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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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探索開始

「はい、探索の経過次第でいつ戻れるかは断言できません。けれど、必ずみんなで帰ってきます」

「ああ、そうだな。ハンターなら遺跡探索暗いこなせないとな」

「俺はイサラさんの行くところならどこでも行く。探索って言うのもあまりやったことがない依頼だから勉強にもなるしな」

 イサラに続き、レオルとジェイドも意気込む。


「大丈夫よ、わたしがついているんだから」

 フィオナも胸を張る。これでもパーティの中では最年長。自分がしっかりしてみんなを導かなければならないという使命感にかられている。

「ふふふ、頼もしいですね。では、わたし達はお土産話を期待することにしましょう」

 全員の力強い言葉に励まされたのか、アンリの顔にも笑顔が戻る。無茶なことはしてほしくない。けれど、やるべきだと定めたことの邪魔をするわけにはいかないのだから。




 その後、イサラは読書へ。ジェイドとレオルは子供達にせがまれて遊びに付き合い、フィオナは年頃の女の子達に囲まれて楽しそうに話していた。

 村でのジェイドの知り合いも、帰郷を聞きつけて訪ねてきたが、そのたびにイサラとの仲を勘繰られジェイドは慌てるのだった。

 ジェイドにとって同年代や歳の近い異性というのは遠い存在だった。孤児院の子供達は皆家族であり兄弟だという感覚からそうした意識はなかった。だが、そのせいで異性との接し方が分からず経験がないためそういう時にどうしたらいいのか分からなくなるのだ。


 夕食の時間にになると、まだ本から目を離さないイサラをフィオナが無理矢理席につかせ、食事を一緒にした。食事をする間だけは本を下ろしていたが、食べ終わると再び読み始め、全員を呆れさせていた。

 そして夜、村の人達も孤児院の子供達もレオル達も寝静まった頃、孤児院の庭では剣を振る音が絶えることなく続いていた。




 そんな経緯があり、七の月二十一日の朝、イサラ達は古代遺跡にして超一級指定遺跡でもあるヴィレエピヌ遺跡にたどり着いていた。

 ファンダリアでは一年は十三か月あり、一月は三十日だ。今はどの地域でも夏を迎えている。

「では、来る途中にもお話ししましたが、この遺跡は遥か昔から存在し、そして時を経ても朽ちることなく存続しています。このことから、遺跡全体が何らかの魔術によって保たれているという仮説が立ちます」


 イサラはおさらいをするように全員の顔を見る。ここに来るまでには三時間ほどかかった。そのため、その間に遺跡のことや中に入るにあたっての注意事項を聞かせていた。今はその最終確認の段階なのだ。

「つまり、外部だけではなく内部にも魔術による仕掛けが施してあると考えられます。どのような仕掛けで、またどのような罠があるかは目撃証言や帰還者が少ないため詳しくは分かっておりません」

 依頼が出された当初は多くの人々が遺跡に挑んでいた。しかし、帰還率は極めて低く、出てこられなかった者はあまたに登る。


 受注をされなくなってからも、時々物好きなものが挑戦するが十中八九帰ってこない。帰還した者もひどく衰弱し、錯乱していたためまともな情報が得られていないというのが現状だった。

「最悪、内部でバラバラになってしまう可能性もあります。そのため、各々に必要な道具を渡しております。万一の際は自身の身を守ることを最優先に、脱出も考えてください」

 いつもならイサラが必要な器具や道具のほとんどを持っているのだが、今回はそれぞれが同じ道具を所持していた。罠や何らかの原因で単独行動を余儀なくされた場合、一人でもどうにか対処ができるようにとの考えからだった。


 そのため普通なら大荷物になるはずだが、イサラによって改良された荷袋とヤックのおかげで動くには全く支障がない。ジェイドの荷袋とヤックも昨日のうちにイサラが改良を済ませていた。子供達がとても興味深そうに見ていたのが印象的だった。

「じゃあ、他の奴は……」

「一人になった時には必ず自身を優先させてください。互いの実力は把握できていると思います。相手を信じて、遺跡の外で再び会うことに全力を尽くしてください」


 ジェイドが言いかけるが、遮ってイサラが続ける。非情なようだがこれが鉄則だった。迷宮や遺跡では古代に作られた思いもよらない罠が存在している場合がある。

 気を抜いたり、他に気を取られていれば自分自身が命を落とすことになりかねない。まずは自分を守ること、そして仲間を信じて脱出し合流することが大事だ。

 無理して奥に進んだとして、仲間と合流できなかったり、外に出られなければ何の意味もない。非常事態が起これば一度態勢を立て直す必要があるのだ。


 イサラも探索の依頼自体は慣れているとはいえ、パーティを組んでの協力攻略は初めてのことだ。さらにここは未踏の超一級指定遺跡、用心に越したことはない。

「分かった。だが、もし出口方面がふさがったりしたらどうしたらいい?」

 レオルも了承したが、罠や仕掛けによっては帰りたくても帰れないという事態が発生する可能性もある。その際にはどうすればいいのか確認しておかなければならない。

「その場合は迂回路を探す方向で先に進んでください。けれどあくまで深入りはせず、危険はなるべく避けてくださ

い。何が起こるのか、わたしにも予測がつきません」


 イサラの言葉に全員が気を引き締める。イサラは知識に関しては誰よりもよく知っている。そのイサラが何があるのか、何が起こるか定かではないと言っているのだ。

 自分達の予想以上に過酷な道のりなのだろう。また、そうでなくては今まで誰も最奥までたどり着かないということなどなかっただろう。

「入る前に戦う準備と明かりを用意しておいてください。遺跡の中にはほとんど光がありません。魔術もできる限り使用を控えた方がよろしいかと思われます」


 イサラが忠告するには訳がある。遺跡の中には魔術に反応して作動する罠や仕掛けもあるのだ。その場合対応が遅れてしまう可能性もある。魔術は発動するのはそう難しくはないが、維持するにはそれなりの集中力と魔力を消費する。長丁場になる場合消耗はなるべく避けるべきだ。

「分かった。陣形はどうする?」

 遺跡の中はそれなりの広さはあると思われるが、みんなが並んで通れるほどではないだろう。また、それでは何かあった場合、全員が一度に行動不能になってしまうことも考えられる。


「先頭はわたしが、間にジェイド、最後尾にレオルとします。フィオナは念のためレオルと共にいてください」

 イサラが言うと、フィオナは少し不満そうな顔をした。一番危険な場所をイサラが受け持つのに、そこに自分が一緒にいられないことが嫌なのだ。

「罠や仕掛けがあった場合、慣れているわたしの方が発見しやすいですし、それに対応もできます。また、魔物などがいた際、わたしとジェイドが切り込み、レオルに後ろから援護していただく形になります。フィオナはもし怪我人が出たり、挟撃された場合に備えてレオルと共にいてほしいのです」


 イサラの説明でどうにか納得する。実際、イサラの戦闘には自分がついて行けないことはよく分かっていた。その点で、遠距離攻撃の手段を持つレオルとなら一緒にいられるし、結界を張ったり回復魔術も使える。

 文句を付けられない配置だとは思うのだが、それでもイサラと離れることに不満を覚えていたのだ。いつも遺跡探索では一緒だっただけに、離れ離れということに不安もある。

 いつもなら肩に止まることはしなくても、そばにいることに対しては何も言わないからだ。だが、パーティで動くとなるとそういうわけにもいかないのだろう。イサラは、リーダーとして全員の生存と帰還に責任があるのだから。


「……分かった。その代わり、無茶はしないのよ? 前みたいに解除するのが面倒だからって走り抜けたりしないようにね?」

 フィオナの言葉を聞いて、ジェイドとレオルは冷や汗を浮かべる。そんなことをされては置き去りにされるだけではない。イサラが発動させた罠に自分達が漏れなく掛かるということになってしまうだろう。

「はい、わかっております。細心の注意を払って進みますので安心してください」


 イサラは二人の表情を見て、安心できるのかできないのか、いまいち判断に困る答えを返してくれるのだった。

 だが、ともかくヤックを首飾りに変え、それぞれにカンテラを持つと明かりをともし、遺跡の中に進んでいった。

 中はひんやりとしており、やはり暗かった。四方は石造りの壁と天井と床で高さは二ソレル、幅は三ソレルほどの通路が奥の方に広がっている。見た限りでは分かれ道などは見えない。

「なんか……空気が違うな」

 レオルは外との微細な違いに気付いた。外と中では周囲の魔力の、無色の魔力の質というか量がまるきり違う。


 レオルもここ十年ほどで世界に満ちる無色の魔力の減少は感じ取っていた。だが、この遺跡の中ではレオルの知る十年前以上に濃い魔力が漂っている。不思議なのは入り口から外にこの魔力が漏れていないということだろうか。

 やはり何か遺跡自体に仕掛けがあるのだろう。無色の魔力を外に出さないための結界か、もしくは無色の魔力を生み出す仕組みが。

「ああ、なんとなく俺も感じる。ってより…………なんか、懐かしい? いや、俺はこんなとこ来たことないんだが…………。知っているような、呼ばれているような、そんな気分だ」


 ジェイドは首をかしげている。村の近くにあっても、近くにあるからこそ村人達はこの遺跡の危険性を熟知していた。そのため、好奇心の旺盛な子供達にはよくよく言い聞かせていた。この遺跡には絶対に近寄らないことを。

 だから、ジェイドも今まで一度もこの遺跡には近づいたことさえなかったのだ。それなのに中に入った瞬間、帰ってきたような、そんな気分になった。それだけではない、自分の心の奥底に何かが呼びかけているような気さえする。


 こんなことはイサラに出会った時以外では初めてのことだ。あの時にも、自分であって自分ではない何かがイサラに対して特別な感情や感覚を抱かせた。

 一緒にいたい、一緒にいなければならないと思わせた。その後イサラを知るにつれてそれは本当の感情になっていったが、きっかけは確かにそこにあった。この遺跡からも似たような、けれど別の感情が押し寄せてくるのだ。

「はやりそうでしたか……」

 イサラだけは何か分かったかのようにうなずいている。そして、慎重に歩を進めていった。


「イサラ、何か心当たりがあるの?」

 フィオナが不思議に思って尋ねる。イサラは周囲に注意を払いながらもフィオナの問いに答える。

「この遺跡は外部と内部というよりは遺跡自体ですね、それを隔離する魔術が組まれております。ですから、外がどのような状況であれ、この遺跡は建造された当初より変わることなく存在しております」

 この遺跡は誕生した時から変わらずに、数千年とも数万年とも言われる年月を経てなお現在まで残っている。それはこの遺跡を存続させる魔術が働いているため。それがどれほど規格外の技術であり魔術であるか、感覚的に理解したジェイドとレオルは顔色を悪くする。


 外界と完全に隔離されているということは、この内部では時の流れや空間でさえ外と違うかもしれないことに気付いたためだ。下手をすればとんだ浦島太郎になってしまう可能性もある。

「安心してください。時の流れや空間まではいじられていないようです。ただ、遺跡自体が破壊されないよう、朽ちることのないように魔術が施されているようです」

 イサラの言葉に二人は安堵のため息をつくが、それでも警戒するに越したことはない、壊せない、朽ちないということはいざという時、壁や天井、床を壊して脱出するということが不可能だということでもある。


 あくまでも通路を伝っていく必要がある。たとえそこに罠があろうと進むしかないのだ。改めて難易度の高さを感じる。

 話しながらも、イサラは罠があるらしき場所を特定し、あるものは発動させあるものは避けながら進む。後ろにいるジェイドやレオルもイサラの跡をたどる。

「ですが、その魔術を維持するためには膨大な魔力を必要とします。そのため、この遺跡内では魔力を循環、さらには生成する仕組みがあるようです」


 イサラの無色の魔力を通じた探知ではそう識別できた。この遺跡内では隅々まで魔力が行きわたり消費されているが、それと並行して魔力が生み出されている。そのため決して尽きることなく、また減ることなく遺跡を維持できているようだ。

「魔力を生み出す? そんなことができるのか?」

 ジェイドは無色の魔力がどこからきて、どこへ行くのか全く知らない。どうして無職の魔力が世界に満ちているのかも分からない。そのため、魔力が生み出されていると聞いてもピンとこないのだ。


「出来るさ。ミール村では実際にその仕組みがある。イサラが作り出したものだけどな」

 答えたのはレオルだった。イサラは世界の魔力が減っていることに気付き、それをどうにかするために立ち上がったが、その過程である試みをしていた。それが無色の魔力を生み出す技術の確立だ。

「な! ほ、本当なのか? そ、それができるなら問題は解決するんじゃないのか?」

 ジェイドが興奮する。そんなことが出来るならイサラの目的は達成されるはずだ。こうした危険を冒してまで挑戦する意味があるのだろうか。


「今現在できるのは特定の範囲内に限ります。この遺跡のように、限られた範囲内でしたら魔力の循環と生成が可能なのです。しかし、世界中に満ちる魔力を回復できるかといいましたら、それは不可能でしょう。世界はとても広く、世界中にその仕掛けを施すことはできません」

 イサラが冷静に返す。そう、イサラが作り出したものでも世界の魔力を回復させるほどの効果は期待できない。だからこその今なのだ。世界規模で怒る危機を回避するためには、世界規模で対処をしなければならない。


「村や町がある場所にだったら可能だってことだよ。でも、自分達の村に妙な細工をされて黙っている奴がいるわけもないだろ? 俺達はイサラを信じているからいい。だけど、どんなところに行っても反対する奴はいるだろ? だからまだそれができるのはミール村だけなんだ」

 イサラとてできるものなら、人が住む場所だけでも魔力が保たれるようにしておきたかった。だが、それを許さない人々がいる。どこの誰ともわからないイサラに自分達の町を任せられないと、声を上げる者達が。


「このまま無職の魔力が減り続ければ、ありとあらゆるものに影響が出るでしょう。無色の魔力で動く自動魔術や設置魔術はもちろん、作物や森などの自然、それに生き物達にも影響が現れるはずです」

 この世界に生きる命は皆無職の魔力の恩恵を知らずに受けている。世界の流通や発展に大きく貢献した旅の扉を支えているのも無職の魔力だ。それに人々に身近な自動魔術もその原動力は無色の魔力だ。


 さらには大地も川や海も魔力を含むことにより豊かになり、生き物にとっても植物にとっても住みよくできている。

 生き物は無意識であっても無色の魔力を取り込むことで自身の魔力を安定させバランスをとっている。魔力は生物の魔臓器官から生み出されているが、それは自身の摂取したエネルギーと呼吸や皮膚などから取り込んだ無職の魔力が元になっているのだ。


 先天属性とはその魔臓器が生成しやすい属性のことを指す。無色の魔力も元になるのだが無色の魔力は何にでも染まり、また属性の影響を受けやすいため魔臓器を通すと属性魔力に染まり同化してしまうため残らない。

 だが、周囲の無色の魔力が減少するとそのサイクルが狂う。それまでのように高い魔力を保てなくなったり、回復が極端に遅くなったりするのだ。安易に魔術を使うこともできなくなる。

 また、生き物は自身の体調の維持に知らず知らず自身の魔力を用いているのだ。それができなくなれば、魔力が低い者は体が弱くなり、病気などにもかかりやすくなる。命にもかかわる事態に陥るのだ。

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