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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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プラチナウルフ討伐

 探検家や考古学者でも入れる遺跡などはあるが、そこにある魔術関連の物品に関しては回収も閲覧も禁止されており、研究に使うなどということもできない。危険性も分からないまま扱われたり、使用されたりして被害が出たり、悪用されることを防ぐためだ。その点に置いて魔道書研究家の信用度と重要度が役に立つ。

 どちらにせよ悪用されないかという心配はあるが、魔道書研究家は絶対数が少ない分個人を特定することも難しくはない。ある意味犯罪者には向かない職業なのだ。


 イサラが討伐依頼を受けた理由を説明している間に受注手続きが終わり、それぞれに身分証が返された後、三枚分依頼書の控えを手渡される。これをもとに依頼をこなすことになる。

 討伐の依頼書は対象が討伐されるか、受注人数が規定人数以上にならない限り掲示板に戻され張られたままになるため控えが渡される。

 イサラは依頼書を持ったままギルドを出る。歩きながらもう一度依頼書に目を通すと、腰のポーチに入れてそのまま街を出た。


「参加したはいいが、何の討伐依頼を受けたんだ?」

 レオルはイサラの隣を歩きながら軽い口調で尋ねる。何もしないで街を出たということは特に準備が必要な内容というわけではないだろう。だが、予備知識としては知っておきたい。

 レオルの弓術資格はBランク。その中でも上位に位置する実力のため、上級までの魔物ならそう苦戦することもなく倒せるだろう。だが、相手を知っているのと知らないのでは戦略と戦術の立て方が違ってくる。


「三枚も一度に大丈夫か?」

 さすがのジェイドも三枚の討伐依頼を一度に受けたことはない。魔物との戦闘は体力や魔力だけではなく精神力も消耗する。連戦はきつい。しかもイサラが選んで受けたということは、魔物のランクが低いとも思えない。

「そうですね。まず一つ目が、今向かっている南の草原に出るプラチナウルフの討伐です。こちらはボスを含む十頭ほどの群れの殲滅になります。次は西の森に出るポイズンワームという種の手配書の魔物です。最後に北の岸壁地帯に出るワイバーンという種の手配書の魔物になります」


 イサラは手配書を見て覚えた情報をまとめてあげていくが、だんだんとジェイドの顔色が悪くなる。

「お、おい。それって全部最上級……Aランクの依頼じゃないか!? 今まで受けたことがないわけじゃないが……かなり苦戦した記憶がある。十数人の仲間がいて、Aランクも三人はいたのにだぞ?」

 ジェイドはかつてパーティを組んでAランクの戦闘資格か最上級の階級が必要な依頼を受けたことがある。やる前はいい経験ができると考えていたのだが、実際対峙すると命がけのギリギリの勝負だった。適性ランクの者が三人いても苦戦したのだ。


 ジェイドの戦闘技能資格はBランクだが、パーティの中にAランクがいた場合上の依頼でも受けられるようになる。そのため、低ランクの資格や階級の時には高ランクや高階級の人達にパーティに入れてもらって同じ依頼を受け、経験やポイントを稼いだ方が効率がいい。たとえ報酬が均等でなかったとしてもだ。ポイントだけは均等に割り振られるのだから。

 ジェイドが二十歳にして中級という階級に昇級できたのもそのためだ。階級は低かったが、高い資格ランクを活用して高階級・高資格のパーティに入れてもらって、一緒に依頼を受けることができた。


「はい、そうですね。いつもはこれくらいでしたら一人で受けるのですが、今回はレオルやジェイドもいるので少し早く済むでしょうか」

「んなっ、……一人でAランク依頼を?」

「はい。わたしの剣術資格はSランクですので。もう一段階上の依頼も受けられるのですが、さすがにそれは依頼自体が少ないものでして」

 つまり、Sランクの依頼があれば受けたが、ないためAランク三枚で妥協したと、そういうことだ。難易度的には後者の方がはるかに簡単であると言えるのだろうが、それでも異常だ。


「Sランク……そうか、シヴァ流ならそれくらいは……だけど、今までAランクの依頼はどれくらい受けてきたんだ? 成功率は?」

 ジェイドは、世にも名高いシヴァ流を修めたというイサラならそのランクもうなずけると考えたが、実践と試験とは違う。どれくらいAランクの依頼を受けて成功させてきたかで、実戦慣れしているかどうかの基準にもなる。

「そうですね……資格を取得した十五歳の時からですので、優に百件以上はこなしてきたかと思います。Sランク依頼も十数件は経験があります。いずれも討伐を失敗したことはありません。多少時間がかかった時はありますが」


「は、ははは。そりゃ頼もしいな。さすがはイサラさん」

 ジェイドは少し呆れも含んだ笑い声をあげたが、すぐにイサラのすごさに感激する。やはり自分の目は間違っていなかった。イサラは自身の一生を捧げてもいいくらいの器だ、と。

 この世界のどこに、討伐依頼達成率百%の者がいるだろう。それも最高難度であるAやSランクの依頼において。時間がかかったのもおそらく魔物を探す時間だろう。イサラはそれだけの実力者であり経験者だということだ。

 二年早く成人したからと先輩風を吹かせようとしていたジェイドだったが、イサラの方が実戦経験が多く期間も長い。ならばやるべきことは一つ、少しでもイサラの助けになれるよう全力を尽くすことだけだ。


「移動にはどれくらいかかる?」

 Aランクの依頼だと聞いてもあまり顔色を変えなかったレオルは、現地までの移動時間を確認する。うまくすれば討伐にはそう時間がかからないが、移動にはそれなりに時間を取られる。また、その時間を利用して作戦も立てなければならない。

「そうですね、歩いて半刻。走れば十分といったところでしょうか」

「……それは俺達がか? それともイサラが、か?」

「依頼書に書いてありましたので、普通の方でそれくらいかと」


 イサラの普通が普通ではないことを知っているレオルは再度確認するが、イサラの口にした時間が依頼書に書かれているものだと知って胸をなでおろす。いくらなんでも戦闘の前に全力マラソンなど冗談ではなかった。

 イサラの早足がレオル達の全力疾走に値するのだ。走るなんてことになれば、ぶっちぎりでおいて行かれる。

 イサラ達は街を出て南に向かう。途中までは街道が敷かれているのだが、草原に入るとそれもない。少し体を温めるという意味もあって小走り程度の速度で進んでいる。今度はイサラもレオル達にあわせていて、差が開くこともない。パーティ戦における共闘を意識しているからだ。


「なぁ、どれくらいかかると思う?」

「そうですね、群れを見つけることができましたらわたし一人の場合、五分以内には片付きますが……」

 この答えにはジェイドも目をむく。Aランクの討伐依頼を戦闘時間五分で片付けるなど化け物でしかない。BランクとAランク以上の実力差がAランクとSランクの間にはあるというが本当だったらしい。

「ふぅん。なら俺達が入ったらどうなる?」

 レオルは続けて聞いてくる。イサラ一人なら好きなように立ち回りできるが、そこに誰かが入るとなると動きも違ってくる。間違っても、レオル達二人が加わったせいで苦戦したり時間がかかったりするという事態は避けなければならない。


 足を引っ張るのは御免だ。レオルはイサラの隣に立ちたいのであって、イサラに守られるつもりはない。邪魔にならず、戦果を挙げるためにはやはり連携が重要になる。

「そうですね。見つけ次第レオルによる先制攻撃、わたしとジェイドは分かれて回り込み、左右から切り込みます。プラチナウルフは物理攻撃にも魔術にも耐性がありますので、一撃のもとに首を切り離すか、首の骨を折るか、唯一の弱点でもある首の下を矢で貫くかが効率的な倒し方になります。魔術では火属性が弱点になっておりますので、レオルやジェイドは魔術を使うという選択肢もありますが、使い方には気を付けてください」

 イサラは頭の中にある知識と経験を元に作戦を打ち出す。


「火なら俺の出番だな。イサラさんに教えてもらった魔術を試してみるいい機会だ」

「とはいえ、毛には高い魔術耐性がありますのでただ当てるだけでは効果は薄いと思われます。傷口から直接体内に作用させるか、口や目などから体内に流し込むのがよろしいかと」

 プラチナウルフがウルフ系にしてAランクに位置しているのは、攻撃の通りにくさと単体でもそれなりにてこずるのに群れる習性があるためだ。強靭な皮と魔術耐性のある毛により物理的、魔術的攻撃が通りにくい。

 生物学的にも弱点である首だが、それでも低ランクの魔物よりははるかに強靭でもある。また俊敏なため飛び道具や魔術で狙い撃ちするのも至難の業だ。


「なるほど……じゃあ俺は火の属性付加をした矢で狙うといいのか」

「はい。ジェイドは体術で応戦しつつ、くらいついてきたところに口の中を狙い火の魔術を叩き込むようにすればよろしいかと思います。下手に当てましても買取の値段も下がってしまいますので」

 口調は丁寧なのだが、内容は物騒極まりないことを口にするイサラ。そのあたりは小さい時から戦場に出て実践を積んできた経験があるからだろう。敵と定めた相手には一片の容赦や遠慮はない。また、ミール村の常識としてなるべく損傷少なく魔物を仕留める基本は忘れない。余裕がないなら仕方ないが、できるのなら狙っていくべきだと考えている。


 小さな違いや、わずかな報酬の違いかもしれないが、これから幾度となく同じような依頼を受けていくというのであれば最終的にその差は大きくなってくる。イサラが金銭的に不自由することなく研究を続けられたのはこうした積み重ねがあったからだ。

「もうすぐ縄張りのはずです。周囲の警戒を怠らないでください」

 イサラは草原のただなかで一度立ち止まって歩きに変えてから周囲を見渡す。


 草原の草丈は膝上くらいで、互いに姿を隠すことはできない。ウルフ系の魔物とはいえ、プラチナになると体長は二m近い。

 イサラとレオルはヤックを消して、イサラはそのまま周囲をうかがい、レオルは弓と矢を手にいつでも放てるように準備をする。もちろん弓にあらかじめ魔力を込めて、矢に火属性の魔力を付加できるようにする準備も怠らない。

 レオルの弓はイサラの改良により、魔術を使う時のように属性をイメージしながら魔力を流すと、印を組まなくても自動的に体から属性魔力を取り出してくれる優れものだ。それを魔石でさらに補強することで、少ない魔力で高い効果を出すことができる。


 ただ魔力を流すだけでも使えるのだが、必要な属性魔力だけを取り出すことで威力が上がり、魔力効率もよくなる。八つの属性すべてに対応しているので、常に相手の弱点をつくこともできるし、複合属性として放つことも可能なのだ。国宝レベルの魔道具になっている。

 草原を渡る風には不穏な音も匂いもない。だが、イサラだけは気付いた。まだ遠いが、こちらに近づいてくる魔物の気配に。


「来ます、三時の方向、距離は五百mほど、数は十三ですね」

 気配だけで相手の場所と距離と数を正確に把握する。これは戦闘経験によるものと、魔力探知を利用した索敵能力だ。精度は疑うべくもない。

 イサラとジェイドはその場にレオルを残し、二人で逆方向に散開する。作戦通り、レオルは正面で、二人は両サイドから回り込んで迎撃するためだ。幸いにしてこちらは風下、匂いも届かないだろう。

 二人が姿を消して少しして、レオルの目にも近づいてくる魔物の姿が映った。日の光をはじく銀色の毛並。イサラの髪とも似ているが、それより光沢は鈍い。土埃や血による汚れのためだろう。


 正面に立っていたレオルに向こうも気づいたのか、足並みをそろえて一直線に向かってくる。獲物を探して草原を駆けていたところに目に入った餌だ。嬉々として狩りに来る。

 レオルは一度深呼吸をする。ジェイドとイサラはレオルから数百ソレルは先行して短い草陰に気配を殺して隠れている。

 まずはレオルからの先制攻撃だ。

 レオルは弓に矢をつがえると、素早く狙いを定め、魔力のこもった矢を放つ。


 レオルほどの距離から攻撃を受けるとは思っていなかったのか、戦闘を走っていたプラチナウルフはそれをよけることができず、喉元に矢を受け、さらには込められた魔力によって体内を焼き焦がされて断末魔を上げることなく絶命して地に伏せた。

 仲間の無残な最期にいったん足を止めたプラチナウルフ達だったが、後ろにいるボスと思しきウルフの吠え声に反応して再びかけてくる。


 それを悠長に待っているレオルではない。矢をつがえ、次々と狙い撃つ。中には俊敏な動きを見せて避けた個体もいたが、イサラ達が隠れている場所に来るまでにはさらに二頭を仕留めていた。残りは十頭だ。

 次に攻撃を仕掛けたのはジェイドだ。草陰から躍り出ると、ウルフ達の側面から近づき、一頭のウルフの首に強烈な蹴り上げを食らわせる。

 イサラから授けられた戦闘用の靴により上昇した脚力は、二mはあるウルフの体をも簡単に宙に舞わせ、同時に首の骨を叩き折っていた。


 獲物が正面の一人だけだと思っていたウルフ達は横からの攻撃に動揺し、足並みが乱れる。そこをさらにレオルの矢が狙い撃つ。

 ならばと、近くにいるジェイドに狙いを定めて囲もうとするが、そこへきてさらに反対方向からの襲撃があった。

 イサラは一瞬でウルフ達との距離を詰めると、抜いたことさえ意識させぬままに、三頭の首を一閃の元に跳ね飛ばす。何が起きたのか分からないままに首が飛び、血を吹きあげた体が地面に倒れこむ前に、さらに別のウルフを返す刃で切り下ろす。


 他には一切の傷をつけることもなく、正確に急所を狙った攻撃に避ける間もなく、ウルフ達は次々と倒されていった。

 これには群れの後ろにいて統括していたボスも為すすべなく、全ての仲間を失った。そして、今まで数多の人を襲い餌としてきたはずのボスは、その餌であったはずの人に一矢報いることもなく、一撃のもとに倒されることとなった。

「ふー、終わったか」


 レオルは最初にいた場所からウルフ達の亡骸がある場所へと歩いてくる。矢の回収をしなければならないし、魔物達の処理も必要となる。

 ウルフの肉はあまり食べられるようなものではないが、その強靭な骨や丈夫な毛皮は高値で取引される。特にAランクに位置するプラチナウルフならなおさらだ。

「信じられんな。こんな簡単に片付くとは」

 ジェイドは、自身でも三頭仕留めたにも関わらず、いまだに納得のいかない顔をしている。脚力が上昇し、靴が素足のようになじんでいることで蹴りの威力や突き、体全体の動きはよくなっているが、それでも信じられない。


 それまでのジェイドならAランク一頭仕留めるのでもかなりの苦戦を強いられただろう。いくら急所と弱点属性をうまく狙ったとはいえ、驚くほどの戦果だ。

 レオルは乱戦の中さらに一頭を仕留めて四頭、残りのボスを含めた六頭はイサラがあっという間に切り伏せていた。草原の一角はウルフの血で赤く染まり、あちこちに胴体から離れたウルフの首が転がっている。

 ウルフは威嚇のためか攻撃的な顔をしたままでこと切れており、意識することもなく命を絶たれたのだと確認できる。


「では、魔物を回収して街まで運び、次の依頼に移りましょうか」

 イサラは剣を振って血を払うと鞘に納め、事もなげに言う。この程度のことは特筆すべきことではないのだろう。普段は一人でこなしているのだから。

「でもこの数だ、どうするんだ?」

 一匹くらいなら一人でも運べなくはないが十三頭いる。さすがに無理だろう。運び屋の手配もしていないのだから。


 そう考えていたジェイドだったが、イサラが何やら荷物をごそごそと漁ると、手のひらサイズの荷車を取り出す。

「これは……?」

 おもちゃにしか見えないそれを、ジェイドは首を傾げながら見つめる。イサラは何事かをつぶやくと、その荷車を地面に置いた。と、

「んなっ!!」

 フワッと光を帯びたかと思うと、荷車は大型の魔物を乗せて運べるほどの大きさに変わり、ジェイドの目の前に現れたのだ。


「何驚いてんだよ。イサラならこれくらい当然だろ? いちいち狩りに行く時に荷物になる荷車や荷ぞりを引っ張っていくわけないだろ。そんなの帰りだけで十分だっての」

 慣れているレオルは地面に倒れているウルフから矢を引き抜き、さらには外れて地面につき立ったりしている矢で無事なものを回収して矢筒に納める。折れているものは一応回収だけして袋に詰めておく。鏃と矢羽が無事ならば折れた箆を付け替えるだけで済む。

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