-5- 廃鉱を目指して
次の朝は全天を薄く灰色の雲が覆い、雨もなく日光を遮るだけの中途半端な気候だった。宇宙虫たちにとって活動しやすい条件なのが気に喰わない。
午前八時から行動をはじめた私たちは、買い込んだ物品をウラシマの脱出艇まで運び込むことにした。民宿でガスだか薬品だかを調合しているところを見られれば、もしかしなくても面倒が起きる。
加狩山から別の山へと縦走していく人もいるので、大荷物がそれほど目立たないのは幸いだった。登山リュックに色々なものをくくりつけ、再び道を外れて脱出艇を目指す。
「そういえば、場所が分からないな」
「私もちょっと……」
迂闊なことに、私たちは昨日の場所をほとんど覚えていなかった。船は地中に埋まっているので、近くまで行かないと入口を見つけられない。なにか目印でもつけておけばよかったのだが、後悔してもあとの祭りだ。
おおまかな見当をつけながら、露に濡れた木々の間を進んでいたとき、私は前方から羽音のようなものを聞いた。咄嗟に唐辛子スプレーを構え、襲撃に備える。
しかし次の瞬間現れたのは宇宙虫でなく、巻貝に似た形をした拳大の飛行物体だった。あまり見かけないタイプだが、無人飛行機のようだ。
『いらっしゃい。心配していたよ』
昨日聞いたウラシマの声が、小さなスピーカーから響いた。
「ごめんなさい、迷っちゃって」
『大丈夫だ。ついてきて』
安定した軌道でふわふわと飛んでいくドローンを追って山中を進む。相変わらずあたりは不吉な静かさを湛え、どこか異界じみた冷気を漂わせている。
ほどなく私たちは、落ち葉に隠された銀色のハッチに辿り着いた。ゆっくりとそれが開き、奥で細い梯子が展開される。地球とはやや形状の異なるそれに苦労しつつ、内部の白い床に降り立つ。
ウラシマは小さなモミの木に似た立体映像を前に、蹲踞のような姿勢で座っているところだった。私たちが姿を現すと顔にあたる部分を上げ、複雑な色で煌めく複眼をこちらに向けた。
「おはよう。なにをしてるのかなウラシマ君」
古戸さんが尋ねる。
『おはよう。時間帯によって挨拶が違うのは面白いね』
ウラシマはホログラムを指さした。
『これを読んでいた。君たちでいうところの本にあたるものだ。〝異星人接触マニュアル〟という題だけど、正式なマニュアルじゃない。ジョーク本とでも言うのかな。 子供のころ、私はこれを読みながら、まだ見ぬ遠い場所に想いを馳せていた。……ところで、その荷物は?』
「調査と、宇宙虫対策の物資だ。少しの間、ここに置かせてもらうよ」
『もちろん、構わないよ』
「ひとまず私たち、コロニーを探そうと思うんです。ずっと前、この山にあった炭鉱が怪しいと思うんですけど、あんまり大っぴらには調査できないので、こっそりと」
『鉱山か。含まれている鉱物によっては宇宙虫どもの目的も果たせるし、暗い洞窟の中はコロニーを作るのに適している』
それからウラシマは言い淀み、少ししてから口を開い――正確には首の部分を震わせ――た。
『もし外出するのなら、私も同行させて欲しい』
その要望に、私はすぐさま首肯しかねた。ウラシマの知識や技術は役に立つかもしれないが、明らかに人間でない存在を同行させた場合、妙なトラブルに巻き込まれはしないだろうか。
「どのみちこっそり行くから、いいんじゃないか。留守番というのも暇だろうし」
古戸さんはそのリスクを考えているのかいないのか、私の意見も聞かずに快諾してしまった。
『ありがとう』
そういうことになった。もし人の通りそうな場所を行くならば、ポンチョでもかぶせてごまかすしかない。
パーティーの編成はともかく、今のままでは荷物が多すぎるので、出発の前に携行品を吟味する。ひとまずは偵察ということで運動性を重視し、持っていくものは最低限とした。三十分足らずで準備を済ませ、私たちは脱出艇をあとにした。
目指すは山の反対側。
『寒くて困るよ、この星は』
屋外に出てから、ウラシマはしきりに呟いていた。天気予報によれば、本日の最高気温は曇りながら二十度。人間基準であればそれなりに暖かいと言える陽気だが、ウラシマにとっては低温に感じられるらしい。
カムフラージュと防寒のためにポンチョを着せると、なんだかコミカルな格好になった。
『そういえば先程、ミサト興業という組織の話をしていたね』
今後、調査の障害となりそうなものについて、ウラシマにはあらかじめ話してあった。
『彼らは宇宙虫どもに操られているかもしれない。その、つまり、君たちは同胞と敵対する懸念がある』
「かもしれない、というよりもほぼ間違いなく、ミサト興業の人間は宇宙虫と結託してるよ」
気づかわしげなウラシマに対して、古戸さんはこともなげに言った。
「人類は同朋を裏切り、自らの利益を追求することを躊躇わない生き物だ。我々の歴史は闘争の歴史でもある。古くは近縁の種族を絶滅させ、国や時代によっては殺傷のための武器を常に持ち歩き、今なお百万の同朋を瞬時に殺すことのできる兵器を保持している。
ミサト興業が宇宙虫の正体と目的を知ってなお、こちらに牙を剥くということは、疑い深い人間でなくても思いつくことだ」
『そうなのか、ユウコ』
「まあ、否定はできませんよ」
「人類を嫌いになったかな。平和種族のウラシマ君」
古戸さんは意地悪そうな笑みを浮かべている。善良な宇宙人を挑発する邪悪な地球人。出会う存在を間違えたのはウラシマの不運だ。それを今更ながら憂えたのか、しばしの沈黙。
『確かに、私たちは滅多なことで同族とは争わない。個人同士の諍いさえ、君たちに比べれば極めて珍しいだろう。私も君たちと出会う前、様々な情報を集めた。文化、歴史、娯楽作品。そこに表れていた高い攻撃性は、正直に言って理解しがたいものがあった。
……それでもね、ユウコ、トキヒサ。私は理解したいと思うよ。多くの争いは、単なる無理解によって生まれると信じるから』
「なるほど。人類は君の触覚の先っぽでも煎じて飲むべきだね」
『すまないが、それはやめてくれ。とても敏感だし、再生しない器官なんだ』
私たちは一時間半ほど山中を進んだ。二度ほど人目を憚りながら、登山道を横切る。やがて行き当たったのは、高さ二メートルほどの金網フェンス。それは左右に長く伸び、ミサト興業の私有地であるという区域を囲っているようだった。
「また随分周到なことで」
古戸さんは呟きながらも、あたりの人影に目を光らせている。
私有地であることを示すだけならば、ロープに看板でも吊るしておけばいい。危険な廃鉱があるからという理由づけにしても、やや囲いが大げさすぎるような気がした。やはりなにか隠したいものがあるのだろう、と勘繰りたくなる。
「ウラシマさん、疲れてないですか」
『大丈夫だ。ありがとう』
ウラシマは時折金属容器に入った液体を口にして、栄養補給をおこなっていた。見せてもらうとそれはどろりとした茶色の液体で、ショ糖を主成分にしているとのことだった。私は樹液に集まる甲虫を思い浮かべたが、失礼だと思ったので口にしないでおいた。
「古戸さんも、前に比べると体力ついたんじゃないですか」
「お、分かるかい。夏に倒れてから僕は少し反省して、最近は毎日きなこ牛乳を飲むようにしている」
「へえ」
古戸さんの地味な努力に感心しつつ、金網を眺める。幸い上部に有刺鉄線はなく、私たちに見える範囲では監視カメラもなかった。安全を確認してから網に手をかけ、一人ずつ登っていく。
ウラシマは体力こそ人間と同程度だが、器用さや敏捷性という点では、運動の苦手な小学生にもやや劣っていた。私と古戸さんは六本の手足を引っ張ったり支えたりしてなんとか金網を超えさせた。すりむいた手や肘をさすりつつ、さらに奥へと進む。
朝起きたときは雨でも降っていればいいと思ったが、長く行動することを考えれば、そうでなかったのは幸運だったかもしれない。
「お、これは軌道の跡じゃないか」
またしばらく行くと、古戸さんが廃鉱への標となりうるものを見つけた。酷く錆びつき、土に半ば埋もれていたのは、かつて物資や人員を行き来させていたらしいトロッコの軌跡だった。
私たちは進路をやや北、斜面を登るような方向へと変えた。所々壊れ、途切れ、撤去されている軌跡を辿りながら、廃鉱の入口を目指す。
もし廃鉱がコロニーと化しているならば、道中でも宇宙虫と遭遇する可能性は高い。私は右手に唐辛子スプレーを握りしめ、いつでも噴射できるようにしておく。
背後や頭上に注意しながら三十分ほど歩くと、やがて森が途切れ、大きな広場のような地形に行き当たった。徹底して整地されているせいか、当時根こそぎされた木々はまだ復活しておらず、落ち葉に覆われていない裸の土が風に晒されていた。
広場の奥には赤錆に覆われた鉄の建築物――おそらく、人や鉱石を地下から運び出す施設――がある。
「ちょっと待った。上にいる」
古戸さんが鋭く囁いた。声に釣られて目線を上げると、灰色の空を背景に、二匹一組で飛ぶ宇宙虫の影があった。
私は反射的に息を止めた。緊張で身体が強張る。
宇宙虫に人間のような目はないため、こちらに気づいているのかどうか、にわかには判別しづらい。視覚――光に頼らないならば、音や臭い、温度で周囲を探るのだろうか。
しかし少なくとも地球の環境下においての知覚は、野生動物や人間ほど鋭敏でないらしい。二匹の宇宙虫は私たちに気づいた風もなく、東の方へと飛び去っていった。
私は大きく息を吐き、スプレーを握っていた手の力をゆるめた。
「今のは見張りだったのかな?」
「どうでしょう。ほかにはいないみたいですが……」
私たちはおそるおそる錆びた建築物に近づいた。いつ宇宙虫が飛び出してきてもおかしくない。羽音が聞こえてきはしないかと耳を澄ませ、音を立てないよう足元に細心の注意を払う。
しかし結果として、それらの警戒は徒労に終わった。かつて坑道の入口だった場所は、鉄とコンクリートで完全に封鎖されていたからだ。さらに周囲を探索してみても、宇宙虫が地下と行き来できそうな穴は見つからなかった。
「炭鉱はコロニーじゃないんでしょうか」
肩を落とし、しかし心のどこかで安心しながら、私は言った。
「いや、そうとも限らない。廃鉱マニアを避けて、入口を移したのかもしれないし」
たとえそうだとしても、手掛かりがなければ振り出しに戻ったも同じだ。
『二人とも、アレはなにか分かるかな』
そのとき、ウラシマが声を上げた。その複眼の先を追うと、北西の方角、ほとんど麓に近いような場所に、角ばった白い建物が見える。住居ではなさそうだ。かといって事務所らしいかというと、そうでもない。
「コロニーではないにせよ、なにかの拠点かな。このまま手ぶらで帰るのも癪だからねえ、行ってみようか」
「誰かいたらどうするんですか」
「スプレーがあるだろう」
「宇宙虫ならいいですけど、人間相手に使うのはちょっと……」
しかしもはやこの山の異常性は明らかで、対処しなければ遠からず恐ろしいことが起こるだろう。手がかりを得るためならば、少々のリスクは看過すべきなのかもしれない。私は眼下にある白い建物を目指し、ずんずんと先に進む古戸さんのあとを追った。




