遡上
「お〜〜っほっほっほぉ〜!」
「いやぁーー毎日毎日ウハウハですねぇ!」
銀とうめの笑い声が家中に響き渡る。
ちなみに、『銀』とは女神のことだが、『女神』だとややこしいのでわしが命名した。
わしの目の前には無数の書類……ではなく、一枚の板。
なんでもパソコン、というものらしい。
そこに浮かび上がる無数の小さな文字を必死に追いかけるわしの隣で二人がバカ笑いし続けて数週間。
流石のわしでもイライラが募っていた。
「ほたえなや! 少しはおまんらもぉ、働かんかぇ!」
「あっ……」
「チェストォ!!」
「ぐふぁ!?」
「あんたも懲りないわねぇ……」
背中からバッサリいかれ、流血し虫の息になったわしに蘇生魔法と回復魔法をかけながら、呆れたように銀が呟く。
「せっかく事業が大当たりしてウハウハなのに、ほんと龍馬さんって能天気ねぇ」
彼女の言うとおり、最近始めた事業はいくつも大成功を収め、わしらは巨額の富を手にしていた。
その副作用でわしが事務作業や暗殺未遂で殺される機会も爆増したが、初めは戸惑いこそすれすぐに復活するためみんなそんな状況にも慣れ始めていた。
「っちゅうか、殺されることは日常ではないんじゃがのう……」
「まあ、お前は痛みも感じないっちゅうことじゃけ、酒宴での持ちネタにはええじゃろ」
「殺される側にもなれっちゅう話じゃ」
「それにしても、歴史上の人物でもこれほど殺された男もおらんじゃろなぁ」
「ここ最近は不慮の事故を除けば全ておまんが殺しちょるがのう」
目の前の男はガッハッハと豪快に笑う。
その姿は数週間前に家の前で倒れていた男とは思えない。
ここ数週間で新たに始めた事業は全て当たった。
その始まりは、この男がこの世界に現れたことだった。
血だらけで我が家の前に倒れていた男。
その顔を見て、わしは驚いた。
「中岡……中岡じゃ!!」
「ナカオカ?」
不思議そうな顔をするうめを放置して、銀に魔法で回復させる。
「……むっ……ここ……は?」
「中岡! わしじゃ! わしがぁ、分かるかえ?」
「りょう……ま?」
「そうじゃ! わしじゃ! 龍馬じゃ!」
「龍馬……お前……死んだんじゃ……」
「死んだ! じゃが、この世界で蘇ったんじゃ。おまんはまだ生きちょるっち聞いたんじゃが……」
そう問いかけるわしを抑える銀。
「ごめんなさい。あなたに伝えるかどうか悩んで、結局伝えなかったのよ」
「なんでじゃ……」
「こっちで新しい生活に必死に順応しようとしているあなたにこれを伝える事で、あなたがどんな影響を受けるか分からなかった」
銀の言い分は理解できた。
だが……
考えがまとまらないわしの代わりに、中岡が口を開いた。
「なんちゃあよう分からんが……わしは生きとるわじゃな?」
「世界はちがうけどね」
「世界は違う……日本に戻ることは出来んのか?」
「不可能よ」
銀の言葉を聞き、中岡は目を閉じる。
「……わしが、なんでここにおるのかは分からん。どうやってきたかも覚えちょらん。じゃが……」
言葉を切り、わしを見つめる。
「どんな世界でも、裸一貫になったとしても、龍馬がおるなら二人ならどこへでもいける」
「中岡……」
「向こうの世界では新時代を見ることはかなわんかった……じゃが……」
「ここなら、やり直せる。そう言いたいんか?」
「ほうじゃ。龍馬!」
中岡はニヤリと笑みを浮かべる。
「もう一度、洗濯のやり直しじゃ」
何も言うことは無かった。
ただ、笑みを浮かべ中岡の肩を叩く。
「ほんじゃあ、今夜は軍鶏鍋じゃ!」
「おお!」
かくして酒宴の席。
酒に酔った勢いで中岡に不死身となったことを告げると、こちらもまた酔った中岡がおおっと感嘆の声を漏らす。
「それはほんまかえ? 銀さん?」
「ほんとおよぉ! 試してみる?」
「一発芸! 一発芸!」
「やっちゃう? やっちゃう?」
「ほたえなや!」
こちらもまた酔っている銀とうめ。
というかうめは酒を呑んでいないのに何故酔ってるのか。
わしの疑問は解かれることもなく、また、うるさいぞというわしの声も届かず、声援に後押しされた中岡が剣を一閃。
それ以来、定期的に酒宴での一発芸とされている。
ちなみに、あまりにも殺されるので、殺されると同時に自動で発動する蘇生魔法が銀の手によってかけられた。
いや、ありがたいが……それ以上に殺さないようにしてほしい。
***************
「仕事をしようと思う」
中岡が現れた翌日、わしは皆に宣言した。
「仕事? 今の教師業だけじゃなくて?」
「そうじゃ。中岡は組織運営の専門家、うめは潜入の専門家。ほんでわしは交渉ごとは得意じゃけぇ、それを上手いこと活かさん手はないじゃろう」
「面白そうじゃのう! ほんで何をするんじゃ? 商売か?」
わしの考えを読んだような中岡に頷く。
「中岡、おまんもこの家には驚いたじゃろ?」
「おお!わしゃあ感動したぜよ!」
銀によりもたらされた技術、知識、考え方などはこの世界においても先進的。
そして、わしらの生きた世界の文化もこの世界では異様なもの。
そしてこの世界は社会基盤は整っているため、それらの全ては無理でも一部なら運用して行くことができる可能性がある。
「つまり銀ちゃんやわしらの文化や技術、考え方を商品として売り出して行くっちゅうわけか」
その通りだった。
わしらの活動により、この町の識字率は飛躍的に伸びている。
だが、世界の改革にはそれだけでは足りない。
文化を変え、新たな技術を知り、様々に見識を深める。
日本の改革はそうした社会そのものの変化があったのではないかと、わしは考えていた。
「黒船に突き動かされたわしらが、この世界にとっての黒船になるっちゅうわけじゃな」
中岡がボソリと呟いたその言葉には、色んな想いが込められていた。
「私にも何かできることはありますか?」
うめが初めて声をあげた。
その目は、力強く輝いている。
「ほんじゃあ、忍びとして働いてもらうぜよ」
「任務は?」
「市場調査じゃ」
頭を傾げるうめに微笑む。
「敵に勝つには、その敵をよく知らんとのう」
鯉は川を遡上し、滝を乗り越え、登竜門に辿り着き、龍となって空へ登ります。
「血だらけの男」をどうするかによって世界線は大きく変わっていました。
中岡慎太郎をここで出した事でおそらく話は加速していきますが、更新速度が加速するかはわからないので許してください……
お読みいただきありがとうございます!