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滴水古書堂の名状しがたき事件簿  作者: 黒崎江治
Episode8 一万年の光
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-9- 駆除計画

 黒塗りの車が尾けてきたりはしないかと心配しながら、加狩山から国道のあたりまで戻ってくる。しかし交通量の少ない道路で尾行の発覚を恐れたのか、最近強くなった煽り運転への風当たりを考慮してのことなのか、少なくとも道中、ミサト興業による脅威を感じることなはなかった。


 ファミレスで昼食を摂りながら作戦会議。ハンバーグやポタージュなどでたっぷりとカロリーを補給したあとは、先日訪れたホームセンターで物資を買い足した。


 二、三日分の飲料と食料、部品と工具を少し、二酸化炭素のボンベをもう一つ、それからもちろん、宇宙虫に著効だった粉末の防カビ剤を大量に用意する。代金はやはり古戸さん持ち。


 それらを車に積み込んだあと、私たちは加狩山の周りをぐるりと回り、集落を経由するのとは別の登山口を探した。


「今頃、集落は妙な空気になってるだろうねえ」


「地元の人はいい迷惑ですよ……」


 ミサト興業に目をつけられてしまった以上、集落を拠点にし続けるのは危険が大きすぎる。ハットの男がなにをしてくるか分からないが、彼らが宇宙虫の存在を隠匿し、登山客の行方不明にも絡んでいるのは明白だ。


 国道付近に宿を確保するという選択肢もあるが、そうすると加狩山への移動に時間がかかり過ぎるし、道具を準備するスペースを確保するのも難しい。山中でのキャンプは論じるまでもなく却下。


 しかし都合のいい拠点の候補が一つだけある。ほかならぬウラシマの脱出艇だ。そこならばコロニーがあると思しき場所に近く、宇宙虫やミサト興業の人間に見つかり辛い。雨風が凌げる上に空調まであり、騒音や臭いで周囲に迷惑をかけることもない。


 物資を運び込むのは大変だが、一度そうしてしまったあとは、比較的安全に使用できるはずだ。ウラシマには手狭な思いをさせることになるが、きっと嫌とは言わないだろう。


 一旦拠点を整えたあとは、コロニーの場所を特定するための調査をおこなうことになる。古い鉱山の入口はコンクリートで封鎖されていたが、宇宙虫たちが廃鉱を利用しているのはほぼ間違いない。ならばそれほど遠くない場所に、比較的最近掘られた入口があるはずだ。


 調査と並行して、薬剤を散布する道具の作成もおこなう計画となっていた。私は機械工作に関して完全に素人だが、古戸さんはそれもウラシマに頼るつもりらしい。宇宙飛行士ならば機械の整備ができて当然。簡単な工作程度は苦もなくこなせるだろう、という理屈だ。


 しかしどのみち、整備士や修理工ほどの技術は必要ないように思えた。機能としては粉末を強力に、広範囲に散布できればいいわけで、それには高圧の二酸化炭素が充填された、緑のボンベが役に立つだろう。


 私たちはナビゲーションを頼りに、加狩山の裏口とも言える登山口を見つけた。


 表側のそれよりもかなり貧弱な道で、親切な案内の看板もなく、斜面は日当たりが悪いうえ、方向を考えると、登山中の風景にはどうしても高架が映り込む。加狩山を登る観光客がこのルートを選ぶメリットは皆無に等しかった。


 しかし可能な限り人目を憚りたい立場としては、種々の要素によって醸されている不人気がそのままメリットとなる。私たちは高荷重による膝へのダメージを気にしつつ、本日二度目の入山を果たした。



 私たちが最も慎重になったのは、尾根を越えるときだった。そこは山のどの地点からも見えやすく、そして大抵登山道がある。


 観光客に不審がられるぐらいならまだいいが、殺気立ったミサト興業の人間と追いかけっこをするのは、あまりに望ましくない展開だ。捕まって連れ去られれば、悲惨な末路を辿ることになりかねない。


 双眼鏡を買ってくればよかったなと思いつつ、私は尾根から南側の斜面を見下ろした。人影も宇宙虫の影もなし。


「よくよく考えれば、宇宙虫の動きは遅いし、力もそれほど強くはない。生きているにせよ死んでいるにせよ、行方不明になった人間を運んだのはミサト興業の連中だろうね」


「もし捕まったら、私たちも生きた脳の標本にされるんでしょうか」


「僕の身体も大層なもんじゃないけど、捨てるのはちょっと思い切りが必要だなあ。でも素敵な経験とやらはちょっと気になる」


「電源切られたら死ぬんですよ」


「それがネックだね。……このあたりだっけ? いい加減到着?」


「ここからは下るだけなんで、もう少し頑張ってください」


「下るのは膝に悪いんだ。筋肉がないとなおさら」


 きなこ牛乳で増強されたらしいとはいえ、所詮は平均以下の体力しか持たない古戸さんは、ぶつくさ言いながら最後の百メートルを進んだ。


 脱出艇のあたりまでやってくると、なにかしらの方法で接近を感知したのだろう、ウラシマのドローンがふわふわと私たちを出迎えた。それに従ってハッチを探し、銀色のそれが開くのを見守る。これも近いうちに土と同じ色に塗るか、落ち葉を貼り付けるかして偽装した方がよさそうだ。


 周囲を見張りながら、荷物を下ろす。手伝ってくれたウラシマは既に翻訳機を装着していたが、その口数は極端に少なかった。


 移動と作業ですっかり消耗した私たちは、またわがままを言って室温を下げてもらい、湯を沸かしてお茶を淹れた。ウラシマが興味を持ったのでコップを渡すと、不器用にこぼしながらずるずると半分啜り、シロップらしきものを入れて残りも飲んだ。


『さっきは取り乱してすまなかった』


 ウラシマはコップを置いてから、ぽつりと言った。研究所で見たもののことを話そうとしているのだと分かった。


 部屋の中央には白い丸テーブルがあったものの、付属しているベンチが人類の尻と致命的に相性が悪かったので、私と古戸さんは床に腰を下ろし、ベンチに座るウラシマを見上げるような格好になっていた。


『ユウコは、あの部屋にあったものを見ていたね』


「ええ」


『宇宙虫が生きた犠牲者から脳を摘出し、それを保管するというのは、おそらく私たちの星でもおこなわれていたんだろうと思う。発見者か、報告を受けた者の善意で隠されていただけで。私はあの脳の持ち主と対話した。残酷なことに、正気を保っていたよ』


「彼はどこから持ってこら……やってきたんでしょうか」


『植民星だと言っていた。私たちが乗っていたさきぶれ丸とは別の船が、新天地を見つけることに成功していたんだ』


「それじゃあ――」


『既に壊滅したそうだ。宇宙虫の攻勢によって』


 重苦しい沈黙が降りた。ウラシマの種族は一度ならず、二度までも絶滅の縁に追いやられたのだ。


『彼は死にたがっていたし、長く話すことはできなかった。それでも重要なことを教えてくれた。山の地図はあるかな』


 私はウラシマと哀れな同族の間に交わされた言葉を想像した。実際にウラシマは装置の電源を切り、同族を死なせたのだろうか。


 古戸さんが荷物の中から折り目のついたパンフレットを見つけ出し、テーブルの上に広げた。全員でそれを覗き込む。


『ミサト興業の私有地はどのあたりだろう』


「このあたりです。集落がここで、脱出艇が多分このあたり」


 あまり詳細な地図ではないので、私は大雑把に位置関係を伝えた。


『前に見つけた廃鉱の入口はこのあたりだったね。アレは塞がれてしまっていたが、今も使われている出入口が、少し離れた地点にあるようだ。宇宙虫たちはその場所から廃鉱とを外を行き来しているらしい。おそらくは一か所に固まって、ある大型の個体を中心に生活している』


「女王アリみたいなものですか?」


 普通の個体でもあの恐ろしさだ。女王のような個体がいるとしたら、果たしてどれほどおぞましい姿をしているのだろう。暗い坑道の中、でっぷりと肥った甲殻の腹を蠢かせ、多数の宇宙虫にかしずかれながら横たわる女王の姿を想像して、私はぶるりと身を震わせた。


『確かに、アリという生物とは多くの共通点がある。私も生物学者のはしくれだから、宇宙虫たちの生態についても少しは知っている。ヤツらもアリという生物と同じく、個を犠牲にして集団の利益にかなうような行動を取ることがある。


 高い知能や技術とそれを両立していることに不可解な部分はあるが、どうやら大型の個体と、その支配下にある集団の間で、なにかしらの意思が共有されているようだ。君たちの言葉だと、テレパシーが近いかな』


「女王を殺せば、コロニーはなくなりますかね?」


『少なくとも、今いる集団を壊滅させることはできるだろう。問題は女王にどうやって近づくかだ』


「いや、内部構造にもよるけど、わざわざ危険を冒して相対する必要はない」


 古戸さんが口を挟み、運び込んだ荷物を床に広げはじめる。


「防カビ剤の効き目を見るに、一匹あたり数グラムもあれば十分だ。粉状なら、広範囲にばらまくのも難しくない。閉鎖空間なら逃げ場もないしね。できるだけ強力な散布装置を作ろう」


 そして私たちは事前に立てていた計画をウラシマに伝え、協力を求めた。


『もちろん、この場所は自由に――小型核融合炉さえいじらなければ――使ってもらって構わない』


 コロニーの出入口を探すのには、ウラシマのドローンを利用することにした。攻撃や扉の開閉能力はないが、場所を確かめるだけならばむしろ効率がいい。疲労や捕捉の危険を考えなくていいのは、随分と気が楽だった。


『私もこの任務がまっとうできるよう、可能な限り力を尽くそう。……彼にも、そう約束したから』


 ウラシマはそう呟いたのを最後に黙り込み、それから長い間、目の前のコップを見つめたままなにも言わなかった。

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