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さきわふうめ

「はい、じゃあ、今日はここまで〜!」


女神の声が響き渡る。

授業から解放された子供達によって、一瞬で教室の中が騒々しくなった。

寺子屋を始めて2週間。

女神の行う授業は評判が良いらしく子供達の数は日毎に増えて、今では30人と、ちょっとした大所帯になっていた。


「銀ちゃん! ちょっと質問いいか?」


突然、後ろの方に座っていた一人が、歩み寄りながら女神に声をかける。

ちなみに銀ちゃんとは女神のこと。

髪色からそう呼ばれているらしい。


「ここ、ここ。ここの計算がちょっとわかんなくてよ〜」


立ったまま質問をするその声は野太く響き、近くにいた数人の小さな子供たちが、その生徒によじ登り始めた。


この2週間で増えた寺子屋の生徒は、何も子供だけではない。

女神の授業の評判は相当に良いらしく、最近では近所の大人たちも暇な時に顔を出すようになっていたのだ。


「……そしてこうしたら、ほら出来たでしょ?」

「おお〜ありがとな! やっぱ銀ちゃんの説明はわかりやすいぜ!」

「でしょでしょ〜? あ、そうだ、これから子供達はお昼にするんだけど、熊さんも食べていかない?」

「お〜いいな! お言葉に甘えさせてもらうよ!」

「熊さんだけじゃなくて他の皆さんもどうですか?」

「「おお!ありがてぇ!」」


大人達と女神が盛り上がっている。

というか仲良くなりすぎじゃね?

わしはほとんど熊さんと話したことないんだけど!?


「ちょっと龍馬! なにをぽけ〜っとしてんのよ! お昼を早く台所から持ってきて!」


そう言われてハッとする。

周りを見ると子供達は机を合わせてお昼ご飯の準備をしているところだった。

慌てて台所に行く。

台所には朝から女神と二人で準備しておいた、おにぎりなど簡単な昼食がたくさん並べられている。

……多い。

一人で運ぶのは大変だ。何回かに分けて……。


「龍馬さん、手伝いますよ!」


突然、横から声が聞こえた。

気配も感じなかったために完全に意表を突かれる。

パッと振り向くと黒い短髪のボーイッシュな女の子が見上げていた。

むむむ、見覚えがない。


「一人じゃ大変でしょ? 私に任せてください」


彼女はわしに元気な声をかけると、次々と大皿を持ち始める。

左手に二枚。右手に二枚。両肘に2枚ずつ。両肩に一枚ずつ。頭に二枚……。

……ちょっとまて! 持ちすぎだろ!

というかどうやって持ってるんだそれ!


「ふんふんふ〜ん」


わしの驚きにも気づかずに、彼女は鼻歌と共に部屋の方に歩いて行く。

慌てて残りの皿を両手に持ち、彼女の後を追う。

結局、ほとんどの皿を彼女に持たせてしまった。

部屋の前まで行くと、先を行く彼女がふと足を止めて振り返る。


「私、今日からこの『寺子屋』に入りました! うめっていいます! これからよろしくお願いしますね!」


そう行ってみんなの待つ部屋へ入って行った。




お昼を食べ終えると、家に帰る者や残って自習する者など各自が放課後を楽しんでいる。

わしは皿を引くと台所でそれらを洗い上げる。

近江屋で死ぬ前はこういった水回りのことはほとんどしたことはなかったが、ここ最近はわしがもっぱら家事をするようになっていた。


「へ〜龍馬さんって家事をするんですね!」


唐突に後ろから声をかけられてギョッとした。

振り返るとさっきと同様、うめがいた。


「そーいえば龍馬さんって授業をしないですよね。先生や学者さんって男の人がすると思っていたからちょっと新鮮でした」


うめの言うとおり、この世界では教職に携わるのは貴族の男であることが多い。

もちろん、それは差別によるものではなく、経済状態や社会形態などの要因が噛み合って起きている。

そういった状況であるため、うめの疑問は当然だった。

ちなみに、わしは読み書きそろばんは当然できる。

その上、蘭語や英語も少しなら使うことができる。

子供達に教えるくらいの知識は、30年の人生で身につけてはいるのだ。

だが、わしには教壇に立てない理由があった。


「こいつはね、話せないのよ」


突然、第三者が会話に割り込んできた。

その声の主は……。


「銀ちゃん先生!」

「あなたが新しい生徒さんね。うめちゃん、っていうのね?」

「はい! よろしくお願いします!」


ぴょこんっとうめが頭を下げる。


「それで、話せないって言うのは……?」


うめが少し顔を曇らせながら尋ねる。

その表情には聞いていいのか、という不安と、知りたいという子供らしい好奇心がごちゃ混ぜになっていた。


「龍馬さんはね、訛りが酷いのよ。前にいたところでも治してって頼まれたみたいなんだけど結局治らなかったんだって」


西郷に訛りが酷い、と言われたことは今でもよく覚えている。

一応、武士言葉としての「標準語」的なものは話せたが、それもやはり、クセが強かったらしい。


「普通に話す時は十分わかるんだけどね。やっぱり人に教えるのには向いてないのよ」

「そうなんですね」

「あと、この人は勉強とかは感覚でやってきた人だから、そもそも教えられないのよ。知らない言葉も『なんとなく』で翻訳できる変人なのよ」


蘭語はそれでなんとかなったからなぁ、と遠い昔を思い出す。


「他にも教育論とか色々違うから、私が教えることにしたのよ」

「へ〜、じゃあ、龍馬さんは勉強できないわけではないんですね」

「そうよ、まさに天才的、変人的なのよ。良くも悪くも異端なのよ」


二人で盛り上がっているのを横目に皿洗いも全て終わらせる。

乾燥機にかけてスイッチをポチッとすると、わしの仕事は一応終わりだ。


「あ、終わったみたいね」

「お疲れ様です! それじゃあ、私はそろそろ帰りますね! 銀ちゃん先生、面白いお話ありがとうございました!」


さよ〜なら〜と言いつつうめは帰って行った。


「いい子じゃ」

「そうね……。何かうめちゃんのことで気になったりした?」


女神が微笑みながらそう問いかける。


「何回かびっくりさせられたのう。気配もなく後ろ立たれたりとか、皿の運び方とか。最近の若い子は思いもつかんことばぁしよる」


そう答えたわしに対して何も言わないまま、女神は背を向け、教室の方へと歩いて行った。



******************


新月の夜。

真っ暗な夜空に輝く無数の星がいつもよりも少し輝いて見えるような気がする。

そんなまだ少し肌寒い夜を、わしは女神と二人で歩いている。

先日強盗に襲われて以来、わしは一人で行動することを避け、できるだけ夜は外出しないようにしていた。

だが、今晩は野暮用があり、外出している内に遅くなってしまったのだった。


「はぇ〜、やっぱりまだ寒いわねぇ〜」

「そうじゃのう、袷羽織(あわせばおり)でも心許ないのう。はよ帰るぜよ」

「まあ、私は懐にカイロ、背中にカイロ、足にもカイロでほっかほかなんですけどね?」

「カイロってなんじゃ! (ぬく)いものがあるなら、なんで先にそれを言わんがかえ!?」


コートに毛糸手袋、マフラー、カイロと、西洋と未来の防寒具をフル活用する女神に殺意が湧く。

ちなみにわしはいわゆる「幕末」の時代の防寒具しか使っていない。

女神でなく鬼か西洋でいう「サタン」ではないかと疑う。

もちろんカイロすら貸してもらえない。ケチ。

ぎゃーぎゃー言いながら、帰り道を歩いていると、近くで何かが水に落ちたような大きな音がした。


「光よ!」


わしが何かいう前に銀髪の鬼が呪文を唱えて辺りを照らす。

やはり癪だが頼りになる。

鬼から女神に再認定しよう。

明るくなった周辺を見渡すと道の脇には川が流れている。

歩くのに十分な灯りでは道の端までしか光が届かなかったため、今まで気づかなかった。

慎重に警戒しながら川に近づく。

もちろん前衛はわし。


「たとえ死んでもこの女神様が体をしっかり治してあげるから安心しなさい」


そう言って女神がにっこりと微笑む。

こいつ……。

明日、以前酔った勢いでしてた変顔の写真を黒板に貼り付けておいてやる。

と、何かが川辺に流れ着いているのを見つける。

黒い物体。


「ちょっと……これって……」


近くに寄ってみる。

……間違いない。


「人……死んで……」


いや、今さっき水音がしたということはまだ生きているかもしれない。

近づいてうつ伏せの体を仰向けにする。

と、手にヌメッとした何か。


「血……」


腹から血を流していた。

慌てて胸に手を当てる。


「……大丈夫、生きとる」

「急いで家に運びましょう! とりあえず、ヒール!」


女神が呪文を唱える。

その効果で倒れていた人の青ざめていた顔も少しマシになる。

と、そこで気づいてしまう。


「ねぇ、この子って……」

「あぁ」


倒れていたのはうめだった。









「…………うっ……」


小さなうめき声をあげて、うめが目を覚ました。


「よかったぁ」


うめが目を覚ましたのをみて、うめを膝枕していた女神がデロ〜〜ンと寝転がる。


「安心して力が抜けちゃったよぅ……」

「あの……なんで……」

「あなた、水辺に打ち上げられてたのよ。脇腹に酷い傷を負って」


ぼんやりとしたままあたりを見渡すうめに女神が優しく話しかける。

さっきまでうめの腹には穴が空いていた。

女神はそれを治療し、さらに甲斐甲斐しく看護したのだ。


「えっ……と、あの……ちょっと、川に、落ちちゃった、だけ、です……」

「そんなに急いで話さなくていいよ。落ち着いて」

「はい……」


慌てて話し始めたうめは、優しくなだめる女神の声で落ち着きを取り戻す。

女神とわしの顔を見て、それから手を胸に当てる。と、その時、ウメは何かに気づいたように表情を一変させた。


「私の!! 私の服は!!」


さっきまで着ていた黒い服から、今は白い装束を着がえていた。


「落ち着きなさい。ここにあるわ」


女神が動揺するうめを再びなだめる。


「大量の手裏剣に、撒菱、忍者刀……。あなた、忍びだったのね……?」


その言葉に全てを諦めたような表情になるうめ。


「あなた、誰かの専属?」


ふるふる、と横に首を振り、口を開く。


「殺していただけませんか? 私を魔王軍に突き出しても構いませんが、出来るなら奴らの手にかかって死にたくはない。それに、どちらにしろ、さっき私は依頼に失敗して殺されかけました。このまま生きていたとしても、秘密を知った私は依頼主と対象から狙われ続けるだけなんです……」

「嫌よ」

「え……?」

「だって私たちの教え子だし。守ってあげるのが教師の役目だからね。依頼ってのが何かは分かんないけど、まあ両方の記憶をチョチョイといじればお終いよ」

「……」


予想もしなかった答えに何も言い返せない様子のうめ。


「まあ、任せなさいって。私は女神なのよ?」


おいこら、それ言っていいのかよ。

慌てるわしに女神は微笑む。


「いいのよ。だってさっきの話的に、この子、反魔王なんでしょ?」

「なんでそれを……?」

「魔王軍を『奴ら』って言ったじゃん。気が動転してて覚えてないかもだけど。それに私、女神だから分かるのよ。この子は大丈夫って」


やばい、話の展開について行けない。

この子が大丈夫ってことはわかったけど……

女神ってことはバラしていいのか……?


「私達はこの世界を魔王から人々の手に戻すために来たの。私は女神。こっちの龍馬さんは前にいた世界で新しい世界を作った勇者なのよ」


わしの考えなど気にも留められず、女神はどんどんと言葉を重ねていた。

まさに女神の独壇場である。


「うめちゃん、安心して。私達がなんとかする。危ない目にはもう会わせない。だから、危険な仕事からは手を引きなさい。先生たちが責任を持って守ってあげるから」


はっきりと言い切った女神の言葉にうめは驚いたように顔を跳ね上げた。

その様子を静かに微笑みながら見つめる女神。

その姿を見ていると、やばい、本当に女神に見えて来た。

うめが目に涙をいっぱいにして女神を見つめかえす。

一瞬迷いの色が涙を染め、やがて握りしめた拳の上に雫が滴った。


「……いいえ、やめません。忍びの仕事は私が亡き両親から引き継いだ唯一のものなんです」


俯いたままうめが語り続ける。


「でも、忍びをやめることはできないけど、先生達のことは信じてもいいですか?

守ってくれるっていう、魔王から世界を人に取り戻してくれるっていう、その言葉を。

それなら私は、あなたたちの一員の忍びとして、あなた達の役に立たせて欲しいです」


彼女の言葉に気づかされる。

確かにこの街の人々は魔王の支配に反抗心を待っていないのかもしれない。

でも、この世界には他の街も無数にある。そして、そこには魔王に抗い続けた人々もいる。


これまでは、この魔王のお膝元の街の人々だけを見て、こうした人々の存在に気がつかなかった。

魔王の支配するこの世界を変えるべきではないのでは、とさえ思っていたのだ。

でも、いま、目の前で女の子が泣いている。

命の危機に晒されている。

まだ幼い女の子が。

わしがこれくらいの頃は寝小便タレとバカにされていただけで、世界の事とかを考えもしなかった。


彼女に何があったのかはわからないが、そんな子が傷つかなければならない世の中は間違っていると思う。

彼女を見、そしてそのまま女神に目をやると、女神は小さく顎を引いた。

それをみて、わしは息を深く吸う。


「……わしらを信じてくれるな?」

「もちろん」


即答だった。


「仲間として、生徒として、一緒にわしらと歩んでくれるのか?」

「うん。お願いします」


頭を下げるうめ。

そんなうめに、ガシガシと頭をかいて、一言伝える。


「これからよろしくな」

ありがとうございます!

新キャラ登場です。

拙い文章ですが、これからもどうぞよろしくお願いします!

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