新境地
「えと、それじゃあ、龍馬さんは前の世界では『勇者』だったんですね?」
「『勇者』なんてもんじゃ無いわよ。英雄よ! 伝説よ! レジェンドよ!」
夜の帳の中、煌々と照らされた明るい部屋の中で、一人の黒髪少女が目を輝かせながら女神の熱く語る話を聞いていた。
「『英雄』ちぃ言われても、わしゃぁ、そんな自覚はなかったぜよ」
「この人はこう言ってるけどね」
目を細めながら女神はわしの言葉を遮る。
「それまでの社会をガラッと変えた、その原動力だったことには違いないのよ。その後の社会形態の是非はともかく、大国として二度の世界大戦と敗戦を乗り越え、世界の中心の一角を担うほどの国の、その礎を築いたこの人は紛れもなく『英雄』と言えるわ」
熱弁を振るう女神の横で、すっかりわしの信者となったうめが目を爛々と輝かせながらこちらを見ている。
というかなんで女神もこんなに熱く語っているんだ?
「伝説……。レジェンド……。传说……。」
「うめちゃん! それ全部おんなじ意味よ!」
熱に浮かされたような表情で見つめる少女の目線に耐えきれず、立ち上がる。
「どこに行くんですか?」
「お伴します!」
「厠じゃ」
「お伴します!」
「せんでいいわい!」
ついて来ようとするうめを、銀髪と二人がかりで押しとどめて席を立つ。
昨晩、血を流しながら倒れていたとは思えないほどのお転婆ぶりである。
あれほどボロボロだったのに一晩で治す辺り流石は女神、と言いたいところだがそれだけではない。
あの銀髪の言うことには、うめ自身の回復力も並ではないらしい。
厠で用を足そうと着物をゴソゴソしながら昨日の騒ぎを思い出す。
回復魔法を用いながら、女神はうめの回復力に舌を巻いていた。
その回復力のおかげで普通よりも早く、また女神の負担も少なく済んだらしい。
「まあ、いくら元気と言うても、病み上がりじゃけぇ、すこぅし心配じゃのう……」
「え〜、でもこんなに元気だよ?」
「そうは言うてものぉ〜……」
ん?
パッと後ろを振り向くとそこには一人の少女。
「う……め……?」
「銀ちゃん先生を撒くのは簡単だったよ!」
うめがにっこり微笑んでいた。
「いや、ちょ、え?」
混乱したまま、考えをまとめる。
ここは厠。後ろには少女。わしは……。
「ああああああ!!!! 出ていけぇぇええ!!!!」
叫び声をあげながら、わしはうめを厠の外に投げ飛ばした。
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「二度としないからゆるしてぇ〜」
泣きそうな声が後ろから聞こえてくる。
厠での騒動の後、うめと一度も口を聞いていない。
見かねたように女神が口をはさんでくる。
「ほらほら〜、うめちゃんもこんなに謝ってるのにねぇ。なんて冷たい男かしら」
「そもそも、おまんがしっかり見てないからこうなっちょるんじゃ!」
自分のことを棚に上げる女神に吠え、そこでやっとうめに向き合う。
「あんなこと、二度としちゃあいけんぜよ」
「はーい……」
少し不服そうなうめ。
どうやら納得していないらしい。
「わかっちょるんか!?」
少し叱りつけるように言ってみる。
と、うめが嬉しそうな顔になった。
「あ、またうめちゃん嬉しそうね!」
また?
女神の言葉に疑問を抱きながら、反省の色の見えないうめに再び意識を向ける。
「おんしゃ、ほんとに分かっちゃるんか!? 反省せんなら、明日の朝飯のおかずを一品抜くぜよ!」
「えへへ……」
さっきよりもさらにキツく言うと、さらに嬉しそうに頬を染めた。
意味がわからない。
困惑しながら、隣で見ていた女神に目を向ける。
と、
「さっきね、龍馬さんに無視されるたびにすっごく嬉しそうだったのよ、この子」
は?
ちょっと何言ってるかわからない。
「つまり、この子は生粋のドⅯね!」
どえむ……
言葉の意味は分からないが、何故か嫌な予感が全身を駆け、背筋が冷たくなる。
何も言えなくなったわしに、女神はにこやかに微笑みかけた。
「龍馬さん、これから頑張ってね」
そう言われ、
なぜかとっても嬉しそうな女神と、何かをもっと欲するようなうめの目に耐えきれず……
「か、厠へ!!」
「お伴します!」
「行ってらっしゃい! うめちゃん!」
「うわぁぁぁ! くるなぁぁぁああああああ!!」
こうして壮絶な日々がはじまった。
お久しぶりです
またまた頑張っていきますのでよろしくお願いします!