元S級冒険者の俺が開いた孤児院で、育った子ども達がどう考えてもSSS級になっちゃいそう! ~って、そんな夢を見た俺は、はたして迷宮の底から帰還できるのでしょうか?~
チュンチュンと小鳥のさえずる声が聞こえる。
目を覚ました俺は、目だけで素早く部屋の中を見回す。
何の気配もない。
だが油断はできな…その時気付いた。
俺の喉には既に、ダガーナイフが突き付けられていた。
「おはよう。その起こし方はやめなさい、シリル。」
「いんちょー、もうボクの気配にはもう気付かニャイねー。S級冒険者なのにニャア。」
「“元”だろ。しかも、もう十年前だ。」
シリルは、ショートカットの水色の髪に、猫耳がピコンと飛び出した
可愛い猫族、それもレアなシアンブル族の少女だ。
クラスは斥候、いわゆるスカウトで、パーティの目となり耳となる重要な役割だ。
もっとも、二年前に俺の知り合いの凄腕の忍者に師事させてから
戦闘力においても手がつけられなくなった。暗殺とか潜入とか、
一人前どころか一流レベル以上で、ちょっとした組織なら、
たいして時間もかけずに全滅できるだろう。
頭の後ろで腕を組みながら、何が嬉しいのか
ニヒニヒ笑うシリルを連れて、俺達は食堂に降りた。
「おはようございます。先生」
「おはよう、ポリン。」
白い聖職者の衣装に身を包み、食卓に五人分の朝食を並べていく
美少女が俺に挨拶をする。
この娘はポリン。
聖リント教の熱心な信者にして、旅伝道師の資格を持つ聖職者でもある。
稀代の回復魔法の使い手で、即死さえしなければ
どんな傷もたちどころに完璧に癒すことができる。さらに、あと半年ほども
修行をすれば、歴代法王でも数人しか使えなかった蘇生も使えるのは
確実と言われている。
茶色の緩くウェーブのかかった髪に、長いまつ毛と少し垂れた目。
あらあら、うふふとよく穏やかに笑っているが、
実は怒らせると相当怖い。俺は知っている。
「あー、腹減った!飯!朝飯!お、父ちゃん、おはよう!」
俺と同時に、反対側の廊下から入ってきたのは、
赤い髪を三本の三つ編みにまとめた、ほとんど下着姿の
八重歯の生えた女の娘だ。
「ベル!剣は食卓に持ち込まない!あといくら朝練の後だからって、
ちゃんと、服を着なさい!」
「はいはいはい!わかったよ、父ちゃん。」
ベルは凄腕の剣士で、三年前に俺が教えることがなくなってからは、
この王都一番の剣術道場リブル流に行かせているが、
そこの実力では、もはや上から二番目だそうだ。
対個人はもちろんのこと、一体多数の戦いも得意とする
リブル流の二番手と言うことは、五百人構成の騎士団一つと軽く
ためをはる実力だろう。
こんな細っこい腕で、なんでそんなに強いんだと
ベルの二の腕を見ていたら、ベルが顔を赤く染めて、
「父ちゃんの目線が微妙にヤバイ。こっち見んな。」と怒られた。
「おはようございますー、パパさま。」
「あぁ、おはよう、リリィ」
俺とシリルの後ろからは、ローブを羽織った黒髪の女の娘が入ってきた。
糸のような細い目をしているが、その瞳は、片方が金色と、片方が黒という
オッドアイというやつだ。耳はピンと三角に尖っている。いわゆるエルフ、
それも千年昔に他の世界へと移っていったと言われている伝承の種族、
ハイランドエルフだ。
金と黒のオッドアイは、この世における最高の魔法力を持つ存在で
当然リリィも魔法使いだ。王立魔法学院に通わせているが、
二百年以上の歴史を誇る同校の設立以来、類を見ない大天才で、
魔法術式と構築理論を根底から覆し、進化させたという。
先日もちょっと聞いてみたが、
並行意識体による同時詠唱を、四重に行うことで、六万倍以上の威力に
引き出すことが出来るという。その場合、初心者が一番最初にならう
ファイアーボール一つで、リリィであれば街一つは焼滅できると言う。
理論は何を言っているのか全く分からないが、その実力に嘘はない。
3つあった月のうちの一つが半分になったのはなぜか…
それを俺だけが知っているからだ。
シリル、ポリン、ベル、リリィの四人が食卓に集まる。
俺は家長の席に座ると、祈りをささげる。
「太陽よ。あなたに感謝して、この食事をいただきます。
私達の心と体を支える糧となり、皆が今日も一日、息災なく
無事で楽しく過ごせますように。」
祈りの間、子ども達は気付いていないが
俺の身体からは、さざ波のような透明の波が放射され、
この食堂、そしてこの建物…マルサム孤児院に満ちていく。
これは俺のスキル“育む箱庭”だ。
その効果は、俺のいる場所に一緒に住む人間の
能力を開花・覚醒させ、成長を促進させること。
俺が十年前…最後の冒険の時に、
迷宮の最奥で飲んだポーション“神の雫”で得たスキルだ。
だが、このスキルも今日で最後になるだろう。
食事が終わると、皆に俺は言った。
「シリル、ポリン、ベル、リリィ。お前達は、この孤児院の子どもとして
今まで本当にがんばってきた。一六歳になったお前達は、
冒険者となって、今日ここを巣立つ。冒険者となるからには、
厳しいことも多いだろう、見たくないものだって見なくてはいけないかもしれない。
でも…世界は広くて、時に残酷だが、やっぱりきれいなんだ。
お前達は、自分の心の思うままに、楽しみながら、力を合わせて
進んでいって欲しい。」
「わかってるニャ!大丈夫だニャ!心配しすぎニャンよ」
目の端に涙を少し浮かべながら、耳をピコピコさせるシリル。
「先生、定期的におみやげ持って帰ってきますわ。
やっぱり、ここは私達のお家ですから。うふふ。」
笑みを浮かべながらポリンが穏やかに答える。
「父ちゃんは大げさなんだよー。っていうか、あたしらって
相当強いぜ?知ってんだろー?」
二の腕に力こぶを作りながらベルがニヤッと笑う。
「昨日のうちに、転移魔法のチェックポイントを孤児院の玄関に
つけておきました。パパさま。」
糸目をさらに細くして、リリィが小さくピースをする。
なんて…できた子ども達なのだろう。
俺は涙が落ちないようにしばらく上を向いていなければならなかった。
孤児院の玄関で、旅支度を終えた子ども達に、
いらないと言われたが俺は当座の資金をむりやり渡した。
それと、俺は今まで誰にも見せたことのない
虹色の卵を取り出して渡した。
「これは、俺が最後の冒険の時にもうひとつ見つけたお宝だ。
一流鑑定士でもこれが何の卵かわからなかった。
だが生まれた時に、近くにいる生き物を親と思って懐くそうだ。
これをお前たちに託す。なんとなくだが、お前達を助けてくれる…
そんな気がするんだ。温めて孵してやってくれ。」
子ども達は目をキラキラさせながら、
誰が卵を持つかのジャンケンをしていたが、結局順番に持つことに
決めたらしい。最初となったポリンが、布にくるんだ卵を懐に大事に入れた。
「「「「じゃあ、行ってきます!」」」」
子ども達は、そう言って孤児院の門を出ていった。
きっとあの子達はかろうじてS級冒険者になれた俺なんかと違って、
あっという間にS級に、いや、それこそ伝説の存在と言われる
SSS級にだってなってしまうんだろう。
時折、こちらを振り返りながら手を振る子どもたちに
俺は一生懸命、いつまでも手を振り続けた。
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俺は右手を振り続けていた。
何もない暗闇に向かって。
左腕に感覚がない。見ると二倍ほどに腫れあがって、
手首のところに、小指の先ほどの針が刺さっている。
あぁ…それでか。なんてえ、夢を見ていたんだ…。
左腕の刺さっているのは、夜幻蜂の針だ。
夜幻蜂は迷宮の奥深くに生息する拳ほどの大きさの昆虫型の
魔物で、近くにいる獲物に針を刺して幻覚を見せる。
幸いなことに、一回針を刺すと死んでしまうが、
幻覚を見て動けなくなった冒険者を仲間が巣に持ち帰って、
死んだら餌にする。
何故俺はエサになっていないのかと、周囲を見ると
夜幻蜂の死体が数匹分と、その先に倒れた千刃獣がいた。
…だんだん記憶が戻ってくる。
夜幻蜂に刺された時、俺はすぐに毒消しの丸薬をかじった。
だが、仲間の蜂の羽音が聞こえてきたのと同時に、この千刃獣が現われ、
魔物の勝負が目の前で始まった。優勝賞品は俺というわけだ。
そして俺の意識はそこで途絶えた。
いや正確に言うと、なんだかよくわからない孤児院の幻を見た。
だが、結局俺が賞品になることはなかったようだ。
俺は、幻を見てピクピクと動いている千刃獣に、
剣で止めを刺すと改めて自分の状態を確認する。
倒れた時に打ち付けたのか、額がズキズキする。
左腕の感覚は徐々に戻ってきている。
もう…動ける。
松明を拾って、俺は、この最果ての未踏破ダンジョン
『夢幻の迷宮』を再び進み始めた。
~~終わり~~
…思いついたので、書いてみました。
楽しかったです。続きはありませんm(__)m