1
滑り川賢三郎はMacintoshの画面を凝視したまま固まってしまっていた。
凍結済みアカウント──このアカウントは凍結されています──彼のTwitterアカウントはなんらかの理由で凍結されてしまっていた。
身に覚えはなにもなかった。
JKとのムフフな出会いを夢想して始めたTwitterであったが──ワンチャンどころか──彼は年老いた女流作家とその孫娘に酷い目にあわされていた。もう、Lineに乗り換えた方がいいのではないか?──そう思っていた矢先の出来事である。
解決方法を探る──キーワードを入力し素早くネットサーフィン──凍結解除にTwitterは電話番号を要求してきたが、070から始まる彼のPHS携帯の番号には海外からショットメールが届かない為、そもそも電話番号を登録することができないのであった。
解決方法はなかなか見つからない。
なぜ、こんなことに……彼は頭を抱えた。
そして、なんの理由もなく理不尽な厄災は続いた。どこからともなく、悪役令嬢があらわれたからである。
*
「このままの状態が続くことは、兄様にとってあまり好ましくありません」
説明しよう──悪役令嬢とは、転生前夜の乙女ゲームで厨二上等少女漫画がバットエンドを回避するべく東奔西走ヒロインざまあなテンプレ離脱で女性主人公は頭脳戦をくり広げるのであった。
長い漆黒の髪。滑らかに艶めく瞳。美しくも儚げな憂いを帯びたその容姿。
しかし、ただ一つだけ残念な箇所が彼女にはあった。強靭な前歯が顎を砕くように前方に突きでている。
「フォロワー零の状態が続けば、兄様の心は死んでしまいます」
出っ歯の悪役令嬢がいった。一体どういうことだ?
「よくわからないなあ……」滑り川はいった。「どうして、Twitterが凍結されたぐらいで僕の心が死んでしまうことになるんだい?」
「兄様のことを信頼して本当のことをお話しいたします」出っ歯令嬢がいった。「こんなことをお話しして、とても信じていただけるとは思っていませんが。わたくしは兄様の住む世界とはまったく違う次元の世界からやって来たのです」
「はあ……」と滑り川は頭を抱えた。
小説家クラスタの間では〈転生〉もしくは〈転移〉と呼ばれている現象だった。
先日打ち合わせをしたゲームのシナリオそのものだった。
おそらく、締め切り前の過労の所為でこんな幻覚を見てしまっているのだろう。
確か、打ち合わせ先では、このようなタイプの主人公のことを改変系と呼んでいた。
周囲に降りかかる悲惨な状況を回避する為に、このタイプの主人公はシナリオ自体を改変しようとするのらしい。
しかし、なぜ、出っ歯なのだろう……キャラクターデザインした腐女子のことを思いだす。悪意を感じた。