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ただ春の夜の夢のごとし  作者: 大舞舵輪
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戦巫女乱心事件1~ロージー・スルーガー登場~

 副都心の一角にある洒落たビルの前で、僕は愛車のベンKCを停止させた。

 タンデムシートの同乗者がキャノピーを開け、軽やかに地面へ降り立つ。

 警視庁特殊機動捜査隊における僕の相棒、二等巡査のシズカだ。


 見た目はメイド服の似合う華奢な美少女だが、シズカは人間ではない。

 彼女は第一期ロボコップ計画の目玉として、警視庁が年間予算の数パーセントを注ぎ込んで獲得したバトロイドなのだ。


 その性能の高さは、これまで捜査に携わった幾つもの事件で証明されている。

 サイバーギャング事件も殺人ロボカー事件も、それに先月起きた都知事暗殺計画も彼女抜きでは解決できなかったろう。

 マシン犯罪者が跳梁跋扈する現代では、もはやロボットのサポートを得ずして捜査は立ち行かなくなっているのだ。


 次の都議会では、第二期ロボコップ計画に関する条例案が審議されるという。

 予算が通れば、シズカやトモエの後輩たちが警視庁に入ってくることになる。

 白河都知事の豪腕ぶりを考えれば、それは確定済みといっていいだろう。

 いずれロボットだけの課ができるようなことになれば、シズカは初代課長として君臨することになるのかもしれない。


 そんなシズカが「バレエを習いたい」とおねだりしてきたのは先月のことだ。


「重心の移動と……平衡感覚を養うには……バレエが最適……」


 なんて、シズカは上目遣いに訴えかけてきた。

 シズカが蛋白エネルギーの補給以外を要求してくるなんて珍しいことだ。

 まあ、バレエのレッスン料くらいはなんとかなるし、腋毛をせがまれるよりは余程ましだ。


 まあ本当のところは、フィギュアスケートを習ってるトモエへの、彼女なりの対抗意識の表れなんだろうけど。

 動機はどうであれ、向上心があるのはいいことだ。


 と言うわけでシズカは週に2回、仕事帰りに副都心のバレエスタジオでレッスンを受けることになった。

 担当のアンナ・スタシア先生に言わせれば、シズカはなかなか優秀な生徒らしい。

 彼女の電脳は物覚えがいいし、基本的な動きはたちまちマスターしてしまった。

 今ではスタジオで一番の生徒として、皆の尊敬を集めているという。


 僕がベンのコクピットに座ったままでいると、シズカが訝しげな顔で振り返った。


「クロー……見学しないの……?」


 シズカは不満そうに眉をひそめている。

 僕がシズカのおねだりをオッケーしたのには、実はもう一つ理由がある。

 彼女がレッスンを受けている間は、自由の身になれるからである。

 そして今日の僕には、どうしても一人きりにならねばならない訳があったのだ。


「うん。今から病院に行って来る。結局、先週も定期検診をすっぽかしちゃったからね」


 僕は伊豆から帰って、直ぐに検診を受けるつもりだった。

 それが一日延ばしになり、今日になってようやく踏ん切りがついたのだ。


「そう……みんながっかりする……」


 シズカは不服そうに目を伏せた。

 僕もレッスンを見学していきたいが、今回は諦めざるを得ない。


「それじゃ、帰りに迎えにくるから」


 僕はシズカの頬にキスをしようとベンから身を乗り出す。

 シズカは首を軽くひねり、僕のキスを自分の唇で受け止めた。


「じゃあ……行ってくる……」


 シズカは「してやったり」と微笑むと、踵を返してスタジオへと向かった。


 その後ろ姿を見送った後、僕はスロットルを開いてベンを発進させた。

 行く先は帝都でも指折りの民間医療機関、中尊寺医大付属病院だ。

 そこには一度死んだ僕をクローン再生技術で蘇らせた、命の恩人が働いている。


 僕は以前、ヒューガー・イッセーの凶銃に撃たれ、文字どおりハチの巣にされた。

 内臓のほとんど全てと、筋骨の大半がボロボロになった僕は、病院に搬入されたときには手の施しようがなかったという。


 そこに現れたのが、かつて僕の養父デビット・フジワラの助手を務めていた天才医師だ。

 バイオケミストリーの権威である彼は、僕の細胞を使って全ての臓器と筋組織、それに骨格などを複製した。

 それを精密模型を組み立てるように、根気よく元のボディに移植していったのだ。


 元々自分の細胞だったこともあり、移植手術は拒否反応もなく成功した。

 そして3ヶ月の期間を経て、僕はこの世に蘇ったのである。

 そう聞かされ、少なくとも先月まではそれを信じていた。


 しかし、ホルジオーネの島で絶体絶命の危機に瀕したとき、僕の体に異変が生じた。

 鉄格子を素手でねじ曲げ、分厚い鋼鉄の扉を一撃で粉砕し、重いシズカを抱えたまま軽々と5メートルの高さまで跳躍したのだ。


 あのときの僕は、いつもの虚弱体質な僕ではなかった。

 つか、生身の人間にできる業ではない。

 となれば、あの手術に秘密が隠されていると考えるのが妥当だろう。


 本当のことを知りたくて、何度も病院を訪れようとした。

 それがいざとなると怖くて二の足を踏んでしまい、とうとう今日まで放置してしまったのだ。


「ベン、ちょっと待っててくれよ」


 僕はベンを駐車場に停めると、意を決して院内へと入っていった。


 予約を何度もすっぽかしたことを受付嬢に叱られ、ロビーで呼び出しが掛かるのを待つ。

 その後、心電図や血液検査などいつもの検診が行われたが、いずれにも異常は見られなかった。

 少々疲労気味なるも、いたって健康体であるとのことで何よりだ。


 検診の後は移植手術を執刀してくれた教授に面接し、直々に問診を受けることになっている。

 指定された診察室で待っていると、しばらくして教授が入室してきた。


「やあ、待たせたね。で、調子はどう?」


 プロフェッサー・サイズが気さくな口調で尋ねてくる。


 サイズ教授は年齢50歳、がっしりした体型の紳士だ。

 死んだ養父の学生時代の後輩で、かつては養父の助手を務めていたという。

 この人が僕の体の秘密を握っているのだ。

 と言って、恩人たる教授を糾弾するわけにはいかず、僕は黙って見詰める戦術を採ることにした。

 何にも言わず、ただ黙って教授の目だけを見る。


「……………………」


 サイズ教授は「はて?」というような顔をしたが、どう反応したらいいのか分からず黙りこくっている。


「……………………」


 それでも許さず、シズカのような醒めたジト目で、意味深な沈黙を続ける。

 すると、身に覚えのある教授は、徐々に居心地が悪くなってきたように目をしばたたかせ始めた。


「オホン……えぇ~……オホンッ……」


 教授は盛んに咳き込んだり、意味のない声を上げていたが、とうとう観念したように溜息をついた。


「で……どっちに出ましたかな……プラス方向? それともマイナス方向?」

「強いて言うなら、アッパー系ですかねぇ」


 お陰でシズカを助けることができたんだし。

 まあ、気分的には思い切りダウナー系なんだけど。


「で……先生は何をしたのです、僕の体に?」

「いや、まあ……移植手術ですな……」


 その話は何度も聞かされている。

 僕自身の細胞から臓器や筋骨をクローン再生させ、それを一つ一つ移植したとか。

 今までは大したもんだと無条件で感心し、また感謝もしていたわけだが。

 よく考えれば、あれだけ短期間で全ての臓器が完成するってのも不自然な話だ。


「本当は何を移植してくれたんです?」


 物事の確信に迫る質問をしたところ、教授は再び苦しそうに唸り始めた。

 恩人を苦しめることに、良心の呵責を感じないわけではないが、こればかりはハッキリさせておきたい。

 しばらく放置していると、教授はいよいよ諦めたように顔を上げた。


「クロード君は、アルファケンタウリへの移住計画を知ってるね?」

「ええ。限界を迎えた人口問題を解決するため、人類の半分を段階的に他の恒星系へ移住させようって計画でしたね」


 計画はロケット製造の段階で失敗し、ミナモンテスが自らの首を絞める結果になったと聞いている。

 多額の予算を投じた結果、イオンエンジンを搭載したロケットは完成したとか。

 それを事故に見せかけて破壊した者がいるらしい。


 ミナモンテスグループの成功を快く思わない人間など、政財界に幾らでもいるだろう。

 しかし、実力行使してまで邪魔しようとする存在となると限られてくる。

 ロケット開発を妨害したのは、世間で言われているとおり、宿敵ティラーノグループなんだろう。


「まあ、計画自体は出直しとなったわけだが、副次的に色々な学術的成果を残すことになったんだよ」


 教授は汗を拭き拭き説明する。


「その一つが、宇宙刑事計画なんだが……聞いたことはあるかね?」


 そんなものは初耳なので、黙って首を振るしかない。


「宇宙には未知の危険がいっぱい潜んでいる。それに対処するには、とてもじゃないが既存の警察力では無理がある」


 そこで考え出されたのが、その宇宙刑事構想ってわけか。

 なんか嫌な予感がしてきた。


「宇宙刑事は特殊な装甲被服をまとい、人智を越えた超能力を発揮できる。たとえば宇宙空間に生息する怪物とか、他の恒星系の宇宙海賊とか、そういう手合いを敵に回して戦うのだから、それ相応の強大な力が必要になるんだよ」

「そりゃご苦労なことですね。で、その宇宙刑事と僕が何の関係があるんです?」


 平静を装いながらも、僕の心臓はバクバクになっていた。


「宇宙刑事の装甲ユニットは、ただ装着すれば力を発揮できるってものじゃない。正しく機能させるためには、並の人間を遥かに超えた筋力を要求される。またそれを支える心肺機能や骨格、神経伝達回路も……」


 そこらのオリンピック選手レベルじゃ無理ってことらしい、その宇宙刑事とやらになるには。

 そこで考案されたのが肉体強化手術であり、宇宙刑事に必要な強靱なボディを人工的に作ってしまえって発想だそうな。


「装甲ユニットの方はまだ開発段階なのだが、強化筋肉や内臓はかなり早い時点で完成していたんだ……それを……」

「死んだ僕に移植したってわけですね……」


 サイズ教授は長い沈黙で、僕の問い掛けを肯定した。


「どうしてそんなことをっ」


 いつぞや特機隊の先輩がからかってきたが、僕は本当にサイボーグだったんだ。

 この世に蘇ってきた段階で、もう人間じゃなくなっていたのだ。


「元の内臓をクローン再生させることは可能だが、それにはもの凄く時間が掛かる。君の体はそれを待てる状況じゃなかった」


 教授は良心の呵責を感じているのか、長い長い溜息をついた。


「だったら、死んだままにしておいてくれたらよかったんだ。どうしてそうまでして、僕を生き返らせたかったんですか」


 僕は遂に激昂してしまった。


 人間、やっていいことと悪いことがある。

 これは悪い方の典型例だ。


「しかしどうして……神経回路にリミッターを施して、筋力に制限を設けてたのに」


 教授は場の空気を読まず、盛んに首をひねっている。

 僕に秘密がばれたことより、技術的なミスの方が重要だと言わんばかりに。


「ユニットを着装しない限り、リミッターは解除されないはずなんだがねぇ」


 そりゃそうだろう。

 生身のうちからあんなパワーを出していたら、日常生活に支障を来すことになる。

 危なっかしすぎて、部屋の片付けもできやしない。


「余程の危難、生命維持度がゼロに近い状況に陥らない限りは、リミッター解除はあり得ないはずなんだがなぁ」


 だからインチキ手術もバレっこないと、高を括ってたのか。

 生憎、リミッター解除の条件は、生命喪失の危機だけじゃないらしい。

 自分の命と等価のものを失いかけた時にも発動するみたいだ。

 たとえば、自分にとってかけがえのないパートナーとか。

 あるいは、人が人としてあるための尊厳とか。


 要は、度を超えた理不尽に対する、心からの怒りがあればリミッターは解除されるのだ。

 この「激昂」こそが力を解放する条件なのだ。


「ひぃっ……」


 僕が立ち上がると、教授は小さな悲鳴を上げた。


 ああ、本当にシズカを連れてこなくてよかった。

 僕は今、自分がどんな顔をしてるのかよく分かっている。

 鏡を見なくても、対峙している教授の怯えた顔を見れば大体の想像はつく。


「アンタはそうまでして名医の評判を得たかったのか。こんなことしてフジワラの父さんが喜ぶとでも思ったのか」


 教授は後ずさろうとして、足をもつれさせてその場に尻餅をついた。

 惨めな姿が執務机の向こうに消える。


「ま、待ってください……決して……決して自分の名誉のためにやったことじゃありません」


 真っ青になった教授は、小刻みに震える両手を一杯に伸ばし、必死で僕を止めようとする。

 僕は邪魔になっている机に、右のローキックを入れた。

 100キロはありそうなスチール製の机が、段ボールのようにひしゃげて吹っ飛ぶ。


 我ながら惚れ惚れするパワーだ。

 机の角に当たったというのに、脛は痛くも何ともない。


 見ると、僕の爪先から膝下にかけての部分が、青く輝く金属の装甲に覆われていた。

 開発中という強化装甲ユニットが、完成部分だけ自動転送されたのに違いない。


 転送装置は恒星間ロケットと共にミナモンテスが力を入れてきた得意分野だ。

 僕の体内のどこかに、転送装置の受信機が埋め込まれているのだろう。

 激昂と共にそのスイッチが入り、分子と化した装甲ユニットがビーム転送されてきたのだ。


 脚部装甲をまとっただけでも、全身にもの凄いパワーが漲るのが分かる。

 これで完成したユニットを着装すれば、僕は神の如き力を手に入れることになるのだろう。

 もっとも殺人を犯した後じゃ、宇宙刑事どころか普通刑事の資格すら保っていられないだろうけど。


「誓って、個人の利益は絡んでおりません。全てはあなたのお父上……実のお父上のためにぃ……」


 教授の声が半狂乱に近くなった。


「全てはあなたのお父上、モショート・ミナモンテス様のご無念を晴らし、お家の名誉を回復するために仕方なくぅっ」


 教授が何か重要なことを叫んだようだが、よく意味が分からなかった。


「それと、あなたの母君……エヴァ・グリーン様が、ティラーノに受けた恥辱を雪ぐためにもぉっ……」


 今度の絶叫は嫌でも僕を動揺させた。

 この人間の姿をした悪魔は、どうやら僕の本当の両親のことを知っているらしい。


「……詳しく話してもらおうか」


 僕の怒りが収まったと見るや、教授はヘナヘナとその場に崩れてしまった。                  

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