落ち、レンツに寄り掛かるようにして眠りこけてしまった。レンツが背後を見ると、睡眠の魔法を使ったアナが肩をすくめていた。
「どうやら、もうしばらく預かった方がよさそうね」
「あ、ああ……いったい何なんだ? 錯乱してるように見えたけど」
「一応調べてみるわ……料金があなた持ちでよければ」
レンツは少し悩んだ。見ず知らずの少女にあれこれ世話を焼く余裕が果たして自分にあるのか、と自問自答する。しかし……あの泣き出しそうな表情を見てしまうと、見捨てるという選択はどうにもしがたい物だった。
「頼みます。また明日、様子を見に来ますので」
「……わかった、しっかり診ておくわ」
少女を抱え、アナは病室へと戻っていく。予定外の出費に頭を抱えつつも……レンツはあの少女を見捨てる気になれなかった。それは、今にも泣きだしそうな、信じていた何かが崩れ去ってしまったという様なその顔が、今のレンツ自身と重なったからかもしれない……
翌日、昼前にレンツは再び施療院を訪ねた。アナに少女の容体を訪ねるレンツだが、返って来たのは予想外の答えだった。
「『検査』を使ったけれど、精神や記憶を操作された形跡はないわ。体も……寝不足の傾向がある以外特に問題なし。ごくごく健康体ね」
「じゃあ、あの変な言動は……」
「何かしらの理由があって演技をしているか……あるいは本当にそう思い込んでいるか」
アナの言葉を胸に、レンツは少女の病室を訪れた。少女はレンツが入ってきたことにも気づかず窓から通りを見下ろし、ともすれば飛び降りてしまいそうな気配を醸し出していた。
「あ~……落ち着いた、か?」
「あ、ええと……昨日はありがとうございました」
「いや、なんてことはないさ……」
「……それで、何の用ですか?」
「何ってわけじゃないが……助けた相手がどうなったかくらい、気にしても良いだろう?」
「そうですか……」
ベッドに座り込み、遠い空を見る少女は、助けられたというのに全ての希望が消えたような表情をしている。演技にせよ本気にせよ、少なくとも普通ではない相手だということは察したレンツだが、乗り掛かった舟とでも言うべきか。もう少しだけ、彼女に踏み込んでみることにした。
「で、それで、だ……家はどこだ? 近くだったら、送って行ってやっても……」
「……ない、です。家」
「無い?」
まずい事を聞いたか、と思いながらも、レンツの頭には疑問が浮かぶ。このフォルトグラードの周囲で、村が滅んだとか災害があったとかそう言う話は聞いていないのだ。帰ってきてまだ数日ではあるが、冒険者の常として情報収集を怠っては居ない。そう言うことがあれば、何かしら噂が立つ物だが、レンツはそう言った話に心当たりはなかった。
「(借金で取られたとか? それにしては身なりが綺麗だよな……まさか上流階級の陰謀が何やかんやな感じか!?)」
「私の、考えが正しければ……私は、この世界とは違う世界からここに来てしまって……」
「は……? あ、ああいや済まない、だが違う世界と言うのは……どういうことだ?」
レンツ自身、間抜けな声を出したと自覚したが、少女の顔に怒りが浮かんだのを見て慌てて取り繕った。少女は少し黙ったが、再び窓の外を見て、語り始める。
「違う世界は、違う世界です。次元や世界線といったレベルで違うのか、あるいは違う天体なのか。諸々の物理法則が共通してるから多分後者だけど……」
「ま、まったまったまった、悪いけど何を言ってるのか」
「さっぱり、って昨日もこのやり取りしましたよね」
「ああ……」
「……そうだ! 送ってくれるって言いましたよね?」
「え? ああ、言ったけど……」
「じゃあ、連れて行ってください! 私を……あの森まで!」
少女は、何かを思いついたようにレンツに詰め寄った。その必死な様子と、送って行くと言った手前、嫌とは言いづらく。レンツは少女を、彼女を発見した森まで連れていくことにした。
「あ、ところで……君、名前は?」
「名前? あ、そういえばまだ……私はリョーコ。藤原良子です」
「リョーコか……じゃあリョーコ、俺から離れないようにしてくれ」
「わかっています。またあの……ゴブリン? に襲われたりするのは嫌ですから」
少女あらためリョーコを病室から連れ出し、レンツは『隣の森』へと向かう。その途中、アナに後ろ襟をつかまれて医療費を支払わされたのは……些細な出来事と言えるだろう。
レンツとリョーコは隣の森の入り口までやってきた。出入りする人間が多い場所で、彼らの歩いたルートが踏み固められ、ちょっとした道になっている。それを辿れば、基本的には道に迷わない場所ではあるのだが、リョーコはその道ではなく、回り込んだ堀側……彼女自身が森から飛び出した所へと行くことを希望した。
「一体、どうするんだ?」
「元居た場所……というか、この世界に来た場所に戻るんです。何かしら……私がこの世界に移動した『何か』がその場所に残っている可能性があります」
「なあその……違う世界? っていうの……本気で言ってるのか?」
「……私だって、本気にしたくありません。けどそれ以外に説明がつかないんです」
繁みをかき分け、リョーコの記憶を頼りに森の中へと入っていく2人。異世界から来たというリョーコの言葉を、レンツはまだ半信半疑……よりは9割がた妄言の類だと考えていたが、リョーコは至って真面目。空気の違いは気まずさとなり2人の間に沈黙が澱むが、先にそれを掃ったのもまた、リョーコだった。
途中で小休止を取っている時、リョーコはレンツに尋ねる。
「……あの。昨日、あの女医さんに……何か良くわからない事をされたんですけど。あれってひょっとして……魔法、ですか?」
「ああ、アナさんは『回復師』のスキル持ちだからな。普通よりずっと医療用の魔法が得意なんだ。怪我の治療とか、診察とかな」
「やっぱり、あるんだ……魔法。スキル、というのは?」
「スキルってのは……大体一人一つ持ってる『特別な力』のことだ。ある程度似たようなのもあれば、変わった物までとにかく色々ある」
「へえ……じゃあレンツさんもその『スキル』が?」
「俺のは……」
レンツは沈黙する。そのスキルがあまりにも使えないせいでパーティーを追い出されたのだから、当然語りたくもない物だ。そこへずけずけと入ってこられたのだから、不愉快さと、惨めさが再び襲い掛かって来た。
「俺のは……何ですか? ひょっとして凄すぎて見せられないとか?」
「……違う、逆だ。あんまりにもショボすぎて、見せるのも恥ずかしい」
「……『特別な力』なんですよね?」
「ああ、特別さ! 特別に弱くて特別に使えない……見ろよ、これだよ! 俺が持って生まれたスキルは!」
半ばヤケになったレンツがスキルを発動した。手の甲の紋章が輝き、レンツの顔前に周囲の土と砂粒が集まっていく。たちまち、宙に浮く直径3cmほどの真球が出来上がるが……そこから大きさは止まり、ひたすら砂粒を吸い込み続ける。
「……それで?」
「これだけだよ……近くの小さくて軽い物を集めるだけ。後はちょっと動かせるくらい。せめてずっと大きくなり続けるって言うならまだ使いようは有ったのに、こんな大きさじゃ……」
レンツはスキルを止める。スキルにより纏められていた真球は元の砂と土の粒に戻り、地面に飛び散った。
「……休憩はこの辺にして、行くぞ」
「はい……わかりました」
いくらか気まずさの増した中、草木の間を2人は進む。やがて森の中で少し開けた場所に出ると、リョーコは目を丸くし、レンツの前に飛び出た。
「ここ! ここです! 間違いなくここ……」
リョーコは地面、木々、果ては葉の裏まで手当たり次第にその辺りを探る。
「ここ……だったのに……」
だが結局、その探索活動は無駄に終わった。土と植物、それ以外に見つかるものは無かったのだ。リョーコは失意のあまりペタン、と地面に座り込み、呆然自失と言った風に空を見上げる。
「嘘……帰れない……? ここで、一生……?」
しばらく、聞き取れないような声量での呟きが続く。やがて半分じれた……もう半分は心配したレンツが、その肩に手を伸ばす。その時。
「何でえ!? 何でこんなことになるの!? 勉強ばっかりで、神様もサンタクロースも居ないって言われて生きてきたのに! ラノベなんて読んだことも無いのに! なんで今更ファンタジーなの!?」
「……なあ、リョーコ……ッ!?」
まるで火が付いたように、リョーコは大声で泣き出してしまった。言葉の意味は解らないながらも、ある種の剣幕すら感じられるその姿に、レンツは黙って見守るしか無かったが……周囲から聞こえた地鳴りのような音と木々の枝が折れる音にハッと顔を上げる。
「おい、リョーコ……急いで離れた方が良い!」
「何……きゃあああっ!?」
振り向いたリョーコが、悲鳴を上げる。レンツの背後には、周りの木々と同じくらいの高さをした人型の影が佇んでいた。ゆっくり振り返ったレンツもまた、それを目にする。
「トロール……!」
身の丈3mはある巨人種、トロール。知能はゴブリンとさほど変わりは無いが、大きい、と言うただ一点の要素が、この魔物を熟練の戦士すら殴り殺しかねない強敵へと変貌させている。
「何でこんな所にトロールが……! 逃げよう!」
「た、戦わないんですか!?」
「無理だ! 勝てない!」
レンツはリョーコを引っ張って逃げ出した。大きいということは力が強いという事。大きいということは肉が分厚く、防御力が高いという事。一対一で戦うことは、あまりにも無謀なのだ。
逆にトロールにとって、目の前の2人は……手ごろなオヤツに見えていた。逃げ出したそれを、追いかける。
「追いかけてきてます!」
「わかってる! とにかく走るんだ!」
「でも……!」
一般に、巨大な相手は鈍重だというイメージを持たれることが多い。だが……大きいということは歩幅が広いという事。つまり……巨大な相手は足も速いのだ。
「だめ、追いつかれます! 戦って勝たないと!」
「こんな剣じゃどうやったって無理だ!」
「さっきの……スキルがあるじゃないですか!」
「あんなものでどうしろって!」
「良いから使ってください! とにかくひたすら集め続けて!」
「くそっ!」
走りながらスキル『集塵』を使ったレンツの顔の前に、土や木屑、砂が集まりだす。その間にも、トロールとの距離は徐々に詰まっていき……その手がレンツを掴む。
「うわあああっ!?」
「レンツさん!?」
終わった。レンツの脳裏にそんな言葉と共に諦めが浮かぶ。トロールと人間、その筋力差はどうしようもない。手足をもぎ取られ、丸かじり……そんな末路が脳裏を横切った時。
「スキルで作った球をぶつけるんです! 早く!」
「ああもう! わかったよ!」
自暴自棄ともいえる心境で、レンツは球をトロールの顔めがけて放つ。手で投げるのと同じ程度の速度で飛んでいったその小さな弾はトロールの歯を砕き、口内に飛び込んだ。トロールの顔が、苦痛に歪むのを目の当たりにするレンツ。
「は……? え、なんで?」
「今です! さっきの……球を崩すのをしてください!」
「……ええい、どうにでもなれ!」
レンツがスキルを解除した、その瞬間。トロールの頭は内側から破裂し、内容物をぶちまける。指示を出すべき器官を根こそぎ失ったトロールは、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち、痙攣しながら動かなくなった。
「な、こ、これは……」
「……ごく当たり前の、物理現象です。大きさが変わらず物体を集め続けるということは、その密度が高まり続けるという事。外力で集められた物体から、その力が取り除かれれば元の密度に戻ろうとし……爆発的に飛散します」
静かに、しかしやや早口で。リョーコは今起きた現象を解説する。これまでの彼女の言場同様、レンツに取って理解できない内容ではあったが……そんなことより、もっと重要なことがあった。
「トロールを、一撃? 俺の、スキルが……ははっ……」
使えない。ゴミスキル。自他ともにそうとしか考えなかったスキルが、強敵トロールを一蹴した。胸がすくような思いと共に、この勝利をかみしめ……そして自分のスキルの使い方を教えてくれたリョーコへの感謝を伝えようと、彼女の方を振り向く。
「ありがとう、リョーコ! 君のおかげ、で……おい、大丈夫か!?」
しかしその彼女は、蹲り、肩を震わせていた。慌てて近寄るレンツだが、彼は知らなかった。彼女はそんなに我慢強い方ではないということを。彼女の世界では、首から上をミキサーにかけたような物がぶちまけられることなどそう無いということを。その結果……駆け寄ったレンツの足は、リョーコの吐しゃ物を浴びることになる。
「うわああああ!?」
森の中にレンツの叫びが吸い込まれていく。のけ者冒険者レンツと、自称異世界から来た少女リョーコ。凸凹コンビ最初の冒険はこうして幕を下ろした。しかしこれが、この後数多く生まれる逸話の、ほんの些細なプロローグにすぎないということは、当の本人たちですら、気づかないままだった……
以上となります。
物語の序章、読み切り漫画的な感じで書いてみました。
よろしければ、感想などお待ちしております。