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ただ春の夜の夢のごとし  作者: 大舞舵輪
10/129

令嬢誘拐事件2 ~トモエ登場~

 単なる偵察のはずだったパトロールは、いきなりハードな銃撃戦に発展した。

 目的のマッサージ店に着いたまではよかった。

 それが、店の前に若い衆がたむろしており、シズカが連中を張り倒したことから予定が狂ってきたのだ。

「シズカをいかがわしい店に…スカウトした……」

 それがこのトラブルの発端であった。


 運が悪いことに、若い衆は揃ってカテゴリー3の違法サイボーグだった。

 もちろん、運が悪かったのは僕たちじゃなく、チンピラサイボーグたちの方だ。

 許可なくC3以上の改造手術を施した者は、法規上は人間と認められない。

 人間を超越した力と引き替えに、人間としての権利を喪失する。

 つまり、完全に機械として扱われるのだ。

 だからアシモフの三原則に縛られてるシズカも、連中には何の遠慮もなく力を発揮できる。


 確かにシズカは業界が欲しがりそうな美少女だし、風俗嬢になれば人気が出そうに思える。

 このカブキタウンでも売れっ子になれそうだ。


 だが、連中は思い違いをしている。

 彼女はサービス業に就くには、奉仕の精神が致命的に欠落しているのだ。

 それにあまりにも気が短すぎる。

 気に入らないからといって相手を殴り倒していては、店はアッと言う間に潰れてしまうだろう。


「シズカ、やめろ」


 僕は大事になってはかなわないと、シズカをなだめに掛かった。

 なんとなれば、今日は世界のトップレディを同行しているからだ。

 彼女、コリーン・ティラーノに掠り傷一つ負わせただけで、僕は上層部から切腹を言い渡されるだろう。


 そんな僕の心労など理解できるわけもなく、シズカは冷たく燃えている。

 コリーン嬢の出現でやる気をなくしたと思っていたが、どうやら予想とは逆の方向にギアが入ったらしい。


「シズカは不特定多数の男を…相手にすることはない……シズカが接続を許可するのは…唯一…クローのペニ……」

「ワァー、ワァー、ワァー」

 天下の往来で何を言ってるんだ。

 場所柄をわきまえろ。

 いや、実のところ下ネタを口にするのなら、ここは帝都一相応しい街なのだが。


 そんな余計なやりとりをしているうちに、事態は加速度的に悪化していった。

 騒ぎを聞きつけた店の者が、わらわらと玄関先に出てきたのだ。

 ハチの巣を突いたような騒ぎとは、こういう時に使う表現だ。


 などと感心している場合じゃないのは分かってる。

 なにせ、ここのハチときたら毒針の代わりに45口径を撃ち込んでくるのだから。

 僕にとってせめてもの幸運は、コリーン嬢が乗っているRX9に防弾機能が備わっていることだった。

 と安心していたら──。


「なんですの、あなた達はっ。2人を相手にそんな大勢で。恥ずかしくありませんのっ」


 聞き覚えのあるキンキン声が、僕の真後ろから響いてきた。

 振り返ると、お嬢さまが両手を腰に当てて仁王立ちしていた。

 お嬢は車の中にいなきゃダメでしょうが。

 僕にとっちゃ、あなたは動く迷惑に他ならないんだから。


「シニョリーナ、危ないから車の中に」


 僕はコリーン嬢にお隠れ願おうとしたが手遅れだった。

 彼女の甲高い声が中華マフィアどもの癇に障ってしまったのだ。

 言葉は分からなくても、生意気そうな金髪女が自分たちを非難していることくらいは理解できたのであろう。

 彼らはいきなりチョカレフを引き抜くと、僕たちに突き付けてきた。


 そこから先は、もう滅茶苦茶だった。

 コリーン嬢は連中の銃口が自分に向くより早く、左右の太ももに吊していたベビーバレッタをぶっ放していた。

 あまりに素早かったため、抜く手もパンティも見えないほどだった。


 非力な32口径でも、眉間を正確に撃ち抜けば問題ない。

 脳みそを破壊されたC3サイボーグたちは、即座に機能を停止させた。


「ホホホホホッ、『やられる前にやれ。やられたらやり返せ』はティラーノの家訓ですの」


 お嬢は職務権限など一切ないのにもかかわらず、嬉々として2丁拳銃を連射する。


「ああっ、ホントに。もう知らんっ」


 僕はほとんどタックルするように彼女を抱き上げると、RX9の陰に連れ込んだ。

 追いかけてきた弾丸が車体に当たり、ガンガンという音が響く。

 相手がロケット砲でも持ち出してこない限りはこれでひと安心だ。


 しかし、なんて気の短い女なんだ。

 口論からマジ切れするまでに要した時間は、シズカより短かったぞ。


 そのシズカはというと、弾丸をボディに浴びながら首をこちらに向けて突っ立っている。

 僕を見下ろす目が異様に冷たい。


 その時になって気付いたのだが、僕はコリーン嬢にのしかかったまま地面に伏せていたのだ。

 見ようによっては、というか、僕が無理やりお嬢を押し倒し、不埒な行為に及ぼうとしているようにしか見えない。


「うわぁっ」


 殴られる、と思って身をすくめたが、どうも様子が変だ。

 コリーン嬢は怒るどころか、不安そうに目を逸らしてあらぬ方向を見ている。

 怒りのあまり興奮しているのか、頬や目の縁が真っ赤だ。

 そしてとうとう、あらぬことを口走り始めた。


「さ、さっさと犯しなさい。どうせ最初からこれが目的だったのでしょう?」


 はぁっ?

 何を言ってるのかさっぱり分からない。

 ひょっとして頭でも打ったのか?


「些細な手柄を恩に着せて、浅ましくも法外な褒美を欲しがるなんて。いいから、さっさと犯しなさいっ」


 こりゃダメだ、よほど打ち所が悪かったらしい。

 僕は褒美なぞ欲しがっていないし、そんなものを頂戴する謂われもない。

 そう言えば前のレースの時、ベンに殺されかかった彼女を救ってあげたことはあったが。

 確かお礼はもう言ってもらったし、だいいち僕は今の今までそんなこと忘れていたのだ。


 それでいて「褒美」とか「犯しなさい」は常軌を逸していて訳が分からない。

 僕は助けを求めるようにシズカを見た。


 シズカは無表情のまま僕を見詰めていたが、やがて首を動かして正面に向き直った。

 そして右手を前に突き出すと、速射破壊銃をメチャクチャにぶっ放し始めた。

 突っ込こんできた中華マフィアの連中が、ボーリングのピンみたいにバタバタと倒れる。


 うわっ、いつになく問答無用だ。

 続いてシズカは片膝を地面に着けると、ビルに向けて超小型迫撃砲をぶっ放した。

 ニーモーターの直撃を喰らった玄関が粉々に吹っ飛ぶ。

 シズカはそれに飽きたらず、今度は左手に仕込んだプラズマキャノン砲まで撃ち込んだ。

 これにはたまらず、ビル自体が爆発を起こして完全に崩落した。


 手入れどころか内定すらまだだったのに、これで捜査は終了してしまった。


                               * * *


「バッカもんっ。なんてことをしてくれたんだ、貴様らはっ」


 帰隊した僕とシズカは、隊長補佐からこっぴどく叱られた。

 町中で局地戦レベルの戦闘をやらかせば、補佐でなくても怒りたくなるだろう。

 上層部に弁明するのは補佐の仕事だし。

 しかし彼が怒っている理由はそんなことではなかったのだ。


「あのマッサージ店は中華マフィアのアジトで、午後からロボット不法就労の容疑でガサ入れする予定だったんだ」


 そういえば、機動隊と合同で立ち入り捜査を行うとか言ってたっけ。

 コリーン嬢を僕に押し付けるための、その場逃れの嘘っぱちかと思っていたけど。


「お前らは、我々とゼロ機がこれまで積み上げてきた努力を水の泡にしてしまったんだぞ」


 分かってるのかと補佐が怒鳴った。

 それならそうと最初から教えてくれてたら、あんな店なんかに近づきもしなかったのに。


「待機してもらってるゼロ機の諸君に、どんな顔をして詫びればいいのかね」


 どうやら本音が出たようだ。

 出世のために保身を図る補佐は監督責任を放棄して、失点の全てを僕に押し付けようとしているのだ。

 いいさ、頭を下げるのは怒られるのと同じくらい慣れているから。

 たかが機動隊の一個大隊、90人に詫びるくらいは造作もないことだ。

 僕がゼロ機の待機場所を尋ねようと口を開きかけたその時、背後から思ってもいなかった支援射撃が入った。


「ほぅ、では警部はクロード主任が反撃しなければよかったとおっしゃいますの?」


 ソファに座っていたコリーン嬢が割り込みをかけると、間髪入れず補佐が気を付けの姿勢をとった。


「クロード主任の活躍がなければ、真っ先に撃たれていたのは私なのですよ」


 コリーン嬢はゆっくりと立ち上がると、補佐のデスクに近づいてきた。


「えぇっ?」


 補佐は可哀相なくらい狼狽え、目を激しく泳がせる。


「それとも、なんですのっ。私が撃たれていればよかったとでもお思いですのっ?」


 コリーン嬢に睨み付けられ、補佐はガバッと絨毯に這いつくばった。

 やっすい土下座だ。

 まあ、本当に彼女が撃たれていたなら、補佐の首くらいじゃ収拾がつかなくなるところだ。


「本来ならば1階級特進ものの大手柄ですのに。言うに事欠いて、1人で詫びてこいとはどういう了見ですかっ?」

「平にぃっ、平にお許しをっ」


 補佐は額を床に擦りつけて詫びると、慈悲にすがるように上目遣いでコリーン嬢を見る。

 あの角度からだとパンティは丸見えになっているに違いない。

 さすがはセクハラ親父、老獪なテクニックだ。


「まぁまぁ、知らなかったとはいえ、僕たちがやっちゃったのは事実ですし。挨拶くらいしておくのが筋ですから」


 頃合いを見て、僕は補佐に助け船を出してやった。


「補佐、ゼロ機はどこで待機してるんですか?」


 それを聞くと、補佐は勢い余って僕にまで土下座してきた。


「すまんっ、助かる。隊長以下、地下2階の第3駐車場で待機中だ」


 これで一個貸しができた。



 なんて風に男気を見せた僕だったが、エレベーターで地下に降りていくうちに憂鬱になってきた。

 機動隊の隊長ってのは警視だから、階級で言えば僕より3つも上だ。

 補佐よりも一段高いところから落ちてくる雷は、威力もさぞかし強烈だろう。


「よろしいですわ。先様と揉めるようなことになれば、私が弁護してあげましてよ」


 コリーン嬢が腕組みしたまま不敵に笑った。

 丁重にお断りしたにも関わらず、お嬢は無理やりついてきたのだ。

 僕が不当な扱いを受ければ、即座に助け船を出すとか言って。

 もっとも話し合いで解決する気なんかハナからなさそうだけど。


 いい気なもんだ。

 お嬢の存在こそが僕を憂鬱にしている一因だってのに。

 女性、しかも美人の前で他人から叱られるのは嫌なものなのだ。

 たとえ、それが自分のカノジョじゃなくてもだ。


 そんなことなどお構いなしに、空気詠み人知らずなコリーン嬢はゼロ機の隊長をぶん殴る気でいる。

 やっちまった張本人のシズカが、「我関せず」と涼しい顔をしているのと好対照だ。


 ああもう、こうなったら僕の怒られっぷりをとくと拝見させてやろう。

 こちとら伊達に特機隊の末席をやってるんじゃない。


 と、勢い込んで地下駐車場へと降り立ったのだが、予想を裏切る事態に呆然とすることになった。

 騒がしい混雑ぶりを想像していたのに、駐車場はしんと静まりかえっていたのである。


 機動隊ってのは若手巡査の集団だから、さぞ賑やかなものだろうと思っていたが。

 よほど統制が取れた部隊なのかと感心しかけたが、それも違っていた。

 なんと機動隊の装甲輸送車は見当たらず、駐車場はもぬけの殻だったのだ。

 場所を間違えたのかと思ったが、ここは第3駐車場に間違いない。


「ゼロ機のみんな、怒って帰っちゃったのかな? ハハッ」


 振り返ると、コリーン嬢が不服そうに眉を顰めていた。

 ゴロツキじゃあるまいし、暴れりゃいいってもんじゃないでしょうに。

 取り敢えずラッキーだと、ガッツポーズを取ろうとした時だった。


「貴様か? 我々の努力をふいにしてくれたバカというのは」


 背後から急に話し掛けられた僕は、アッパーカットを途中で止めたような間抜けなポーズで固まった。

 甘かった。

 やっぱり、まだいらしたのですね。


 ゆっくり振り返ると、柱の横に紺色の出動服を着た男が立っていた。

 20代半ばに見える若い男で、よく言えばワイルド系、悪く言えば粗野な感じがするが、わりとイイ男だ。

 左胸を見ると、見たこともない階級章が着いている。

 何だと思ってよく見ると、それはとんでもない代物だった。


「けっ、警視正ぇっ?」


 状況からして、この男が第0機動隊の隊長だということは推察できる。

 普通、機動隊の隊長は警視なのだが、ゼロ機の隊長はその一つ上の警視正だったんだ。


 けど、どういうことだろう。

 この隊長様は見たところ25、6歳に見えるが、仮にキャリア組だとしても警視正になるのは40手前のはずだ。

 いったいどういうご身分のお方なんだとビビッていると、その隊長が口を開いた。


「全く余計なことを。せっかく秘密裏に捜査していたのに、貴様らのせいで事件を新宿署に持っていかれてしまった」


 隊長様は不機嫌そうに吐き捨てた。

 眉間に刻まれた皺の深さから察するに、かなりお怒りのようだ。


 所轄署に秘密で、本庁が独自に捜査を進めるのはよくあることである。

 今回の「中華マフィアによるサイバー規制法違反事件」も完全に隠密捜査だったのだろう。

 それが僕たちのせいで別件、すなわち僕たちに対する殺人未遂事件として、新宿署の捜査が始まってしまった。


 崩壊したあの店も捜査のため掘り起こすとかで、同署の厳重な監視下に置かれている。

 お陰で同じ警視庁職員といえども近づくことさえできない。

 縄張り争いも、こうなればマフィアやヤクザ並みだ。

 そのヤクザ理論で考えるなら、メンツを傷つけられた隊長様が怒り狂うのも無理はない。


「あそこが不穏分子のアジトだと嗅ぎつけるのに、我々がどれだけの時間と予算を費やしたと思っている」


「クローは45秒で…目標を定めた……使ったのはコーヒー代…3クレジットだけ……」


 シズカは混ぜっ返すつもりもなく、事実をありのまま述べただけだったが、それが隊長の逆鱗に触れた。


「黙れっ。自動人形の分際で、俺を侮辱すると許さんぞ」


 怒鳴りつけられたシズカはムスッとしかめっ面になったが、階級制度に異を唱えることはしなかった。

 シズカが黙ると、またも怒りの矛先が僕に向かってきた。


「さすがはグループの恥さらしだな、えぇっ? 少しは立場をわきまえるがいい」


 僕は大人しく怒られようとしているのに、シズカのせいでとんだとばっちりだ。

 それにしても警察組織全体の恥とは少々スケールがオーバーな気がする。

 もう少し控え目に、せめて警視庁、いや、特機隊の恥くらいにしてもらいたい。

 当時、事情を何も知らなかった僕は、彼の嫌味をその程度のものだと思っていた。


「そんなロボットをはべらかせているから調子に乗るんだ。いい気になるな、人形遣いは貴様だけの専売特許じゃないぞ」


 隊長はそう吐き捨てると、指をパチンと鳴らした。


「萌っ」


 呼び掛けに応じて柱の陰から何者かが現れた。

 気配すら感じなかったが、先程からずっとそこに潜んでいたらしい。


「あっ」


 小柄な影が照明の下に出てきた瞬間、僕は驚きを隠せず声に出してしまった。

 それは忘れもしない、今朝ドラッグストアで会ったばかりのゴスロリ少女だったのだ。


「お兄ちゃん」


 向こうも僕に気付いて顔をほころばせる。

 なんと、この娘がバトロイドだというのか。

 見た目も動きにも機械臭い部分がなく、言われるまでロボットだと気付かなかったほどだ。


 なるほど、死人メイクとはよく考えたものだ。

 死人を装うなんてのは、生者にのみ許された座興なのだから。

 彼女がわずかに残した不自然さをカバーするのに、これ以上のカモフラージュはあるまい。


「AMトモエ01型、ポンタ技研製の最新型バトロイドだ。貴様が使ってる型落ちの中古品とは物が違うぞ」


 ゼロ機の隊長はふんぞり返って偉ぶってみせた。

 それに合わせてゴスロリ少女も貧弱な胸を反らせる。

 シズカは今朝の一件を思い出してるのか、トモエをウザそうに睨み付けている。

 それにトモエも気付き、バトロイド同士の睨み合いが始まる。

 見えない火花がバチバチと散った。


「なに、この中古の量産型」


 トモエはそう言いながら伸び上がり、頭頂部をシズカのおでこにぶつけた。

 鈍い音がしてシズカの首がありえない角度に曲がる。


「どこのジャンク屋から逃げ出してきたの?」


 キャハキャハ笑ってるトモエに、シズカが逆襲の頭突きを振り下ろす。

 嫌な音を立て、トモエの顔があらぬ方向へ角度を変えた。

 軽くぶつけあってるように見えるけど、衝撃を測る単位は“トン”が適切なんだろうなあ。


「先行試作機が量産型より高性能なんて…アニメに毒されたオタクの妄言……愚かなお子様には…お似合いだけど……」


 マシンというものは試作、増加試作、先行量産と段階を踏んで熟成進化していく。

 そして、いざ量産態勢に入るって時には、全ての不具合が解消されているのだ。

 だからシズカの言うとおり、決して量産機が試作機に劣るようなことはないのである。


 しかし、それは同機種間における比較の話なんだ。

 クラシック戦闘機を例えにすると、F6Fの最終量産型とF14の試作機では勝負にすらなるまい。


 ところで、90人以上いるはずの他の隊員たちは、一向に姿を見せないのだが。

 まさかと思ったら、やっぱりそのまさかであった。


「お前のロボットを大人しくさせておけ。萌は武装機動隊一個大隊以上の働きを、たった1人でこなすのだからな」


 隊長が優越感タップリに鼻で笑った。

 つまりゼロ機というのは、警視正の隊長とゴスロリ美少女の二人っきりの部隊ってことか。


「お兄ちゃん可哀相だね。そんなバカと組んだばっかりに失敗しちゃって」


 トモエが軽蔑しきったような目をシズカに向ける。

 対するシズカの排気温が急激に上がっていくのが分かった。


「萌ならもっと上手くやるし、大事な聖櫃が置いてある場所を爆破したりしないよ」


 なんだって?

 あの店にはなんかお宝グッズでも眠っていたってのか?

 それを質そうと身を乗り出したところで、背後から「待った」が掛かった。


「もうその辺でよろしいでしょう。双方ともお引きなさい」


 割り込んできたのは、僕を弁護するために同行してきたコリーン嬢である。

 お嬢の顔を見ると同時に、隊長の顔色が劇的に変化した。


「貴様……コリーン・ティラーノ?」


 隊長の顔に浮かんだ驚愕が、見る見るうちに怒気へと変貌していく。

 その苦虫をかみ潰したような顔が、どういうわけか僕に向けられた。


「おい、これは何の冗談だ。お前がどうしてこの女と一緒にいる?」


 先ほどのシズカに続き、今度はコリーン嬢に対する怒りが僕へと向けられたのか。

 避雷針じゃあるまいし、どうして僕にだけ雷が落ちてくるんだ。


「何故って、補佐の命令で。その……」


 僕がコリーン嬢と一緒にいることで、隊長に何の不利益が生じるというのか。

 彼がお怒りになってる理由がまったく分からない。


「クロード主任は、上司から私の専属ボディーガードを命じられていますの」


 僕が戸惑っていると、コリーン嬢が後を引き継いだ。


「お久しぶりね、ナショーカ。相変わらずの山猿ぶり、とっても滑稽だわ」


 どういうわけか、コリーン嬢とゼロ機の隊長は旧知の仲らしい。

 でも、見たところあまり友好的な間柄ではなさそうだ。


「ナショーカ・ミナモンテス。そうそう、今は分家してキッソ家の当主でしたわね?」


 なんと、隊長はミナモンテス家の一員なのだ。


 ミナモンテスは没落したとはいえ、かつて世界の政治経済を牛耳っていた国際貴族の雄である。

 それならば、彼の人を人とも思わない傲慢な物腰も頷ける。

 そして彼がコリーン嬢と険悪なムードを漂わせているわけも理解できた。

 ミナモンテスにとって、ティラーノは不倶戴天の宿敵なのだ。


 ところで、ナショーカといえば、たしか先代当主の甥に当たる大物だ。

 数年前のことだけど、旅客機の墜落事故で瀕死の重傷を負ったとか、ニュースで見た覚えがある。

 この元気そうな様子を見ると、全身サイボーグ手術を受けて、現世に蘇ってきたのだろう。

 おそらくは、本人の意思とは関係なく。

 ミナモンテスの嫡男、モトリオが失脚した今では、お家再興を望む一族郎党にとって彼こそが頼みの綱らしいから。


 そんな大物が僕と同じ警視庁の職員になっていたとは知らなかった。

 取り敢えず、治安方面から帝都の実権を掌握しようという腹なのか。

 それにしても、この若さで警視正にまで昇るのには、さぞかし功績を挙げ続けたのだろう。


 能力あってのことだろうが、モチベーションの高さには頭が下がる。

 おそらく、執念の源はティラーノに対する恨みだろう。

 それはコリーン嬢を睨んでいる彼の目を見れば一目瞭然だ。


 隊長は怒りのあまり唇を振るわせていたが、どうにか冷静さを取り戻した。


「萌っ、行くぞ」


 ナショーカ・キッソ隊長はパートナーの名を呼ぶと、サッと踵を返して立ち去っていく。

 ゴスロリ少女は慌ててその後を追おうとして、もう一度僕の方を振り返った。


「どうしてもう少し待っててくれなかったの。萌、本当はお兄ちゃんちの子になるはずだったんだよ」


 萌は小声でそう言うと、パタパタ足音を立てて隊長の背中を追った。


 そういえばロボコップ計画が立ち上がった時、僕のパートナーは最新の国産マシンになる予定だと聞いていた。

 それが予算と時間の都合でハルトマン社製のバトロイドに変更されたのだ。


 今思うと、特機隊が獲得しようとしていたのは、ポンタの最新鋭バトロイド、つまりあのトモエだったのだろう。

 開発のタイミングが少し違っていれば、僕はシズカではなく、トモエとチームを組んでいたのだ。


 もし、あのゴスロリ美少女がパートナーになっていたなら、今とどれだけ違った状況になっていただろう。

 色んな妄想が脳裏を掠めた。


 ふと我に返ると、シズカが僕を見詰めているのに気付いた。

 ダンボールに入れられた捨て犬のような──その何とも言えぬ悲しそうな目は、しばらく忘れられそうになかった。


「あのさ、シズカ。間違ってもゴスロリファッションだけはしないでくれよ。あんな陰気くさいのは趣味じゃないから」


 僕がそう言うと、シズカはこれまで見せたことのないような満面の笑みを浮かべた。

 いつの間にか、こんな表情もできるようになったんだ。


「分かってる……クローのロリコンは…真性じゃない……ロリ漫画が好きなだけ…だから……」


 だから秘蔵コレクションの話はよせってあれほど言ってるのに。

 しかも、今はコリーン嬢の前なんだぞ。


「えぇっ、クロード主任はロリコンなんですの?」


 ほら、事情を知らないお嬢が露骨に顔をしかめているじゃないか。


「けど……仮性だから…直る……」


 そう言う問題じゃないだろ。

 っていうか、そこは否定してくれよ。


 バカなことを言い合っているうちに、午後5時45分の終業時間がやってきた。

 今日が日勤で本当に助かった。

 これが当番日なら、24時間も地獄が続くところだった。


 せわしない一日だったが、これでようやくお嬢のお供からも解放される。

 命の危険すら感じたお役目だったが、どうにか無事に果たせたようだ。

 さて、今日は残業するような仕事もないし、このまま我が家に帰るとするか。


「それじゃあシニョリーナ、僕たちはこれで。帝都の夜をお楽しみ下さい」


 解放感に浮かれた僕は、別れの挨拶として恭しく一礼してみせた。

 ところが──。


「何をおふざけになってますの? あなたは私の専属ボディーガードでしょうに」


 お嬢は額に青筋を浮き立たせた不機嫌顔になっている。


「大事な警護対象を放っておいて、いったいどちらへいらっしゃるおつもりなの」


 ピシャリと決め付けられ、僕は直立不動の姿勢をとっていた。

 そんなぁ、このお役目は勤務時間内限定じゃなかったのですか。


「うるさいですわ。公僕たるあなたには、勤務時間の内も外も関係ありませんの」


 それじゃ、公僕じゃなくて下僕だよ。


「ではこちらも譲歩して、勤務時間外は双方の上下関係を幾分緩和してあげることにしましょう」


 上下関係って、そもそもシニョリーナは僕の上司じゃないでしょう。


「クロード主任は心中でツッコミを入れる時、私のことを何て呼称してますの?」

「そんな。ツッコミなど入れません」


 僕は慌てて否定したが、心中を見透かすような冷ややかな目で見られてしまった。


「えぇっと、高貴なるコリーンさま」

「嘘おっしゃい」


「ティラーノの姫さま」

「いいえ、それも嘘」


「……デコ娘」

「あなたには聞いていませんっ」


 要らぬことを言ったシズカが、こっぴどく怒鳴りつけられる。


「さあ、怒りませんから正直に教えなさい」


 いや、たった今、目の前で怒ったばっかりだし。

 けど、言わなくても怒るだろうから、とにかく信じてみるか。


「とことん軽く、単に『お嬢』です。申し訳ありません」

「お嬢? 馴れ馴れしいけど、堅苦しくないだけマシですわ。よろしくってよ、オフに限ってはそうお呼びなさい」


 確かにフレンドリーなんだけど、こういうのは本人から強制されるもんじゃないだろうに。

 むしろ、もっと堅苦しくしてもらっていいから、オフにはちゃんと解放して欲しい。


 都知事にしてもそうだが、僕の回りには正当な権限もないのに無茶な命令を下す女が多すぎる。

 といって、それに逆らえない僕はどうしょうもなく情けないんだが。


「で、どうしましょう。ホテルに帰るのならお送りしますが」


 僕はふて腐れたように運転手役を買って出た。

 それがいい。

 さっさとホテルに送り届ければ、後はロビーでゆっくりできる。

 上手く行けば、そのままバックレてしまえるかもしれない。


「ホテルは取ってませんの。兄に代わっての急な視察だったもので」


 なら帝都でも有数の三つ星ホテル『ロックハラー』に連絡を入れよう。

 あそこはティラーノグループ傘下のホテルだから、予約してなくても問題ないだろう。


「ホテルなどどこの国でも似たり寄ったりで飽きましたわ」


 お嬢が気怠そうに呟いた。

 何を贅沢なことをサラッと言ってくれるのか。

 僕ら庶民には『ロックハラー』で最下等の部屋だって高嶺の花なんだぞ。

 そんな僕の憤慨など気にも止めず、我が儘なお嬢はとんでもない提案を申し出てきた。


「この国の庶民の暮らしにも興味があることですし。そうですわ、クローの家に行ってみましょう」


 待ってくれ、警視庁の独身寮なんてお嬢が来るようなところじゃないぞ。

 6畳の居間と寝室があるだけで、何の面白味もないんだから。

 しかも、いつの間にか呼び方が“クロー”になってるし。

 これにはシズカも敏感に反応して、不愉快そうに眉を顰めていた。


 なんとかお嬢の来訪を阻止しようと、僕はそれこそ考えつく限りの言い訳を弄した。

 防犯上の理由から、いもしない害虫の存在まで。

 だが、僕の言い訳も我が儘の権化には通用しなかった。


 こうなったらできるだけ粗相のないようにしなければならない。

 お嬢を怒らせて寮が取り潰されるようなことにでもなれば、僕は他の寮生たちに殺されてしまう。


 とにかくサービスしなくてはならないが、お嬢が普段どういったものを食べているのか想像もつかない。

 取り敢えず肉なら間違いないだろうから、ここは異国情緒を取り入れてシャブシャブでも用意しよう。


「了解した……帰りにスーパーに寄る……」


 ことの重大さを理解してくれたのか、シズカは怒りを収めて協力を申し出た。

 いいぞ、分かってきたじゃないか。


「で…やっぱり……パンティは…脱ぐの……?」


 ん、なんのことだ?


「シャブシャブを給仕する時には……パンティを…履いてはいけないと…いつも……」


 待てっ、僕がいつそんなセクハラまがいの命令を出したんだ。

 オッサンじゃあるまし、何が悲しくてノーパンシャブシャブなんてしなきゃならんのだ。

 しかもなんだ、その悲しそうな半泣きの表情は。


 こいつ、僕にメイドを虐待する暴君を演じさせ、コリーン嬢に嫌われるよう仕向けてやがるな。

 いったいどこでこんな悪知恵を身に付けてきたんだ、君は。

 気が付くと、お嬢の表情が刺々しくなっていた。


 でも、様子が少しおかしい。


「わ、私も脱がなければなりませんの? けど郷に入れば郷に従え。それがマナーなら従いましょう」


 頼むから従わないでくれっ。

 絶対に後で国際問題に発展するから。


 ああ、実はこの女も天然モノかっ。

 下手をするとこれは戦争の引き金になりかねないぞ。

 この女が帝都にやって来たのは、僕に仕返しするためだとは分かっていたが。

 確かにこれ以上の嫌がらせはない。


 乳児に核ミサイルの発射ボタンを使って遊ばせるような緊張感の中で、僕は走って逃げ出したい気分になっていた。

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