令嬢誘拐事件3 ~トモエ登場~
「なんですの、これはっ? しみったれていますわ」
最初シャブシャブの肉を見た時、コリーン嬢はその薄さに不快感を示した。
お嬢のことだから、いつも分厚いステーキばかり食べているのだろう。
向こうが透けて見えるようなスライス肉は、あまりにも貧乏くさく思えたのだ。
だが一口食べると、お嬢はたちまちシャブシャブの虜になった。
「貧弱で頼りないのに味わい豊か。それにこの繊細な歯ごたえはどうでしょう」
コリーン嬢は危なっかしい箸使いで、おろしポン酢を絡めた牛肉を何度も口に運ぶ。
取り敢えず、気に入ってもらえたようで何よりだ。
国際貴族のお嬢を怒らせれば、この独身寮など今晩中にでも取り壊されてしまう。
なんとかご機嫌を損ねぬよう、できる限りの努力をしなくてはならない。
無事にお引き取りいただくまでの辛抱だ。
「お代わり…持ってきた……」
シズカがスライス肉を盛った大皿を運んできた。
格好だけは完全にメイドだが、恭しさは全く感じられない。
で、立ち去り際にわざとらしく前屈みになる。
思った通り、この糞メイドはパンティを履いていなかった。
そんな命令など出してもいないのに、ノーパンシャブシャブを演じてやがる。
僕をメイド虐待の趣味を持つ変態野郎に仕立て上げ、お嬢から嫌われるよう仕向けているのだ。
ロボットのくせに姑息な計算しやがって。
だが、シズカの悪巧みも変にズレているお嬢には通用しない。
そう、彼女は天然モノなのだ。
「クロー。何も知らない私にマナー違反をさせて、恥をかかそうとしてますの?」
お嬢は怒ったように立ち上がると、パンティを降ろしにかかる。
だから違いますって。
性悪ロボメイドの嫌がらせだってのに。
「本当にゲストは履いたままでよろしいですの? 後でこっそり笑おうとしてません?」
お嬢は疑り深そうに薄目で睨んできたが、どうにか脱ぐのを思い止まってくれた。
そんなこんなで、おっかなびっくりのお食事会はなんとか終えることができたのだった。
しかし、ラッキーだったのはサトコが留守だったことだ。
教会で大事な行事があるとかで、今日は帰ってこないとのことである。
もし嫉妬深くてハードパンチャーの彼女がいたらどうなっていたことか。
サトコにはティラーノも糞も関係ないだろうし、コリーン嬢も僕の幼馴染みになんら斟酌する義理はない。
2人がケンカをすると決まっていたわけではない。
ただ、そうなれば血の雨が降ることになっていたのは間違いない。
いや、僕が2人掛かりでボコられてた可能性の方が高いか。
「へぇ、クローはあのフジワラ家の出身なのですの」
食後のお茶を飲んでいる時、急に僕の出自の話になった。
フジワラの本家は屈指の国際貴族で、実権はともかく家系の古さではミナモンテスやティラーノの上を行く。
だからコリーン嬢が驚くのも無理はなかった。
「嫡流じゃなく諸派の傍流の分家で、しかも僕は養子なんですけどね」
世間を渡るのに、そんなモノが何の役に立つのか。
僕は自嘲気味に唇を歪めて笑って見せた。
それでも大したものだと、お嬢は感心したように頷いた。
「元の姓はクラマーといいます。孤児として養護施設にいたところを、フジワラの養父に引き取られたんです」
幼い頃のことだから、本当の両親の顔なんか覚えてない。
クラマーというのも神学校の校長の姓であり、僕は自分の本名すら知らないのだ。
どういう経緯で僕を引き取ったのかは知らないが、大学の教授だった養父は本当に良くしてくれた。
義理の兄妹たちだって実の家族同然に接してくれたから、僕は歪むことなく成長することができたのだ。
彼らには幾ら感謝しても足りないほどで、生んでくれた両親以上に感謝している。
だが、その養父も今は他界してしまっている。
悲しいかな僕は親孝行というものをしたくてもできない。
「で、代わりに少しでも社会に尽くそうと、警察官の道を選んだってことですのね?」
コリーン嬢は勝手な解釈で自己完結して何度も頷いた。
「違う……クローは…『ウェスタンポリス』のディーモン団長の…大ファンで……」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホン」
シズカが得意気に僕の秘密を暴露しかけるのを咳払いで押さえ込む。
せっかく感心してくれているんだから勝手にさせとけばいい。
子供のころ好きだった刑事ドラマに影響を受けて、なんてのよりはよっぽど立派じゃないか。
「なら…そうする……」
シズカは不服そうに口をつぐんだ。
僕についてなら誰よりも知ってると、コリーン嬢に自慢したかったのだろう。
「クローも色々と苦労したのですね。いえ、駄洒落ではなくってよ」
そう言うお嬢は何不自由なく成長したんだろうなあ。
家族だって仲がいいみたいだし。
「そりゃあ、ティラーノは血の繋がりを大事にしますもの。身内同士で殺し合うミナモンテスとは違いますわ」
お嬢は誇らしげに胸を張るが、彼らが異常に血縁を重んじるのには理由がある。
それは、ティラーノの出身母体が、シシリーの非合法組織であるゆえなのだ。
「難しい話は…分からない……もう寝る……」
シズカが面白くなさそうに言い切った。
今日は疲れたから、その意見には賛成だ。
寝てしまえばお嬢に煩わされることもなかろう。
で、どうしよう。
サトコの部屋、つか、寮室で唯一のベッドルームには施錠されており、残っているのはこのリビングしかない。
「なら…そう言うこと……2ひく1は1……簡単……」
単純な減算の結果、リビングにマットレスを敷いて川の字になって寝ることになった。
しかし、これって相当にヤバい図式になるのではないか。
僕を真ん中に、絶世の美女2人が添い寝するのだ。
どう考えても寝付く自信はない。
勝手に一人でドキドキしていると、いきなりシズカが飛び掛かってきた。
「おいっ、シズカ。これは何の真似だ?」
僕はシズカに向かって抗議した。
シズカが僕の体を洗濯ロープで縛り上げ始めたのだ。
「クローが間違いを起こせば…国際問題になる……」
「失礼なことをいうなっ」
「小間使いにしてはいい考えですわ」
そう笑っていたコリーン嬢だったが、シズカは彼女にも飛び掛かっていった。
「不埒な真似はお止めなさいっ。あれぇっ」
「あなたは…無理やりクローに…ご褒美をあげかねない…から……」
シズカは訳の分からないことを呟きながら、手際よくお嬢に亀甲縛りを施していく。
そして僕とお嬢をマットに転がすと、真ん中に寝ころんでスリープモードに入ってしまった。
いや、ピアスのLEDが消えているところを見ると、完全に電源を切ってやがる。
こうなるとシズカは朝の7時までは再起動しない。
シズカは僕の命令を無視する正当性を得るため、システムをダウンさせたのだ。
絶対服従のアンドロイドといえど、聞こえない命令には従わなくてもいい。
「やられたな」
僕はロープを解かせるのを諦めると、そっと溜息をついた。
まあ、これはこれで有りなのかもしれない。
後でサトコに知られた時のことを考えると、これ以上の保険はないだろうから。
けど、息をするのも辛いほど厳しく縛られているので寝付けやしない。
暗闇の中でまんじりともできずに黙っていると、僕の名を呼ぶ囁き声が聞こえてきた。
「クロー……クロー、起きていますの?」
僕はお嬢に返事をせず、身じろぎだけで肯定の意を伝えた。
シズカはボイスレコーダーを生かしているだろうし、ヤバいセリフを吐いてしまえば後で大変な目にあう。
浮気の証拠としてサトコに提出でもされたら酷いことになる。
だが彼女が切り出した用件は、僕が期待するようなセクしいものではなかった。
「唐突ですが聞きたいことがあります。クローはあのいけ好かない都知事の何なんですの?」
いきなり答えようのない質問が向けられた。
そんなことを尋ねられても困る。
僕が宮家島レースで優勝したことにより、都知事はティラーノを島から閉め出すことができた。
結果だけを見れば、僕は都知事を助けたことになる。
お嬢が僕たちの関係を勘ぐるのも当然であろう。
「警視庁の上層部は、あの女を嫌っているようですけど。クローもアレとは敵対関係にあると思ってよろしいの?」
僕は警視庁の職員だから、組織の上層部を支持する立場にある。
それに、白河法子がいけ好かなく、油断ならない女だってのも間違いじゃない。
ただ、僕が従うべき上層部の連中は、彼女より更にいけ好かないってのも事実なのだ。
僕はこれまでに二度、上層部の命令を排して、女知事の意向に添った働きをした。
その方が公共の福祉のために役立つと考えたからだ。
決して知事の私兵として動いたわけではない。
僕が沈黙を守っていると、コリーン嬢が後を続けた。
「それを前提にお話ししますが、我々はアレを排除します。あの女は私腹を肥やすため、背任行為を重ねているのです」
我々というのはティラーノグループのことであり、彼らはいよいよ宮家島の復讐に出る決意を固めたのだろう。
しかし、背任行為ってのはなんだ。
「あの女は都の予算を着服して、多額の寄付金をバチカンの教皇庁に送り続けていますの」
「バチカンに?」
「きっと世界政府主席の座を汚れた金で買おうと企んでいるのですわ」
お嬢は語気荒く吐き捨てた。
「えぇ、夢物語なんかではなくって、もちろん確かな証拠もありますのよ」
ということは、都知事は遂にティラーノの政敵になる決心をしたってことか。
相変わらず怖いもの知らずな女だな。
お嬢もお嬢で立派な口をきいているが、何のことはない。
社会正義など関係なく、単に目障りなライバルを蹴落としたいっていうだけのことだろう。
だが、法子知事の背任が事実ならば、僕にも見逃すことはできない。
都の予算ってのは都民が納めた税金であり、都知事のポケットマネーじゃないんだから。
公金に横領は、明らかな犯罪行為なのだ。
これまで良好な関係を築いてきた僕と都知事だが、今日をもって敵対することになるのだろうか。




