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ただ春の夜の夢のごとし  作者: 大舞舵輪
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サイバーギャング事件1 ~シズカ登場~


 桜の開花も間近という初春の朝、僕は目覚ましのアラーム音に叩き起こされた。

 布団を被ったまま手を伸ばし、目覚ましのてっぺんを探る。

 何度かしくじった後にようやくボタンを探り当て、覚醒中枢に直接訴えかける電子音が止んだ。

 そのまま再び暗闇の世界に落ちていきそうになるが、立場上そういうわけにもいかず、強固な意志で布団をはね除ける。

 ここが社会人の辛いところであり、大学生とは負わされた責任の重さが違うのだ。


 大学生と言えば昔から暇人の代名詞だったらしいが、それはこの22世紀の科学文明時代でも変わりはない。

 彼らと同年代で社会人をやっている身からすると何とも羨ましい限りだが、これも自分で選んだ道である。

 しかも子供の頃から憧れていた仕事に就けたのだから、文句を言っては罰が当たるってものだ。


「うぅ~んん」


 僕は眠気を完全に払おうと、寝転がったまま大きく背伸びをした。


                               * * *


 時に西暦2117年、世は科学文明真っ盛りの超ハイテク時代に突入していた。

 人々は科学の力に保障された、幸せの極致を謳歌している。

 僕、クロード・フジワラもその内の一人だ。

 ところで、このフジワラという姓は養子に行ってから名乗るようになったもので、僕は本当の姓を知らない。

 姓どころか実の両親の顔も知らず、物心ついたときには孤児としてクラマー神学校の養護施設にいたのだ。


 フジワラの養父に引き取られたのは、僕が小学四年生のときだった。

 医大の教授だった養父、デビット・フジワラには3人の兄妹がいた。

 養父も兄妹も善良な人間で、養子に入ったその日から本当の家族同然に接してくれた。

 お陰で僕は僻み根性とは無縁に、真っ直ぐ育つことができたのだった。

 養父を始めとするフジワラ家のみんなには、心底から感謝している。

 その大恩ある養父も、今はこの世にいない。

 僕が高校三年生になった春、不慮の事故により他界してしまったのだ。


 2人の兄は、高校を卒業する僕に大学へ進学するよう熱心に勧めた。

 だが、僕は上京して警視庁に奉職する道を選択した。

 決して養家に遠慮したのではなく、一日も早く自立して、自分の可能性を追求したかったからだ。

 などとカッコつけつつ、実はテレビドラマ「ウェスタンポリス」のディーモン団長に憧れていただけだってのは、けっして他人に知られてはならない秘密だ。


 不安一杯の上京だったが、警察学校は全寮制なので何とかやっていけた。

 警察学校を卒業した後は署の独身寮で一人暮らしすることになったが、それでも普通に生活するのに不便は感じなかった。

 何と言っても、現代は科学の力に支えられた文明社会なのだから。

 大概のことはボタン一発、若しくは音声入力の一声で済ませてしまえるのだ。

 現代の科学、万々歳である。


 だが、科学のもたらす恩恵は市民生活だけでなく、犯罪の分野にも平等に施されることになった。

 一見して平和に見えるこの帝都にも、科学技術を悪用する不届き者が溢れている。

 華やかな市街も一歩裏へ回ると、自らをサイボーグ化した凶悪犯や、悪人に操られたロボット兵器が跳梁跋扈している。

 犯罪の世界もハイテクに裏付けされた新時代を迎えたのであった。


 仕事帰りにふと立ち寄ったコンビニで僕が遭遇したのも、そんなハイテク犯罪者の一団である。

 当時、所轄署の新任巡査だった僕は、よせばいいのに丸腰でコンビニ強盗団に立ち向かった。

 大学への道を捨ててまで、憧れていた警察官になった僕である。

 正義感が強いのは生まれつきだが、それも程度の問題であろうと今では反省している。

 運の悪いことに、ただの小僧に見えた強盗は、カテゴリー3に分類される強力なサイボーグだったのだ。


 おまけに、僕は女の子と間違われるほど貧弱な体格をしている。

 警察学校に入校した際も、案内役の係員に誤って新任婦警の教場に連れて行かれたくらいだ。

 やたらと女子の多いクラスだとほくそ笑んでいたが、支給された制服がスカートだったことでようやく事態が飲み込めた。

 ロン毛が流行りで、男子が普通に髪を伸ばしている世相も不幸の元凶だったが、流石にこれには落ち込んだ。

 どおりで、案内してくれた中年の係員が不必要なまでににこやかで、重いボストンバッグを運んでくれた訳だ。

 ちなみに、このオッサンには在学中、今度は不必要なまでに厳しく指導されることになった。


 そんな僕だから、自慢じゃないが腕力も女の子並みしかない。

 柔術とかの格闘技の授業でも、同期生たちはひ弱な僕とスパーリングをやりたがった。

 非力な僕はアッという間に畳に押し倒され、数十秒もの間がっちりと組み敷かれるのだ。

 僕みたいな弱者を相手にしても、やはり勝負に勝てば気持ちがいいものなのだろうか。

 彼らは一様にニヤニヤと嬉しそうに笑っていた。

 男なら自分より強い相手に挑み掛かり、勝てないまでも必死で食い下がるべきではないのか。

 なんて志の低い連中だと、こっそり蔑んでやったものだ。


 このように非力な僕が、サイボーグを相手にして勝てる道理などなかったのである。

 当然のように返り討ちでぶっ飛ばされた僕は、22口径の高速弾を雨霰と撃ちかけられ、文字どおりハチの巣にされた。

 激痛と衝撃に打ちのめされる僕――その脳裏をよぎったのは、「結果を恐れぬ行動力」という警察官募集のキャッチフレーズだった。



 こうして、僅か19年弱という僕の短い人生は一度終わりを告げた。

 勤務時間外のことであり、本来ならば全くの無駄死にになるところだった。

 それが、非番の巡査が身を挺して市民を守ろうとしたことがマスコミ受けした辺りから、状況が少し違ってきた。

 相次ぐ職員の不祥事に頭を痛めていた警視庁の首脳部は、これを美談として大いに利用することにしたのだ。

 アニメの主人公みたく『帝都の若き英雄』なんて通り名を贈られ、僕は警神に奉られた。

 そして、特別に殉職扱いとされ、警部補の階級を与えて貰ったのだった。


 18歳で警部補は、国家一種採用者より早い異例の出世である。

 なにせ同い年でキャリア組になる連中は、まだ大学で勉強に勤しんでいるのだから。

 でも、いくら出世させて貰っても、死んだ後では意味がない。

 たとえ一生ヒラ巡査のままでも、生きている方がいいに決まってるじゃないか。


 話が複雑な方向に進んでいくのはここからであった。

 全ては、かつて僕の養父の助手をしていた男が教授に昇進しており、彼が当代きっての生化学の権威であったことに端を発する。

 特に再生医療についての研究は、世界の最先端を行くものだった。


 その教授は神をも恐れぬ所業に出た。

 科学の力を使って、死んだ僕を生き返らせようとしたのだ。

 それが助手時代に養父から受けた恩を返す、最善の道だと考えたらしい。


 教授は僕の細胞から損傷した内臓や筋骨の複製品を作り、それを根気よく順次移植していった。

 元々自分の細胞で作られた臓器だから、拒否反応もなく適合したのは当たり前だ。

 脳をやられていなかったことが幸いし、僕は死んでから僅か3ヶ月後にはこの世に生き返った。

 異世界に転生はできなかったが、見事警視庁に復職を果たしたのだった。


 今さらなんだと首脳部は困ったらしいが、どうすることもできなかった。

 何と言っても、僕は褒められこそすれ、解雇されるような悪さをしていないのだから。

 それに彼らは自分で作った『英雄』を、今さら潰すことはできなかったのだった。


 首脳部は「生者に二階級特進なし」として僕の階級を一つ降格したが、それでも巡査部長である。

 試験も受けずに昇任したのだから、儲けものであると言っていいだろう。

 その上、希望する部署に配置すると確約もしてくれたのだから、降格されたくらいで不平は言うまい。



 晴れて警視庁に戻った僕が、新しい配置先として選んだのは「特殊機動捜査隊」だった。

 特機隊は刑事部ハイテク犯罪課に属する執行隊で、取り扱うのはロボットやサイボーグが引き起こす凶悪犯罪である。

 警視庁でも優秀な人材と強力な装備を最優先で集めた、いわゆる花形部署とされている。


 初任科の成績は上位一桁台、体力検定はAAA、射撃や格闘技も上級以上といった選り抜きの精鋭を揃えた、いわゆるエリート部隊だ。

 泣く子も黙る特機隊が歩けば、階級が一つ二つ上の者が道を譲るとまで言われている。

 先に話したような特殊な事情がなければ、僕のような人間には縁がない部署だったろう。


 そんな特機隊は機械の獣に対抗すべく、日夜全力を尽くしている。

 それでも人間は余りにも非力な存在でしかなかった。

 やはり人間の力でマシンに対抗するには限界があったのだ。


 損耗率の余りの高さに頭を痛めた都議会は、事態を打開して治安を回復するよう警視庁に圧力を掛けてきた。

 このままだと警察官のなり手がいなくなるし、遺族年金の財源だって限りがある。

 それに都知事の白河法子は、再選の掛かった選挙が近いこともあって必死であった。


「簡単なことじゃないの。ハムラビ法典を出すまでもなく、目には目を、歯には歯をよ」


 知事は再三に渡って警視総監を脅したという。

 度重なる恫喝に屈した上層部は、遂に禁断の扉を開くことにした。

 現場の猛反対を押し切って、警察用戦闘ロボットの採用を決めたのだった。


 その第1号が、今日うちの隊にやって来ることになっている。

 どんなロボットが配置されるのか知らないが、隊員たちはこぞってシカトを決め込むつもりだ。

 エリート部隊のプライドを傷つけられることになるのだから、その気持ちは分からなくもない。


 と言うわけで、そのロボコップの相棒に選ばれたのは、一番下っ端の僕であった。

 巡査部長といっても、特機隊のような執行隊では事実上のヒラである。

 まして実戦経験の少ない僕には拒否権なんかありはしない。

 直属の上司たる隊長補佐の言葉は辛辣だった。


「なに、小娘の言いなりになったふりをして、ご機嫌だけ取ってりゃいいんだ」


 小娘とは、史上最年少で都のトップに登り詰めた白河法子都知事のことだ。

 20代半ばという若い女知事は、警視庁上層部から嫌われている。

 保守派のオッサンとは違って、万事においてなにかと扱いにくいからだ。

 だが予算を握られているため、彼女に表立って逆らうことはできない。

 それに、現場第一主義を唱える知事は、下っ端ポリスからは人気があるので、上層部も扱いを慎重にせざるを得ないのだ。


 お洒落で気さくな知事は都民のアイドルでもあり、就任以来とんでもなく高い支持率を維持している。

 彼女にケンカを売るということは、全都民を敵に回すことと同義なのだ。


「取り敢えず試験運用してみるが、現場の君が『使い物にならない』と報告書を出したら直ぐにお払い箱にできるんだから」


 それまでの辛抱だと、隊長補佐は拝み込んできた。


「いいじゃねぇかクロー。考えてみりゃ、お前もサイボーグみたいなもんだし」

「意外と気が合うかもしれないぜ」


 口の悪い先輩たちは、体の部品を取っ替えた僕の過去を揶揄して笑い飛ばす始末だった。


 とんでもないことである。

 僕をそういう目にあわせたのはマシン犯罪者であり、奴らに対する敵愾心は先輩たちに劣るものではない。

 そんな僕をロボットと組ませるなんて、酷いにも程がある。

 人の心を持っていない先輩たちこそ、ロボットと相性がいいんじゃないのか。


 この手の冗談はいつも苦笑いでスルーする僕なのだが、顔とは裏腹に心は大いに傷ついている。

 人間じゃないということは、仲間じゃないって拒絶されているのと同じなのだから。

 結局、下っ端の身で文句が言えるわけもなく、僕は泣く泣くロボコップの指導員を引き受けたのであった。


 さて、どんなロボットが配属されてくるのやら。

 8本の脚にマシンガンやらバズーカを組み込んだクモ型ロボットか。

 はたまた大型のロケットランチャーを肩に担いだ戦車タイプか。

 まさかと思うが、AIを搭載した喋る自動車だったりして。


 いずれにせよ、連れて歩くだけで周囲から奇異の目で見られることは間違いない。

 こんなことなら交通課でも希望して、駐車取締りのお姉さんとイチャイチャしていた方がよかったというもんだ。

 ああ、憎いロボコップめ。

 直ぐにでも『不採用』の烙印を押してやる。


                               * * *


 そんなことを考えながらエアカーを運転していると、いつの間にか霞ヶ関にある本庁舎に到着していた。

 通勤にも使っている愛用の覆面パトカー、アフラRX9を地下駐車場に放り込み、エレベーターに乗り込む。

 特機隊の本室が入った18階で降り、ピカピカに磨き込まれた廊下を歩く。

 IDカードと一体になった電子キーを使って隔壁を開くと、そこは対ロボット戦の牙城であった。


「よお、サイボーグ。昨日はゆっくり眠れたか」

「相棒とのご対面は済ませたのかい」


 勤務明けの先輩たちが目聡く僕を見つけ、ニヤニヤ笑ってからかってきた。

 昨日からの当番勤務を間もなく終える非番の隊員たちだ。

 交替間際の非番員は長時間の緊張感から解放され、ナチュラルハイになっていることが多い。

 まともに相手をしても損するだけだから、適当にあしらいながら掃除を済まし、ブリーフィングルームへ向かう。

 朝礼に参加して、本日の活動重点を確認するためだ。

 それと今日は僕の相棒となる、ロボコップのお披露目も予定されている。

 そんな朝礼など本当は出たくないのだが、指導員としての立場上そうもいかないだろう。


 下っ端の僕は最前列の椅子に腰掛けて、朝礼が始まるのを静かに待つ。

 心なしかいつもよりざわついているのは、やはりみんなロボコップに興味があるからなのだろう。

 いいよな、みんなにとっては他人事なんだから。

 好奇の目に晒される、こっちの身にもなって欲しいものだ。


 ヤケクソになって開き直っていると、隊長補佐が部屋に入ってきた。

 隊長補佐は所轄の課長に相当する職分で、階級は僕より2つ上の警部だ。

 特機隊は交替制の4個班編制で、それぞれの班に1人ずつ、全部で4人の隊長補佐がいる。

 うちの補佐は禿げた50男で、身内からの評判はあまりよくない。

 仕事はできないが、おべっかだけは警視庁一の折紙付きで、それ一つで警部にまでなったのだから、考えようによっては大したものだ。

 そこまで行けば、おべっかも超一流の芸と言える。

 ちなみに僕との相性はよろしくない。


 というか、度々失敗をやらかす僕は、補佐から目の敵にされていると言った方がいい。

 マイホームのローンが残っている彼は、自分の減点につながるような失敗を極度に恐れている。

 下手うちが多い部下は、彼にとって危険な存在として認識されているのだ。


「ウォッホン……」


 補佐が偉そうに咳払いして壇上に上がると、一斉に私語が止み部屋が静まりかえった。


「おはよう諸君。今朝はやけに出席率がいいようだな」


 補佐が嫌味な口調で部下たちを皮肉った。

 ベテラン隊員になると、朝礼などバカらしくて出てられるかって人が多い。

 昨日の取り扱いについての申し継ぎを聞いたり、本日の活動重点について指示を受けるのも彼らにとっては意味がないらしい。

 自分の仕事は自分で決めるってスタンスなのだ。

 それでも今朝の朝礼に出席しているところをみると、やはり身内にロボットが加わることに興味を引かれているのだろう。


「さて、それでは早速みんなの好奇心を満たしてあげようか」


 補佐はニヤリと笑うと、開けっ放しにしていたドアに向かって声を掛けた。


「入りたまえ」


 みんなの注目の的、ロボコップはそこに待機していたのだ。


 一拍おいて、それはドアの向こうから現れた。

 途端に部屋中がどよめきに包まれた。

 この時に僕が受けた衝撃は、現在に至るまで鮮明に覚えている。

 それだけインパクトのある出会いであった。


 まず、キャタピラで移動する戦車タイプではなかった。

 移動手段は足であったが、8本もあるわけではなかった。

 二足歩行で部屋に入ってきたのは、完全な人型であったのだ。

 しかし、只のアンドロイドなら珍しくもなく、特機隊の猛者たちが動揺するはずもない。

 目の前に立っているのは、なんと華奢なボディの少女型アンドロイドだったのである。


 身長は150センチを少し超えたくらいで、見た目には細いボディラインをしている。

 艶やかな栗色の髪はフワッとしたセミロングのボブで、毛先が内巻きにカールしている。

 前髪は眉の辺りで揃っており、清楚な印象を醸し出している。

 その下には涼しげな切れ長の目、整った小さな鼻と口がついていた。

 そして理解不可能なことに、彼女は濃紺と白のコントラストも鮮やかなメイド服一式を着込んでいたのだ。

 パラシュートのように開いたスカートの丈は、太ももの真ん中当たりまで。

 シンセシルクと思われる膝上のストッキングを履いており、スカートとの間に僅かな絶対領域がちらついている。


 充分、と言うよりお釣りが来るくらいの美少女っぷりであった。

 ただし、表情というものが全くなく、むしろ仏頂面をしているため折角の綺麗な顔立ちが台無しになっている。

 けど、どうしてメイド姿なんだ。

 確かに昔から美少女ロボットというものは、バレリーナだったりナースだったりのコスプレ姿を要求されてきたけど。

 僕とチームを組むのは、パトロール用の支援バトロイドだったはずだ。


 まさかと思うが、今後はこの子と組んで、お茶汲みに専念しろってことなのか。

 そりゃ、ここのところ成績が上がってないのは事実だが。

 似たような経験が脳裏を掠め、背筋に悪寒が走った。


 僕が特機隊に入ったばかりのころ、あまりのひ弱さに幹部に匙を投げられかけたことがあった。

 だが、警視庁首脳部の肝煎りで入隊してきた僕を、簡単に追い出すことはできなかった。

 それは中央の威光に逆らうことになるからだ。

 やむを得ず追放を断念した特機隊の幹部たちは、今度は僕を囮捜査の専門官として使おうと考えた。


 サイボーグ版の切り裂きジャックが、帝都を震撼させていた時期のことである。

 一人歩きの女学生に扮装させ、犯人を燻り出すルアーとして活用することに、僕の存在意義を見い出したのだ。


 補佐から支給された制式装備は、女物のジョギングパンツと薄桃色のタンクトップだった。

 ジャック・ザ・リッパーを釣るため、それを着て夜のお堀端をジョギングしろというのだ。

 僕はそれだけは勘弁してくれと泣いて懇願した。

 決してジャックが怖かったからではない。

 いや、怖いことは怖いのだが、女装が仕事だなんて、義兄妹たちに合わせる顔がないではないか。

 それに、女装は警察学校の文化祭でトラウマになっているのだ。


 幸いなことに、首脳部から「英雄の名を貶める事なかれ」との指示が出たこともあって、最悪の事態は回避できたのだった。

 またあのときの恐怖が蘇ってきた。

 僕が真っ青になって震えていると、補佐が彼女を紹介した。


「ウーシュ0033型、直接支援型バトロイド。通称“AM-シズカ号”だ。階級は2等巡査になる」


 ウーシュタイプはハルトマン社の有名な戦闘アンドロイドだが、0033型とは少々型落ちである。

 噂では最新鋭の国産マシンを購入すると言う話だったのだが、ハルトマンはドイツの老舗メーカーだ。

 ちなみに「AM」とは午前のことではなくオートマタ、すなわち自動人形を意味する略語である。


「予算の都合でこれ一体しか配備できなかった。けれども完全な新品だし、性能は保証付きだ」


 ドイツ生まれで“シズカ”は如何なもんかと思う。

 それでも上層部は、ウーシュタイプのバリエーションの中でも、外見が一番東洋人っぽく見える個体を選んだのだろう。

 その努力は買ってあげなくてはならないかもしれない。


 ショックのあまり放心していると、それを見透かしたように補佐が僕の名を呼んだ。


「クロード主任、シズカ君の指導と監督を頼んだぞ」


 補佐はエヘンと咳払いすると、真っ正面から僕を睨み付ける。


「それと、大事に扱え。彼女は君の生涯賃金を合わせても買えないほど高価なんだからな」


 補佐の冷たい一言が、打ちひしがれていた僕にトドメを刺した。



 ようやくブリーフィングが終了し、稼業始めの時間となった。

 補佐はシズカに対して、僕の指導を受けるように指示すると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

 僕はどうしたものかと思案した後、取り敢えずお互いのことを知り合うためにシズカを喫茶室へ誘ってみた。

 彼女は拒否することもなく、と言って嬉しがることもなく僕の後について歩き始めた。


 廊下ですれ違う同僚たちの視線が痛い。

 メイド姿の美少女を従えて歩く僕の姿は、彼らの目にどう映っているのか。

 聞いてみたい気もするが、僕にはそんな度胸はなかった。


 まだ分室詰めの非番員たちが帰ってきていないので、喫茶室はガラガラだった。

 取り敢えず自分のコーヒーと、シズカのために紅茶を注文する。

 喫茶室のオバサンは事情を知らないのか、意味ありげなウィンクを寄越してニヤニヤ笑っていた。

 多分だけど、心中で「上手くやんなよ」とか応援してくれているのだろう。

 余計なお世話だ。


 さて、何から話していいものか、全く検討がつかない。

 ずっと黙り込んでいると、シズカも一言も口を開かないでいた。

 その仏頂面が如何にもつまらなそうに見えたので、仕方なくコミュニケーションを図ってみる。


「で……なんでメイド服なの?」


 取り敢えず疑問に思っていたことが口をついて出た。

 我ながらバカな質問をしたと後悔したが、シズカは別に怒ったりもしなかった。


「仕様……だから……」


 人工声帯を震わせて、素っ気ない答えが返ってきた。

 可愛らしい声だったのがせめてもの救いだった。

 これがスピーカーから漏れる合成音声なら、ガッカリ感は更に倍増していたであろう。


 ウーシュ0033型は元々、要人のハウスキーパー兼ボディーガード用のロボットとして開発されたらしい。

 公邸に単身赴任している要人のために、身の回りの世話と用心棒を一体でこなすのだ。

 メイド姿なのはそのためだという説明だった。


 後で知ったことだが、シズカが着ているメイド服やエプロンは、特殊な衝撃吸収繊維で作られた補助装甲だ。

 これを着ていないとカタログデータ通りの防弾性能は発揮できず、その際のメーカー保証はきかないという。


 シズカを採用するにあたり、似たような繊維で婦警の制服を作ろうとしたが、性能的にとても及ばなかったらしい。

 そのためやむなくメイド姿のまま、実戦配備されることになったのだ。

 流石は世界に冠たるドイツ製ってことか。


 変なところに感心していると、オバサンが飲み物を持ってやってきた。


「シズカ……この国の通貨…所持して…ない……」


 彼女はお金を持っておらず、紅茶の代金を支払う能力がないことを明かした。


「いいんだよ。こういう場では上司や先輩が奢るってのが風習だから」


 僕がご馳走する旨を伝えると、オバサンはまたしてもウシシと嫌らしく笑った。


「上司……先輩……奢る……」


 シズカは小首を傾げ、訳が分からないといったゼスチャーを見せる。


「目上の者が自分のお金を使い、部下や後輩の代わりに対価を払ってあげるってこと」


 えぇ~い、いちいち面倒臭いな。

 僕はこの時、シズカの耳朶に付いたピアスがチカチカ点滅していることに気付いた。

 学習した事項をメモリーチップに書き込んでいるのであろうか。


「理解…した……飲食店における…対価の支払いは……クローの役目……」


 ちょっと待った。

 僕の言った「こういう場」ってのは、「初対面の挨拶の時は」って言う意味だ。

 外で飲み食いするたび、毎回奢るなどとは言った覚えはない。

 しかも最下層の2等巡査の身分で、上司をあだ名で呼び捨てにするとはどういう了見だ。


「けど……もう…学習フォルダに…保存した……」


 なら削除しろよ、今すぐに。

 僕の抗議はシズカに黙殺されてしまった。

 なんか話が噛み合わないけど、この子にインストールされてるOSって、ホントに日本語バージョンなのか。

 まさかと思うが、分かっててわざとやってるんじゃないのだろうな。

 だとしたら、こりゃ相当に問題があるロボットだぞ。



 コーヒーを飲み終えた僕は、シズカを連れて管内パトロールに出掛けることにした。

 専用の覆面エアカー、アフラRX9のカスタム車でだ。

 僕たち特機隊の任務は、市街を車で流してマシン犯罪者を発見、これを検挙すること。

 それに、担当区内で発生したロボ絡みの事件現場に駆け付け、その解決を図ることだ。


 解決といっても、大概の場合は火力をもって鎮圧することになる。

 なにしろロボット兵器とは会話が成立しないし、サイボーグどもは生身の人間の言うことに耳を貸したりはしない。

 連中を黙らせるには、それ相応の力が必要になるのだ。


「で、君の能力なんだけど……見たところ武器は持ってないようだけど、大丈夫なの?」


 僕はシートに身を沈めたシズカの体を、上から下まで無遠慮に眺め回した。

 柔らかな曲線の連続で作られたボディラインは、高級な芸術品を思わせる。

 芸術品としては少々、と言うか、かなり大ぶりな胸の膨らみが下品だが、これはこれでいいのかも知れない。

 いや、きっといいのだ。

 アレがエネルギータンクだとすれば、容量が多い方がいいに決まっているもの。


「戦闘用の武器は貸与されていないのかい?」


 そんなことではいざというとき困るのは僕だ。


「問題…ない……」


 僕の心配を余所に、シズカは平然と言い切った。

 問題ないって言っても、撃ち合いになったら援護を頼むんだよ。


「ひょっとして丸腰なの?」


 まさかと思うけど、スカートに隠れた太ももに、ブラスターでも潜ませているのかも。

 ガーターベルトに挟み込んで。

 卑猥な想像をしているとシズカがこちらに顔を向けた。


「……秘密」


 こんな綺麗な女の子に「体のことをあれこれ詮索するな」と釘を刺されたら、失礼しましたと謝るしかない。



 僕が黙り込んだまま、しばらく走った時であった。


「クロー……あれ……」


 いきなりシズカが僕に話し掛け、街路樹のそばに立っている男を指した。

 その男は、パッと見では普通の中年サラリーマンに見える。

 シズカは探知システムを働かせ、マシン犯罪者を発見したというのか。

 僕はRX9を急停止させ、転がるように車外へ飛び出した。

 右手はジャケットの下、ショルダーホルスターに収めたハンドガンの銃把に掛かっている。


 街路樹に潜むように立っていた男は、文字通り飛び上がって驚いた。


「な、なんだぁっ?」


 奇遇だけど、同じく僕も何が何だか分かっていないんだ。

 そこに助手席のドアを開け、シズカがゆっくりと降りてくる。


「公共の場所での…立ち小便は……軽犯罪法第1条26項に抵触する…犯罪行為……」


 なんと、男の立ち小便を犯罪として立件しようとしていたのだ、この別嬪さんは。

 軽犯罪法違反も確かに犯罪だが、一々そんなものを取り締まっていたら留置施設は満杯になってしまう。

 それに僕らは対マシン犯罪を任務とする特機隊なんだぞ。


 ようやく状況を理解した男は、真っ赤になって抗議してきた。


「警察に尿意を我慢させる権限があるのか。職権濫用じゃないか」


 ズボンを台無しにしてしまった男は収まりがつかない。


「けど、こんな人通りの多いところで、チン……そんなモノ出したら、公然猥褻に問われかねませんよ」


 僕は男を引き下がらせるため、やむなく法を拡大解釈して説得しようとした。

 なのに。


「残念ながら…証拠画像の録画には至らず……サイズが小さすぎた…から……」


 シズカが余計なことを言ったばかりに、男は火を噴かんばかりに怒り出した。

 僕たちは逃げるようにその場を走り去るしかなかった。



「あのね君、自分の仕事が何だか理解できてる?」


 僕は必死で怒りを押さえ込みながら、パートナーに質問した。


「シズカは……警察法2条に規定された…市民の生命、身体、財産の保護に任じ…公共の安全と秩序の維持を…責務とする……」


 そんなよそ行きの顔をして、昇任試験の模範回答のようなことを言ってもダメだ。

 言ってることは確かに正しいのだけれども。


「立ちションなんかは交番のお巡りさんに任せときゃいいの。僕たちが相手するのはマシン犯罪者なんだから」


 僕ががなり立てると、またしてもシズカのピアスが点滅を始めた。


「了解…した……立ち小便の取り締まりは…シズカの業務に……非ず……」


 あぁっ、もっとファジーな思考回路は開発できないのかよ。

 今は科学万能時代の22世紀だろうに。



 気まずい雰囲気のままRX9で流したが、午前中は何事もなく無線指令は入らなかった。

 本隊に帰るのも鬱陶しく、仲のいい先輩刑事がいる所轄に立ち寄ってランチを取る。

 先輩の反応を見たくなかったので、シズカはRX9に待機させておいた。


 出前のカツ丼を食べながら、互いに愚痴をこぼしあう。

 だいたいのネタは上司の悪口か、超過勤務手当に関する不満になってしまう。

 こうやって所轄の刑事との親交を保っておくことも、特機隊の大事な仕事である。

 署の刑事課とよろしくやってると、大きい事件があるときは応援に呼んでもらえ、容易に点数を上げられる。


 公務員だって競争社会であり、評価の判断材料になるのは実績、すなわち検挙の数字なのだ。

 だから、隊員たちは事件が発生すれば、赤灯を回して我先に現場へ突撃する。

 事件処理に絡み、実績配分にありつけるのは、せいぜい先着2台目までだからだ。


 刑事部屋で軽くシエスタとしゃれ込み、昼過ぎに重い腰を上げる。

 このまま夕方の勤務終了時間まで寝ていようかとも考えたが、税金から給料をもらっている身ではそうもいくまい。

 職務倫理については、警察学校で半ば洗脳に近いような教育を受けている。

 僕たちには「勤勉」の美名に糊塗された、奴隷根性が染みついてしまっているのだ。



 駐車場へ戻ると、シズカは黙ってRX9で待機していた。


「待たせたね。午後のパトロールに行くか」


 一応挨拶をして、RX9を発進させる。

 こういうのが一週間も続くと思うと気が滅入ってくる。

 面倒臭くなってきたので、助手席には誰もいないと思うことにする。

 最初から1人乗務と思えば気が楽になる。

 僕が黙りこくっていると、シズカも黙ったまま身じろぎ一つしなくなった。

 しかも、3時間そのままだ。

 こうなると、何かこっちが悪いことしたような気になってくるから不思議だ。


「怒ったのかい? その……立ちションを見逃せって言ったこと」


 気まずさを何とかしようと、僕はシズカに話し掛けた。


「シズカは…警察法2条の責務を果たすに…あたり……独自の判断を認められて…いる……」


 シズカは淡々とした口調で語った。


「しかし……地方公務員法32条の規定により…上司の命令に従う義務を…負っている……」


 そこで彼女は僕の方に顔を向けた。


「つまり……シズカに対する…第一次命令権は…クローに…ある……」


 それって、僕の言いなりになるってことか。

 あんなことでも、こんなことでも、怒らず何でも言うことをきくって意味なのか。

 僕はよからぬ想像をしてしまい、動悸が激しくなるのを覚えた。


「但し……従うべき命令は……職務上の正当なものに…限る……」


 そんなことだろうと思ったよ。

 そもそも、ロボット相手にドキドキした僕がバカだったのだ。

 こいつ、絶対クビにしてやる。

 だが、僕には自己嫌悪に陥っている暇などなかった。

 事件発生を知らせる通信指令室からの緊急無線が飛び込んできたのだ。


『警視庁から一斉。コガネイシティ3番街のコンビニにおいて強盗事件発生。付近の移動は現場急行せよ』


 コガネイ3番街と言えば、ここからものの3分も掛からない。

 おそらく一番近いのが僕たちの車両だ。


「日も暮れないうちに強盗だなんて、サイボーグ犯罪の可能性があるな。いくぞ、シズカ」


 僕はルーフからパトライトを飛び出させると、アクセルをベタ踏みした。


『先のコンビニ強盗は4名。いずれもレベル3以上の火器を所持している模様。装備資機材を活用し、受傷事故防止に配意せよ』


 簡単に言ってくれるが、レベル3以上の武器が相手だと、支給品の防弾装備では役に立たない。

 けど、近くの所轄に立ち寄って、装備を借りている暇はない。

 僕は期待を込めた目で、隣に座っている仏頂面の美少女をチラ見した。


 猛スピードで3番街へ突っ込み、件のコンビニの前で急停止する。

 グッドタイミングなことに、ちょうど店を出てきた犯人と鉢合わせする形になった。


「動くなっ。特機隊だ」


 僕は大声で犯人を制止し、同時に貸与されているM3自動拳銃を構えた。

 ふとこちらを向いた犯人の一人を見た時、僕の髪は自動的に逆立った。

 その小憎らしい顔には見覚えがあったのだ。


 誰あろう、そいつこそ僕をハチの巣にして、一度は殉職に追いやった例の小僧であった。

 江戸の仇を長崎で、じゃないが、意趣返しをするには千載一遇のチャンスであることは確かだ。


「抵抗すると撃つぞっ。武器を捨てろぉっ」


 僕は声を限りに怒鳴りつけた。

 ところが犯人たちは警告に従うどころか、ビビリもしなかった。

 ニヤリと笑うと、僕に向けて4丁のサブマシンガンを向けたのだった。


 まずい、1対4だ。

 1人は撃ち殺せても後の3人の攻撃を受けてしまう。

 絶体絶命のピンチだ。

 しかし、今日の僕には相棒がいるのだ。

 個体としての実力は未知数だが、ウーシュ0033型の能力は実績が証明している。


「お前らシズカの威力を甘く見るなよ。小娘のメイドだと思っているととんでもない目にあうからな」


 僕は内心の不安を見せぬよう、ことさら余裕の態度でニヤリと笑ってみせた。

 それに合わせて、僕の真横にいたシズカがズンと一歩前へ進み出る。

 小僧たちもメイドの正体がウーシュ0033型と気付き、大きく動揺するのが手に取るように分かった。

 それを見た僕は更に居丈高になり、大昔の暴君のように命令してやった。


「シズカ、行けっ。連中にお前の力を見せてやれっ」


 するとシズカは僕を振り返り、冷静にこう呟いたのだった。


「ただ今の時刻は…午後5時45分……本日の稼業時間は……終了……」


 そんな、公務員みたいな杓子定規なことを──いや、確かに公務員なんだけど。

 最初は何が起こったのかと動揺していた小僧たちだったが、事情を把握するとニヤニヤ笑って銃を構え直してきた。


 こんな悪夢みたいなことってあるか。

 僕は何という不幸な星の元に生まれたのだろう。

 このバカロボット、絶対にクビにしてやるぅっ。

 それも生きてこの場を逃れることができたらの話だけど。


 この時、僕はおしっこを漏らしそうな絶望感に浸りきっていた。                         

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