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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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緊迫した面接試験 中編

「なるほど、面白い研究ですね」

「そう? 師匠もそう言っていたわ」

 イサラが真剣に自分の話に耳を傾けていたことに気分を良くしたシリルは、嬉しそうに顔をほころばせる。同年代のライバル達にはあまり理解してもらえなかった。

 師匠だけが、目の付け所がいいとほめてくれた。魔道書研究とは人が目を向けないものを見、考えないことを研究することで発展する。そう言って応援してくれた。


 世界は魔力に満ちている。それはこの世界の命を支え、魔術を行使するものにも様々な恩恵をもたらしてきた。

 そんな無色の魔力が、魔術を使う人の精神によって揺らぎのような影響を受けていた。微々たるものだったが、その変化を実験によって証明できた。シリルの自由課題はそれをまとめたものだ。

「では、その逆はどうでしょうか?」

「逆?」

 シリルは聞き返す。イサラは彼女なりに真面目な顔をしたままシリルに言う。


「はい、無色の魔力が人の精神に与える影響……です」

 イサラが、シリルの研究を師匠と同じように評価してくれたことよりも意外な言葉だった。無色の魔力が与える影響など考えたこともなかった。

 そもそも無色の魔力に意志などないはずだ。ただ、自分達の思いや願いをかなえてくれる力だとしか認識していなかった。

「それは……その、あるのかしら?」

 今までそんな話は聞いたことがないし、師匠からもそんな指摘は受けなかった。


「世界はすべての事象が互いに干渉しあって成り立っています。一方的な影響というものはありません。人が……魔術が無色の魔力に影響を与えているというのであれば、同時に無色の魔力も人や魔術に影響を与えているのではないでしょうか? そう考えるのが自然かと思いますが、どうでしょう?」

 イサラの言う通りだ。シリルは自分が魔術を使う側だったから気付かなかった。師匠にも心構えとして言われていたことだ。多角的に柔軟に考えることが、魔道書研究家として必要な技能だと。


「そう、そうね。次の研究として考えておくわ。証明するまで何年もかかるだろうけどね」

 先の研究にも六年かかった。魔道書研究家になってできることが増えても、一つの研究に年単位の時間がかかることに変わりはない。

「はい、頑張ってください。楽しみにしています」

 イサラは初めて小さな笑みを浮かべた。わずかな表情の変化だったが、シリルにとっては新たな発見をしたくらいの感動を覚えさせた。

 シリルもつられて微笑み返すと、順番が回ってきた。話をしているうちに随分と時間が経っていたらしい。


 最後の十人が係員について部屋を出る。途中で二つに分かれてそれぞれの部屋に入った。イサラはシリルと同じ組だった。

 中には手前に五つの椅子があり、奥には長テーブルをはさんで五人の面接官が座っていた。

 それぞれ挨拶と紹介をしてから椅子に座る。シリルの気のせいだろうか、面接官の目が全員イサラに向いているような気がする。

 もっとも、あれだけ悪目立ちすれば無理ないかもしれない。それにしては、なにか緊迫した雰囲気がある。


「そ、それでは面接試験を始める」

 真ん中の面接官の言葉で、ようやく面接官の目が受験者全員に向けられた。

「まず、魔道書研究家になろうと思ったきっかけについて聞かせてくれるかな?」

 受験番号順に答えていく。面接官はうなずきながら聞いている。シリルも答え、イサラの番になる。面接官達はつばを飲み込んで注目する。何かを期待しているようにも見える。


「わたしが魔道書研究家になろうと思ったのはある書物に出会ったからです」

「書物?」

「はい、魔道書です。それを読んでわたしは、自分の歩むべき道を見つけました。その道を歩む上で最も適した職が魔道書研究家でした」

 イサラにそこまで強く働きかけた魔道書。シリルを含め、この場にいる誰もがその魔道書に興味を抱く。

 誰も知らないことだが、三歳にしてイサラの将来を決めた書でもある。深く突っ込みたい衝動はあるが、今は集団面接。そこまで聞くこともできない。


 その後も続く質問に、みな当たり障りのない答えを返す。何度も練習してきたことが分かる、マニュアル通りの受け答え。イサラだけが時として思いもかけない答えを返してくる。

 その答えに面接官達は一喜一憂しているようだ。

「では最後に、魔道書研究家になってやりたいことは?」

 前三人は研究機関に入り、経験を積んでいつか国のためになる研究をしたいと言った内容を語る。そして、シリルの番がくる。

「わたしも研究機関に籍は置くつもりです。でも、しばらくは師匠について学び、今構想中の研究を完成させたいと考えています」


 シリルは今までの答えを破棄して、具体的な展望を口にする。合格したらこんなことがしたい、というふわふわしたものではない。職に就いてこうするのだ、というシリルの強い意思が感じられた。

 イサラに会えなければここまでの目標は持てなかったし、こうした冒険をすることもなかっただろう。ただ、いたずらに研究者としての時を重ねていたかもしれない。その意味では、出会えてよかった。今は心からそう思える。


「君は?」

 イサラはどうするのだろう。普通の道は選ばないのではないか、という予感が全員にしていた。何せ手段としての職だと明言した。目的のために職を利用することはあっても、その職に胡坐をかくことはしないはずだ。

「わたしは世界を旅します」

「旅? 研究機関に入ったりは?」

 明らかに狼狽し、落胆した様子で面接官が聞いてくる。どこか焦ったようにも見える。

「わたしはどの国のどの研究機関にも属するつもりはありません。もちろん、興味深い研究があれば知りたいとは思いますが」

「在野で生きる、と?」


 どの研究機関にも属さず、独自に研究を続ける変わり者もいないわけではない。だがほんの一握りだ。よっぽどの天才か、変人。

 個人では得られる情報、動かせる資金、できる研究に制限が生まれ差ができる。それでもイサラは自由に生きることを選ぶというのか。

「はい。未だ見ぬ魔術、魔道書を求めて世界中を旅する予定です」

 それこそがイサラにとって必要なこと。なすべきことをなすための力になる。そう強く信じている、また他者にも分からせることができる声だった。


 イサラの答えにひどくがっかりした様子の面接官達をしり目に、四人は部屋を出る。個別面接が始まるのだ。イサラはシリルと共に部屋の外に置かれていた椅子に腰かけた。また、しばらく待ち時間がある。

「あなた、本気なの?」

 一緒に面接を受けた受験者が不審顔でイサラに聞いてくる。

「はい。もちろん本気です」

 冗談でいえることではない。仮にも試験なのだから。

 イサラの答えに呆れ顔になった受験者は自分の席に戻る。世間知らずはこれだから困る、という心情がありありと見て取れた。


「気にすることないわ。道は人それぞれだし、わざわざ厳しい道を選んだあなたを理解できないだけよ」

 シリルは自然と励ましの言葉をかけていた。少し前なら考えられない。シリルも彼女と同じようにイサラを理解できないでいただろう。

 イサラのことはよくよく話してみないとその言動を享受できない。イサラはうなずくだけだ、傷ついたようには見えない。筆記試験の時といい、メンタルは相当な強さだ。こうしたトラブルも多いのだろう。人とは違う道を行くのだから。


「そうだ! わたし、この後資格試験も受けるの。剣術の」

「剣術、ですか?」

「そ、知っているでしょ? 魔道書研究家になるためには戦闘技能資格Cランク以上が必要だってこと。申請できたってことはあなたも持ってるでしょ?」

「はい、持っております」

 魔道書研究家は一般人をはるかに超えた知識と高度な技術、専門的な研究を行うため、自らの知的財産を守るための手段が必要となってくる。


 スパイや個人、他国の研究機関など敵は少なくない。そのため、受験者にも必須条件として、資格の指定がいくつか設けられている。

 その必要条件を満たしていない限り、申請書類は発行されない。受験ができた時点で、必要資格を有していると判断できる。

「今回はBランクに挑戦するのよ」

 シリルは得意げだ。資格は職業とは関係なく、どんな資格であっても自由意思で取得できる。同じ資格でも、難易度と求められる技能・知識・習熟度によって六段階にランク分けされている。


 ランクはS、A~Eまである。Eランクが一番下で、一番上はSとなる。

 Eは初級、見習いクラス、Dは中級、一般人クラス、Cは上級、熟練者クラスとなる。ここまでは申し込みさえすれば、住んでいる市町村で一度に試験を受けることができる。いきなり飛ばしてCランクを受けるのもありだ。その場合、合格すればDとEは自動的に合格した扱いになる。

 Bは一流、名人クラスになり、しかるべき手続きを踏んで、幾人かの査定員の前で実力を見せなくてはならない。


 筆記試験だけの資格にしても同じことだ。そのため、申請してから試験までに時間がかかることがある。

 Bランクが資格試験最初の壁と言われている。ここを通り抜ければその資格の中で胸を張れるレベルになる。事実、Bランク保持者はCランク保持者の半分にも満たない。


 Aは超一流、達人クラスだ。Sは最高位で、その道を極めたとされるものに与えられる。このランクになるとどの国に行っても通用するだけの実力があり、優遇されることにもなる。その分試験も審査も厳しく、国際的にも認められる必要がある。


 Bランクまでなら自国内だけで取得できるが、Aランク以上は複数の国の審査官を必要とするため、申請から試験まで最短でも三か月はかかる。

 資格は世界共通基準を用いているため、自国で取った資格は他国でも通用する。そのため同じ職に就くにしても資格があったり、より高い資格を有していると有利に働く。

 魔道書研究家の申請に必要な資格はいくつかあったが、そのどれもCランク以上だ。それ以上は職に就いてからでもあげられるし、最低それくらいなければ難しいレベルでもある。

 そんな中でシリルがBランクに挑戦するというのは、彼女の腕が確かだからだろう。


「そうですか、試験が重なってしまったのですね」

 試験の後で、別の試験があるのだ。神経や体力をすり減らす試験が重なったのは不運としか言いようがない。

「まあね。でも。どんな時にでも実力を出せなければBランクの資格はないと思うから」

 シリルは笑顔で返す。いつ、いかなる条件でも安定した実力が出せて初めてそのランクに値する。シリルはそう教えられていた。だからこそ、この不運をいい機会だと感じてやる気が出ている。


「……でも、やっぱり聞かないのね?」

「何をです?」

「なんで剣術なのかってこと。職が魔道関連なら戦闘資格は必ず求められるけど、たいてい魔術の方を選択するわ。今まで戦闘資格が剣術って言ったら、『どうして?』 って聞かれることが多かったから」

 これは世界的にも知られていることだが、魔術の才能は魔力の高さに比例することが分かっている。魔力が高いほど、魔術の理論や仕組みをより理解し、より高い水準で使用することが可能になるらしい。


 魔術関連職を選んだ者は、例外なく普通の人よりも魔力が高い。そのため、戦闘資格においても魔術を選択すればほぼ問題なく資格を取れる。あえて別の資格を取ろうというものは少ない。

「そうですか。しかし、わたしも戦闘資格は剣術ですから」

 シリルは目を見開く。同じ資格所有の志望者と会うのは初めてだ。シリルに魔道書研究の道を教えてくれた師匠も、共に学んだ兄弟弟子も戦闘資格は魔術だった。


「そうなの……。あ、じゃあ、面接が終わったら大演習場に来ない? そこで試験を受けるの。他の人の剣術を見るのも勉強になるって言うし、どうかな?」

「そうですね、では伺わせていただきます。友人達とも合流するかもしれませんが」

 レオルの試験の有無はともかく、集合場所はロビーになっている。大演習場にも一階から行く必要があるので、一度ロビーを経由していけばいいだろう。いなければそのまま大演習場に行くことにする。

 もしレオルが試験を受けているなら、実技試験はそこで行われるはずだからだ。


 約束を取り付けたところでシリルの番になった。先に面接が終わった人達は各自帰っていったため、イサラ一人が残されている。静かに待ちながら、イサラは己がまいた種のことを考えていた。どういう芽が出るのか、彼らの出方を待つばかりだ。

 閉じられた扉を見ながら、イサラはこれからの面接について思案していた。

 間もなくシリルが出て、互いに目配せをすると、入れ替わりにイサラが中に入った。

「座りたまえ」


 イサラは指示通りに一つになった椅子に座る。先ほど五つあった椅子は部屋の隅に片づけられている。面接官は相変わらず五人だが、全員が緊張した面持ちでイサラを見つめていた。

「正直、信じられない……というのが、本音だ。君は、自分の筆記試験の結果を知っているかね?」

 本来であれば明日の朝の発表までは公表されないものだ。試験は筆記だけではなく面接や書類審査もあるため、全ての結果が出るまではその点数が知らされることはない。


「いいえ。ですが、問いにはすべて答えを書きました」

 わずか二時間、いや一時間と半刻でイサラは全ての問いに答えを書き込んでいた。でたらめだとしても驚異的だが、その結果ほどではない。さらには自由課題、一番の問題点はそれだった。

「そうか……。では、自由課題についてだが、あれは……」

 言葉を濁す面接官。何といっていいのか分からなかった。自分達が、いや世界中が喉から手が出るほどに欲していたもの。それがこんな形で、こんな人物によってもたらされたなどと、今でも信じられないのだ。


 あれが誰かから教えられたというなら納得はできないものの、事情を聞くつもりだった。だが、自由課題はあくまで自分の研究結果を発表するものだ。

 本当に彼女があの研究をまとめたのか確認しなければならない。もし彼女の物ではないのなら、処罰もあり得るし、あれの発見者を聞きださなくてはならない。それほどまで重要な代物だった。

「あの研究は、わたしが過去にまとめたものです」

 イサラはためらうことなく真実を口にした。五人に動揺が広がる。イサラのような新成人があれほどまでの研究を成し遂げたことはおろか、それを過去のものだと言ったのだ。


 それはつまり、あの研究はイサラが未成年であった時に生み出されたということになる。書類によれば彼女の誕生日は七の月十五日。今が七の月十八日のため、それは確実なはずだ。三日程度を過去と言い表すのはおかしい。

「過去に? し、しかし、それならば国に提出しなければならないだろう? あれだけの研究だ、それを為したのが君なら、その価値も分かるはずだ!」

 国際法にもなっているもの、彼女の話が本当なら彼女はその法を破ったことになる。どれほどの功績を上げようと、法を破れば処罰の対象になる。彼女の実力を見ればそれを機に国に飼われることは確実だ。


 気にかかることといえば、彼女の経歴にある国令処分。詳しい内容までは書かれていないが、十二歳の時に処分を受けたことになっている。

 人が守るべき法として国際法と国令法があるが、優先順位としては国令法が上位に当たる。

 彼女が国際法を破ったのが、過去に受けた国令法に背くからなのだとすれば、彼女に罪はない。

 しかし、なぜ十二歳などという年齢で国令処分を受けたのか。経歴を見ても、彼女が過去に犯罪を犯したというような記述はない。なぜ、それほどまで重い処分を受けたのだろう。

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