それぞれの道
「はぁー、やっぱ定職とじゃ結構な差がつくな。分かってたことだけど」
難易度でいえばハンター試験は上級寄りの中級といったところだ。本来なら初期に与えられるポイントも魔道書研究家よりはるかに低いはずなのだが、レオルの腕が飛びぬけていたためか、筆記でほぼ満点を取ったからか、かなりの高評価を与えられていた。
初期レベルで五も差を付けられるとは思っていなかったカイルはため息をついている。定職であれば安定した収入とポイント加算が保障されている。だが、短期移動型のポイント取得は不安定でも実入りはいい。実際に見てみればその差が大きいと感じられた。
「まあな、俺達の仕事は危険が伴う分実入りは多い。そうしなきゃ誰もやりたがらないだろ? それに、仕事がない時には一ポイントも一フェスも手に入らない時だってあるんだぞ?」
ジェイドはかつての経験を思い出す。常に安定した収入とポイント、そこが定職の強みだ。小さな村や町になると満足に仕事がない場合もある。そんな時にはちまちまと稼ぐか他の町に行くしかない。お金がなくてそれすらままならない時には食い詰め者になる可能性だってある。
定職についている者なら家や土地を買う時にしか利用しないだろう施政所からの融資や、失業補助資金からの借金をしたり、個人的な借り入れを必要とする場合もある。ハイリータンではあるがハイリスクも避けられない。
ジェイドはそれなりに腕がよかったことや、首都を中心とした依頼を受けていたためそういった経験は少ない。だが、それでも旅の扉の料金さえ払えず、人の好意に甘えながら地道に稼いでいたこともあった。
「だよな。ハンターっていってもなんでも取ったり狩ったりすればいいってもんでもないし」
レオルもハンターとして学んできた知識を思い浮かべながらぼやく。地域や季節、動物によっては狩猟を制限されているものもある。その地域や依頼により需要がなければ狩り損だ。また、どこへ行くかは完全にイサラ任せ。その地域その場所で適当な仕事を見つけるしかない。
「ふふっ、まあレベルや階級で全てが決まるわけじゃないし。高いに越したことはないんだろうけど、これからでもまだ挽回は可能よ」
シリルは自分を鼓舞するように言う。イサラとの差はいかんともしがたいが、それでもいつかは追いつける可能性もある。定職についていれば地道にでも確実にポイントを重ねられるし、その中でさらに成果を上げればその分ボーナスも出る。
組織の中にいる限り制限される行動もあるが、その分身の保証もされている。安心して研究に打ち込むことができるという意味では環境は整えられている。そんな状況で後れを取るわけにはいかない。イサラはそれらすべてを自身で整えなければならないのだから。
「そうだなぁ、まあ俺はしばらく師匠のところに帰ってもう一度勉強しなおすかな。まだまだ未熟だってわかったし、恩返しもしたいからな」
カイルは職業試験のために首都へきて、そのまま一年間帰郷していない。合わす顔がなかったというのもあるし、どうせならちゃんと職を得てから帰りたかったのだ。研究機関に籍は置くつもりだが、カイルの師匠のようにそこから飛び出して独自の研究を続けている者もわずかに存在する。
ならば、カイルもまたそうやって中と外を両方経験することで見えてくるものもあるのではないかと考えた。シリルは中で、イサラは外。ならばカイルはその中間で頑張っていってみようかと。
「そう。三人とも離れ離れになっちゃうけど、時々は連絡を取り合いましょう? 確かそういう機能もあったはずよね?」
シリルは身分証を取り出す。身分証はギルドや施政所、銀行で使えるだけではなく、個々人で連絡を取り合う場合にも使えたはずだ。いわば高性能な個人専用の通信魔道具。このあたり、開発したマレト国の魔道技術の高さがうかがえる。
「そうですね。確かプレートのこの部分を合わせて、お互いに魔力を流し相手の名前を音声入力すると登録できるようです。そうすることでお互いのプレートに相手の魔力が記録され、名前を選択してもう一度魔力を流せば相手のカードに連絡が届くようですね」
イサラはプレート左下、一部分色が変わっている角を指差す。銀色のプレートの中で唯一黒く染まっている。
「なんだか高性能すぎて使いこなせるか不安だわ。こんなことでは魔道書研究家としては失格かもしれないけど、仕組みが分からないことにはね」
シリルは身分証を突き出してイサラと合わせる。魔力を流すと、互いのカードが一瞬光り、裏面に名前の入力を促す指示が出る。イサラとシリルは相手の名前を言って登録を完了させた。
魔力と声紋登録ができる身分証を最大限活用したシステムだ。これなら同時に登録作業を行っても誤入力ということがない。しかも呼び出しも魔力を流した後、相手の名前を言うだけでいいのだから便利だ。
世界各地どこにいてもつながるというもので、今や生活に欠かせない通信手段となっている。ただ、登録人数が限られており、十人までしか登録できず、それ以上は古い物から上書きされて消えていく。
便利でも無制限に使えるというわけではないところが、魔道具の弱点でありまた特性でもある。
同じようにシリルはカイルとも登録を終え、カイルもまたイサラと登録を交わす。これで本当の同期と呼べる者達との連絡パイプができたのだ。
これから行動を共にするレオルとジェイドは登録しなかった。ジェイドは同業者でも気の合う連中を枠内一杯入れているし、レオルは別の通信手段を持っているためだ。もちろんそれはイサラ作であったりする。
イサラ達はその後、再びシリルの家に行くことになった。屋敷を見てカイルは口をあけたまま呆けていたが、使用人が迎えに来ると慌てて居住まいを正す。
「お帰りなさいませ。用意は整っております。本日はアイン様もお戻りですのでご一緒にお過ごしください」
「アイン様?」
レオルが聞き返す。昨日はいなかった人物だ。
「はい、シリル様の兄上様でいらっしゃいます。ギルドにお勤めで、昨日は夜勤でいらっしゃいましたので」
使用人が説明してくれる。ギルドで働いているということは特殊職についているということだ。定職の中でも特殊職は失業知らずの高給取りとして人気がある。
「へー、兄貴がいたんだな」
「ええ、四歳年上になるの。ちょっと過保護だけど優しい兄様よ」
シリルは小さい時から兄には甘やかされてきた。成人した今でも小さい子供にするように心配をするのだ。いい加減シリルは大人になったのだと言いたくなるが、なかなか言い出せない。
「俺にも兄貴が五人いるけどさぁ、結構スパルタだったぜ? イサラにはべったべたに甘いのにさ。やっぱ弟と妹だと違うのかな」
レオルはミール村に残してきた兄弟達を思う。なんだかんだと面倒は見てくれたが、基本的には自分でできることは自分でやるというミール村の方針通り、レオルは物心ついた時から大体のことは自分でやってきた。
しかし、イサラは例外なのか、何かと世話を焼こうとしていた。たった一人の妹が可愛かったのか、イサラが色々問題を起こしたり、かつて人形だった過去があるからか。少し過剰に心配しているようなところがあった。
「そうですね、兄上達はあからさまに態度が違っておりましたね」
イサラも思い出す。剣術訓練で二人してあざを作って帰った時、レオルをそっちのけで五人の兄達はイサラに群がって心配をしていた。そのせいでレオルがすねていじけたため、イサラがフォローに回ることになった。そういったことが何度もあったのだ。
「へぇー、俺には弟と兄貴しかいないから分からないな。まあ、弟は可愛いとは思うが、過保護になるほどじゃないし」
カイルは意地悪な兄とひねくれ者の弟を思い浮かべる。村にいた時には兄にいじられ弟にそっぽを向かれていた。思い出すとなんだか涙が出そうになる。真ん中とはかくも厳しいものか。
あれでいて上と下は仲がいいのだから、なんだか理不尽な気もする。年が離れていることもあるからか、中途半端に近いカイルとはどちらもうまくいかないらしい。
「人それぞれってところね。でも、イサラ、兄上ってなんだか合わない言い方ね」
イサラの敬語口調に対してその言葉だけがなんだか浮いている。
「そのようですね。家族に対する呼び方はどうも父上の……実の父親の呼び方が移ってしまったようでして。それ以外は母上の口調のため違和感があるのでしょう」
「癖なら治すのは大変だしね。それが唯一の手掛かりといってもいいかもしれないし」
イサラのことだから一歳の時といえど両親の顔くらいは覚えているだろう。だが、それから十七年もたったのだから面影はあってもそれなりに外見の変化はあるはずだ。脳内で変換されていることもあるかもしれない。そんな両親を探す手がかりはイサラ自身に残された両親の名前と名残、親譲りの容姿と口調しかない。
いついかなる時も敬語を使うイサラは母親からその言葉を学んだというのだから、母親もイサラと同じような癖があるのだろう。また、家族をそのように呼ぶことも特徴的だ。それぞれの親から受け継いだ珍しい髪と瞳の色。これも大きな手掛かりとなるはずだ。
最も今現在イサラが両親を探す気があるのならば、という前提だが。
「そうですね。いつかは会いたいと思っております。世界中を旅していれば両親の祖国へ訪れることもあるでしょうし」
積極的に探す気はないものの、会いたくないちうわけではない。色々あっても生みの親であることに違いはないのだから。報告しなければならないこともある。彼らが別の家族を持ったように、イサラもまた家族を持てたのだと。
「まあ見つけたら見つけたで俺がぶんなぐるけどな。母親でも例外なしだ」
レオルは物騒なことを言う。
「同感だ。父親なら一騎打ちを申し込む」
ジェイドも乗り気だ。イサラの事情を知っている以上、イサラの両親といえど容赦はしない。
「もちろんよ。わたしだって頭から水をぶっかけて目を覚まさせてやるわ」
フィオナは小さな体で意気込む。本当に目を覚まさせてやりたいと心から思う。どれだけイサラが苦労し、寂しく辛い思いをしてきたのか少しだけでも味あわせてやりたかった。
「はははっ、イサラって好かれてんだな」
「はい、幸せなことだと思います」
かつてすべてを失ったことがあるからこそ、こうした日常が、人からの好意が何よりも幸せだと思える。こんな日々を守るためにも、イサラは旅立たなくてはならない。
それがどれほど無謀で、無茶苦茶で、先の見えない洞窟に手ぶらで入っていくような行いであったとしても。
それがどれほどの犠牲を伴うものであったとしても。ここまで来たからにはもう止めることも、辞めることもできない。ただ突き進むしかない。自らの信じた、自分がやるべきだと定めた使命を。
イサラを人形から人に戻した、あるいは人として生きるために必要な目標を与えてくれた一冊の本。その本に書かれた希望を未来につなげるためにも。
イサラは空を見上げ、限りない世界に思いをはせていた。




