タッチボール場外乱闘事件31 ~キャリオカ・スプリングスティーン登場~
「いや、そう言うわけではないんですが。今日はフェデリアさんにお願いがあってきたというか……その……」
なんて切り出したらいいか分からず、僕はポリポリと痒くもない頭を掻いた。
彼女の助けを借りようと言うのだから、ある程度はこちらが握っている情報も提供しなくてはなるまい。
「実は、ティラーノ絡みの犯罪がありまして。ちょいと、連中と事を構えるつもりなんですが……少し話が込み入ってまして……」
僕がティラーノの名を出すと、ファムロイヤル警視は反射的に身を乗り出してきた。
冷静なように見えて、政敵のことになると食いつきが早いわ。
ティラーノの撃滅とミナモンテスの復権が、この人の存在理由と言ってもいいのだから。
「また捜査にかこつけて、規則違反をやらかそうって企んでいるわけね。それで、私に目こぼしを頼みに来たの?」
「いやあ、何と申しますか……今度は管轄外における職権行使というか……その……」
「他府県警察に捜査共助を依頼しようと言うの? それなら刑事企画課を通じておやりなさい」
ファムロイヤル警視は「お門違いだ」と鼻白んだ。
ここは正直に話さなければと観念し、僕はミカワにおける捜査についてかいつまんで説明することにした。
オヨタとUMの密約による技術流出の危機や、タッチボール選手権を利用しての敵地潜入など――。
一部を隠してあらかた正直に話したところ、特命監察官は何を思ったか深い溜息をついた。
「やっぱりまずいですか? けど、放っておいたら重要な機密が、UMを通じてティラーノに渡っちゃうんですよ」
彼女に話すのではなかったかと、一瞬後悔が脳裏をかすめた。
常識の範囲を超えた越境捜査は重大な規則違反だ。
監察官として認められるわけがない。
「そう、この重要な時期にも関わらず、玉遊びにうつつを抜かしていたのはそういうわけだったのね。それで理解できたわ」
彼女の眼鏡のブリッジの上あたりに深い皺が刻み込まれた。
これは相当ご気分を害されたようだ。
思わず腰が椅子から浮きかける。
「いえ、ごめんなさい。あなたの話じゃないのよ」
美人の監察官は逃げ腰になった僕を手で制した。
「あのナショーカ・キッソ警視正が急に海外出張を命ぜられたものだから、どういうことか訝っていたら……そんなカラクリがあったのね」
「なんですってぇ?」
ナショーカが海外出張で帝都を離れるって。
そんなバカなことがあるか。
「人事一課の肝煎りでね、ICPO本部に研修に行くことになったのよ。というか、今朝早く、すでに出立したわ。だいぶダダをこねたらしいけど」
「じゃあ、ナショーカ警視正は、もう帝都にいないんですか?」
しまった、ティム・タイラーに先手を打たれた。
ナショーカの名声が上がることは、ティラーノ一族である人事一課長にすれば面白くない。
これ以上ナショーカを活躍させまいと、業務命令にかこつけて国外へ追っ払ったのだ。
如何にナショーカが嫌がろうが、ICPO職員に身分替えまでされたのであれば、命令に従わざるを得ない。
研修を追えて帰国するまでの一時的なこととは言え、彼は警視庁の職員ではなくなったのだ。
これではデビルスの一員として、ミカワでの大会に出ることもできない。
脳内で「だからあれほど忠告したでしょうに」と非難するココ主任の声が聞こえたような気がした。
「うん、敵ながら妙案だわ。連中にも頭の切れる人間がいるようね」
「敵を褒めている場合じゃないでしょっ」
確かに有無を言わさずナショーカを追放する名案である。
人事一課の課長補佐、ジィナ・アノワールの電脳が思いつきそうな策略だ。
デビルスの快進撃を支える原動力は我が従兄弟どのだ。
彼がいなければ、デビルスの攻撃力は大幅に減殺されてしまう。
つか、ここまでの僕たちはナショーカの打撃に頼り切っていたのだ。
「そんなぁ……彼なしで、僕はどうすればいいんですかぁっ」
ぐわぁっ、パニくったせいで、ナショーカの彼女じみた台詞を吐いてしまった。
恥ずかしさのあまり、思わず赤面してしまったではないか。
これで女装してナショーカとデートする必要はなくなった。
とりあえず、命に関わる危険は回避することができたわけだ。
しかしながら、ミカワでの全国大会を勝ち進む手だても、また同時に失ってしまったのだ。




