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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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流民の起源

「なあ、そうすると出所を疑われたりしないか?」

 レオルはイサラが身軽に動くために国と取引したことを知っているが、これでは意味がないのではないか。

「それに関しまして心配はいりません。なぜなら、流民の皆様の築いてきた文化や魔術、技術について詳しく知る者は世界に一人としておりません。元々、流民の皆様が伝えてきた魔術だということで納得されるでしょう」


 確かに相手のことを知らない上に交流がないため、流民の使う魔術や技術などは全くと言っていいほど知られていない。ごまかそうとすれば簡単にできる。

「だが、そうすると今度は反発が出ないか?」

「そうですな。我々が持つ魔術が自分達よりも優れていたとなれば、表側の世界の者はこぞって攻撃的になるでしょうな。我らをとらえてその知識を暴こうとするやもしれませぬ。我らにとってのメリットがありません」


 ジェイドや頭は、事実を知った時の周りの反応を気にする。蔑み、下に見ていた者達が、より優れたものを持っていた。そうなれば当然反感や反発がある。強硬手段に出ることもためらわないだろう。

「そうならないよう、もしそのような騒動が起きた時のためにあらかじめ交流をしていただき、お互いにある程度の進行と理解を持っていただきたいのです。国が流民の方々に強硬手段に出たとしても、街の方々との繋がりがあれば、全ての人が敵に回るわけではありません。国に……そして、人々に知らしめるのです」

「何を……でしょうか?」


 頭はイサラの考えが知りたくて聞き返す。イサラはうっすらと笑みを浮かべると、はっきりとした声で返す。

「真に欲するのであれば相応の礼儀を持って接すること。教わる立場であることを忘れた者に知識を与える必要も、得る権利もありません。対等で友好的な関係を築くこと。生まれで軽く扱ってくる者や信用できない者に技術を伝える必要も、学ぶ権利もありません。自身が持たない者を持っている者に対して敬意を払い尊重すること。国際法にも定められている通り、個人の知的財産は守られなければなりません。それを侵す者に魔術を教える必要も、使う権利もありません。みな、人であれば当たり前に持つ権利であり、主張が許されるものです。違いますか?」


 イサラの話は正論だ。当たり前すぎるほどに当たり前の権利と主張。そんな正論が今まであてはめられてこなかったのが流民という存在だった。

「流民も人です。わたし達と変わらない人です。それを知り、理解しない限り国も世界も流民達から新たな魔術を学ぶことはできません。そのことを、知らしめるのです」

 これから起こるであろう魔術革新の中、流民達からもたらされる新しい魔術。どの国も、どのような人々も喉から手が出るほどに欲するだろう。新理論が打ち出されても、それを広く普及し実用化するためにはそれなりの時間を要する。何より、誰にでも扱える形にするのが難問なのだ。


 魔道書研究家ほど詳しい理論を知らなくても、使い方さえ熟知していれば扱える技術が魔術だ。流民達に教わることで、その先十年をかけてやらなければならないことが数時間や数日で可能になる。それに目を付けない者はいないだろう。

 だが、それを手に入れるためには流民達を自らと同じ対等な人として認めなくてはならない。そのような態度で接しなくてはならない。今まで流民達をどのように思い、何をしてきたかを実感しているだけに、それは容易ではない。


「では、イサラ様から我らにもたらされた魔術をダシに、我らを国々や世界に認めさせろ、と?」

「はい、簡潔に言えばそういうことになります」

 事もなげに答えるが、それは非常に難しく、デリケートな問題だ。混乱に拍車をかけることにもなるだろう。

「ただでさえ混乱してるところに、爆弾を放り込むようなものだろ? そのせいで一気に流民達にその矛先が向いたらどうするんだ?」

 その可能性は大いにある。むしろそうならない方が難しいだろう。それほどに今の流民と表側の人々との関係は悪く、溝は深い。


「その抑止力としての魔術でもあります。レオルやジェイドはもうご存知ですが、現行魔術に比べ新魔術はその威力や魔力効率に置いて数倍から数十倍優れております。自分達の足元が不意に崩れ、絶対だと信じてきたものがあてにならなくなった時、目の前に自分達の知らないほど強い、けれどよく知っている魔術があればどう思うでしょうか?」

「そりゃ欲しがるだろ。あー、でも、同時に怖くもあるか……。なんせ未知の魔術ってわけじゃないのに、威力が段違いだし、そのくせバンバン打てるし。使ってるのが全く交流のなかった流民となれば、なおさら不気味に思うな」


 ジェイドは少し考えてから口に出す。人は知らないことや自分の持っていないものを欲っすると同時に、恐れを抱く。人であろうと技術であろうと同じことだ。そして、恐怖は行動に対する強い抑止力になる。

「はい、人々も国も欲求と恐怖とのジレンマに悩むことになるでしょう。明確に虐げてきた歴史があるだけに、言い訳はできませんから。そこで生きてくるのが、あらかじめ交流のあった方々です。流民の皆様をよく知り、橋渡しとなれる存在です」

「おいおい、それじゃ俺達に対する負担が大きくならないか?」


 今度はクロードが声を上げる。自分やこれから引き込む仲間達の重要性はよく分かったが、そうなると必然的に自分達に対するリスクと負担が大きい。下手をすれば裏切り者やスパイのような扱いを受けかねない。

 さらには、自分達も新しい魔術の知識や使い方を知っているとなれば、狙われるのはクロード達になるだろう。

「ですから、これからどれだけ多くの人を引き込めるかがカギになります。人数が多ければ多いほど有利に、安全になるでしょう。まさか街の要職についているような方々や街に貢献している方々の大多数をみな処罰する、などということはいくらなんでもできません。そんなことをすれば逆に国に不満や反感が向くでしょう。そして、流民の皆様も一度懐に入れた者を簡単に見捨てられるような冷たい心を持ってはいません」


 イサラがちらりと頭を見ると、達観したような顔をしていた。やはりイサラは流民達の主にふさわしい、とそのことを再度確認できた。

「橋渡しであるあなた方は、流民の皆様にとっても赤の他人ではありません。あなた達に手を出すことは流民の皆様を敵に回すことになります。彼らの持つ情報網と組織力は一国を凌駕しております。簡単には手を出させません」

 クロードは話を聞くにつれて感心するばかりだった。Aランクの魔物を討伐した時の作戦を聞いた時にも感じていたが、どれほどの知略を巡らせ深慮遠謀な見方をするのだろうと。


 間違いなく人の上に立てる器、それも一国を率いて導くことのできるほどの器だ。クロードが一目見た時からイサラが気になっていたのは、その秘められたる器にひかれていたのかもしれない。

 クロードも同じく人を率いる立場として、自分よりさらなる上の資質を持つイサラに。

「なるほどな、よく分かった。身を守りたけりゃ仲間を増やせってか。それもなるべく信用出来て街の要職についてりゃなおよしと。強制はされてないってのに、先を知ってりゃやらざるを得ない。なのに怒りや口惜しさがわいてこないってのは不思議なもんだ。むしろやる気がわいてくる」


「クロードさんでしたらそうおっしゃっていただけると思っておりました」

「へぇ、俺のことをそんなふうに見てたのか。うん、だが悪い気はしないな。期待に応えられるようせいぜい頑張ってみるさ」

「はい、よろしくお願いします。流民の皆様に対するメリットですが、市民権を獲得すると同時に、今までと同じく自治権も認めさせます。そうすることで生活様式を変えないまま、同じ権利を得ることができます。必然的にある程度従わなければならない規則や法は出てくるでしょうが、今の皆様の暮らしに大きな影響はないでしょう」


 人として今までなくてはおかしかったもの、それを取り戻そうというのだ。その上で流民は流民として今までの生き方を変えることなく、自分達を自分達で導いていく。

 元々流民による被害というのも、大半が相手に非があるものばかりだ。流民達から先に手を出すことはほとんどない。今のままでも国の法に触れるような行いなどしていない。

「それは流民のまま、人として認めさせようってことなんだよな」

「はい、最初に申し上げた通り、今の状況の方が間違っておりますので」


 イサラの意見は徹頭徹尾変わっていない。人というくくりの中に流民という存在を入れようとしている。そして、それは当たり前のものを当たり前に戻そうとする行為でもある。今までの当たり前の方が歪んでいるのだから。

「そうか……言われてみりゃおかしなことばかりだからな。流民ってだけで仕事がもらえなかったり、賃金が低かったり、簡単に解雇されたり。同じ国に住んでいるのに国に関わる権利がなかったり、使えない施設があったり。確かに納得いかないよな」


 クロードは改めて考えてみると、流民達があまりにも理不尽な扱いを受けていることに気付く。不公平という言葉だけでは表せない。国は、世界はどのような意図があって彼らをそこまで虐げ、忌避するのか。

 その答えを示してくれたのもまたイサラだった。

「流民の始まりは難民です。戦争や魔物の襲撃、革命、国家の転覆などにより行き場を失ってしまった人々。その方々がやがて流民となりました。寄る辺なく、居場所を転々とする人々。近隣で難民が出れば国は困窮します。食糧、住居の提供に居住権や市民権の登録手続き、仕事の斡旋をはじめ、治安の悪化の平定から自国民の不安不満の解消。やることは山積みになります」


 イサラは知識を得るために多くの書物を読んで知っていた。流民の始まりと国との確執を。

「それなりに余裕のある国や街ならいいでしょう。けれど、もともと人の少なかった町や村に、元の住民と同じだけの数の難民が流れ込んで来たらどうなるでしょうか?」

「当然物資も、住居も足りなくなるな。仕事だって減るし、おまけに人が増えることで治安も悪くなる。元からいた住民の不安と不満は当然出るか」

 クロードは冷静に分析する。


「でも、今はそういうの改善されてるだろ?」

 レオルが反論する。今現在では、難民は国際的に保護されるようになっている。一地域や一国で負担するのではなく、少人数に分け多くの地域と国で負担を分担するのだ。

「はい、今は難民だからといって受け入れを拒否されたりすることはありません。旅の扉を使うことで容易に負担を分担できるためです。ですが、旅の扉ができたのは五百年ほど前になり、それ以前は人や物資の移動は容易ではありませんでした。難民の負担により財政や施政が破綻し、つぶれた村や町もあったといいます。当然そうなると元いた村の住民もまた難民となってしまうという悪循環に陥ります」


「そっか、今みたいに簡単に人や物資の移動なんてできなかったから、周りから支援を受けることも、周りに負担を分担してもらうこともできなかったのか」

 レオルが納得したようにうなずいた。今は当たり前のように旅の扉が使われ、施設も整備されているが、五百年ほど前にはそんなものはなかったのだ。それ以前は国内での移動でさえ命がけの強行軍だっただろう。

「そういう経緯があり、難民とそれ以外の人々や国との間には確執が生まれていきました。どちらが悪いというわけでもなく、けれど決して相容れないものとして」

 難民とて好きで難民となったわけではない。事情があって行き場を失ってしまった人々なのだ。だが、その人々に自分達の生活までも脅かされるとなると、それ以外の人々や国も黙っているわけにはいかない。誰だって自分の生活の方が大事だ。余裕ができて初めて誰かの助けになれる。


「難民が流民と呼ばれるようになったのは千年ほど前のことです。当時、世界の情勢は荒れに荒れ、多くの国や町村が崩壊していきました。世界に大量の難民が生まれたのです。とても許容できないほどに。それ以外の国や街を飲み込み食らいつくしてしまうほどに」

 ただでさえ生活が安定せず、いつ自分も難民の仲間入りをするか分からない状況で彼らを受け入れることなど到底できなかった。だが、難民とて受け入れられなければ死を待つばかりだ。両者の意見は対立する。

「世界にあふれる難民と、まだ定住地を持つ人々との間に大きな争いが起きようとしていました。それを回避し、互いを生かすために生まれたのが『流民制度』でした」


「制度? 流民は制度だったというのですか?」

 これは頭も知らなかったのか、イサラに詰め寄っている。なぜ流民達はこのような扱いを受け続けなくてはならなかったのか。その答えがそこにある。

「はい、増えすぎた難民は一村、一地域、一国で抱えるには無理がありました。けれど彼らを見捨てるというのも人道的に許されることではありません。そこで、お互いに負担するものを決めたのです。難民は一つの地域に長居せず、数年おきに別の地域や村に移動することを条件に、住む場所と仕事を確保することを。受け入れる側の人々は、居住地の一画を提供し、仕事を与えることを条件に、定数以上の難民は受け入れず、移動後は一定の空白期間を設けることを」


 今の流民と他の人々との関係は千年前の流民制度が元になっていた。

「難民を数年おきに移動させるようにしたのは、街にいる間に蓄え英気を養い、別地域を移動する準備のため。そして移動による疲労を癒し負担を軽減するためです。当時から徒歩での移動が主流でして、数か月から半年、一年近く移動にかかることもありました。当然肉体的にも精神的にも疲弊しますし、蓄えも底をつきます」

 先立つものがなかったり、疲弊したままでは死を待つばかりだ。だが、たとえ数年といえど街で暮らせればそれだで生存率も全く違えば、街への負担も減らせる。街は負担が減った分、盛り返し立て直すこともできる。次に来る難民への備えもできるだろう。


 難民もまた移動によるリスクや負担はあるものの、継続して援助を受けられることになる。完全に街や国から締め出されてしまったのでは生きるすべなどないのだから。いくら旅慣れ、魔物との戦闘もそれなりにこなせるとはいえ、街の外で生き続けるということは難しい。夜満足に眠ることも、お腹いっぱい食べることも許されない暮らしは否応なく命を削る。どうしても安心して眠れる場所は必要だった。生活のため稼ぐ術は必要だった。

 実際に制度が施行されてみると、街への負担は思った以上に低いことが分かった。なぜなら、難民達は街の人達が住まなくなった廃墟のような建物をを仮住まいとし、それらを再建して利用した。食べる物も街の外から自分達で調達してきた。街が負担したことといえば、街外れの一画を提供したことと、ギルドでの仕事を斡旋したことくらいだ。


 難民達自身、必要以上に負担をかければ街を追い出されかねない立場だと分かっていたため、贅沢を言うことはなかった。そこにある物を利用し、食べ物はいつものように狩猟や採取で大部分を補い、足りない部分だけを街から買っていった。そのお金も流民達自身が仕事をして稼いだ物だ。

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