7話~ミルフィーユ、学校へ行く~
私がロベルトの家に来てから冬が終わり、春が来て、夏を迎える。
私の誕生日は夏らしく、初夏のある日に私の誕生日をレベッカ達はしてくれた。
ロベルトは誕生日の最中も私の成長データの収集に励んでいた。
ロベルト曰く、生後十年未満の間は毎日の成長具合が著しいのは人間も亜人も同じである。
出来るものなら毎日測るべきだとまで言われた。
正直、ロベルトの私のデータに対する執着具合は若干気持ち悪いとすら思う。
それにロベルトは私の赤竜の部分以外には全く興味を示さない人間であった。
こないだ、レベッカが「赤竜の嗜好について知るのも研究じゃないのか?」とロベルトに言った。
ロベルトは「確かに重要な情報だ。」と納得し、私に今まで食べた中で一番美味しかった物を聞いてきた。
その時、私は即座に「プリン!」と答えた。
すると、ロベルトは少し黙り、そして、一言。
「普通の赤竜、食わねぇし・・・。」
とつぶやき、私の味覚に対する興味を一気に無くしてみせた。
そんなロベルトに比べ、レベッカは良く遊んでくれた。
庭で鬼ごっこをしたり、くすぐり合いをしたりと私の相手を良くしてくれる。
時間があると私をお買い物にも連れ行ってくれ、服を買ってくれたり、ランチをしたりする。
お買い物が楽しみな私に反し、それに付き合わされるボウルは毎回、凄く嫌そうな顔をする。
「女の買い物ほど面倒臭いモノはない。」らしい。
そういう訳で、私はレベッカに良くなつき、時間と、出来る事があれば、レベッカのお手伝いをしてあげていた。
その度にレベッカは褒めてくれるから、なおさら嬉しくて、もっともっと出来る事を増やして、もっともっと褒められたいと、私は頑張っていた。
ボウルは一年立った今でもロベルトとレベッカの前ではカッコつけマンを続けていた。
私と二人きりの時みたいにいっぱいしゃべってくれる方が楽しいのに・・・。
ボウルはレベッカの研究の対称になっていて、良くレベッカと庭で運動をしている。
私も一緒に庭に出て、ボウルと走り回ろうとするが、本気で走る大人の狼の足には、例え空を飛んでも勝てる気がしない。
森などの木が沢山有る所だと、木の幹を蹴って別の木の幹まで飛び、そして、その木の幹を蹴ってまた次の木の幹まで行くと言う荒業まで見せてくれた。
「狼ってこんな動き出来ないでしょ!?」と感嘆するレベッカにボウルは相変わらずの無表情をみせる。
『内心めちゃくちゃドヤ顔してる癖に・・・。』と私はボウルのカッコつけマンっぷりに心の中でツッコミを入れる。
会った時、ボウルは年で体力が無いとか言ってたのに、何だかんだ言ってもサービス精神の強い狼だと最近は思うようになった。
そんなこんなで楽しい毎日が過ぎ、私も産まれて二年が立った。
ある日。
ロベルトが突然、私を学校に連れて行きたいと言ってきた。
レベッカが「ミルフィーユを見世物にする気か!!」とロベルトに怒るが、ロベルトは「学会発表で一度だけ、生きて動く赤竜の翼と尻尾と角を見せたい。」と折れる気配を見せなかった。
私としては家にずっといるより楽しそうなので行ってみたいと思っていた。
「私は大丈夫ですよ。」
怒るレベッカをなだめるように私は言う。
そんな私を見て、レベッカも諦め、一度だけ私を学校に連れて行ってくれる事になった。
本当はボディーガードとしてボウルにも来てほしかったが、ボウルは「何が悲しくて人間どもに囲まれなければならない。」と頑として嫌がり、最終的に、学校には三人で行く事になった。
「うわぁ~・・・。」
私は学校と言う建物を見上げて感嘆の声をあげた。
建物は白い壁で出来ていて高さも横幅も荒野にあった大岩じゃあ比にならない大きかった。
中に入ると、床がすべすべで太陽さんの光を反射しているのか、ピカピカしていた。
だだっ広い玄関はどこまでが玄関で、どこからが廊下なのか分からない。
私がキョロキョロしていると、ロベルトは受付と言う人に話かけている。
レベッカが迷子になるからと私の手を繋いでくれる。
「凄いでしょ?この学校はここらじゃあ一番大きいからね。」
レベッカが私に建物を自慢する。
「大きい!でっかい人のお家?」
私は素朴にそう思った。
そうでなければ、説明が付かないほど広くて、天井も高い。
天井は五階まで吹き抜けていて屋根はガラスのような透明な素材で出来ている。
太陽さんが室内からでも真上を見れば見える作りが一層天井が高く感じる。
二階から五階の廊下が一階の真ん中に立つ私達を囲むように規則的にある。
「上の廊下に飛んで行きたい。」
私は玄関ロータリーの真ん中を飛んで、五階に行きたくなった。
この廊下のど真ん中をふよふよ飛んで行けたら気持ち良さそうな気がした。
「それはさすがに目立ちすぎるかな。もっと面白いモノを見せてあげるから少しロベルトを待っててね。」
レベッカはいたづらっぽく笑って見せる。
「お待たせ。僕の発表は昼過ぎからだから、まずは五階の僕達の研究室で少し休もうか?」
帰って来たロベルトにレベッカが「そのつもり。」と答え、私を連れて建物の真ん中にあった一際太い柱の前にきた。
レベッカがその柱に付いているボタンを押すと突然柱の真ん中に大きな四角い空洞が出来た。
私はその突然出来た空洞に怯え、空洞をじっと見る。
そんな私をレベッカは抱っこして、そして、空洞に入っていった。
空洞に入ると、レベッカは振り向いて私にロベルトの姿を確認させ、今度は空洞内にあるボウルを押した。
すると左右から壁が出て来て、私とレベッカは大きな柱の突然出来た空洞に閉じ込められた。
チンッ
聞きなれない変な音がし、さっきの壁が左右にまた開く。
そして、空洞から外の光景を見て、私はショックを受けた。
ロベルトがいなくなった。
それだけではない。玄関が・・・あの広い広場が真四角にえぐり取られている。
「ロベルト・・・ロベルト!!」
私はロベルトの名前を叫び、レベッカの腕をすり抜けて柱の空洞から走り出る。
しかし、少し走るとガラスの壁があり、阻まれる。
「ミルフィーユ!」
地面の下から私を呼ぶロベルトの声がした。
下を見ると、四角く窪んだ地面の下からロベルトが元気そうに私に手を振っていた。
ロベルトの姿を見て、私はほっとする。
「ロベルト!」
私はロベルトの所へ飛んでいこう羽を広げる。
そんな私の尻尾をレベッカが掴む。
「だから飛ぶなっての。」
尻尾をピンと引っ張られ、私は飛ぶ事が出来ず、床に落ちる。
「ハハハッ!ごめんね、ミルフィーユ。驚かせて。これはエレベーターっていう魔法装置なの。」
レベッカが笑いながら床で倒れてる私を抱き起こして頭を撫でながら謝ってきた。
「エレベーター?」
私はレベッカの言葉を繰り返す。
「そう。エレベーター。ここがどだか分かる?さっきミルフィーユが行きたいって行ってた上の階よ。」
「えっ?」
レベッカに言われて改めて下を見て理解をする。
地面が窪んだのでは無く、私達がエレベーターで上に来たのだ。
そんな私を抱き抱えたまま、レベッカはロベルトを見る。
「ロベルト!ありがとう。もう大丈夫よ!」
「分かった。」
答えるとロベルトは私達が来たのと同じようにエレベーターへ向かって歩きだす。
そんなロベルトを私は上の階の窓越しに見る。
「ところでミルフィーユ。さっき私が尻尾を引っ張った時、すぐに床に落ちたけど、羽に何か異常があったの?」
歩くロベルトを必死に見ている私にレベッカが聞いてきた。
「ん~・・・。なんか羽が動かなくなったの。」
私が答えるとレベッカは何かに気付いたのか。満足げに「ふぅん・・・。」と答えた。
ロベルトが昔調べた背中の筋を刺激する筋が尻尾にあり、尻尾を引っ張ることで羽の動きを止めることが出来る。
そういう仮説がレベッカの中で産まれたらしい。
レベッカは今度、ロベルトに自慢するつもりらしい。
この後、私はロベルトの部屋を拠点にし、レベッカと学校内をウロウロ歩き回って、ロベルトの発表の時間を待った。
ロベルトの研究発表は難しくて良く分からなかったが、私と赤竜の共通点から予測できる赤竜の生態についての話であった。
ロベルトの話の中盤に私は呼ばれ、皆の前に姿を出す。
私が姿を現すと一斉に歓声が上がり、それからは私の角や羽、尻尾の作りを一つ一つ説明していた。
今回の発表の途中、一本のマッチに火を着け、その火に私が「はぁ~・・・。」って息を吹き掛けると火が一気に燃え上がると言う実験をやって見せた。
これは赤竜の火を吐く特技に対するロベルト見解を証明するための実験だったのだが、竜の喉には『火炎袋』という特殊な気管があり、その袋に触れた空気が一定の酸素に触れると一気に発火すると言う事らしい。
しかし、これについては私の火炎袋がまだ未発達だったので、マッチで火を着けたと言う説明も付け加えていた。
かくして、ロベルトの研究発表は大喝采の中で終了した。
ロベルトは満足げに皆に会釈をし、会場を後にする。
外ではレベッカが待っていて、ロベルトと私を見ると、一言、「参った。ロベルトの研究内容を少し尊敬してしまった。」と労った。
そうして私達はボウルの待つ、我が家へ続く帰路に付く。