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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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緊迫した面接試験 後編

「提出は致しました」

「なっ、何だって!? では、なぜ記録に残っていない?」

 彼女の自由課題を見た監査官は、大慌てで自分の上司にそれを報告した。まともに言葉も出ず、差し出されるばかりのそれを見て、その上司はさらに上司へとつなぎ、国立研究機関の重鎮すべてが知るところとなった。


 これ程の研究ができるのだとすれば、過去に何か提出されたものがあるかもしれない。そう考えて念のため過去十八年に渡り調べた。ところが、その中に彼女の名前を見つけることはできなかった。

 これはどういうことだと、みんな頭をひねっていたのだ。それなのにイサラは提出したことがあるのだという。これはいったいどういうことなのか。

 固唾をのんで見守る中、イサラは口を開く。


「提出はしたのですが、受け取ってはいただけませんでした」

「なっ、何だとっ!」

 監査官で最も地位の高い男が立ち上がって声を荒げる。あれほどのものを提出されながら、その重要性に気付かず、受け取らなかった者がいるというのか。

 もしそれが本当なら、その者は厳重な処罰の対象となるだろう。国家の、ひいては世界の大きな利益となる資料を見逃したのだから。


「恐らく、その頃は受け入れがたいものであったことが原因かと思われます。その時にはあきらめて帰るしかありませんでした。その後も、何度か別の研究資料の持ち込みをしましたが、どれも話にならないとおっしゃられて、廃棄されてしまいました。あまりにしつこいためか、ついには国令処分を受けることになってしまいました」

 面接官は再びイサラの資料に目を落とす。国令処分が出されたのはイサラが十二歳の時だ。今から六年以上も前になる。その頃には確かにこんな研究資料は受け入れられなかったかもしれない。今でさえ半信半疑の者がいるくらいなのだから。


 仮に自分達だったらどうだろうか。六年前に彼女の自由課題を見て、それを有益なものだと判断できただろうか。かつてイサラを拒絶した者と同じ反応を取るかもしれない。

「そ、その国令処分の内容は?」

 調べればわかることだが、時間が惜しい。イサラがその後資料の提出をしなかったとするなら、その処分の内容によるものだ。まさかと思いつつも、確認する。


「二つあります。一つ目は国立魔道研究機関の永久的な立ち入り禁止、二つ目はジフテル国における魔術関連の師事の禁止です」

 思わずめまいがするほど重い処分だ。たかがしつこく資料を持ち込んだくらいで下される処分の重さではない。あり得ない処分だ。

 これではこの国で研究を続けることなんて不可能に近い。その上、資料の提出もできない。資料提出は研究機関にて行われるのだから。


「では、それでは……」

 今更ながらに気付いて、五人の面接官は青くなる。それは彼らだけではない。別室にて彼女の面接を観察していた研究機関の重鎮すべての血の気が引いた。

 それでは、自分達あるいは自分達の仲間はあのすばらしい研究を、その後も続いたであろう発見を、イサラという一人の天才を見逃していたということだ。ただ、あまりにも年若く、先を走っていたというだけで。


 皆必死に記憶を掘り返し、自分がかつて受け付けた未成年者達を思い浮かべる。イサラはかなり特徴的な容姿をしている。彼女の担当になったのが自分でないことを確認して安堵し、同時に彼女の担当をした者に呪詛の念を向ける。

 彼女の処分が不当に重くなったのは、その担当の悪意や嫉妬が原因だと分かったからだ。自分には理解できない研究を持ち込む、若い才能を妬み、つぶそうとした。


 もし、彼女を正当に評価することができていたら、今世界はどうなっていただろうか? おそらく、想像できないほどに素晴らしい発展を遂げていただろう。その芽を自分達は知らず知らずのうちに摘んでいたのだ。

 それだけに、彼女が今この場にいることこそが奇跡だ。若い芽を摘まれ、下らぬ虚栄心に踏みにじられ、悪意に押しつぶされながらもイサラは諦めなかった。自らの道を歩むことを辞めず、とうとう道を切り拓いてしまったのだ。

 その才能で、その努力で、その心で。


「そ、それではなぜ今になってあの研究を提出したのかね?」

 普通なら恨まれていてもおかしくない。他国に持ち込めば、何もかもをほしいままにできるほどの待遇を受けただろう。むしろこの国で成人を迎えること自体がおかしい。なぜ困難な道を選ぶのか。

「わたしの両親はこの国の者ではありません。もっとも一歳の時に生き別れてしまいましたが」

 イサラには血のつながった身寄りがいない。イサラの両親は何かに追われるようにしてミール村にやってきたのだという。そして、間もなくイサラが生まれ、一年後二人はイサラを置いて姿を消した。

 今は後見人としてエレザイル家がいるが、孤児であることに変わりはない。


「それが?」

「孤児となったわたしは、ミール村の人々とこの国に育てていただきました。その恩返しという意味もあります。それに、試験という場であればきちんと見ていただけるのではないかと思いました。あれから何年も経ちましたが、目の前で見ることもされずゴミのように処分されるのはさすがに辛かったですから。わたしも成人しましたし、世界の情勢も少しは変わったのではないかとも思いまして」

 そういう考え方もあるのか、と面接官は感心する。と、同時に幼い心に深い傷を残してしまっただろう出来事を思い、胸を痛めた。ほとんど変わらない表情が、苦痛に歪むさまを幻視してたとえようもない罪悪感と庇護欲がわいてくる。


 変わった言動をする子だと思っていたが、こういった考え方ができるからこそ、道を断たれても歩んでこられたのだろう。普通の人より回り道をして、その分たくさんの経験を積んで。

 また、イサラがこのように育ったのは、両親失踪後イサラを育てた者の影響も大きい。イサラの才能を理解し、応援し、ここまで育て上げた。真の意味での功労者であり、国の恩人だ。

「もし、自由課題がなかったとしても、あの研究資料は提出するつもりでした。この国を旅立つわたしにできる恩返しであり、生きた証でもありますので」


 魔道書研究家の試験となれば、研究機関の関係者も試験に関わるだろう。研究機関に立ち入らず資料を渡すには、そうした人に託すしかない。最初で最後の恩返し、この国に残す生きた証だ。

「そうか……旅立ちの意思は変わらないのだな」

「はい、わたしの求めるものは研究所の外にあります。それは変わりません」

 イサラの口調も表情も相変わらずだったが、その声からは強い意思を感じさせた。たとえ、どんな条件を提示したとしてもイサラは研究機関にとどまることはないだろう。その機会を自ら手放したのもまた研究機関なのだから。


 説得は無駄だと知った面接官は三度彼女の経歴書に目を落とす。彼女の年齢にしては信じられないほど素晴らしくも輝かしい記録が残されている。冗談かと思うほどのそれは、まぎれもなくイサラの才能と努力の結晶だった。

 そんな彼女には一国など狭すぎるのだろう。イサラが世界へ羽ばたけば、どれほどの功績を残すだろうか。

 とどめておきたい気持ちはあるが、それは到底無理なことだろう。師もなく、国令処分を受けてなお、イサラは独力でここまで来たのだ。もはや、彼女の行動を止めることができる者がいるだろうか。


「それで、あの自由課題のことだが……」

 イサラの自由課題は素晴らしい、それだけに扱いが難しいのも事実だ。ジフテル共和国は魔術の面で行くと他国に劣りはしないものの優れてもいない。そんな国が世界を揺るがすほどの研究資料を手にしたのだ。

 馬鹿正直に発表すれば、世界に自分達の大きな失態を公表することにもなる。そうなれば国としての信用はがた落ちだ。さらに、イサラのことが広まれば、イサラという大きな才能を世界中で取り合いすることにもなる。

 双方にとってこの資料をどう扱うかは重要な問題になってくる。


「そのことについてですが……一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」

 うなる面接官や重鎮達に解決についての道をもたらしたのはイサラ自身だった。

 イサラにしてみれば、この資料を提出して、それが正しく評価されたならどのようなことになるか予測がついていた。だから、彼らのように急きょ対応を練るのではなく、あらかじめ準備ができた。


 イサラの綿密で強かな、それでいて納得せざるを得ない提案に一同はうなずく以外になかった。その案を守り続ける限り双方に損益をもたらさず、国と世界との折り合いも付けられる方法を与えられたのだから。

 面接時間はとうに過ぎていたが、イサラが最後だったのでどうにでもなる。その場で必要なすべての手続きを終えると、イサラは静かに退出していった。

 イサラとの面接を終えた者達は、椅子に深く座り込んでため息をつく。見た目も口調ものんびりしているのに、交渉の場面では内からにじみ出る威圧感に圧倒された。格の違いを見せつけられた。それなのに、イサラに対して悪い感情が出てこない。


 そればかりか、国を賭してもイサラを守らなければならない。そんな使命感がわいてくるのだ。普段の彼女には庇護欲を感じるが、先ほどの彼女には命に代えても守るべき崇高さがあった。

 もし、彼女が本気で世界を動かそうと思えば、誰にもそれを止めることはできないのではないか、そんな予感がしていた。




 大演習場は施政所の一画にあり、広大な敷地を有している。ここは様々な実技試験に利用されたり、軍の演習にも使われている。今もあちこちで試験が行われていた。

 受付でイサラと別れた後、レオルはしばらくナル達と時間をつぶしていた。半刻前になって、買い物に出かける三人とフィオナと別れると、試験の集合場所になっていた大演習場に来ていた。

 ジェイドもポイント加算と昇級手続きが終わり、イサラに任されたからと意気揚々と護衛としてついていった。


 二人の試験が重なったことでナル達に待ちぼうけをくらわさずに済んで、その意味では少し、ほんのちょっぴりジェイドには感謝していた。認めたくはないが、そう認めたくないのだが。

 係員の案内に従って集まったが、かなりの人数がいる。誰もが武器を手にして、防具で身を固めている。

 ハンターとは探検家や傭兵、戦闘を職業としている者達と似たところがある。主な仕事内容としては、採取・狩猟・採掘と多岐にわたる。分かりやすくいえば動植物や鉱石など、依頼を受けた物資を調達することだ。


 ハンターには拠点型と放浪型があり、拠点型は一か所にとどまってそこを中心に仕事をする。レオルは放浪型になる。イサラと共に世界中を回るつもりだった。

 イサラが成人して職を得れば、世界中を旅してまわることをレオルは本人から聞いて知っていた。小さい頃から一緒に育ったレオルにとって、イサラは兄弟のようなものだった。

 そのため、イサラの予定を聞いて応援する気持ちはあっても、一緒に行こうとまでは思わなかった。

 それが変わったのは十二歳の時だった。自分の未熟さと、イサラの強さと、そして大切な思いに気付けたのは。




 ミール村は辺境の山村でありながら、国境近くにあることもあり、時折山賊やならず者に襲われることがあった。首都とも離れ、交通の便が悪いとなれば拠点としてはうってつけなのだ。

 通常、そんな場合は自警団が対処に当たる。当時からたぐいまれなる弓の腕を見せ始めていたレオルだったが、当然子供ということもあり親兄弟と一緒に避難した。

 イサラが色々と発明し改良したおかげで、家々から地下に下りるための扉は村人か客人として認定された者しか開けることができないようになっていた。


 そのため、地下に逃げ込めば安全は確保されていた。みんなが避難する間は守備的に、終われば攻撃的に自警団がならず者達と戦う。

 自警団は志願制で、基本的に成人した者が入る。だから大人達しかいないのが普通だった。

 だが、イサラは違った。ミール村では七歳になれば誰でも武器を持たされて、自分の身を守るための戦い方を教えられる。素質があるなら狩りの仕方もだ。子供の得手不得手で武器も変わる。基本は剣を持たされる。


 イサラは、自分の意志でそれよりも早く剣を握った。将来を定めたあの日から、剣を振り続けた。みんなが習うようになるころには頭一つ分どころか、大人でさえかなわないほどに上達していた。

 初陣は何と九歳の時だった。当時のことはよく知らないが、村にとって最大の危機であり、イサラがいなければ今のミール村はなかったかもしれないと言われている。それほどまでに活躍したのだと。


 それ以降もイサラは自警団の一人として戦いに赴いていた。レオルが十二になったばかり、イサラは間もなく十二歳になるあの時もまたそうだった。

 決着はすぐについたようだった。相手の人数が少なかったことや、イサラの腕がより一層上がっていることもあり、あっけないほど簡単に相手を全滅させた。ミール村の被害は軽傷が数名という一方的なものだった。


 レオルはその戦果を聞いた瞬間に地上に飛び出していた。みんな止めていたが、すぐにでもイサラに会いたかったのだ。自分の兄妹が、家族がみんなを守ったことをほめたかったし、怪我をしていないかも心配だった。

 地上に出て、戦いがあった場所に駆け付けたレオルが見たのは、そんな思いも吹き飛ばす光景だった。

 春の訪れとともに少なくなってきた雪だが、まだ数十cm地面を覆っていた。見慣れた真っ白な雪を染める鮮血。

 あちこちでうめき声をあげながら倒れ伏すものがいる中で、大量の血を流しピクリとも動かない者もいる。


 狩りによって仕留めた動物や魔物で見慣れているはずだった。血の色も、湯気を上げる内臓も、頭を割られ血と共に流れおちる脳も。それが、人の形をしている者からというだけで、こうまで気持ちが悪くなるものなのか。

 自警団は生きている者は捕縛し、死んだ者は火葬するために一か所に集めているようだった。その様子を見ているだけで、喉の奥から何かがせりあがってきそうになる。

 偶然見えた死んだ人の目が焼き付いて、寒気がしてくる。狩りとは違う、人同士の争い。


 初めて見る生々しい戦いの跡に、レオルは言葉をなくしていた。何かにすがるように力なくあたりを見回せば、人一倍小さな人影が目に入る。背中を向けているが間違いない。あの銀色の髪はイサラだ。

 レオルは考える間もなく、イサラの元に駆け寄って声をかける。何といったのかまでは覚えていない、それほどに頭の中がしびれているように感覚をなくしていた。

 振り返ったイサラを見たレオルは、再び衝撃を受ける。雪の上に散る赤に比べればずっと少ない。けれど、その顔や体、何より握っている剣に血がついていた。


 目線をイサラの前にずらせば、そこには大量の血を流して倒れ伏し、動かない人の姿がある。誰がそうしたのか、聞くまでもなかった。

 殺さなければ殺される。それが世界の常識であることは、レオルもよく知っていた。自分達の命や安全を守るために、イサラ達が戦ったのだということも。けれど、幼いレオルの精神では目の前の光景を受け入れることができなかった。

 目の前にいるイサラが、自分のよく知る兄妹が全く別の生き物に思えた。イサラがいつもと変わらない寝ぼけ眼をしていたのもその違和感を増大させた。


 人を殺したのに、たくさん殺したはずなのにいつもと変わらないイサラ。それがレオルを混乱させ、目の前にいるイサラを受け入れることを拒絶させた。

 レオルの様子に心配して手を伸ばしたイサラだったが、その手はレオルによって振り払われてしまう。それどころか、何か恐ろしいものでも見るかのような目で見てきた。

 敵となった者にそういう目で見られることはよくあった。けれど、味方にましてや家族にそういう目で見られることなど想像もしたことがなかったイサラは強い衝撃を受けた。


 家族を失う痛みを知っていたイサラにとって、無条件に無償の親愛を与えてくれる今の家族は実の家族以上に心のよりどころになっていた。それなのに、その家族に恐れられた。

 そんなイサラに、レオルは追い打ちをかける。あらん限りの言葉で否定し、拒絶し、罵った。いつもと変わらない表情でそれを聞いていたイサラだったが、レオルの最期の言葉で崩れ去った。

 悲しみに顔を歪め、見開いた目に涙をいっぱいにためてその場から走り去り、村からも出ていってしまった。

 レオルはもちろん、自警団の誰もそれを止めることができなかった。

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