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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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ハンター試験 前編

 それ以来、イサラは村に戻ってこなかった。十歳になった頃から頻繁に村から出て旅をしていたイサラだったが、こういう形で村を出たことはなかった。レオルから事情を聞いた村の人達が村の周囲を探したが見つかることはなかった。

 イサラがいなくなってから、レオルはずっと自分を責め続けた。イサラの気持ちも考えず、お礼をいうばかりか罵ってしまったことを恥じた。イサラの別れ際に見せた顔が忘れられない。記憶にある限り、あれほどつらそうな顔をしたイサラを見たのは初めてだった。


 怖くなった。このまま帰ってこないのではないかと思った。誰も口にはしなかったけれど、レオルを責めているように思えた。

 聞けばイサラの両親もある日突然いなくなって、それ以来一度も帰ってこないのだという。毎年イサラの誕生になるとお金だけを仕送りしてくることから、イサラの存在を忘れたわけではないらしい。けれど、一度としてイサラに会いに帰ってきたことはない。

 イサラもこのまま二度と自分達に、レオルに会わなくなるのではないか。そう考えると足元から何かが崩れていくような気がした。いつも一緒にいて当たり前になっていたから、考えたこともなかった。


 旅に出ると聞いても、必ず帰ると信じていたし、実際そうだった。だから、成人してから旅に出ても帰ってくるのだと楽観していたのだ。

 それに気づき、レオルは頭を殴られたような衝撃を受けた。村の人々や友達、親兄弟が何を言っても部屋からは出てこなかった。ずっと考え続けていた。自分はどうしたらよかったのか、これからどうすればいいのかを、ずっと。

 そんなレオルにイサラが戻ってきたという知らせが入ったのは、失踪から一か月が過ぎた頃だった。慌てて駆け付けたレオルが見たのは、見知らぬ男性を担ぎ、いつもと変わらない顔をしたイサラだった。


 それを見てレオルは何も言えなくなった。イサラもレオルに何も言わなかった。けれど、レオルはイサラの変化を感じていた。表面的に何かが変わったというのではない。ただ、今までだったら分かったイサラの心の動きというものが把握できなくなっていた。

 今までと変わらない距離で、心だけが遠くなった。このままでは、いつかイサラは自分の手の届かない場所までいってしまう。置いて行かれてしまう。そんな焦燥がレオルの胸を焦がした。


 いなくなって初めて、離れて初めて気付いた。自分自身の気持ちというものに。レオルにとってイサラがどれだけ大切な存在だったかということに。当たり前すぎて気が付かなかった、永遠の別離など考えたこともなかったのだ。

 イサラの決意は変わらない、変えられない。ならば、自分が追いかけるしかない。もっともっと腕を磨き、知識を蓄え、心を強くしなければイサラとは一緒にいられない。レオルは直感的にそう思った。

 レオルが将来を決めたのはその時だった。


 レオルは努力を重ね、イサラとまではいかないが村でも並ぶ者がいない実力者にまで上り詰めた。そうやってがむしゃらになっているうち、いつしかイサラとの距離も前と同じようなものになっていった。

 そこまで来てようやく、レオルはイサラに謝ることができたのだ。そして、自分自身の決意も告げた。

 イサラがいつか村を旅立つ時、その時には自分も一緒に行くと。最後まで付き合うと。イサラはいつもと変わらない顔で、けれど少し嬉しそうにうなずいてくれたのだ。

 レオルは剣術よりも弓術に優れていたため、剣士や魔術師よりは自由のきくハンターになろうと考えた。魔力も高く、魔術も優れていたが、その道のエキスパートを前に魔術師をやろうとも思えなかった。




 ハンター試験は筆記・面接・実技と三種類ある。村にもハンターの先輩達がいるのである程度は状況を把握できていた。

 筆記といってもそう難しいものではなく、ハンターとしての心構えや決まり事、必須知識などを問われるだけだ。常識を知っていて、あとは少し専門的な知識を学べば事足りる。時間も一時間と短く、この分なら早く試験も終わりそうだと楽観していた。

 ところが、人数が多いためか面接に予想外に時間がかかり、全員終わるころには昼になっていた。レオルも待ち時間が長くて、居眠りしそうになったほどだ。


 昨今、色々と物騒になってきたためか、ハンターなど戦える職の需要が高く、人気職になっているようだ。基本自給自足の赤貧生活だが、ギルドで依頼を受ければそれなりに生活は安定する。

 ギルドとは職業ギルドのことで、どんな小さな村にも一つは存在する国営機関だ。国から認可をえた民営ギルドもあるが、どちらも業務内容は同じだ。

 求人案内、仕事斡旋、依頼仲介、手配書受付などその役割は人々の生活に直結している。職業申請をして身分証を受け取った者でも、就職先が決まっているのはその内の何割かで、残りはギルドによって仕事場を探すことになる。


 先ほど知り合ったジェイドも、武道家を職業としているが、基本的にギルドで仕事を受けていることになる。人々の仕事の需要と供給を調整しているのがギルドなのだ。

 レオルは簡単に食事を済ませると再び大演習場に戻ってきた。イサラと違い、携帯食で済ませたりしない。屋台で買い食いしたのだ。

 残すところは実技試験のみ。今は実技試験の内容について説明を受けている。実技試験は実地試験と技能試験の二つ。実地試験は実際に狩りをして、実技試験は演習場で的を相手に使用武器の錬度をみるものだった。


 これから行うのは実地試験。首都を出て少し行った場所に小さな森がある。その森の中で指定された獲物を狩ってくる。ただし、制限時間があり、獲物によっても評価が変わる。

 レオルは移動の間、受け取ったリストの内容を確認する。どれも知っている動物や魔物だ。これならば見分けがつかなくて困るということもない。




 ぞろぞろと移動した後は、森の手前で解散となる。それぞれに武器を携え、森の中に入っていく。レオルもまた軽い緊張と高揚感を覚えながらも森に踏み入る。

 ハンターとして重要なのはその狩りの腕もだが、森や山での移動や知識だ。獲物の生態を知り、動向を予測し、気配や音を隠して移動できる技能が求められる。

 レオルは狩りのポイントを見つけると、姿を隠して武器である弓の調節をしていた。

 弓の弦の張り具合を確かめ、鏃や矢羽を確認する。


 と、視界に動くものが映った。身を隠していた木陰から態勢を整えて様子をうかがう。どうやら野生動物のようだ。姿形から名前は知っているので、リストと比較する。記憶通り載っていないようだ。

 レオルは肩の力を抜くとそのまま見過ごす。レオルは狩りといえどもむやみに命を奪うことはしたくなかった。生きるために殺すことには自分の中で折り合いを付けたし、経験を積んで慣れもした。

 それでも必要以上には狩らない。ハンターとして生きることを決めた時に、自分の中に定めたルールだ。厳しい環境で育ったことも一因だ。乱獲すれば自分達の首を絞めることになるのだから。


 森の中ではあちこちから他の受験者の気配や物音もしている。試験は早い者勝ちだと言われたが、あんなに騒いではむしろ獲物が逃げてしまう。舌打ちしたい気持ちを押し殺し、気配を消すことに集中する。

 そのまま息をひそめていると、何か大型の生き物の気配が近づいてきた。小さいとはいえ水場に目を付けたのは間違いではなかったようだ。

 じっと待つ。制限時間があるとはいえ、焦っても空回りするだけだ。なら、いつも通りの狩りをする。万一気づかれると逃げられるか、襲ってくるだろう。


 近距離戦はできなくもないが、弓という武器を持つ以上、遠くからの不意打ちで決着をつけたい。風下にいるので、匂いでは気付かれないはずだ。

 弓に矢をつがえて、音を立てないように引き絞っていく。独特の緊張感が広がってくる。これだけは何度経験を重ねても変わることはない。

 意識を切り替えていく。鋭く冷厳なハンターとしての自分に。

 姿が見えた。魔物だ。二mほどある。ティンバと呼ばれる、リストにも載っている大型の魔物。難易度は高めだが、レオルなら問題ない。


 ティンバはフェール山脈にも多数生息している肉食の魔物だ。虎に似ているが縞模様はなく、毛は白色か茶色で季節によって生え変わる。上あごから胸元まで伸びた鋭い二本の牙が驚異の武器となる。

 向こうがこちらに気付いた様子はない。狙うのであれば急所、一撃で仕留める心づもりでいなければならない。ティンバは俊敏で持久力も高く獰猛だ。手負いともなれば、被害にあう者が出るかもしれない。

 弱点となる属性は雷だ。レオルは限界まで引き絞った弓に、さらに魔力を込めていく。本来であれば両手を使って印を組み、呪文を唱えなければ魔術は発動できない。


 しかし、レオルの弓はイサラによって魔武器に改良されていた。武器に魔力さえ込めれば、あらかじめ仕込んでいた魔石や魔法陣によって魔術に似た効果を出せる。

 水を飲むためにティンバの動きが止まる。

 その瞬間を見極めたレオルは、刹那の間に矢を放つ。ビヒュン、と風を切ってとんだ矢は狙い通りティンバの額に突き刺さった。間をおかず、矢に込められた雷がティンバの全身を駆け巡り、落雷にに似た音と共に、無数の火花を散らせた。


<ギャオォォォォォォォォォォ>

 断末魔の叫び声を響かせ、ティンバは地面に倒れ伏す。周囲から轟音と叫び声に恐れをなした動物達が一斉に逃げていく。受験者達の動揺した気配も伝わってきた。

 若干悪いことをしたな、と思いつつもレオルの意識はティンバにのみ集中させている。忍び足で慎重に距離を詰める。仕留めたように見えても、不用意に近づいて道連れにされてはかなわない。 だが、どうやらその心配はいらなかったようだ。薄く煙の立ち上る巨体はピクリとも動かない。


 レオルはティンバの額から矢を引き抜くと血を払い、布で拭いて矢筒に戻す。これで試験の課題はクリアできたわけだ。

 安堵のため息をつくレオルだが、一つ問題があった。重さで行けば数百kgもあるティンバをどう森の外まで運ぶかだ。

 いつもの狩りなら、少なくても二人以上だったし、運ぶための道具も持っていた。さすがに一人でこれは運べない。

 思い返せばリストにあったのはたいてい小型か中型の動物か魔物で、大型は数種類しか記されていなかった。あれは一人で受けることが前提の試験で、獲物の回収までを視野に入れているからだろう。


 実地試験は仕留めた獲物を森の外にいる試験官のところまで持って行って評価してもらうというものなのだから。

 体の一部だけでいいなら運べるが、それでは試験クリアになるか分からないし、何よりもったいない。ティンバは牙も爪も皮も肉も、その血や内臓でさえ色々と使い道の多い魔物なのだ。小さい頃から骨身にしみている習慣で、狩った獲物を放置とかありえない。

「さて、どうしたもんかな」

 ティンバの死体を前に思案していると、ちょうどいいところに試験官が様子を見にやってきた。あの叫び声や音は森の外まで届いていたのだろう。


「これは……」

 横たわるティンバの死体とレオルを交互に見て試験官は言葉を失う。

「き、君が?」

 試験官は恐る恐る尋ねてくる。

「ああ、まあ。ただ、どうやって運ぶかなって考えてたところです」

 一度森を出て指示を仰ぎに行こうかと考えていたが、向こうから来てくれたなら好都合だ。運ぶにしても人手がいるし、この場で評価してもらえるなら手間も省ける。


「そうか……」

 試験官は言葉少なくティンバの死体を確認していく。実地試験で受験者に渡したリストの中には、仕留めても持ち運びができないような大型の獲物を載せてはいる。けれど、それは受験者達を試す意味もあるのだ。

 リストにある大型の獲物は、いずれも手ごわく持ち運びも困難なものばかり。チームで動く場合はともかく、一人で狩りをする場合には極力避ける獲物でもある。それに気づき、見分ける洞察力や判断力などを見ている。


 過去においても大型の獲物を狩った者がいなかったわけではない。しかし、いずれも苦戦して時間がかかり、仕留めても持ちかえることもできず残念な結果に終わっている。レオルのように報告して取って返すには、狩りに時間を取られすぎていたのだ。

 そういった経緯があり、ハンターを目指すものは、自然と先達からこのことを聞かされて大型を狙うものはほとんどいない。まさに試験の落とし穴なのだ。


 落とし穴ではあるが、同時に大穴でもあることは試験官のみぞ知る真実だ。誰も狙わないゆえに競争率が低い。さらには大型を仕留め、なおかつその後適切な対応ができたとすると、他の獲物と比べるべくもない高い評価が与えられるのだ。

「妥当な案として、いったん森を出て誰かに着いてきてもらおうと思ってたんですけど、確認に来てくれて助かりました」


 レオルは軽い調子で言うが、これこそが大穴の正しい対応なのだ。自分の身の丈や状況にあった獲物を狩るのはもちろん重要だ。だが、いつだって思惑通りにことが進むわけではない。ましてやハンターは進んで魔物の領域に足を踏み入れる者だ。想定外の遭遇など当たり前のように起こる。

 それが単独行動時でも、逃げられないなら戦うしかない。負ければ死ぬが、勝てば仕留めた獲物をどうするかが問題となる。人手が必要だと判断すれば、獲物を運ぶために人を呼び、獲物の場所まで間違うことなく案内する。それもまた、優れたハンターとしての技量だ。


 先ほどの尋常ではない叫び声によって、呼びに来る前に来てしまったが、それでレオルの評価が下がることはないだろう。彼の話を聞いていれば、確実にそれができるだけの経験と技量があることがうかがえた。

 成人したばかりで、自分の息子とそう変わりないように見えるこの少年が、ハンターとして驚くべき実力を持っていることを試験官は肌で感じていた。おそらく試験官をも上回る腕であることも。


 それは仕留めた獲物を検分すれば一目瞭然だ。ティンバの傷は一か所、正確に急所である額を打ち抜いている。さらには弱点となる雷の魔術を使った痕跡がある。完璧な仕事だった。

 雷の魔術で仕留めれば、その肉は食用には向かない。だが、ティンバの肉は元々食用というより肥料としての価値が高い。細かく刻んで畑にまくと、水はけがよくなり作物がよく育つのだ。


 血や内臓は魔法薬や錬金素材になるし、それ以外の部位は武器防具などの素材になる。これだけ状態がいいとなると、素材屋に持ち込んでもかなりの値段で取引されるだろう。

 試験官はティンバの全身をくまなくチェックしてから評価を下した。残りの受験者を見るまでもなく、間違いなくトップだろう。他に大型の獲物を仕留めた者がいたとして、正しい対応が取れたかは微妙なところだし、ここまできれいに仕留めることができるとも思えない。

「ん、これは……」

 ティンバをまじまじと観察していた試験官は首の付け根に、毛に隠れて見えにくかったあるものを見つけて手を伸ばす。


 細いひものような首輪と小さな金属札。手配書の識別コードの首輪だ。レオルも試験官の声に覗き込んで確認する。これが意味することは一つだ。

「賞金首の魔物だったのか……」

 識別コードを確認して、試験官は改めてレオルを見た。試験開始直前まで着ていたヤックを脱いだ今の姿はハンターらしい立派ないでたちをしている。


 体の動きを阻害しない簡素な服に、皮と金属をつなぎ合わせて作られた防具で肩や腕、膝を覆っている。腰には必要な道具が入っているのだろう小さなポーチと短剣。背中には矢筒と普通よりも大きい弓を背負っている。

 ヤックを着ている時には弓を持っていることなどみじんも感じさせなかった。どこにしまっていたのだろう。試験官は疑問に思うが、答えが出てくるわけではない。

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