戦巫女乱心事件9~ロージー・スルーガー登場~
兄だって?
神主が祈祷すりゃ、この酷い有様がどうにかなるってのか。
とにかくこんなところにシズカを寝かせておくわけにはいかない。
「ベン、シズカを運んでくれ。ゆっくりとだぞ」
ベンはできるだけ丁寧にシズカを抱え上げると、僕について社務所までやってきた。
それを待って、ミーナ嬢はガラガラと引き戸を開け、中へ向かって声を掛けた。
「お兄さまっ、大変です」
うわ、こんな可愛い子に「お兄さま」なんて呼ばれる幸福者はどんな奴なんだ。
白面の貴公子か、それとも苦み走ったサムライ風の壮士か。
いずれにしても羨ましい。
これでシズカをどうにかしてくれないのなら、ひょっとして殴ってしまうかも。
どんないい男が出てくるのかと待っていたが、社務所の中からは物音ひとつしない。
「お兄さま、鬼一兄さま。早く出てらしてください」
ミーナ嬢が、今度は大声でがなり立てた。
すると、ようやく社務所から反応があった。
「るっせぇなあ。今いいとこなんだよ」
下品な物言いとともに玄関に出てきたのは、思ってもいなかった汚らしい男だった。
髪の毛は伸ばし放題で、無造作に後ろに流している。
頬から顎にかけては、中途半端な無精ひげで覆われている。
人目が気にならないのか、着ている狩衣も袖口や襟の辺りが黒ずんでいる。
何より驚いたことに、手にはPSXのゲームコントローラーを握っていた。
「志保ちゃんに振られたら、テメェのせいだからなぁっ」
この神主は、すぐ横で局地戦レベルの戦闘が繰り広げられていた間、恋愛シミュレーション型のエロゲーに耽っていたのだ。
確か社務所にも、流れ弾が数発飛び込んでいたようだけど。
それは些細なことであり、この男にとってはお気に入りキャラに振られる方が大変なのだ。
「そんなことより、彼女を診てあげてください」
ミーナ嬢が金切り声を上げた。
彼女としても、この兄を僕の目に晒すことに、かなりの抵抗があったことだろう。
心中お察しする。
鬼一と呼ばれた神主は半殺しにあったシズカを診て、ほう、というように眉を上げた。
こんなところにウーシュ0033タイプがいることに少々驚いたようだ。
「彼女は拝殿が焼かれるのを防いでくれたんです。なんとかしてあげてください」
鬼一兄は腕組みして唸っていたが、やがて社務所へ顎をしゃくりながら言った。
「ったく、仕方ねぇな。中へ運びな」
10畳ほどの社務所の中は、足の踏み場もない状態だった。
万年床を中心に、薄い本やらゲームソフトやら、正体の分からない基板などが散らかり放題になっている。
無造作に転がっているアニメ版PWSのフィギュアは、エイリアン側も含めてフルコンプ状態だ。
EDF実験小隊バージョンのファティマ少尉なんて、実物を見るのはこの僕も初めてだわ。
ただ、メーカーものの高価なモニタと手組みらしいマシンの筐体だけが、この場に似つかわしくない。
モニタの画面は、見るも恥ずかしい「びーてぃんぐ・はぁと」の一場面だった。
鬼一兄は万年床にシズカを横たえると、さっそく右肘の点検を開始した。
「兄は一応、帝都工科大を首席で卒業しているんです」
ミーナ嬢は心配するなと僕にささやいた。
「大丈夫。ジョイントの部品は変形していない。強引に外されてるが、合金の粘りが安物とは違う」
鬼一兄はメスを取り出すと、シズカの上腕の生体組織を切開した。
そして装甲部のビスを次々に取り外し、内部構造を露出させる。
メインジョイントを一度緩めて完全に外し、前腕と上腕を組み合わせてから締め付ける。
「ちょっと肘を動かしてみろや。そっと、小さくだぜ」
シズカが指示に従うと、幾つも組み合わされたギアが作動音を立てて前後に回る。
鬼一兄は空回りしているギアを確認し、ピンセットでつまんで噛み合わせを直す。
「こんなもんだな。後は断線のチェックだ」
幾つものモーターから色とりどりのリード線が走っており、僕には何がなんだかサッパリ理解できない。
それがこのオタク神主には手に取るように分かるらしい。
テスターで通電不良の箇所を発見すると、リード線を替えたりバイパスを作ったりして、あっという間に修理は終了した。
その上で生体組織を張り合わせ、目立たない肌色のラッピングで覆った。
生体組織は一週間もあれば、傷跡も残さず密着するという。
「取り敢えずはこんなとこだろ。後は専門家に見てもらえ。加速管から弾を抜くのを忘れんなよ」
鬼一兄はそういうと、手にしたプライヤーを工具箱に投げ捨て、さっそくPSXのリモコンに持ち替えた。
いや、彼の言う専門家の中に、彼ほどの技術を持った人間が何人いるのだろう。
感動すら覚える、鮮やかな手並みだった。
「兄はロボット工学の天才なんです。それが神職の家系に生まれたばっかりに……」
ミーナ嬢が深いため息をついた。
「生まれの不幸を呪って、こんな自堕落な生活を送っているの」
「うるせぇ。黙らねぇとテメェを叩き出して、こっそりロボ妹と入れ替えるぞ」
鬼一兄がモニタをにらんだまま悪態をついた。
「そんなことより小僧。お前、何を考えてんだ」
感心していると怒りの矛先が僕に向いてきた。
「ラジエータが空の整備不良状態でバトルやらせるって、これはSMプレイか何かか?」
この天才は、肘のジョイントを見ただけで、シズカに何が起こったのか見抜いてしまったのだ。
「可哀想に、そのウーシュタイプはしばらくドック入りだな。関節部のあちこちが過負荷でガタガタだ。あとOSのディレクトリも見てもらった方がいい。異常過熱により不具合が発生している可能性がある」
僕はシズカにそこまで無理をさせてしまったのか。
「も、申し訳ありません……」
「俺に謝ってどうすんだよっ。自分のパートナーに謝れ、バカ」
「シズカなら構わない……クローのために壊れることこそ……シズカの本分だから……」
「泣かせるねぇ。これじゃどっちがマスターなのか分かんねぇなあ」
鬼一兄はケラケラ笑いながら、コマンド画面の選択肢を入力していく。
くそ、いちいち腹が立つが、この人が言うことは的確だ。
ただ――その志保の攻略法だけは不的確だ。
「志保を落としたいのなら、まず妹の美保と仲良くなって嫉妬心を煽らなきゃ……」
笑いに合わせて小刻みに上下していた鬼一兄の肩が、その瞬間ピタリと止まった。
それからが大変だった。
僕はゲーム雑誌の情報やら、ネットで仕入れた裏技やら、「びーはぁ」について知ってる限りの攻略法を喋らされた。
矢継ぎ早の質問に答えるのもきつかったが、本当に辛かったのは僕を見るミーナ嬢の目が徐々に白くなっていくことだった。
完全に兄と同類、不治のゲームオタクであると思われてしまったのに違いない。
しかもロボフェチ、SMマニアの三重苦は致命的だわ。
夜も更け、社務所をお暇する頃には、僕はすっかり鬼一兄に気に入られてしまっていた。
「うわはははっ、また遊びに来いや」
鬼一兄の馬鹿笑いを背に、ミーナ嬢に鳥居のところまで送ってもらう。
「今日は本当にありがとうございました。兄は別として、また遊びにいらしてください」
機会があればまた来たいが、あまり深入りすることはできまい。
当分は、自分に降りかかってくる火の粉を振り払うのに、忙しくなりそうだから。
「ホントにゴメンな。無理させてしまって」
僕は走り始めたベンの中で、改めてシズカに謝罪した。
「冷却水が満タンなら、あんな連中は速射破壊銃で撃墜できていたのに……」
最後の最後で照準システムが落ちたのは、運が悪かったとしか言いようがない。
「クローのせいじゃ……ない……シズカが……もう完全に……型落ちだから……」
何を可愛いこと言ってくれるのかと振り返ったら、シズカは真顔で落ち込んでいた。
「シズカの火器管制システムでは……50の目標を同時に自動追尾できるけど……同時照準は10機まで……」
CPUのタイムシェアリング機能を最大にしても、それが限界だという。
だから、ボブキャッツの最後の1体がロックオンできず、OSに無理を掛けたあげくフリーズしたとのことであった。
シズカの火器管制システムは、ロックオンした標的にのみ射撃の許可を出す。
許可の下りぬまま無理に発砲しようとしたため不正な処理と認識され、OSが強制終了したのだ。
「10体を撃破した後、残りの1体に照準し直せばよかったんじゃないのか」
それを試みたが敵の接近速度が速すぎたため、処理が間に合わないとの結論が出たそうな。
ボブキャッツは、新型アクセラレーターを搭載した次世代機なのだ。
「シズカでは……この先クローを守れない……それが悲しい……」
なんということか、シズカは完全にダウナーモードに入っていた。
そんなに落ち込まなくてもいい。
たとえ新型のロボコップが配属されても、僕はシズカを手放したりしないから。
警視庁がシズカを廃棄処分しようとしたその時には――。
僕は持てる力の全てを使って君を守ると誓うよ。
だから、これからもずっと2人で頑張っていこう。
僕は心の中で固くそう誓った。




