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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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緊迫した面接試験 前編

 シリルは立ち上がって横を見る……と、イサラはまだ寝ていた。軽く肩をゆすると、むくりと顔を上げる。寝る前と変わらない寝ぼけ眼だ。シリルは立つように手で合図をする。

 イサラは少し周りを見て、すぐに立ち上がった。

 係員と追加要員が問題用紙と解答用紙を分けて集める。

 がっくりと項垂れる者、シリルのような充足した顔の者、人それぞれだ。唯一イサラだけが常と変わらない。


「只今より昼休憩に入る。二時間後、十六時より面接試験となる。各自一刻前までには集まるように! 遅刻は失格とみなす! 解散!」

 係員はそう言い置いて試験会場を出ていった。問題や解答用紙を持った追加要員も続く。

 ファンダリアでは一日三十時間だ。ちょうど昼休憩を挟めるようにスケジュールを組んでいるのだろう。会場を出ていく者もいれば、席に座り昼食を広げる者もいた。

 シリルも会場で昼食を取る予定だった。時間が長いので外に食べに出ることもできるが、もし不測の事態があって時間に間に合わなければすべてが無駄になる。


 そう考える者がほとんどなのか、会場を出た者もトイレに行っただけのようだ。

 彼女はどうするのだろう。そう思ってイサラを見たシリルだったが。

「ちょっ、何してるの?」

「読書ですが?」

 席に戻り、返還された荷物から本を取り出し広げているのだから読書には違いない。問題はその読み方だ。本を広げるまではいい。ただ、縦に持って読んでいる。パラりと、上からページが落ちてくる。


「読書って……それでちゃんと読めるの?」

 魔道書やその研究書は、普通に読み解くのさえも難しい。だからこその研究家職だというのに。本当にまじめに勉強しているのだろうか。

「はい。こうして読んでいると、新しい発見がありますし面白いですよ」

 あれで何が発見できるというのだろう。言うことやること常識外れもいいところだ。やはり師匠がいないというのが大きいのだろうか。イサラの場合、それだけではない気はするが。

 自分の進むべき道を示してくれる人がいるのといないのとでは、勉強や研究の進め方に大きな差が出る。何が必要か手探りで進めていかなければならないというのは容易なことではない。


 師匠に見込まれてこの道を志したが、資金や人材の関係で諦めた者はたくさん見てきた。夢を持とうと、現実問題として大きな壁が立ちはだかることがある。シリルはそれをどうにかできるだけの環境に恵まれていたに過ぎない。

 師匠さえもいないイサラの境遇は、想像さえつかないことだった。

「ねぇ、どうしてこの職を選んだの?」

 魔道関連職でも、もっと簡単なものはあったはずだ。魔術に興味があったとして、そういった職に就いたのではいけなかったのだろうか。イサラは少し考えてから口を開く。


「……やりたいことが、いえ、やらなければならないことがあるからでしょうか。そのためには、この職に就くのが一番かと思いました」

 違う、シリルは直感した。イサラは自分とは違う、自分達とは圧倒的に違う、と。自分達は魔道書研究家になるのが目的で、そのためにずっと勉強し努力を重ねてきた。本を読み、指導を受け、研究をしてきた。

 もちろん研究家になればあんなことをしたい、こんな研究に関わりたいという目標はある。それは誰もが持っている。

 それなのにイサラは、イサラにとって魔道書研究家という職は手段に過ぎないのだ。定めた目的を達成するために最も適し、目標に到達するために積み重ねた経験や知識に沿った、それらを生かせる、ただの道具であり通過点。

 魔道書研究家になることが重要なのではない。その職を得ることによって与えられる特権や肩書こそが、彼女にとっては必要なものなのだと。


「もし、もしよ。この職以上に適したものがあったとしたらどうしてた?」

 半ば答えは分かっていながら、聞かずにはいられなかった。自分のアイデンティティを丸ごと否定されると分かっていながら、問わずにはいられなかったのだ。

「そうですね、あればそちらを選んでいたと思います。それがどうかしましたか?」

 顔色の悪くなったシリルをイサラが覗き込む。

「何でもないわ、ちょっと疲れが出ただけ」

 シリルはそう答えるのが精一杯だった。イサラは少しシリルの様子をうかがっていたが、その理由で納得したようだ。また妙なやり方で読書を再開した。


 昼食の途中だったが、シリルはもう食べる気にはなれなかった。息苦しさに似た感覚が襲ってくる。小さい時から魔道書研究家になることを夢見てきた。その夢に今手が届きそうになっている。

 それなのに先ほどまであった喜びはどこかに行ってしまったようだ。

 今までのイサラの行動を見る限り、勝者はシリルのはずだ。彼女が試験に合格しているはずがない。それなのになぜだろうか。敗北感が胸の中に広がってくる。自分がひどく小さい存在に思えて、シリルは小さくため息をついた。




 監査室においても一人、高揚感と同時に何ともいえない敗北感にため息をつく人物がいた。イサラの監視と採点を務める若い監査員だ。

 本来、採点は今日中に終わればいい。結果が出るのは明日だ。しかし、彼は待ちきれず、昼食もそこそこに採点を始めた。みんなは真面目なやつだとからかってきたが、そうではない。

 確かめたかったのだ。感じた胸の高まりが偽りではないことを。あるか無きかのわずかな可能性に。

 結果は予想以上、いや完全に予想外だった。

 間もなく筆記試験の採点を終えた彼は、その後、点数よりもはるかに大きな驚きを覚えることになる。それこそ、一生を通じて最大の衝撃を受けることになった。




 結局イサラは休憩中ずっと読書をしていた。本を逆さにしたり、斜めにしたり妙な方法ではあったが。昼食もシリルに促されて、もそもそと携帯食料を口にしただけだ。栄養価は高いがくそまずいというそれを食べても表情に変化はない。食事を楽しむという感性がかけているとしか思えない。

 半刻前になると、会場に全員が集まり、十六時少し前になって係員が中に入ってきた。

「これより面接試験を行う。受験番号順に十名ずつ案内する。それ以外の者はこの部屋で待機するように」

 そう指示を出し、番号の早い十人を部屋の外に案内していく。するとイサラは最後になる。終了時間に幅があったのはこれが理由だ。


「あの」

 出ていく受験者達を見ながら、イサラはシリルに声をかける。シリルもイサラと同じ最後の組になる。

「今度は何?」

 イサラとの会話にも慣れたのか、シリルも普通に返してくる。

「面接試験はどのように行われるのですか?」

 ガクッとなる。そういえば、こういう子だった。

 気を取り直して、イサラに向き合うとシリルは説明をする。


「面接試験は十人ずつ案内されて、まず五人一組で集団面接を受けるわ。質問にそれぞれが答えていってその内容で採点される。大体一刻くらいかな」

 その後五分ずつくらいの個人面接があり、半刻ほどで十人の面接が終わる。ちなみに一時間は百分計算だ。一刻は二十五分ということになる。

「それでは、わたし達が面接を受けるまでに一時間と半刻ほど時間がかかるということですね」

 まだしばらくは順番が回ってこない。イサラはレオルの試験がどうなったかということや、フィオナに連れまわされているだろう三人のことを考えた。偶然この街で知り合った青年ジェイドも大変だろう。


「……内容は聞かないの?」

 筆記の時にも思ったが、イサラは試験内容を一切聞いてこない。普通はそっちの方が気になるはずだ。まぁ、正直に答えてもらえるかどうかは置いておき。

 短い付き合いでもイサラが普通ではないことはよく分かった。一般常識で考えていると馬鹿を見ることも。

「聞かれたことに正直に答えるだけですよね? それとも何か特別な作法があるのでしょうか?」

 面接に作法も何もないだろう。いや、多少の礼儀は必要だろうが、それで落とされるわけではない。重要なのはあくまでどういう考えを持っているかだ。自分の思いや考えを、自分の口で自分の言葉で答えるだけのものだ。


 イサラの答えにマニュアルなんてものを気にしていたシリルは、自分が情けなく思えてきた。いまさら何を取り繕う必要があっただろうか。偽りではない、等身大の自分を見てもらうのだ。魔道書研究家には変わり者も多いという。自分を着飾ることに、どれほどの意味があるだろう。

「ふふっ、それもそうね。あなたもたまにはいいこと言うじゃない」

「? ありがとうございます」

 シリルの言ったことがよく分かってはいなかったようだが、イサラはお礼をいう。少なくともシリルを笑顔にできたことには違いない。昼食時の暗い顔も吹き飛んでいた。


 イサラとはそういう存在なのだ。その態度や言動により人をいらだたせたり、笑わせたり、怒らせたりするが不思議と目が離せない魅力がある。

 知らないうちにペースに巻き込まれて、ひっかきまわされて、落ち着くところに落ち着く。

 彼女と付き合っていくには、心を広く持つ必要があるのだ。

「ねぇ、イサラ。あなた、人に変って言われない?」

 空き時間ができたことで再び読書を開始したイサラの横顔に話しかける。


「はい、よく言われます。村で一番の変人というのが代名詞でした。そんなに変でしょうか? これでもあちこちを旅して経験はそれなりにあると思うのですが。どこへ行っても言われますね、どうしてでしょう?」

 本からは目を離さないまま首を傾げるイサラ。どこへ行こうとこの調子では十分変人だ。なまじ顔がいいだけに、余計その印象は強くなる。

「本当、変な子」

 今回は無理だろうが、きっといつか合格するだろう。その時にはいいライバルになるかもしれない。それまでに自分もやるべきことを見つけないと。シリルはひそかに決意した。


 その後、シリルとイサラは何気ない会話を続けた。イサラは相変わらず目線は本に向けられていたが、シリルが話しかけると答えるのでちゃんと聞いているのだろう。

 普通はこんな態度を取られたら気分を害するものなのだろうが、不思議と腹が立たない。こんな子だと思ってしまえば、それがイサラの個性に思えてくる。

 シリル自身でも不思議でしょうがなかった。自分はこんなに人懐っこい性格だっただろうか? 初対面の、それもライバルになるかもしれないイサラに、友達にするように自然に接することができている。

 どこか他人とは思えず、構いたくなるのだ。放っておけない雰囲気がイサラにはあった。


「そういえば、自由課題。テーマは何にしたの? まあ、書けていたらだけど」

 あの短時間では疑わしい。そもそも試験内容を知らなかったのなら、満足にまとめることもできなかっただろう。過去に書いた研究資料をすべて覚えているならともかく、論理的に考えてまず不可能だ。

「……昔にまとめた研究です。少し思うところのあるものでして……」

 イサラには珍しく言葉を濁す。昔何があったのか追及する気はないが、少し気になる。あるいはまともに書くことができなかったが故のためらいか。

「そう。わたしはね『精神が無色の魔力に与える影響』についての研究よ」


 イサラの表情から、聞き出すことをためらったシリルは話題を変える。興味を持ち、今まで研究してきたことを話して聞かせた。理論や実験、研究の成果を語る間、イサラは黙って聞いていた。

 シリルも少し得意げに、友達に聞かせるように話し続ける。

 無色の魔力とは世界に満ちている魔力をさす。人などの生き物が有する魔力に対して色を持たないことからこう呼ばれている。生き物が有する魔力は生まれつき色を有している。それは属性を表しており、八つに分けられる。

 光は銀、闇は黒、火は赤、氷は白、風は緑、土は黄、雷は紫、水は青だ。光と闇、火と氷、風と土、雷と水は反属性と呼ばれ、互いに反発しあう性質を持っている。色は魔術が発動した際の魔力の色で決められた。


 魔力を持つ者は、それぞれに属性も有している。中でも先天的に得意とする属性がある。たいていは一つで、一種類の魔術に特化する形になる。魔術は先天属性以外の魔術も使用できるが、習得しづらかったり、効果が小さくなったりする。

 ファンダリアでは個人の先天属性を確認する方法は未だ確立されておらず、実際に魔術を使ってみて自分の特性を確かめる以外にない。

 魔術は能動・設置・自動の三種類に分けられている。能動魔術は一般に広く用いられているものであり、一定以上の知性ある生き物なら自身の魔力を使って使用することができる。初級から中級、上級、最上級、特級と階級が分けられている。


 また忘れ去られた古代級魔術も存在するが、使用できるものがほとんどいないため、特級までが魔術の階級とされている。

 人が使用する際には属性の印を組み、イメージを高め、己の魔力に周囲の魔力を同調させることで起動し、呪文を唱え魔術名を口にすることで発動する。

 魔力が高いほど同調率が高くなり、効果や範囲が高く広くなる。また、想像力も重要で、どれだけ早く正確に強く思い描けるかで発動時間が決まる。

 能動魔術は機動性、応用性、迅速性に優れるが、個人の魔力や想像力に依るため個人差が大きい。


 設置魔術とは大規模、または広範囲魔術とも呼ばれている。これは個人ではなく、世界の無色の魔力を用いて行われる魔術だ。そのため誰にでも使用できるが、国から制限を受ける魔術でもある。転移魔術もこれに含まれている。

 複雑な魔法陣を組み、条件を整え、環境を整備する必要があるため個人レベルでの行使はまず不可能だ。世界中の都市町村はこの設置式の魔術障壁によって守られており、外からの魔術攻撃に耐えられるようになっている。


 自動魔術は自動発動式魔術のことだ。主に身に付けるものや道具、防具、武具に付与され、所有者の意思に関係なく自動的に効果を発揮する魔術だ。適した魔法陣を刻むか、魔石を組み込むなどして作られる。

 所有者の魔力を用いず、周囲の無色の魔力によって発動して、常時効果を発揮するため重宝されている。持ち運びでき、身に付けるだけで効果を得られることから、広く普及し必需品となっている。


 このように、無色の魔力とは魔術を行使するにあたってなくてはならないものだ。しかし、その重要性に反して、それを研究しようとする者は少ない。魔術を使うものにとって無色の魔力とは前提条件であり、絶対条件なのだ。その魔力が目に見えるものではなく、感じられるものでもないことがネックになっている。

 あることが当たり前すぎて、それがどういったものなのか考える者がいないのだ。いたとしても真偽を確かめるすべがほとんどなく、専門に研究する利点も低い。そう考えられてきた。

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