令嬢誘拐事件5 ~トモエ登場~
カディバ一家から解放された僕だったが、どうすればいいのか途方に暮れていた。
今の僕に頼れるのは自分の体一つだ。
相棒のシズカは捕らわれの身で、手持ちの武器は何一つない。
完全に徒手空拳の状態で、武装警察官が見張る焼け跡からメモリーチップを盗んでこなければならないのだ。
元々の持ち主、すなわち中華マフィアの残党も遠巻きに監視してるだろう。
難易度は相当に高い。
こうなると帰宅にRX9を使い、ベンを本庁に置いてきたのが悔やまれる。
この時間だと、地下駐車場は厳重にロックされている。
いや、ベンなら扉をぶち破ってでも飛んでくるだろう。
そうなると、後の言い訳に困ることになる。
地下3階は押収品の保管所を兼ねており、全方位から監視カメラが見張っているのだ。
僕の愛車がロボットに変形して、自動で駐車場から出ていく。
そんな仰天映像は撮られるわけにはいかないだろう。
「弱ったな」
僕は行くあてもなく、夜のカブキタウンをさまよっていた。
改めて自分の無力を思い知らされ、なんとも情けない気分だ。
都知事の白河法子に泣きつこうにも、今回はそうはいかない。
あの『聖櫃』と呼ばれるメモリーチップは、彼女を失脚させるための証拠なのだから。
あれこれ思案しながら歩いているうちに、件の焼け跡近くに来てしまっていた。
ビル街の一角が完全に崩落しており、付近にはまだ焦げた臭いが漂っている。
現場には数人の制服ポリスが配置され、周囲を隈無く見張っているようだ。
パトカーの回転灯が、制服に重ね着した夜光チョッキを定間隔で赤く光らせている。
見ればまだ若い、卒配されて間もないルーキーばかりだ。
経験はないが、やる気だけは満々という、今の僕にとっては迷惑この上ない連中である。
計画ではコリーン嬢のお色気を目眩ましに使うつもりだったのだが、予定が狂ってしまった。
「さて、どうしようか」
街路樹の陰から焼け跡を見張り、何度目かの溜息をついた時である。
「おにいちゃん……」
いきなり背後から呼び掛けられ、僕の心臓は停止しかけた。
振り返ると、ニンマリ笑ったトモエ01の顔があった。
この街には似つかわしくない、例のゴスロリ衣装のままである。
「おにいちゃんもやっぱり『聖櫃』なの?」
そう言う彼女もまた、マスターの命で聖櫃の回収を目論んでいるのだろう。
「萌ちゃん、驚かさないでくれよ。隊長さんは?」
僕は無意識のうちにナショーカ・キッソ警視正の姿を探していた。
いきなり背後から怒鳴りつけられそうな気がしたのだ。
コリーン嬢のせいか、どうも国際貴族には苦手意識を持たされてしまったようだ。
「ナショーカなら家で寝てるよ。萌に一人でどうにかしてこいって」
トモエは不服そうに頬を膨らませた。
酷いご主人様だな、対するロボ娘の態度もどうかと思うけど。
「そうか、可哀相に」
ちょっと同情した言葉を掛けてあげると、トモエは早くも目をウルウルさせ始めた。
「でしょ? でしょ? アイツったら酷いんだぁ」
トモエは唇を尖らせて恨み節を吐く。
「で、あのポンコツメイドは?」
トモエはようやく僕がシズカを伴っていないことに気付いたらしい。
「いや、僕はちょうど萌ちゃんと逆の立場なんだよね」
僕としては情けない笑みを浮かべるしかなかった。
ややこしくなるので事実だけを語り、詳細は省くことにする。
「なにそれ、ひっどぉ~い。あんなバカロボット捨てちゃいなよ」
トモエは自分のことのように憤慨する。
「そうだ。おにいちゃん、萌と組もうよ」
トモエが目をキラキラさせて魅力的な提案をしてきた。
「けど、聖櫃は一つだけだし。萌ちゃんが怒られちゃうのは嫌だし」
「いいの、萌は。成功しても、ナショーカならどうせ『ふんっ』だけだし」
これは驚いた。
彼女にはマスターを裏切る機能が付いてるんだ。
ご主人様に嘘をつけるAIってのはどういう作りなんだろう。
人間に近づけようとしたあまり、ロボットじゃなくなっているような気もする。
いいのか、ザ・パワー・オブ・ドリームス。
大丈夫なのか、新しい世界を創るポンタの開発部は。
それでも、今の僕にとってはありがたい提案である。
「それじゃあ、お願いしちゃおうかな」
僕の決断で、即席のコンビが結成された。
はからずも、予定されていた特機隊とゼロ機の合同捜査が、形を変えて開始されたのである。
「じゃあ、萌が正面から突っ込むから、おにいちゃんはバックアップに回ってね」
トモエは植え込みの中からM66機関砲を取り出した。
20ミリ弾を毎分1000発の速度で発射するその重火器は、本来ヘリや戦車に搭載する補助兵装である。
トモエは自分の身長とほぼ同じサイズのM66を片手で軽々と取り扱う。
見た目はちっちゃくて可愛いのに、恐ろしいまでのパワーだ。
しかし、頭の方は少し残念な出来らしい。
「ダメダメ、萌ちゃん。それじゃ同士討ちになっちゃうだろ」
見張りに立ってるのは、悪の組織の戦闘員じゃない。
僕たちと同じ、警視庁のポリスなんだ。
しかも、彼らは上司の命令を忠実に守っているに過ぎないのだ。
「あ、そうか。おにいちゃんに責任が掛かってきちゃうか」
君にもだ。
大ざっぱなのも程度の問題だぞ。
「じゃあ、どうするの?」
仕方がないな、作戦は僕が練ろう。
まずは対象の正確な位置が知りたい。
おそらく聖櫃は不安定な半導体メモリじゃなく、磁性を利用した記録媒体だろう。
信頼性に優れた光磁気チップあたりか。
だから、磁気を探れば所在が分かるかもしれない。
磁気の強さから媒体の容量が推測できれば更にいいんだが。
多分、フリーライターがよく使ってる、1ペタバイトくらいの市販品であろう。
事務用の媒体より大容量だから判別は簡単なはずだ。
「そんなの簡単だよ。ちょっと待ってて」
トモエは指向性センサーを働かせて、焼け跡をスキャンしていく。
「候補は9つ。磁気から推定した容量を元に絞り込むと、南東角近くにある対象が一番怪しいかな」
これで聖櫃の位置は割れた。
さて、どうやって接近するかだ。
「萌ちゃん、新宿署生活安全課のデータベースに侵入できるかい?」
そこにはこの店の営業許可をとる際に提出した書類が、デジタル化されて収められている。
その申請書類には、店舗の間取りを記載した平面図が添付されているのだ。
「おやすい御用だよ」
トモエはポシェットから6インチ画面のディスプレイを取り出すと、ケーブルを伸ばして耳の穴に接続する。
画面に文字が浮かび上がり、次々に流れ去っていく。
やがて目的の画面に辿りつき、一階のフロアが線画として描かれた。
どうやらマネージャー室ってのが目的の場所らしい。
「それから、帝都下水道局の施設管理部から付近の配管状況を入手してくれ」
「分かった。地下から攻めるんだね」
ご名答。
2つの図面を合わせると、敷地内に潜入する経路が見えてくる。
「店内の配管図を見てくれ。マネージャー室の近くに太い配水管は通ってないかい?」
「同じ部屋にシャワールームがあるけど、これは細すぎるね」
中を這っていくのだから、いかに僕が細身でもある程度太いパイプでないと。
「裏庭に洗車場があるな。ここならなんとかいけそうだ」
だが、そこは裏通りに近く、警戒中の制服ポリスに気付かれるおそれがある。
崩れ残った壁が視界を妨げてくれるけど、音がどれだけ響くか分からない。
「おにいちゃん、萌に任せときなよ。アイツらバッチリ引きつけとくから」
トモエが貧弱な胸を叩いてウインクする。
「おにいちゃんはそのまま聖櫃を持ってトンズラしていいよ」
いいのかな、マスターを裏切らせたりして。
罪悪感は残るが、背に腹は替えられない。
「よっ……と」
トモエは近くのマンホールに指を掛け、ポリバケツの蓋を開けるように軽々と持ち上げた。
体格も力も女の子並みの僕には到底できない芸当だ。
「それじゃあしっかりね」
トモエはパンと缶コーヒーを入れた籠を持って立ち上がる。
差し入れに来た近所の警察ファンを装って、見張りを引きつけてくれるのだ。
連中がよほどの堅物じゃない限り、しばらくは時間が稼げるだろう。
「悪いね、萌ちゃん」
「そう思ってるのなら、今度こっそり萌とデートしてね」
おやすい御用だ。
ナショーカやシズカはともかく、サトコの監視網をかいくぐるのが難しそうだが。
* * *
それから1時間後のことだ。
なんとか聖櫃の回収に成功した僕だったが、真っ直ぐカディバの所に帰るわけにもいかず繁華街をぶらついていた。
奴らにはコリーン嬢とシズカを人質に取られている。
聖櫃を渡したからといって、すんなり彼女たちを返してくれる保証はない。
ヤクザ者の遣り口など、どこの国でも似たようなものだろうし。
まあ、本格的な工具なしで、連中にシズカをどうにかできるとは思わないけど。
心配なのはコリーン嬢だ。
彼女に何かあれば、この国の存亡に関わる大事に発展するのだから。
いや、それだけではない。
高慢だが意外に可愛らしい一面を持つあの美人を、僕は嫌いじゃなくなり始めていたのだ。
どうしたものかと思案していると、前方からチャラチャラした男が近づいてくるのが見えた。
チャラ男にお似合いの、軽そうな女を何人も連れている。
いかにも軽薄そうなその男は、僕もよく見知った顔であった。
向こうも僕に気付いて声を掛けてきた。
「クローのアニキじゃねぇか? あれっ、アネさんは?」
その男はかつての仇敵で、今は情報屋として協力してくれているヒューガー・イッセーであった。
僕がシズカを伴っていないと知ると、ヒューガーはホッと溜息をついた。
以前、コイツはシズカに殺されかけたから、相当怯えているのだろう。
嫌なタイミングで面倒臭い奴に会ったものだ。
だが、彼の登場は僕にとって、まさに天佑神助だったのだ。




