逝きました。生きました。
霜月の京都。
身が震えるのは寒さのせいか風邪のせいか。
「慎太郎、これからもよろしゅう頼むぜよ」
目の前の男に酒を注ぐ。
陸援隊隊長、中岡慎太郎。
維新志士の代表格であり、薩長同盟の影の立役者。
武市先生亡き後の土佐における倒幕運動の屋台骨である。
大政奉還は成ったといえども新時代に向けてやることは多く、中岡も毎日日本中を駆け巡っている。
だが、今日はわしの誕生日ということで江戸から土佐への道中、ここ近江屋に立ち寄ってくれたのだ。
「そろそろ峰吉が軍鶏を買うて帰ってくる頃じゃ。」
はよ軍鶏鍋を食うて暖まりたいのう。
そう言おうとした時、階段から騒ぐ音が聞こえてきた。
「うるさいのぅ……。なぁにをしちゅうがや」
中岡がぼそりと呟く。
風邪で頭がいたい。
大声が頭に響く。
「ほたえなや!!」
そう叫ぶと騒ぎが止む。
「おうおう、おまんの一喝ばぁよーく効いとるちゃ」
「なんちゃあない。わしの周りば言うことを聞かんもんばかりじゃき」
いつものことだ、と言うと中岡が笑い声をあげた。
その瞬間、部屋の襖が開け放たれる。
突然の侵入者。
驚くより先に何かが一閃した。
一瞬の後、額に走る痛みとともに視界が赤に染まる。
……暗殺者か!
とっさに後ろを向き刀に手を伸ばす。
背中に熱。
もう一太刀加えられたようだ。
遅れてやってくる激痛に耐えながら手に刀を取り、相手を振り返る。
そこに抜刀する隙すらなく、三太刀目が浴びせられる。
鞘に食い込む相手の刀。かろうじて受け止めた。
が、こちらは片膝をついた体制。
おまけに先の二太刀で満身創痍。
力が入らない。
このままでは…………殺される……!
「あっ……」
相手の刀が鞘を割る。
切っ先が額に食い込む。
えぐられる頭蓋骨。
抵抗がなくなった刀がそのまま致命傷を刻んでいく。
部屋に咲く紅白の花。
崩れ………落ち……………肉……た…………い……。
いし……………き……………ぐ……が……………………………………。
…………光。
気がつくと見たことの無い空間にいた。
床も壁も天井もない。
ただ真っ暗で、それでいて美しい光で満たされた空間……。
『坂本龍馬さん』
突然名を呼ばれる。
声のする方へと意識を向ける。
『あなたは先ほど、京都にて命を落とされました』
わしはやはり死んでしまったのか。
ならばここは冥土か。
いや、そもそも死んだはずなのになぜわしが生きているんだ……?
『あなたは今、魂の状態となっています。肉体は既にもう……』
声が心を読んだように答える。
なるほど。
と言うことは、今話しているのは閻魔様か。
思っていたのと違いおなごのような声だ。
それより中岡は……? あの後どうなった?
『中岡慎太郎さんは生きています』
生きているのか。
さすがは中岡、なかなか図太いやつだ。
『さて、それではそろそろ本題に入らせていただきます。坂本龍馬さん。大変残念ですが、貴方は現実世界ではお亡くなりになりました。あちらの世界では坂本龍馬という人間は死んだのです』
改めて言われると自分の死を強く実感させられる。
そんなわしの様子に構わず声は続けた。
『死者の方にはみな平等に二つの選択肢から好きな方を選ぶ権利が与えられています』
選択肢?
『1つは元の世界で新たな生命として生まれ変わること。もちろん前世の記憶は消され、新たな一個人としての生涯を進むのです。
そして、もう一つは新たな世界で以前の肉体を持って新たな人生を切り開くこと。以前の記憶などは残り、肉体も再生されて新たな生活を行うのです』
ほう。新世界。
なんとも面白そうだ。
「その世界に海はあるかのぅ?」
海があるならそこへ行こう。
『もちろん!』
声が嬉しそうに弾む。
『それでは、あちらの世界にいかれるということでよろしいですか?』
いや、まてよ?
新世界にいきなり放り出されるのはマズイだろう。
ゼロからというのは流石にキツイ。
何か特典、みたいなものがほしいところだ。
『確かにそうですね。それでは貴方に素敵なプレゼントを差し上げましょう』
よしっ!
…………ん?
なんだ?何もないぞ?
何かくれたのか?
『いいえ、まだです。向こうに行けばわかると思いますよ』
なるほど、そこまでいうのなら早く行こうじゃないか。
『それでは坂本さん』
突然体が光に包まれる。
「どうぞ、新しい人生をお楽しみください!」
…………潮騒が響く。潮の匂い。浜風が体に心地よい。
目を開けると眼前には海が広がっていた。
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