戦巫女乱心事件14~ロージー・スルーガー登場~
紆余曲折の後、僕はようやく剣術道場に辿り着けたが、残念ながらミーナ嬢とは会えなかった。
道場にいた剣術特練員に尋ねたところ、彼女は朝から休んでいるとか。
よく考えたら、実家が放火された翌日なんだから、後片づけとかで忙しいのだろう。
目的を果たせなかったことで、先ほどやらかした騒ぎが余計に虚しく感じられた。
僕がここに来たりしなければ、マクガイナ五段は大怪我することなどなかったのだ。
しかし、僕がティム・タイラーの命令で術科特練をかき回しに来たなんて、誰が流した偽情報なんだろうか。
マクガイナ五段はそのデマに踊らされたのに違いない。
こうなりゃ実家に押し掛けてでもミーナ嬢に会ってやろうという気になってきた。
それに堀川神社に行けば、鬼一兄にも会える。
彼からシズカのことで、何かアドバイスをもらえるかもしれない。
鬼一兄は意に反して神職の道を選んだが、学生時代はロボット工学の天才ともて囃されていたという。
ウーシュタイプに搭載されている火器管制システムについても、彼なりの見解を持っているだろう。
それでも、僕は午後5時45分までは警察施設から出るわけにはいかない。
特命監察官の指示で、違反すると厳しく処分されることになる。
と言って、用もなく機動隊の敷地内をブラブラして、余計な不信感を持たれるわけにはいかない。
やむを得ず、柔術道場で待機することにする。
あまり気は進まないが、多少なりとも知った人間がいるのはここだけだ。
ガラガラと扉を開けて道場に入ると、特練員たちが飛び上がって驚いた。
何を早とちりしたのか、何人かが既に逃げる体勢に入っている。
覚悟はしていたが、居心地悪いことこの上ない。
それは柔特の連中も同じで、練習中も僕を気にしてビクビクしっぱなしだった。
彼女たちが怯えるのも無理はない。
ガチンコ勝負でここのトップをKOしたのだから。
噂に違わぬ「帝都の若き英雄」の実力の前に、連中は完全に縮み上がっているようだ。
力が正義の道場においては、僕こそが神聖不可侵の神なのだ。
もしかしたら、責任を感じた僕が、代打のコーチに来たのだと勘違いされているのかもしれない。
本当のところは、幼女型ロボットからコソコソ逃げ回っているのだから笑えるんだけど。
連中は何かにつけ「これでよろしいでしょうか?」とばかり、いちいち僕の顔色を窺ってくるから困る。
僕は思い出したくもない経験のせいで柔術は大嫌いで、テクニックもよく知らないのだ。
だから、腕組みしたまま適当に頷いて誤魔化しておく。
練習の終わりには上座に座らされ、全員から「ありがとうございましたぁ」なんて礼を言われてしまった。
特練生に道場の清掃を命じたところで、ようやく課業時間が終了した。
さっそくベンKCに乗り込み、堀川神社を目指す。
途中でベンに操縦を預け、彼のネット回路を借りて鬼一兄について検索してみた。
すると“ドクター・キーチ”は、僕が想像していたよりずっと大物であることが分かった。
帝都工科大時代の評判は上々で、博士号も持っていない学生なのにドクターと呼ばれていたようだ。
あたかも、ロボット工学界の錬金術師とか陰陽師扱いである。
およそ通常人が考えつかないような発想を、類い希なる技術で具現化していく天才と持ち上げられていた。
学生時代から幾つもの特許を取り、それを学費に充てていたらしい。
名実ともに業界のホープだったのである。
それが、修士課程へと進む直前、突然ロボット工学から足を洗い、忽然と世間から姿を消したとなっている。
噂では外国のメーカーに青田刈りされ、ロボット兵器の設計を任されているとのことであった。
敵対派閥に大学を追われた彼が、いずれ自作のロボット兵団を率いて、帝都に復讐にやってくるなんて荒唐無稽な説もある。
まさか本人が寂れた神社に引きこもり、エロゲー三昧の日々を送っているとは、誰も夢にも思うまい。
ともかく、鬼一兄がロボット工学の天才で、かつ変人であることは再確認できた。
次に彼の残した業績、それも兵器関連の分野に絞って調べてみる。
すると意外なことに、そっち方面での成果は驚くほど少ないことが分かった。
無駄に思えるロボットの自己修復機能やらAIの思考パターンについての論文は、閲覧しきれないほど膨大な量になるのに。
ロボットの兵器運用に関する資料はたったの6つだけだ。
6つある資料のスクロールには、便宜上ドラゴンやらパンサーなどの通称が振られている。
それぞれがロボット兵器の指揮、編成、通信、装備、戦術について詳しく述べられているという。
ただ、タイガースクロールなる資料だけは、詳細について何も明かされていない。
この「虎の巻」のみは、門外不出の秘伝となっているようである。
関係者の話では、表向きはロボット兵器の整備に関する書であるが、実際は魔改造の指南書だったらしい。
そんな改造マニュアルではなく、マシンのスペックを格段に上昇させる基盤であったとする証言もある。
あまりに強烈なブースターだったため封印した。
否、ロボットに非人道的な破壊活動をさせるに忍びなく闇に葬った――。
なんてことがまことしやかに書かれていた。
このタイガースクロールこそが、シズカの自信を回復させる特効薬なのかもしれない。
問題は、門外不出とされている秘蔵の巻物をどうやって提供させるかだ。
物で釣るにしても、相手は激レアなフィギュアをフルコンプしているような強者だ。
なまじっかなプレゼントでは感激してくれまい。
しかし、どんな手を使っても――必要なら女装による色仕掛けを使ってでも、虎の巻を手に入れなければならない。
色々と考えてみたが、どう作戦を組み立てても、やはりミーナ嬢を利用する戦術しか思いつかない。
彼女に兄を説得させるか、それとも上手くコントロールして盗み出させるか。
はたまた、鶴見家の身内となり、事実上「虎の巻」の共同所持者になるか。
いずれにせよミーナ嬢を騙し、泣かせる結果にしかならないようだ。
それでもシズカのためなら、僕は喜んで地獄へ堕ちよう。
考えがまとまらないうちに堀川神社に到着し、ベンは裏手の駐車場で静かに停止した。
こうなりゃ流れに身を任せ、突破口を見い出すしかない。
「ベン、待っててくれよ」
僕は愛車に声を掛け、神社裏の通用門から敷地内に入った。
境内に回ると、一部が焼失した拝殿の修理が行われていた。
宮大工に混じり、力仕事を担当しているのはカディバ一家の連中だった。
ダンディズムを身上とするシシリアンたちが、土方スタイルになって資材を運んだり掃除をしたりしているのだ。
それを、しかめっ面をしたミーナ嬢が指揮している。
生足もまぶしい巫女姿だ。
僕に気付いたカディバ一家の若衆が、卑屈な愛想笑いをしながら腰をかがめる。
このボランティアは、僕に組事務所を襲撃されないよう、少しでも心証をよくしておこうってジェスチャなんだろう。
老獪なカゲット・カディバの考えそうなことだ。
この様子では、もう連中がミーナ嬢やこの神社を襲ってくる心配はあるまい。
若衆たちの視線で、ミーナ嬢も僕の存在に気が付いたようだ。
「クロード主任っ」
ムスッと渋面をしていたミーナ嬢が、パッと笑顔になった。
僕が来たことを、本心から喜んでくれているんだ。
こんないい子を騙して利用しなければならないとは、さすがに後ろめたくなる。
それでもシズカのために、なんとかタイガースクロールを手に入れなければならない。
「一機の道場に行ったんだけど、今日は休みだって聞いたから。ちょっと心配になってここまで来ちゃった」
僕は照れくさそうな笑顔を作って話しかけた。
「ごめんなさい。業者さんの都合で、どうしても今日から修繕に取りかかる必要があったんです」
ミーナ嬢は悪くもないのに、ペコリと頭を下げた。
聞けば、今日と明日の2日間分の年休を取得済みだという。
「で、シズカさんは?」
彼女は辺りを見渡し、僕の相棒がいないことを確認する。
「ああ、やっぱり修理に出すことになっちゃって。アレも、もう結構中古だし」
僕はシズカをさも家電扱いしているような口振りで言った。
それでも人柄の良さはアピールしておく。
「けど、長く使ってて愛着があるから、なんとか直してあげなくちゃ」
取っ替え引っ替え新車に乗りたがる男は、彼女だって長続きしないイメージを持たれるだろう。
僕は物も女の子も大事に扱ういい奴なのだ。
「そんなに大切にしてあげるなんて、クロード主任は優しいのですね。シズカちゃんが羨ましいです」
シズカ「さん」がシズカ「ちゃん」に変わったのを僕は聞き逃さなかった。
これは、彼女のシズカに対する、微妙な優越感の発露なのだろう。
いくら僕と仲良くしていても、シズカは所詮ロボットである。
自分はロボットに奉仕される側の立場なのだと――。
まあ世間の常識では、まさかロボットをマジカノにしている異常者などいるはずもない、と考えるのが当然だろうし。
そのまさかが、目の前に立っているのだけど。
とにかく僕とシズカの間に、割り込む隙が存在していることを気付かせてあげた。
「で、今日はお兄さんにお礼を言いに来たんだ」
話題が鬼一兄のことになった途端、ミーナ嬢の顔色がサッと変化した。
やはり、彼女にとって兄はトラウマティックな存在なのだ。
チラッと社務所に視線を移すと、建物の周りがトラロープで厳重に縛り付けられている。
あれじゃ外から人が入ることは勿論、鬼一兄が中から出ることもできやしない。
その上で黒々と「ぜ~ったいに、立ち入り禁止!!」と書かれた看板が立てられていた。
自画像なのだろうか、目を三角にして怒っている漫画チックな巫女のイラストが添えられている。
なるほど、ミーナ嬢が休んだのは、工事を監督するためじゃなかったのか。
あの兄を他人の目に晒させないよう、厳重に監視するためだったのだ。
「兄には本当に迷惑しています。家に招待できないから、お友達も作れないし……」
本当はお友達じゃなく、彼氏と言いたかったんだろうか。
「いくら仲良くなっても、あの恥ずかしい兄を紹介するわけにはいきません。それに……」
ミーナ嬢は少し言いよどんだ。
そして、なけなしの勇気を振り絞り、消え入りそうな声で後を続けた。
「……それに、逆に兄が気に入ってくれる人なんて、そうそういるもんじゃありませんから」
僕がそうそういない希有な存在であると知った上での台詞である。
もの凄く遠回しな表現だが、これは彼女なりの告白なんだろう。
僕はまんまとミーナ嬢からコクられる幸運を手にしたのだ。
「そんなことないでしょ。僕はお兄さんのこと尊敬しているけどなあ」
僕が意外そうな口調で反論すると、ミーナ嬢は目をキラキラさせて微笑んだ。
「天才ってのは、常人には理解されないものだよ。生きているうちに評価された天才なんて、そうそういないでしょ?」
「兄もっ、兄もクロード主任のことをもの凄く気に入っているんです。よかったぁ」
ミーナ嬢は目をウルウルさせて胸をなで下ろす。
彼女の脳内では、既にカップル誕生の図式が完成しているに違いない。
まだどちらからも告白したわけでもなく、オッケーもしていないのに。
なんという思いこみの激しい人なんだ。
まあ、こっちが誘導しようとしていた通りに、易々とことが運んでいるわけだが。
これでいいんだろうかと、少し悩んでしまう。
一部始終を見ていたカディバ一家の若い衆が、僕たちをヒューヒューと囃し立てる。
「こらぁーっ」
からかわれたミーナ嬢が、いきなりプラズマソードを抜いて走り出すのを必死で止める。
「ほっとけばいいって。あれって今風の祝福のスタイルなんだから」
「えっ、祝福だなんて……きゃっ、いやぁん」
全然嫌じゃなさそうな「いやぁん」だった。




