タッチボール場外乱闘事件29 ~キャリオカ・スプリングスティーン登場~
キャリオカ嬢に続いて僕たちもグラウンドへ出る。
やはりマクガイナ五段は、心身を鍛え上げた一流の武道家だった。
よくぞ大人の対応をしてくれたと、僕は胸をなで下ろした。
下手すれば試合開始前に内紛で、チームが空中分解するところだった。
正直、もうお終いかと観念していたのだ。
礼を言おうとマクガイナ五段に向き直った僕は、その場で硬直してしまった。
さっきまで微笑んでいた彼女の目は、毛細血管が切れたのか、文字どおり血走っていた。
噛みしめられた歯の隙間からは、獣じみた唸り声が漏れている。
「あの……チャンピオン……?」
恐る恐る話しかける僕を、マクガイナ五段はジロリと睨み付けた。
「試合はもちろん勝ちに行きますがね。大会が終わったら、あのバカは必ずこの手でぶち殺してやりまさぁ」
うわぁ、やっぱり完全にぶち切れていらっしゃる。
今回よく分かったのは、2人ともけっこう執念深いってことと、どちらも敵に回してはならないってことだ。
無事に捜査が終了すれば、余計な諍いに巻き込まれないうちに、とっとと逃げるのがよろしかろう。
そんなことより、戦う前から内部で不協和音を出してて、果たして試合に勝てるのかよ。
まあ──結果から言うと、僕の心配は杞憂だった。
僕たちデビルスは、相手の都電連合チーム「レールスターズ」に圧勝した。
魅惑の競泳水着チア軍団に悩まされる暇もなく。
「待たせたな……」
一言そう呟いてグラウンドに現れたナショーカ・キッソ警視正は、ウォーミングアップもなしにいきなりヒッターボックスに入った。
そしてファーストイニングの冒頭、シュートマシンから放たれた第1球目を軽々とスタンドに叩き込んでしまったのだった。
捕球と共にダッシュすべく前傾姿勢で構えていた僕は、拍子が抜けて前のめりに倒れてしまった。
いきなりの先制オーバー・ザ・フェンスで、デビルスは早くも1点先取だ。
しかも、これでナショーカの活躍が終わったわけではなかった。
その後に続く、怒濤の快進撃の開幕を告げるファンファーレに過ぎなかったのだ。
結局、レールスターズは一度もオフェンスに回ることなく試合を放棄した。
ナショーカはワンダウンも取られることなく、「ずっと俺のターン状態」のまま20本連続でアーチを描き続けたのだった。
1本ぶち込まれるたびに、レールスターズのシューターは真っ青になっていった。
どんなに速球を放とうが、変化球でコースを突こうが、ナショーカはジャストミートしてくるのだ。
そして確実にミートされたボールは、確実にフェンスを越えていった。
ベースボールとは違い、タッチボールは「敬遠で逃げて、次の打者と勝負」というわけにはいかない。
地獄の責め苦は、それこそ永遠に続くのだ。
最初のうち、敵のシューターとは逆に、僕の顔は興奮により紅潮していた。
それが、10本目を超えた辺りから、僕の顔色も敵シューターと同色に転じていった。
ナショーカのテンションの高さが、クローディアとデートできるという歓喜から来ているのは間違いない。
もしクローディアの正体が女装した僕だと知ったら、彼はどれほど激昂するだろうか。
当初、僕はすべてが終わった時点で正直に秘密を明かし、彼に許しを乞おうと考えていた。
ウソをつくのは嫌いだし、このままではナショーカが可哀想すぎると思ったからだ。
しかし、やはり伏せておくべきだと考えを改めた。
これだけ盛り上がっている彼に対して、今さら真実を告げるのは残酷だ。
いや、この期に及んでいい格好するのはよそう。
正直言って怖すぎるのだ。
あの異常なまでのテンションの高さが、そのまま怒りに変換されたらどうなるか――。
たとえ土下座しようと、お尻を差し出してケツバットを乞おうと、僕の命が助かることはあるまい。
下手に尻でも突き出した日には、口から飛び出るほどバットで貫かれてしまうかもしれない。
もはや、一生便秘に悩む心配がなくなるとか、そういう生ぬるいレベルの話ではないのだ。
そんなこんなで真っ青になって震えていると、20本目の大飛球と同時に敵の監督が白旗を振りながらダッグアウトから飛び出してきた。
もはや勝ち目なしと判断し、降伏の意思を伝えてきたのだ。
そして、僕たちはこれを受け入れ、圧倒的勝利で第3回戦を終えたのだった。
我が従兄弟どのは「ぬるい、まだ足りぬわっ」と魔王じみた形相で吼えまくっていたが、敵が戦意を喪失した以上、バットを置くしかなかった。




