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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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先達からの祝辞

「イヤー、すごいね二人とも。現役合格なんてさ。イサラなんて初受験だろ? 快挙だね、こりゃ」

「いえいえ、一年って言うのもすごい数字ですよ? 何回目ですか?」

 嫌味なくほめられたのが分かり、照れながらもシリルが返す。


「んー、昨日ので六回目、かな。俺ってさー肝心な時に運がないって言うか、間が悪いっていうか。信じられるか? 初受験の日、俺高熱出してさ、でも無理矢理行って受けたんだけど、もう最悪だね。文字はぶれるしか擦れるし、問題は頭に入ってこないし、考えもまとまらない。んで、結局一時間後に倒れて強制入院。合格は夢と消えた、と」

 カイルは簡単そうに言うが、笑い話では済まない。体調管理ができないのが悪いと言われるかもしれないが、試験が行われる日は受付人数によってランダムに決められる。一概に責められない。そういう時もある。


「でもって、二回目。今度は体調管理もばっちり、勉強もみっちりやった。ところが、だ。早い段階で受付済ませてるやつは、ある程度人数がそろってくると毎日詰めることになるのは知ってるだろ? でも、そうでない時には基本普通に生活して連絡待ちなんだよ」

 最低でも四十人集まらなければ試験が行われないため、最初の内は受付だけ済ませて普通に過ごし、人数が多くなってきて試験が受けられる可能性が出てくると朝一で連絡が来るようになっている。


「それがさー、職員の連絡ミスで俺にだけ集合の通知が来なかったわけよ。で、その日はたまたま受付が多くて試験が行われることになった。でも俺は知らないわけで当然欠席、当事者不在による不合格、笑えねぇ」

 何ともまた不運な話だ。これは完全にカイルの責任ではない。

「んでもって三回目。前回のこともあって、連絡はきっちりもらって時間にも遅れないようにって朝早くから会場に行ったわけよ。場所は知ってたからな。ところが……だ。急遽その日、会場が別の場所になったとかで、受付で新しい場所を聞いてから行くようにって通知が追加で届いたみたいだけど、俺はその時もう出かけてていなかったわけ」


「まさか……」

「そ、まさかの三回目さ。一人ぽつんと待ち続け、試験開始時間を過ぎていい加減おかしいって受付に行って事実を知ったわけ。途中入場はできないから、これもまた不合格だ」

 二度あることは三度あるというが、こうも続くものか。前回の対策を立てると別の方向から妨害が入る。まさしく間が悪いというか運がないというしかない。

「で、結局四回目が実質的な初受験ってことになったんだけど、三回続く不幸に気力がそがれてたことも、それを他の受験者達に揶揄されたこともあって集中力はグダグダ。俺の現役はなくなったってわけ」


 同じようなことをされて試験に落ちた経験のあるシリルにはカイルの気持ちがよく分かった。あれは精神的に辛い。むしろあれだけ笑われて、呆れられて、罵倒されても少しも動じず緊張もしないイサラがどうかしている。

「じゃあ、今年は二回目だったんですか?」

「あぁ、まあね。前回ん時は苦手な分野が多くてな。俺、苦手なのと得意なのとで全然出来が違うから。今回はイケたってわけだ。もちろん対策もばっちりしてたけどな」

 普通対策といえば試験内容に関することだが、彼の場合、試験をちゃんと受けられるかどうかの方が重要らしい。


「そうでしたか、大変でしたね」

「まあね、でもこうして受かっちまえば報われるけどな。そうそう、用事はそのことだけじゃないんだよ」

 カイルは思い出したように手を打つ。

「用事ですか?」

 シリルは年上であるため一応敬語を使っている。

「そうそう。俺が合格者の中では一番最初に身に来たからさ、でもって合格が分かった後に係員から言われてたんだよ。なんでも合格祝いと、身分証の交付を研究機関のお偉いさんが直々にやってくれるらしい。あんまりないことだけど、現役合格二人に一年合格、おまけに初受験合格だからだろうな。将来有望なやつの顔を見ときたいんだろ」


 カイルは自分のことを自分で有望と言っているが、あながち間違いでもないためシリルも何も言わない。祝ってくれるというならそれはそれで嬉しいことだ。それに、研究機関に入るつもりのシリルは上の人間と面識ができるのは有利になる。

「そうでしたか。場所はご存知ですか?」

「ん、ああ、一応身分証の交付も兼ねてるから施政所内の面談室みたいなとこでやるらしい。場所は分かるからついてきてくれるか?」

「はい、それで、やはり合格者以外の方は……」

「ああ、一応三人だけってことになってる。まあ、その妖精さんくらいならいいだろうけど」


 カイルはイサラの肩に座るフィオナを見る。妖精を見てももの珍しそうにしないのはあまりないことのため、フィオナもその点においてはカイルを気に入ったようだ。

「そうか。じゃあ、俺は俺で身分証を受け取ってくるよ。ついでにギルドもいかないといけない用事があるしな」

 試験の時に仕留めた手配書の賞金首の報酬を受け取り荷かなければならない。

「仕方ないから俺もついていってやる。お前、ギルドの場所知らないだろ?」

「うっせーな、その通りだよ。あんまり来たことないんだから仕方ないだろ? 成人するまではあまり用事もないし。まあ、その、よろしく頼む。あとでここで、待ち合わせしようぜ」


 レオルもしぶしぶジェイドの提案に乗る。迷子でイサラに合流できませんでした、じゃああまりにも情けない。

「そっか。そんなに時間もかからないと思うし、終わったらこっちはこっちで時間つぶすから安心しろよ」

「相手が男だと安心できない」

「そういうなって、俺は紳士だぜ? 女性には優しくがモットーだ」

「別の意味でちょっかい出しそうで心配なだけだ」

「信用ないなぁ、何か言ってやってくんない?」

 カイルはシリルやイサラの方を向く。シリルは微妙な顔をしていたが、大丈夫だとうなずく。


「大丈夫です。何かありましたら、以前レオルから聞いた対応を取るようにしますので」

「ん、それならいい」

 イサラの言葉でようやく納得したレオルは、手を振りながら三階に上がっていった。

「じゃ、俺らも行こうか」

 カイルが促して三人も歩き始める。


「なぁなぁ、ちょっと気になったんだけど、レオルが言った対応って何?」

 歩きながらカイルがイサラを見る。シリルも少し興味があったため耳を傾けた。

「そうですね、確か興奮した男性に迫られたなら遠慮なく去勢してしまえ……ということでした」

 シリルの顔が引きつり、カイルは顔を真っ青にして股間に手を当てイサラから数歩離れた。効果は抜群のようだ。こんな対応をされると知っていれば、妙な考えを持つ男性は近づいてこないだろう。


「そ、それ、俺にはしないよな、な!」

「そうですね、その必要はないかと思います。ただ、興奮した……というのがどういった状態を指すのかいまいちよくわからないのですが」

「えっ……イサラって天然?」

「? わたしはいつも自然ですが?」

「…………よく分かった。でも、まあその……どうやったら子供ができるかくらいは知ってるだろ?」


「はい、それはきちんと教わりました。男女が結婚して夫婦になった後、毎晩枕元に置いた植木鉢に植えた子供の種に祈りをささげると成長して、そこから子供が生まれてくるのですよね? 不思議ですね。どんな魔導書を読んでもそんな奇跡を起こせるような理論や技術は存在していないように見受けられますし。それともまだ知らないだけでしょうか?」

 イサラが説明を始めた時、こんな真昼間の公の場で男女の営みを事細かに言う気かと、ぎょっとしていた二人は途中から怪しくなっていく雲行きに何とも言えない顔をした。


「ちょ、ちょっと待って、イサラ。それ、誰から聞いたの?」

 シリルは首を傾げて悩むイサラを見て問いかける。

「そうですね、十歳の時に親しくしていた友達に妹が生まれた話を聞きまして。それでデルお父様、育ての父親になりますが。その方にお聞きしました。子供はどうやってできるのですか? と」

「……それから他の人に聞いたりは?」

「デルお父様から聞いた話をして、本当のことでしょうか? と、確認は致しました。わたしもこれで古今東西様々な知識を学んできましたが、そんな話は聞いたことがありませんでしたので」


「そりゃそうでしょうとも。で、他の人はなんて?」

「みなさん、今のシリル達と同じような顔をした後、おおむね肯定なさいました。子供は夫婦の愛の結晶だから、と。それでしたら、子供は魔石などと同じような過程を経て大きくなるのでしょうか? さすがに生まれてくる前の記憶はありませんし……。一度よく研究してみましょうか」

 イサラは真剣な顔をしてプランを練っている。カイルはシリルの近くに寄って小声で相談する。そこにはいつの間にかフィオナも加わっていた。


「ど、どうするんだ? あれ、完璧に勘違いしてるぞ?」

「そんなこと言われても……誰も否定できなかったのね。いくら大人の話が理解できるからといっても十歳だったし」

「道理で危機感がないはずだわ。襲われないように気を付けなさいっていくら注意しても、強盗か何かと勘違いしているみたいだったもの」

「でも、あの様子じゃ本当にやりかねないぞ?」

「そ、そうよね。魔道書研究家たる者、本当のことを知っておかないとね」

「そうね。ここはわたしから教えるわ。イサラももう大人だもの、知っておかなきゃ」


 三者三様に意見を出し合い、フィオナがイサラに男女の営みと子供の関係について教えるということでまとまった。

「イサラ、ちょっとこっち来なさい」

 フィオナに呼ばれ、イサラは二人から少し離れた場所でフィオナから耳打ちされる。最初はうなずいていたイサラだったが、話が進むにつれ、少し頬が赤くなる。自分の勘違いに気付いて恥ずかしがっているのか、あるいは内容によるものか。


「よ、予想以上の変人ぶりだな」

「ええ、そうね。わたしもあれほどとは思ってもみなかったわ」

「でも、大切にされてるんだと分かるよ。本気で信じてたからみんな言い出せなかったんだろうな」

「そうね、子供だからって嘘を教えられたんだって思われたくなかったんでしょうね。引っ込みがつかなくなったのもあるんだろうけど」

 イサラの過去のことがあるからなおさらである。


「まあ、最初に教えた本人は子供に教える時の常套句で、いずれ自分で気づくだろうと思ったんだろうけどな」

「イサラが予想以上に純粋すぎたのね。あと学んだこと以外に対して疎すぎることが原因かしら」

 カイルとシリルは初対面だったが、なんだかイサラという存在を通じて共感を抱いたためか話が弾む。シリルも知らないうちに敬語が取れていた。カイル自身親しみやすいのもあるが、イサラによる驚きでその余裕がなかったためでもある。カイルも気にしていないようなのでそのままにしておく。


「…………申し訳ありません。またわたしの無知のためにご迷惑をおかけしたようです。なるほど、そういえば山で見かけた動物達は同じような行為をしておりました。あれはそういうものだったのですね。てっきりその動物特有のスキンシップかと思っておりました」

 フィオナに教えられて帰ってきたイサラは、カイルとシリルに頭を下げる。まだ頬は若干赤い。

「まあ、そうね。でもいいわ、イサラだもの」

「そうだな、君はそのままでいいと思う」


 シリルもカイルも少し呆れた顔をしたものの、これがイサラの個性なのだと納得する。

「そうですか、ありがとうございます。行きましょうか、少し時間をとってしまいましたので」

「おっと、そうだな。時間の指定とかは特になかったけど早いに越したことはないな」

 はっと気づいたカイルがま先導し、三人と一人は施政所の一階にいある面談室に着いた。ここでは受付ではできないような話や、施政所内の人物と外部の人物が会って話をするために作られている。


 カイルは扉の前に立つと三回ノックをする。中から返事があったため、先方は到着しているらしい。

「失礼します、連れてきました」

 カイルは先に中に入って報告し、シリルとイサラも続く。中には十人ほどの人数がおり、みな壮年の、研究機関内でもかなり上の方の立場ではないかと思われる人物達ばかりだった。


 お偉いさんとは聞いていたが、こんな人数に祝福と身分証の交付をされるとは思っていなかったカイルやシリル驚きと緊張で身を固くする。イサラだけは通常運転だった。

「やあ、来たね。まあ、座るといい」

「せ、師匠せんせい……」

「ああ、君達をあまり緊張させてもいけないということでね、二人と面識のあるわたしも呼ばれたんだ」

 待っていた人物達の中にシリルの師匠であるティムがいた。そして、壮年の男性たちの一番後ろにはイサラがよく知る顔があった。


 しかし、イサラとは目を合わそうとせず、苦虫をかみつぶしたような顔でそっぽを向いているだけだった。

「よく来てくれたね、わたしはアレイル=ハリスだ。知っているかな?」

 イサラは首を傾げ、カイルとシリルは目を見開く。

「そ、それってもしかしてあの……研究機関の総責任者の?」

「魔方陣学の権威で第一人者のアレイル=ハリスさん……ですか?」


 カイルは一年前から首都に住むようになっていたが、その間にも彼の名前はよく聞いた。シリルもずっとこの街の育ちなので当然よく知っている。師匠であるティムから話を聞いたこともあった。

「有名な方ですか?」

 唯一イサラだけがそんなことを聞き返す。

「はははっ、君のところまでは届かなかったか。それとも眼中になかったかな?」

「ミール村は首都からは遠いですし……研究機関に関しましても」

「ああ、そうだったね。君は関わることを禁止されていたんだったか。なら知らなくても無理はないな。わたしはジフテル国の国立魔道研究機関において総責任者という立場にある。専門とするのは魔方陣だ」

「そうでしたか、失礼いたしました」


 イサラの事情を聞かされているハリスは笑って首を振る。イサラの存在を知り、ハリスは所詮自分も井の中の蛙だったのだと思い知らされた。国内にこれほどの天才を擁しながら気づけなかった自分達の見る目のなさも、落胆の原因だった。

 早くから気付いていれば、ジフテル国は世界有数の魔道大国となっていたかもしれないというのに。それはあのマレトをもはるかにしのぐであろう大国に。

「さて、では試験を合格した優秀な君達に改めて祝福の言葉を授けよう。おめでとう諸君、そしてようこそ魔道書研究の長い道のりへ。我々は諸君を歓迎する、切磋琢磨し、日々研鑽と発見とを繰り返し、新たな技術を生み出すだろうことを期待する。共に学び、共に発展のために力を尽していこうではないか。ではもう一度、おめでとう! 以上だ」


 簡潔ではあったが心のこもった祝辞だった。今までの努力を認めつつも、これから先もそれを怠らず、驕らず、そして競いながらも共に同じ道を歩んでいこうという思いがよく伝わった。

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

「ありがとうございます」

「はい、お互い頑張りましょう」

 カイルは思わず立ち上がって深い礼をして、シリルは感動しつつもお礼をいい、イサラだけがいつもと同じように答えを返す。

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