戦巫女乱心事件18~ロージー・スルーガー登場~
「で、何が目的なんだ?」
鬼一兄は、パソコンのモニタを見たまま言った。
27型のワイドモニタの中では、アニメのミニスカヒロインが敵と対峙している。
アニメ版PWSの主役にして地球防衛軍の切り札、チェリーブロッサム少佐である。
彼女が向き合っている敵は、幼女の姿をした四つ子のホムンクルスだ。
それがあのボブキャッツを連想させて、なんとも忌々しい気分になる。
「お前がミーナと付き合う気などないことは分かってる。あいつを利用して何をさせようって魂胆だ?」
鬼一兄は、僕の計画などお見通しだと言わんばかりに決めつけた。
ミーナ嬢は昨日のことを、既に兄に話しているのだろう。
彼女が嬉々とした表情で、僕のことを兄に話している場面が容易に思い浮かぶ。
そのミーナ嬢は、今は買い物に出かけて留守にしている。
神社を張り込むこと数時間、ようやく訪れたチャンスを使い、僕は鬼一兄に面会を申し込んだのだ。
彼女を介さずに、鬼一兄から直にタイガースクロールを譲ってもらうために。
「俺も人の子だ。妹に彼氏が出来りゃ、一緒に喜んでやりたい。それに、お前のことは俺も気に入っている」
鬼一兄はモニタから目を離さず、無表情を保ったままだ。
モニタに視線を戻すと、少佐の前に孤児院のちびっ子たちが並び、四つ子をなじり始めたところだった。
ちびっ子たちは自らの非力を顧みず、大好きなお姉ちゃんを守ろうとしているのだ。
『そうよ、あたしたちは確かに化け物よ……』
化け物呼ばわりされた四つ子の長女が高笑いする。
『……けどその女、チェリーブロッサム少佐もあたしたちと同じ化け物じゃないのぉっ』
指弾された少佐が項垂れたまま歩き始め、そこに悲壮感漂うブラームスの交響曲第一番が被さる。
少佐が右手に持ったサイコガンが始動し、エネルギーゲージのLEDが次々に灯っていく。
それは四つ子の指摘が正しいことを示す、なによりの証左であった。
サイコガンは自らの生命を弾丸として撃ち出す、禁断の超兵器という設定である。
そして、それを扱えるのは、強力なESP能力を持つ人工生命体だけなのだ。
残酷な事実を目の当たりにして、ちびっ子たちがドン引きしている。
命の恩人と慕っていたお姉ちゃんが、実は人間ではなかったのだ。
本放送でこのシーンを見たときは、単に少佐を可哀想に思っただけであった。
だが、今の心境は当時とは大きく違っている。
僕はチェリーブロッサム少佐と同じだ。
正体を知られれば仲間からドン引きされる、異質の存在なのである。
現在の僕には、少佐の心境が痛いほどよく分かる。
PWS全52話のうち、鬼一兄はどうしてこの回を視聴しているのだろうか。
まさか、僕の正体に気付いており、心理的に揺さぶりを掛けてきているのか。
「兄の俺が言うのも何だが、ミーナは可愛い。男が1000人いりゃ、999人は自分の彼女にしたいと思うだろうよ」
PWS屈指のガチ泣きシーンに、鬼一兄は鼻水をすすり上げる。
「だが、お前は残り1人の方だ。違うか?」
鬼一兄はティッシュの箱に手を伸ばし、本来の用法に従って使用した。
そして黙ってアニメ鑑賞を続ける。
やれやれ、この人は僕の企みなど全てお見通しらしい。
こうなれば、小細工なしでぶつかってみるしかなさそうだ。
「お兄さんは『ハーレムもの』ってどう思います?」
もらい泣きした僕も鼻をすすりつつ、鬼一兄に問いかけた。
「そりゃ男の夢だわな。けど、主人公が最終的にチョイスできるのは、たったの1人だけだ」
特殊なジャンルのギャルゲーならいざ知らず、一般のアニメや漫画では、それはストーリー上のルールである。
そして何より、それが世間一般の公序良俗なのだ。
最終局面において、主役は複数のヒロインから1人を選ぶか、もしくは誰も選ばないかを迫られることになる。
「そして主人公が最後に選ぶのは、幼なじみとか博士の娘とかの正統派ヒロインに決まってる」
「そうです、お嬢さまキャラや妹系キャラは、如何に魅力的でも絶対に選ばれることはない。僕はそれが許せんのですよ」
鬼一兄がチラリと僕を横目で見るのが分かった。
「僕は子供の頃からね、グループの中でもあまり目立たない、地味で無口なダウナー系のキャラがお気に入りだったんです」
彼女たちは人形のように繊細な美少女なのに無表情で、達観したかのように感情の起伏に乏しい。
霊感が強かったりすることも多く、特技はタロット占いとか予知能力と相場が決まっている。
仲間にアンドロイド少女がいるならば、そのポジションは間違いなく彼女のためにある。
そして、アンドロイドゆえに、主人公との恋は最初から成立しないのである。
「メインヒロインとは比べようもなく圧倒的不利な、そんな彼女たちに僕は限りない愛を感じてしまうのです」
だからPWSのキャラでも、元気一杯のチェリーブロッサム少佐より、病的なルナやオカルト系のマニトゥの方が好きだったりする。
2人とも敵キャラだけど。
「妹さんも無口だけど、彼女は寡黙でストイックな求道者ポジションでしょう。僕の好きなダウナー系じゃないんです」
無口系キャラといっても、主人公見守り型とか恥ずかしがり屋さんとか、色々なパターンがあるのだ。
「それに、妹さんには999人の彼氏候補がいる。けど、シズカには僕しかいないんです。そして僕にもシズカしかいない。僕は彼女のために、どんな外道な手段を用いても手に入れたい物があるんです。笑いたいのなら笑ってもらって結構です」
僕がそう言った途端――。
「ワハハハハハハハッ。ウワハハハハハハハハハァ」
この汚れ神主、本当に大笑いしやがった。
「イヒヒヒヒッ、いや、スマン。まさかこの世にもう一人、俺と同じレベルの変態がいるとは思わなかったんでなぁ」
鬼一兄はそう言うと、嬉しくてたまらないという風に、涙を流して笑い転げた。
「オーケー、オーケー。そんな変態に大事な妹はやれん。不幸になるのは分かってるからな。その代わり、虎の巻はくれてやる」
「そ、それじゃあ……」
「全部分かってたよ。ちょっとググりゃ、俺が開発したタイガースクロールに行き着くわな。お前が俺と同じ人種なら、どんな手を使ってでも、アレを手に入れようと考えるだろう。あのウーシュにリターンマッチを挑ませてやるためにな」
「…………」
「そもそも、お前はスケコマシができるような器用な人間じゃないだろ。覚悟のほどを確かめておきたかっただけさ」
やはり、鬼一兄は僕が虎の巻を手に入れるために、妹を利用するってことを先刻ご承知だったのだ。
「けど、ミーナには全部話すぞ。最初から無い夢を追わせるわけにはいかないからな」
鬼一兄が、その時だけ怖い顔を見せた。
「お前のことを最低の男だと憎ませて、スッパリと忘れさせる。お前は二度とあいつの前に姿を見せるな」
「ええ、結構です。僕が最低の男だってのは事実なのですから」
「だったら早くウーシュを連れてこいや。俺は気分屋だから、いつ前言を撤回するか分からんぞっ」
それからが大変だった。
僕は全速力で警視庁へ戻り、装備課の連中を騙くらかしてシズカを持ち出した。
彼女はOSのチェックのためシャットダウン中だったから、持ち出すって表現がしっくりくる。
管理権がああだ、書類がこうだとゴチャゴチャうるさい係員も、ファムロイヤル特命監察官の名前を出すと黙り込んだ。
なにせ、警視庁職員なら誰しも、出来ることなら耳にしたくない名前なんだから。
まったく便利なマジックワードを手に入れたもんだ。
脅かしついでにシズカを載せる台車と輸送車を借り受け、僕は全速力で堀川神社へとって返した。




