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四日目。Twitterからの凍結解除のメール。
『アカウントの凍結を解除いたしました。大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。なお、フォロー/フォロワー数が元に戻るまで一時間ほどかかりますのでご了承ください』
もう、その場所には悪役令嬢はいなかった。代わりにヒロインがいた。
「危なかったですわ」ヒロインがいった。「どうやら、あの悪役たちも私と同じ、別次元から転生してきたらしいのです。もう少し、私の到着が遅れていたら、あなたの身にどんな不幸が舞い降りていたのか……そう思うと、ぞっとしますわ……」
「だろうね」滑り川がいった。
彼の心はなにも感じなかった。
エンディング間際に悪役令嬢が処刑されようが身分を剥奪されようがどうでもいいことのように思えた。
アヒルのように唇を尖らせてヒロインがいう。
「ねえ、お兄様。わ、私、あのお言葉がもう一度聞きたいですわ」
「ええっと……なんだっけな……こういう場合は……」滑り川の脳内でモヤモヤとした霧が科白を覆っていた。「恋はするもんじゃなくて落ちるもんだ。そんな訳だから僕の小説は新人賞の一次落ちだ!」
「違いますわ。もっと情熱的で胸を打つようなお言葉です!」
「それじゃあ、これでどうだ……」滑り川はいった。「君なしじゃあ、僕の幸せはありえない。僕なしじゃあ、君の週末は雨降りの月曜日だ。ちなみに、家賃の半分はご負担ください!」
「そういうのでは、最近のJKは胸キュンいたしません!」
「月が綺麗ですね。そんでもって、好きのその先に行っちゃったら、もうそれは愛とはいえないので、恋煩いなどご免こうむります!」
「もう、なんて、無能な主人公なの!」
「なら、君の……君の為なら……死ねる……」思わず滑り川はいってしまった。
それは終わりの始まりであった──
「ああ~ん、もう、そのお言葉感動的ですう!」
ヒロインの瞳が輝きを増し、オレンジ色の光線が部屋全体を包んだ。すると熱を帯びた鉄のように空間が歪み、どこからともなく死神が使いそうな大鎌を召喚する。
「そのお言葉の通りに私の為に死んでくださいませ!」
「なに?」と滑り川が発するよりも早く大鎌は振り降ろされる。
身体を素早くひねり、滑り川はその一撃を躱す。倒れこんだ状態で視線をむけると、皺が中央に集まっていきありえない方向へと表情が歪んでる。不敵な笑みを浮かべヒロインがいった。
「死ね・死ね・死ね・死ね・死ね。私の為に死んでくださいませ!」なにもない空間を蹴りあげて飛んだ。落下。襲いかかる。「心の死に絶えた、お兄様にはもはや生きている資格なんてとっくの昔に無い物ねだりなのですわよ」
なにをいってる……滑り川は傍にあったルービックキューブを投げつけた。
その正方形の物体は空間に吸い込まれるように加速してヒロインの脳天を直撃した。
びよよよよよ~ん──と、
ノイズを帯びた画像は捻れていき──ホログラムがあらわれたと思えばやがて消え、ヒロインと思われる女性のその奥から見たこともない質感の物体──虚無が姿をあらわす。
目も鼻も口も──穴という穴がその生命体には存在しなかった。
ただ、その生命体に吸い込まれた光は、吸い込まれたまま二度と帰ってこなかった。