戦巫女乱心事件23~ロージー・スルーガー登場~
いきなり流れた哀愁のこもったメロディに、マフィアの連中は恐慌状態に陥った。
「どこだっ?」
「どこだっ?」
連中は周囲をキョロキョロ見回しながら、スポットライトであちこちを照らす。
バカな奴らだ。
ヒーローは、いつだって高みから参上するのだ。
そのうち一本のスポットライトが、ようやく僕の姿を照らし出した。
「いたぞっ」
「あそこだっ」
マフィアどもは僕の方を指さして大騒ぎしている。
スターになったようで、ちょっとだけ気分がいい。
観衆の中に、唖然とした顔のカゲット・カディバを見つけた。
顔色は文字どおり真っ青だ。
「今晩は、カゲットさん。こんな宵の口に、もう悪さをやってんの?」
ことさら余裕の態度で手を振ってやる。
「ヤバい取引きをするにしちゃ、随分早いんじゃない? ひょっとして門限厳しかったりする?」
僕は左手のウォッチ型端末を覗き込み、まだ午後7時だとからかってやった。
カディバ一家にしてみれば、取引きがこんな時刻になったのは仕方がない。
なにせ、僕に正確な日時や場所を嗅ぎつけられる前に、できるだけ早く商いを済ましてしまわなければならないのだから。
そのためには、蛇頭の貨物船の入港に合わせてランデブーする、一撃離脱方式の取引きが最適なのだ。
「カゲットさん。前回は都知事やコリーンさんの名誉が絡んでいたからお目こぼししたけど、今日はきっちり御用だよ」
僕やお嬢を誘拐した事件については、都知事の指揮権発動により事後捜査が不可能になった。
今回はあのときの分も含めて、タップリとお礼をしてあげなくては。
特に彼のバカ息子には、ゆっくり頭を冷やす時間を与えてやろう。
でも、取り敢えずこの場からは安全に逃がしてあげるよ。
「ヤバい、ずらかれっ」
完全にパニくったカゲットは、子分たちを急かせて逃げ支度に入る。
現ナマもブツも放りっぱなしだ。
後ろからシズカに撃たれないよう、武器を捨て、更に両手を高々と上げて走り去る。
これで敵戦力が一気に半減したことになる。
蛇頭の連中は訳が分からず呆然としていたが、やがて僕に向かって拳銃を撃ちかけてきた。
高所にいる僕は、逃げ場を失って一方的に撃ちまくられる。
本物のヒーローなら、ここで飛び降りて戦闘開始なのだが。
今の僕にはとても無理な話だ。
高いところから現れるのも、少し考えもののようだわ。
けたたましい銃声を合図に、横合いから伏兵のシズカが突入してきた。
丸腰の僕は、取り敢えず彼女に任せっきりにするしかない。
その間に、すごすごと倉庫の屋根から路上に降りる。
シズカは18個の標的から、カテゴリー3以上の違法サイボーグだけを選んでロックしていく。
連中のチョカレフがビシッビシッと命中するが、拳銃弾くらいではシズカの装甲は貫けない。
シズカの指から火箭が迸った。
正確な射撃が、左端から順々に蛇頭メンバーを吹っ飛ばしていく。
ところどころが中抜きになるのは、連中が人間もしくはC2以下のサイボーグだからだ。
速射破壊銃が一閃した後、その場に立っているのは4人だけだった。
僕はカディバ一家が捨てていったバレッタ拳銃を拾い上げ、二丁拳銃でぶっ放す。
我に返った生き残りどもが物陰に転がり込み、僕に向かって反撃を開始する。
最低でも一人は生け捕りにしたいが、僕の腕前では一人を倒すのも大変だ。
1丁あたり15発入りのマガジンが、あっという間に空になる。
その間、一発の命中弾も与えられない。
路上に捨てられていたバレッタを拾い上げ、マガジンを確認してから射撃を再開する。
くそっ、くそっ、くそっ、撃たれながらじゃ照準が定まらず、有効弾を叩き込めない。
シズカにリフレクティング・ターゲット・スコープの使用を許可すれば、こんな連中は一掃できるのだが――。
どうあっても、彼女を人殺しロボにするわけにはいかない。
ようやく一人に命中弾を与えることができたが、そこでまたも弾切れとなる。
次のバレッタを探して地面を見回すと、ゴミの回収ボックスの手前に1丁転がっていた。
シズカを走らせようかと考えたが、それではあまりにも格好悪すぎる。
やっぱり自分で取りに行こうと、スタングレネードの安全栓を抜く。
そして、隠れていた信号制御器の裏から走り出る。
僕に気付いた蛇頭が拳銃を向けてきた。
連中が発砲するより早くスタングレネードを投げつければ、バレッタを拾って回収ボックスの裏側に転がり込めるはず。
すべて上手くいくと考えたのが間違いだった。
テレビヒーローじゃない僕は、アスファルトに空いた穴ぼこに足を取られて転倒していた。
千載一遇のチャンスに、蛇頭どもは一斉に立ち上がり、僕に向けてチョカレフの銃口を揃えた。
「クロー……」
シズカが僕の盾になろうと走り寄る。
45口径弾を我が身に浴びて、僕を守ろうというのだ。
だが、その必要はなかった。
僕の頭を狙っていたチョカレフが、一斉に180度の旋回を見せた。
蛇頭どもは背後から近付いてくる、正体不明の足音を脅威に感じたのだった。
これ幸いと、僕はコンテナボックスの陰に転がり込んだ。
その頃になると、僕の耳にもパタパタという乾いた足音が聞こえ始めた。
反響具合からして軍用ブーツとかじゃなく、ずっと軽い音だ。
それに部隊が移動しているのではないようだ。
絶体絶命の危機から救ってくれた足音だが、どうも嫌な予感しかしない。
ユウキ警部の応援が到着するには早すぎるし、こんな場所に堅気の人間が来るとも思えない。
いったい何者なんだと訝っていると、薄暗い通りの向こうに小柄なシルエットが現れた。
小さな影法師が街灯の下に差し掛かり、ようやくその全貌が明らかになる。
その瞬間、僕は「ギャッ」と小さな悲鳴を上げてしまった。
今の僕にとって、閻魔大王の次に会いたくない相手だったのだ。




