9話~ミルフィーユ、サバイバる~
暗い初夏の街並みは人通りが少なく、歩きやすそうであった。
私は太陽さんのいる見慣れたはずの昼の街並みの変貌さに興味を惹かれていた。
初夏は青々とした草木がより一層元気になる季節。
昼間は人や食べ物の匂いでかき消されていた草木の匂いが夜は引き立つ。
私はこの爽やかな草木の匂いが大好きで、良くレベッカと芝生で横になっていた事を思い出す。
必死に走っているボウルには申し訳ないが、走るボウルの振動もまた心地良く、私を眠りに誘う。
「カ・・・カハッ!カハッ!」
私の目が覚めたのは明け方。
太陽さんが目覚め始めた頃であった。
私を木陰に置き、ボウルが近くの川に顔を入れて水を飲んでいた。
水を飲むボウルの肩が大きく上下している。
「ボウル?」
私はゼエゼエと息を切らすボウルに近付き、背中を擦ってあげる。
「ミルフィーユ、起きたのか?」
ボウルは水を飲み、濡れた顔をブルブルと震わせて水を飛ばす。
「うん。ここは、どこ?」
私は見知らぬ所にいる事に気付き、不安に心を埋め尽くされていた。
「ここは、林道だ。昨晩のうちに街を出て、山を二つ越えた。」
ボウルは私におおよその場所を教えてくれるが私には理解が出来なかった。
今、私達がいるのは林道から少し離れた川原であった。
ゴツゴツとした石が沢山あり、流れる川の流れが穏やかで透き通っているのが印象的だった。
時折、太陽さんの光に反射して川がキラッキラッと光る。
水は冷たくて手や足を入れると気持ち良い。
「ここなら安全そうだから、少し寝かしてくれ。俺が寝てる間、ウロチョロしたり、人目に付くような事はするなよ。」
ボウルは私に忠告をすると木陰に寄りかかりローブのフードを深く被って動かなくなった。
かなり疲れたのであろう。
すぐに熟睡を始めていた。
私は疲れているボウルに何かしてあげたいと思ったのだが何をすれば良いか思い浮かばない。
こういう時は言われた通りにしておこうと思い、ボウルの言葉を思い出す。
ボウルの言葉は『ウロチョロするな。』であった。
私はボウルの言葉に素直に従い、ボウルの横に座って川の流れを見ていた。
お昼を過ぎた頃だろうか?
私はボウルに揺さぶられて目を覚ます。
どうやら気が付いたら寝てしまっていたようた。
「良く寝れたか?痛い所はないか?」
ボウルは目を擦る私に優しく話し掛ける。
「うん。大丈夫だよ。」
私が答えると、ボウルは林道を少し見る。
林道にはポツリポツリと行き交う人影が見える。
こんな昼間にこんな所を歩く人がいるのかと思ったがどうやらこの道は私達がいた街と都会を繋ぐ道であるらしい。
「林道を通らないで川沿いを歩こう。」
言うと、ボウルは私の手をひいて歩きだす。
私もボウルに従い、川を見ながら歩きだす。
川の流れはサラサラと優しい音で耳を癒してくれる。
太陽さんの光はより一層輝きをまし、流れる川の水面はまるで自ら光を発していると思わせるくらい明るく輝く。
チャプン。
光る水面に小さな水しぶきが上がった。
「あっ!」
私は立ち止まり、決定的瞬間を見たかのような気持ちになる。
「魚だな。」
川を眺める私にボウルが教えてくれた。
「魚?」
「ああ。捕まえて食うと上手いんだぞ?俺は生が好きだが人間は魚の臓器を取って焼いて食う。臓器の苦味が旨いのに勿体ない生き物だ。」
ボウルが私に説明をしてくれる。
「私、取ってくる!」
言うと、私はボウルの手を離しパタパタと水しぶきのあった場所へ飛んでいく。
「危ないぞ、ミルフィーユ!戻って来い!」
ボウルは私の心配をしてくれている。
しかし、私はボウルにお礼と言うか、お詫びをしたかった。
昨晩、ずっと寝てる私を抱えて走り続けさせてしまったのだ。
ボウルの大好きな魚を捕まえてプレゼントをしたい。
私は水面に突き出ている大きな石の上に降りて、そこから身を乗り出して魚を探す。
じっと川の水面を見ると、水の中で石の下に隠れようとする影を見付けた。
「あっ!」
私はその影に手を伸ばす。
ドボンッ!
「ミルフィーユ!」
言うや否やボウルが川に飛び込む。
ザバァン!
その直後、私は魚を捕まえてパタパタと空中に逃げた。
「捕まえたよ!お魚!!」
私はドヤ顔でボウルに魚を見せる。
「水中からの飛行まで出来るのかよ・・・。」
ボウルは川の浅瀬で私を見て、膝ついてガックリしていた。
私はパタパタとボウルの所へ行き、頭を撫でてあげる。
頭をいい子いい子してもらうと凄く嬉しいのを私はレベッカから教えられていた。
実際にレベッカが良くしてくれたが、気持ち良くて落ち着く。
万能薬みたいな効果があると私は思っていた。
ボウルは怨めしそうに頭を撫でてあげてる私の顔をみる。
「はいっ!」
川を出ると私はボウルに捕まえた魚をあげる。
「腹、空いてるだろ?お前が食えよ。」
「ボウルは一日走り通しだったんだよ?私よりボウルの方がお腹空いてるもん。」
私はボウルの為に取ったのでボウルに食べて欲しかった。
ボウルはボウルの目をじっと見る私に根負けしたようで、一度深くため息を着くとお礼を言って魚にかじりついた。
「美味しい?」
魚を食べるボウルに私は自慢気に話し掛ける。
「ああ・・・、凄く旨い。」
「えへへ・・・。」
答えるボウルに私はちょっと照れる。
「しかし、お前、水中飛翔なんて出来るって知ってたのか?」
ボウルは、私が川からパタパタと飛んで出てきたのが気になるらしく、そんな質問をしてきた。
「うん。ロベルトが私の羽は水を弾くんだって言ってた。後、飛ぼうとすると翼に着いてる羽がきゅって翼にしまるからジェット噴射みたいになる。って言ってたよ。」
私の説明を聞き、ボウルがまたため息を着いた。
「神の子・・・か。」
ボウルはロベルトの説の一つを呟く。
ロベルトの説の『神の子』とは私の事を指している。
元来、生物とはより繁栄するように進化を続ける。
その進化の殆どが亜人化だとされているが、何故か竜の亜人化に関してのみ劣化遺伝と言い、進化では無く、退化の一つとされている。
これをロベルトは矛盾だと主張していたのだ。
その証拠としてあげたのが『神話』である。
どの神話においても神は人の形をしていて、羽や尻尾、角を生やしている。
そして、神の従撲として竜や鳳凰が記されているのであった。
私の風貌の特徴は神話に出てくる神そのもので、竜の亜人化もやはり竜の上を行く進化である。
竜より上の存在はまさしく神以外存在しないし、全ての理論のつじつまが合うらしい。
「水中飛翔なんて出来る動物はそんなにいない。飛行能力一つを取っても優秀だ。」
ボウルは神の子と呟いた後、そう私に続けた。
「神?」
私はボウルの言葉を繰り返す。
そんな私を見て、ボウルは笑う。
「神の子がこんな間抜けな訳がねぇか。」
ボウルは私の鼻を摘まんで神の子説を否定すると、立ち上がる。
「でも・・・もしお前がそんな力を持ってるなら、亜人の未来もひっくり返してくれるのかもな・・・。」
「んっ?」
聞き返す私を無視し、ボウルは私の手を引いて歩き出す。
そうこうしているうちに日は暮れ、夜になる。
夜の森は少し不気味だ。
恐がる私を抱き上げて、ボウルは再び走り出す。
「ボウル、私も飛ぶよ!」
「しゃべるな!舌噛むぞ!お前は寝てろ。」
ボウルに言われ、私は両手で口を塞ぐ。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
しかし今日のボウルは一晩中走り続ける元気がない。
走り出したは良いがすぐにバテて立ち止まってしまった。
「ボウル?」
私はボウルの心配をする。
昨日一晩中走り続け、今日は魚を一匹食べただけだ。
体力が落ちるのは当たり前の事だった。
「大丈夫だ、行こう。」
「ダメッ!」
走り出そうとするボウルの腕から私はすり抜ける。
「ミルフィーユ!」
ボウルが私に怒鳴る。
「ボウル死んじゃうよ!今夜は川辺で休む!」
私はボウルが心配で堪らなくなり、ボウルに反抗する。
「夜の森は危険なんだ!」
「私は竜の子だもん!負けないもん!」
本当は何が危険なのか分からない。
ボウルが危険と言うものに自分が太刀打ち出来るとも思っていない。
しかし、苦しそうなボウルを見たくなくて私は頑として譲らなかった。
「・・・こんなガキに心配されるとは、俺も落ちたな・・・。」
聞き分けない私にやっとボウルが折れてくれた。
私とボウルは林道から離れ、また川辺へ行く。
川辺でボウルが枯れ木を集め、火を起こそうとする。
私は、その枯れ木に息を吹き掛けた。
ボゥッ!
付きかけた火はいきなり大きく燃え上がる。
「お前・・・、火を吐けるのか?」
いきなり着いた火にボウルが驚愕する。
「ううん。火は吐けないけど火っぽいモノを燃え上がらせる事は出来るんだよ。」
私はボウルに説明するとボウルは体の緊張をほぐし、焚き火の前に腰を落とす。
「魚を取ってくるね?」
休もうとするボウルに私が言う。
「待て。夜の川は流石に危ない。明け方に頼む。それまで俺の腕の中で寝てくれ。」
私は少し不満だったが、これ以上ボウルに心配をかけたくなかったので素直に従い、ボウルの腕の中に潜り込むとすぐに寝入ってしまった。