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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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受け継がれる罪と悪意

 一時期は、流民だけで一から街や国を作ろうという考えや動きもあったらしい。しかし、流民となった難民は元々国も家も町も失った人々だ。元手もなく、かつて滅んだ故郷を甦らせるということも厳しい。

 戦争で失ったのなら敵の領地に、魔物によりほろんだのなら魔物の巣窟に、疫病や飢餓で捨てたなら今なお人の住めない場所になっている。


 流民達が居住地を作れるとすれば、到底人が住むとは思えないような、そして魔物でさえも容易に近づけない場所である必要があった。いや、そのような場所しか残されていなかったというべきか。そのため、流民の町というものはほとんどく作られることなく、多くが流民のままで世界を渡り続けた。

 中には元からの住人と婚姻を結んで市民権を得たり、税を払うことで正式に街に移り住む者もいた。だが、それもごく少数で鼻つまみ者であった流民を受け入れて家族とする者も町村の一員と認める者も少なかった。


 流民達はいつか自分達の村や町を持つことを夢見ながらも、そのために努力しながらも大半は夢をかなえることなく流民のままで一生を終えることになる。その子供も孫もまた同じような夢を抱き生きていた。

「な、なぁ、話聞いてて思ったんだが……もしかしてミール村って……」

「はい、お察しの通りです。ミール村とはかつての難民、今現在流民と呼ばれている方々の祖先が作り出すことに成功した村です。だからこそ村の人々の絆は強く、そしてどれほど過酷でも村を……居場所を手放そうとすることはありません」


 レオルは自分達のルーツを聞いてひどく驚いた顔をしていた。流民街に来て、流民を知った時になんとなくミール村に近いものを感じていたが、まさか祖先が同じだったとは思わなかった。かつて行き場を失った人々が命がけで長年をかけて築いた場所だからこそ、誰もが村を愛し、村中を家族として生きている。

「なんとっ! わ、我らの同朋の村があると? この国に!? 安息の地を見つけることができた者達がいると?」


 頭の驚きはレオル以上だった。今まで流民達の始まりすら知らなかった。ただ、そういうものなのだと諦めていた。しかし、イサラの話を聞けば、今まで流民達がどれほどの理不尽の中にいたのかよく分かった。

 対等であるはずの、お互いを生かすために作られたはずの流民制度がいつの間にか差別制度に変わってしまっていたことに。そして、そのことを誰もが忘れ今の形を当然のように受け止めてしまっていたことに。

 何より、祖を同じくする者が流民達の永遠の憧れであり、夢でもある安息の地を見つけ、今なお生き続けていたことに。


「はい、ここにいるレオルは真にミール村の出身。つまり、あなた方と祖を同じくする、かつての流民の子孫です」

 その瞬間、頭だけではない。流民達のレオルに対する目が変わった。今まではイサラの連れてきた旅の道連れとしか見ていなかったが、イサラを見る時と同じように、いやそれよりは流民達が同朋を見る目と同じ親しげなものになっていた。


「実を言いますと、わたしがあなた方を放っておけなかったのもそういうわけでして。わたしを受け入れ、育てていただたいた方々の同朋でもあるあなた方をそのままにしておくことができなかったのです。たとえ、あなた方もミール村の方もそれを知らなかったのだとしても」

 思わぬところでつながっていた縁。ミール村という自分達の同朋がいたからこそ今のイサラがあり、そして流民達がある。すべての行いはやがて自分に帰ってくるというが、それは本当のことなのだと実感させられた。


「ですから、成人すればレオルと共に必ず伺おうと考えておりました。流民とかつての流民。立場は変わっても、いまだ変わらぬ心と誇りがあることを感じていただきたくて」

 安息の地を得ても、かつて流民であったミール村の人々はその心まで変わることはなかった。艱難辛苦を乗り越え、ようやく自分達の手で作り出した村だからこそ愛着があった。


 どれほど辛い環境の中にあっても、住む場所があるというだけで幸せだった。どんな時でもお互いに助け合い支え合うことを忘れなかった。自分達の生活を改善し向上させるための努力を怠らなかった。未来に希望と財産を引き継ぐことを胸に生き続けていたのだ。

「ミール村だけではありません。いずれも辺境で、人の住みにくい場所ではありますが難民の……流民の作った町や村があります。国の目も届きにくい場所ですが、市民権と人権を取り戻し、その国その地域の人々として生きています」


 現にミール村の人々はジフテル国の国民として正式に認められ、変わらない権利と義務を与えられている。

「それができたのも、一つは流民制度の恩恵のおかげともいえます。世界を転々とすることで自らの安息の地を見つけ出し、流民制度を利用してそのための資金を得る。もちろん最初に村を拓く時には国の許可や援助を受けたでしょうが、その返済のためにも流民制度で稼いだお金が使われたはずです。そうやって安息の地と他地域を行き来することで村を作り上げたのでしょう。ミール村にも同じ様式でありながら年代の違う建物がいくつもありましたから」


 何年も何年も、下手をしなくても数十年以上をかけて作り上げた村。実際に住むことができるようになるまでに、どれだけ世界を歩き回っただろうか。どれだけの人が夢半ばでこの世を去っていっただろうか。

 そんな人々の思いを受けて、情熱を傾けて作り上げられた流民達の町や村。その内の一つがミール村だ。一年の大半を雪に閉ざされた極寒の地。けれどどこよりも暖かい流民達にとっての安息の地。


 流民制度というものが難民たちの未来を三つに分けた。流民として一生をさすらい続けるか、安息の地を見つけ定住するか、もとからあった村の住人として帰属するかに。そして、定住することができたのは難民たちの中でもわずかばかり。一割にも満たない人々だった。残りの九割は流民として、今も世界中をさすらい続けている。

 なぜ自分達が流民として生きているのかさえ知らないまま、安息の地を見つけた同朋さえも知らないままに。


「流民制度ができて数百年も経つと、人々はその成立の理由や真意を忘れていきました。それは流民となった人々も例外ではありません。ですが、苦い記憶というものだけはなかなか消えず、確執だけが残ることになりました」

 制度自体が忘れられたとしても、それ以前にあった確執は簡単には消えてくれなかった。どれだけ流民達がつつましく生きても、そこに住む人々にとって流民達は部外者であり異物だ。時がたつにつれて、そういった感情は理由のない悪意や敵対心だけを大きくさせていったのだ。親から子へ、子から孫へと語り継がれるたびに。


「本来であればお互いの生活をどちらか一方が脅かすことなく、共存していくための制度でした。旅の扉ができる前は流民の方もそれ以外の方も生活に大きな差が生まれることはありませんでした。そのため、格差による一方的な差別というものも存在しなかったのです。互いに嫌悪し接触を避けるものの、かろうじて制度は保たれ流民の皆様にも人権は認められておりました」

 良くも悪くも世界に影響を与え、人々の生活を大きく変えるのが魔術や魔導技術とよばれるものだ。旅の扉という移動技術が流民の運命を変えた。


「旅の扉により、人や物品の移動が容易に、頻繁になるとそれだけ街も国も発展します。ですが、最初は混乱も大きかったのです。なぜかわかりますか?」

 それが、旅の扉を利用した戦争などというものをさしているのではないとレオルは感じた。それ以上、それ以前の問題。

「今まで交わることのなかった物や人が交わることで、商売上、政治上、地域上の問題が発生するんだろ? 国や地域が違えば考え方もしきたりも取引の仕方だって違う。簡単にまとめられるもんじゃない」


 今でさえ問題になる時もあるのだ。当時は異文化交流などというものではなかっただろう。まるで全く別の世界の人を相手にしているかのような、そう錯覚してもおかしくない状況だったはずだ。それほどに閉鎖的な環境では各々特異な文化が築かれるものだ。

「その通りです。習慣も、気候も、食べ物も、考え方も皆違います。言葉でさえも簡単には通じませんでした。相手の情報が全くなかったのです。今まで交流がなかっただけに、無知という壁が立ちはだかりました。その壁を超える手助けをしたのが何者か、分かりますか?」


「我々、流民でしょうな。我々だけが、様々な国や地域を行き来し、見聞きし、そこで生活してきましたからな」

 頭が答える。イサラはそれにうなずいてつづけた。

「はい。流民の方々は今までお世話になってきたからと、橋渡しの役を買って出ました。互いをよく知らない人々の間に立って、互いをよく知っている流民の皆様が間を取り持ったのです」


「ちょ、ちょっと待てよ。それならおかしなことになるだろ? だって、それなら流民は俺達と世界の人達を繋いだ立役者ってことになるじゃないか。なら何て今もこんな暮らしをして、あんな扱いを受けているんだ?」

 クロードが割って入る。イサラの話が本当であるならば、おかしなことになってくる。右も左も分からない者同士を繋いでくれたなら、流民は世界を繋いだ功労者だ。こんな扱いを受け続けている謂れなどない。


「世界が今の世界の体裁を整えるために、流民の働きは欠かせないものであり、果たした役割はとても大きいものでした。本来であればその功績により、全ての流民の皆様を国民として受け入れてもおかしくないほどの功績でしょう」

 イサラの言葉にクロードを始め、聞いていた者達は一様にうなずく。そうでなくてはおかしい。それだけの働きをしたはずなのだから。いくら今まで間借りをしてきたとはいえ、その分流民達は危険も負担して移動を繰り返し、仕事は真面目に行って制度を律儀に守ってきた。制度自体が忘れられてもその生活を守り通してきたのだ。極力町と住人に負担が少ないやり方で。


「しかし、そのことで国は……人々は恐れたのです」

「なにを……だ?」

 イサラはクロードを見る。その瞳には確かに哀しみの色があった。

「流民達により、自分達の居場所を奪われてしまうのではないか……と」

「なっ! わ、我々がそんなことをすると……そんな略奪者のような真似をすると思われたというのですかっ!!」

 たまらず頭が声を荒げる。しかし、イサラはあくまで冷静な声で続けた。


「流民の皆様にその意思はなかったでしょう。あわよくば、自分達の生活が改善すればいい。そう考えてはいたと思います。これを機に正式に国民となるか、移動するにしても大きな危険はなくなりますし、余裕のある街を選ぶことも可能になりますから。ただ、国や多くの人々はそう思わなかったのです」

 それは古くから受け継がれてきた確執、流民に対する負の思いと、自らの負担に比例しないほどの危険をはらむ負担を長年敷いてきたことに対する罪悪感。そのようなものが人々を疑心暗鬼に陥らせた。流民達の善意を素直に受け止められなかった。


「いくら他国や他地域と手を結ぶことができたとはいえ、その知識は浅いものです。長年の知識の継承に加え、実際にそこで何年も暮らしてきた流民達には及ばないでしょう。住んでいたのなら一定の人間関係もすでにできております。知らない地域や人々に対する適応力や対応力、特産品や地域特性の知識、そして旅によって培われた肉体的・精神的な強さ。それら交易や交流に置いての能力が軒並み自分達より流民の皆様の方が優れていることは明らかでした」

 流民達は数百年に渡り世界を旅してきた。そして、新しい場所で同朋に出会う度世界の情報を交換し合い、新しい場所で働く度に新しい人脈を築いてきた。


 もし流民達が全面的に交易と交流を担い始めたとすれば、無知である人々がかなう道理がない。おいて行かれるならまだいい。だが、もし住む場所のなかった彼らが他の人々よりも豊かになったとすれば、追われるのは元からの住民の方なのではないか。

 流民達は世界をさすらいながらも、いまだに定住の、安息の地を求めている。新たに街を作るよりは元あった街を奪ってしまうほうがたやすい。そうなったときに流民となるのは街の人々の方だ。そして、街の人々にはそうなった時世界で生きていく術も、旅の備えも知識も力も足りない。


 そうなればきっと多くの人々が無力を嘆きながら力尽きるだろう。流民達が仮住まいをしている町を、居場所を狙っていないと誰が言える? 今まで積極的に接触してこなかったのに、今回に限り自ら手を貸してくれたのは何のためだ? 恩を売り油断させておいて、信用させておいて裏切り、追い出すためではないのか?

 そうした考えが人々の間に広がっていった。一度頭をよぎった疑心は消えることなく、膨らみ続けていった。流民達が旅の扉で移動し、見知らぬ流民達と交流を繰り返すたびに町や国の人々の不安は募っていった。


 いつか流民達に自分達の居場所を奪われてしまう。きっとそうだ、そうなるにに違いないと、身勝手で被害妄想的な考え方が広まっていったのだ。流民達が自分達を見る街の人々の異様な目に気付いた時には手遅れだった。

 元々お互いに引け目があって交流が少なかったことも仇となり、両者の間には埋められない認識の齟齬が生まれていた。

 そのままでは暴動さえも起きかねなかった。一部の良識ある者達は流民達が好意で仲立ちしてくれたのだと理解していた。その功績に報いるだけの見返りを求めたとしても、当然の権利だと考えていた。だが、そういった人々はあまりにも少なかった。 


 新しい技術と、これから始まる変革に混乱していた人々は、胸の内にある形のない不安の矛先を身近な他人に、住む世界の違う隣人に向けてしまった。

「人々の不安を解消するためには、流民の皆様にその意思がないことを示さなければなりませんでした。どれほどの言葉も行動も人々の不安を解消するには至らず、国から旅の扉の使用禁止を決定されました。そしてまた、一度に移動する人数、行き先、受け入れる人数も今まで以上に厳しく制限され、国からの指示に従うことになりました。流民の皆様は悔しさに打ち震え、失意の涙を呑みながらも、それを受け入れるしかありませんでした」


「なんだよ……それ。そんなのただの下種の勘繰りじゃな

いか。なんで善意に対して悪意で返されないといけないんだ?! 恩を仇で返すことが国家単位で、世界単位で認められたっていうのか!」

 レオルは思わず立ち上がる。そんな理不尽があっていいものか。良かれと思って手を貸したことに対して、余計な勘ぐりをされて、何を言っても信じてもらえず、どうしてそんな結果になってしまうのだろうか。なぜ、少しでもいい、信じてくれようとしなかったのか。


「はい、ゆえにそれは世界規模で行われた過ち、流民の皆様以外の全ての人が等しく背負うべき罪なのです。ですが、その罪は償われることなく上塗りされていくことになります」

「それが流民差別……か。いくら表だって疑惑を晴らしたっていっても、自分達の町を乗っ取るかもしれないと考える相手に好意的にはなれないわな。それが自分達の勘違いであっても、どうしてもそういう目で見てしまうだろうしな」


 クロードは今まで見てきた、流民達を見る街の人々の目を思い出す。まるで虫けらを見るような、存在自体を認めないと言っているような目。理由も定かではないまま、血と共に脈々と受け継がれてきた悪意。

 流民制度を基盤として、旅の扉が開発されたことによって生じた差別。謂れなき、罪なき者達に対する数々の過ち。罪を罪で隠していくかのような行い。

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